今日も正常営業。ただし“そういうとこ”を添えてー   作:火力万能主義

23 / 23
久しぶりに1話から通して読みながらおかしいとこがないか、変わった部分はないか見てたら、連載の初期と今じゃだいぶ変わったのが分かりますね。
地の文の置き方とかも、たぶん可読性とか考えて簡潔で読みやすいように書こうとしてこうなったのかも。
なので、今回は久しぶりに初心のまま書いてみました。
これが書きたくて始めたのが本作でもあります故に。

ただ、シリアスを際立たせるためにギャグを入れたのに、いつの間にかギャグがメインになっていました(笑)
まぁこれもシらぬイと雅治を分けると言う意味での狙いの一つでもあったのでむしろやり遂げた感すらある。

アカン、書いてるうちにこちらまで内傷が広がるぅぅぅはやくシらぬイで補給せねば、シらぬイ、シらぬイが僕呼んでいるぅぅぅ

皆さん、お待ちかねのアレです。30,339字の爆弾です。クライマックスです。どうぞ!



第二十話 雲晴れのちには、きっと虹

第二十話 雲晴れのちには、きっと虹

 

 

 

 

 夢を見る。

 

 あの日の夢。

 そう言えるほどに、遠い昔のこと。

 

 見たくもないのに。

 

 白い廊下。

 消毒液の匂い。

 やけに明るい天井。

 

 足音。

 誰かの声。

 

 でも、そのどれもが遠い。

 水の中みたいに、ぼやけている。

 

 手術室前の表示灯は、もう消えていた。

 

 終わっていた。

 

 何が。誰が。どうして。

 

 そんなこと、考えなくても分かる。

 分かりたくないだけで。

 

 台があった。

 白い布を被された台。

 

 人の形をしている。

 人だったものの形をしている。

 

 遺言も、臨終も、最後の別れもなく。

 

 あったのは、それだけ。

 冷え切った、人だったもの。

 

 手を伸ばす。

 指先が震える。

 

 布の端を掴む。

 

 捲る。

 

 母がいた。

 

 青白い顔。

 閉じているはずの目。

 

 なのに。

 

 目が、合った。

 

  

 

 声が出なかった。

 

 母が、こちらを見ていた。

 

 生きている目ではなかった。

 死んでいる目でもなかった。

 

 ただ、見ていた。

 

 何も言わずに。

 何も責めずに。

 何も許さずに。

 

 ただ。

 

 見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ、は……!」

 

 目を覚ます。

 

 暗い部屋。

 自分の部屋。

 

 いや、朝か。

 カーテンが閉まっているから暗いだけ。

 

 布の隙間から、細い光が差し込んでいる。

 

 朝というには、十分に遅い明るさだった。

 

 枕元のスマホを見る。

 

 十時四十六分。

 

「……寝すぎだろ」

 

 声に出したつもりだった。

 けれど、喉の奥から出たのは、掠れた息だけ。

 

 分かっている。

 

 ここは病院じゃない。

 白い廊下じゃない。

 手術室の前でもない。

 

 台もない。

 白い布もない。

 母もいない。

 

 机の上には工具がある。

 配信用機材がある。

 畳まれた服がある。

 使い慣れた椅子がある。

 

 何もおかしなものはない。何も乱れていない。

 

 ただ、自分の呼吸だけが乱れているだけ。

 

 汗で濡れたシャツが背中に貼りついている。

 気持ち悪い。

 最悪だ。

 

 いや。

 最悪なんて言葉で済むなら、たぶんまだましだった。

 

 ここ数日、ろくに眠れた気がしない。

 

 眠ってはいる。

 身体は横になっている。

 目も閉じている。

 疲労だってある。

 むしろ、疲れ切っている。

 

 なのに。

 

 気づけば、あそこにいる。

 

 白い廊下。

 消えた表示灯。

 白い布を被された台。

 

 捲る。

 目が合う。

 

 起きる。

 また眠る。

 

 捲る。

 目が合う。

 

 また戻る。

 

 夢の中で、いつも最後には母と目が合う。

 閉じているはずの目が開いて、ただ、こちらを見ている。

 

 何も言わずに。

 何も責めずに。

 何も許さずに。

 

 ただ、見ていた。

 

「……やめろよ」

 

 誰に向けた言葉なのか、自分でも分からない。

 夢にか。過去にか。母にか。それとも、自分にか。

 

 身体を起こす。

 喉が乾いている。指先が冷たい。

 心臓だけが、うるさい。

 

   ドクドクドク

 

 生きている音。

 まだ生きている音。

 

 それが、今はひどく耳障りだった。

 

 その時。

 スマホが震えた。

 

 反射で画面を見る。

 画面に表示された名前は、かぐや

 

 いつもなら、少し身構えるところを。

 何をやらかした。何を壊した。今度は何を食べた。

 そんなことを考えて、溜息の一つでも吐くところだった。

 

 けれど、その時だけは違った。

 

 指が、勝手に動いた。

 

「かぐや?」

 

 通話を取った瞬間、音が割れた。

 

『ま、まさはるっ』

 

 泣いていた。

 

 すぐに分かった。

 いつもの声じゃない。

 甘える声でも、怒られて逃げる時の声でもない。

 息が詰まっている。喉の奥が震えている。言葉が、形になる前に崩れている。

 

『彩葉が、彩葉がね、倒れて、動かなくて、あの、汗が、すごくて、熱くて、かぐや、どうしたらいいか、わかんなくて、彩葉、返事、変で、まさはる、まさはるぅ』

 

 ぐちゃぐちゃ。

 何が起きたのか。どこにいるのか。どういう状態なのか。

 何一つ、整理できていない。

 

 でも、分かった。

 

 助けて。

 そう聞こえた。

 

 その瞬間、部屋の匂いが消えた。

 工具の匂いも、金属の匂いも、洗剤の匂いも、自分の部屋の空気も、全部遠くなった。

 

 代わりに、白い廊下が見えた。

 消毒液の匂いがした。

 手術室前の表示灯が消えるところを、思い出した。

 

 間に合わなかった(あの日)を、思い出した。

 

「かぐや」

 

『う、うん』

 

「今どこだ」

 

『えっと、あの、買い物してて、違う、お家のやつで、彩葉が怒ってた、三十五万で、二階があって、かぐやの部屋が上で』

 

「物件表?いや不動産屋の前か」

 

『たぶん! 大きい看板のところ!』

 

「酒寄は呼びかけに反応するか」

 

『わかんない。ちょっと、ん、って言った。でも起きない。熱い。すごく熱い』

 

「無理に立たせるな。揺らすな。日陰に寄せられるなら寄せろ」

 

『うん、うん』

 

「水は」

 

『ある。持ってる』

 

「意識がはっきりしないなら、無理に飲ませるな」

 

『うん』

 

「そこを離れるな」

 

『うん』

 

「今行く」

 

 通話を切った記憶はない。

 着替えた記憶も、鍵を掴んだ記憶も、靴を履いた記憶も曖昧だった。

 

 気づいた時には、走っていた。

 

 午前の東京を。

 人の流れを割って。

 ただ、走っていた。

 

 頭の中には、いくらでも声が走った。

 

 電車、タクシー、自転車、救急車、現在地はどこか、距離、時間、信号、最短経路、必要なもの、連絡、病院、薬、水分、体温。

 

 考えるべきことは、いくらでもあった。

 考えれば、もっと正しい手段があったのかもしれない。

 

 でも、そんなものを一つずつ選んでいる余裕はない。

 

 最短で。

 最速で。

 できるだけ早く。

 

 今はそれだけ。

 

 理性はまだ動いている。

 感情はとっくに走っている。

 

 その二つが頭の中でぐちゃぐちゃにぶつかり合って、まともな形にならないまま、ただ一つだけが残った。

 

 彩葉。

 かぐや。

 

 そこへ行く。

 

 それだけは、何があっても決してぶれない。

 

 過程も。

 手段も。

 正しさも。

 効率も。

 

 全部、後でいい。どうでもいい。

 

 今は、結果だけでいい。

 

 間に合え。

 その結果だけが欲しかった。

 

 だから走った。

 

 橘雅治(おれ)の顔も。

 学校で使う橘の顔(ぼく)も。

 ツクヨミで被るシらぬイの顔も。

 

 全部、置いて。

 

 ただ、走った。

 

 靴底が地面を叩く音だけが、やけに大きく聞こえる。

 肺が焼ける。喉が痛い。汗が首筋を伝って、シャツの中に落ちる。

 

 それでも、止まれない。

 

「うおっ!? な、何だ今の」

 

 すれ違った誰かが声を上げた。肩がぶつかりかけた男が、舌打ちをする。自転車のベルが鳴る。信号待ちの人間が、ぎょっとした顔でこちらを見る。

 

 全部、知らない。

 

 今は、知らない。

 

「あれ、橘じゃね? A組の」

 

 聞き覚えのある声がした。

 

「本当だ、橘君じゃない? どうしたんだろ、あんなに走るの初めて見たかも」

 

「それなー。マジで陸上部に来てくれたら全国は獲れたのに」

 

 部活帰りのクラスメイトたちだった。誰かが笑いかけて、すぐに黙る。たぶん、顔を見たのだと思う。

 

 いつもの顔ではなかったから。

 

 礼儀正しくもない。穏やかでもない。静かでもない。余裕もない。

 

 橘雅治でも。

 シらぬイでも。

 学校で使う僕でもない。

 

 ただ、走っている雅治に過ぎない。

 

 信号が赤になる。足が止まる。止まった瞬間、胸の奥がひどく冷えた。

 

 待つ。

 待てない。

 まだか。

 まだか。

 

 青。

 

 足が出た。

 

  走る

 

 角を曲がる。見覚えのある通りに出る。不動産屋の看板が見えた。家賃三十五万。三LDK。管理費二万円。かぐやが言っていた、ふざけた条件の物件表。

 

 その下に、かぐやがいた。

 

 泣いていた。

 しゃがみ込んで、酒寄の手を握って、何度も名前を呼んでいる。

 

「彩葉、彩葉、ねえ、起きて。まさはる来るから。来るから、ねえ」

 

 その隣に、酒寄がいた。

 

 倒れていた。

 

 顔が赤い。汗で前髪が張りついている。呼吸はある。胸は動いている。

 

 動いている。

 生きている。

 

 その事実を認識した瞬間、膝から力が抜けそうになった。

 

 抜けるな。

 

 今は、まだッ

 

「かぐや」

 

 声を絞り出す。

 思ったより低い。自分の声なのに、まるで知らない誰かの声みたいだった。

 

 かぐやが顔を上げる。

 

「まさはるっ」

 

「水は」

 

「ここに!」

 

「日陰に寄せたのは、かぐやか」

 

「う、うん。ちょっとだけ。彩葉、熱いから」

 

「よくやった」

 

 その一言で、かぐやの目からまた涙がこぼれた。でも、泣き崩れなかった。

 ペットボトルを握ったまま、必死に頷いている。

 

 俺は膝をつき、酒寄の額に触れた。

 

 熱い。

 

 首筋に指を当てる。脈。呼吸。反応。

 

「酒寄」

 

 返事はない。

 

「酒寄。聞こえるか」

 

 まぶたが、ほんの少しだけ揺れた。

 

 それだけで、胸の奥が詰まる。

 

 駄目だ。

 今は駄目だ。

 崩れるな。

 考えるな。

 感じるな。

 

 動け。

 

「かぐや、荷物を持てるか」

 

「うん!」

 

「転ぶなよ」

 

「大丈夫!」

 

「雅治、救急車は呼ぶ?」

 

「意識が戻らないなら呼ぶ。今は反応がある。呼吸もある。まず近くで冷やしてからだ。水分は無理に飲ませるな。汗だけ拭いてあげろ」

 

「うん」

 

 必要なものを頭の中に並べる。

 冷却シート。経口補水液。スポーツドリンク。ゼリー飲料。タオル。体温計。病院。バイト先への連絡。

 

 一つずつ。

 

 一つずつ。

 

 処理する。

 感情は要らない。今はいらない。邪魔だ。

 

 酒寄の身体を抱き上げる。

 

 軽い。

 思っていたより、ずっと軽かった。

 

 その軽さが、却って怖かった。

 

「……行くぞ」

 

「うん!」

 

 コンビニに入る。必要なものだけを取る。冷却シート。飲み物。ゼリー。タオル。袋。支払い。

 

 店員が何かを言った。自分も何かを返した。覚えていない。

 

 ただ、身体だけが動いていた。

 

 正しく。

 適確に。

 冷静に。

 

 感情のない顔で。

 

 紛らわせるために。

 

 崩れないために。

 

 外に出て、タクシーを止める。今度は思いついた。今度は、走るより揺らさない方が早いと判断できた。

 

 酒寄を抱えたまま乗せる。かぐやを隣に座らせる。運転手に住所を告げる。

 

 声は、平らだった。自分でも驚くほどに、落ち着いた声で。

 

 窓の外を東京の景色が流れていく。さっきまで走っていた道を、今度は車が進む。

 

 腕の中に、酒寄がいる。

 隣に、かぐやがいる。

 

 間に合った。

 

 まだ。

 

 今は。

 

 そう思った瞬間、膝の奥が少し震えた。

 

 でも、止まらない。

 

 止まれない。

 

 今度こそ。

 

 今度こそ。

 

 この手から、こぼさない。

 

 

 

 

 

 

 

 酒寄の部屋に着いてからの記憶は、ところどころ抜けている。

 

 鍵を開けたのは、かぐやだった。

 靴を脱いだのか、脱がせたのか、覚えていない。

 

 酒寄を布団に寝かせて、枕の位置を直して、首元を少し緩める。汗で張りついた前髪を、指で横に払う。

 

 熱い。

 

 生きている証拠だ。死んだら熱も出ない。

 それなのに、その熱さが怖かった。

 

「かぐや、タオル」

 

「うんっ」

 

「水で濡らして、絞ってくれ。ただ強く絞りすぎるなよ」

 

「うん」

 

「冷却シートは額と首。脇はタオルを挟む。直接冷やしすぎるのは却ってリスキーだ。風邪が悪化する」

 

「うん、うん」

 

 かぐやは泣きながらもちゃんと動いてくれている。

 普段なら一つ一つ聞き返して、変な解釈をして、余計なことをして、酒寄に怒られる。そのかぐやが、この時だけは言われたことを必死に覚えようとしていた。

 

 小さな手が震えている。

 それでも、止まらない。

 

 強いな、この子は。

 

「まさはる、これでいい?」

 

「ああ。よくできてるじゃないか」

 

「ほんと?」

 

「本当だ。よくやっているよ、かぐやは」

 

 褒めると、かぐやの顔が少しだけ歪んだ。

 安心したのか、また泣きそうになったのか、分からない。

 

 分からなくていい。

 今は分かる必要がない。

 

 必要なのは処理と確認。

 次に何をするかだ。

 

 スマホを取る。救急相談。症状。年齢。意識の有無。呼吸。体温。汗。水分。既往歴は分からない。薬も分からない。分からないことが多すぎる。

 

 それでも、答える。

 聞かれたことに答える。

 指示を仰ぐ。

 必要なら受診。悪化するなら迷わず救急。無理に飲ませない。休ませる。体温を測る。意識を確認する。

 

 分かった。

 分かったはずだ。

 

 通話を切る。

 体温計を挟む。

 酒寄の呼吸を見る。

 

 胸が動く。

 

 動いている。

 

 それだけを、何度も確認した。

 

「まさはる」

 

「何だ」

 

「彩葉、苦しそう」

 

「ああ」

 

「大丈夫?」

 

 その言葉に、喉が止まった。

 

 大丈夫。

 

 それを言えばいい。

 いつものように。安心させるために。頼れるいつもの顔のまま。

 

 けれど、口が動かなかった。

 

 大丈夫なんて、薄すぎる。

 あまりにも、軽すぎる。

 今、その言葉を使ったら、何かを取りこぼす気がした。

 

「……今、できることはしている」

 

 やっと出た言葉が、それだけだった。

 

 かぐやは少しの間、俺を見ていた。

 それから、小さく頷いた。

 

「うん」

 

 酒寄が、浅く息をした。

 喉の奥で、かすかな音が鳴る。

 

「酒寄」

 

 声をかける。

 

「聞こえるか。酒寄」

 

 返事はない。

 でも、眉がわずかに動いた。

 

 それだけで、体の奥が崩れそうになった。

 

 駄目だ。言ったハズだ。

 動じるな。

 崩れるな。

 今はまだ。

 まだ、早い。

 

「かぐや、バイト先の連絡先は分かるか」

 

「ばいと?」

 

「今日、入っている可能性がある。先に連絡せねば」

 

「あ、彩葉、さっき倒れる前に、バイト、バイトって言ってた」

 

「分かった。スマホは」

 

「ここ」

 

 かぐやが差し出した酒寄のスマホを受け取る。

 ロック画面。通知。メッセージ。通話履歴。

 

 他人のスマホを勝手に見ている。

 最低だなと思った。

 

 けれど、手は止まらなかった。

 

 緊急時。

 必要だから。

 後で謝ればいい。

 

 そんな言い訳を、頭の中で並べる。

 並べなければ、指が止まりそうだった。

 

 バイト先らしい番号を探す。

 電話をかける。

 事情を説明する。

 

 酒寄彩葉が体調不良で倒れたこと。

 本日は出勤できないこと。

 本人が後ほど連絡すること。

 迷惑をかけて申し訳ないこと。

 

 言葉だけは滑らかに出た。

 丁寧で、正しくて、問題のない言葉。

 

 誰が喋っているんだろうな。

 

 そんなことを、ぼんやり思った。

 

 通話を切ると、かぐやが俺を見上げていた。

 

「まさはる、すごいね」

 

「何が」

 

「ちゃんと喋れることも、全部」

 

 それは褒め言葉だったのだと思う。

 

 でも、胸に刺さった。

 

 ちゃんと喋れる。

 ちゃんと動ける。

 ちゃんと判断できる。

 

 ちゃんと。

 

 ちゃんと。

 

 ちゃんと。

 

 その言葉だけで、奥歯を噛みしめそうになった。

 

「……今は、その方がいい」

 

 それしか言えなかった。

 

 かぐやは首を傾げた。

 たぶん、分かっていない。

 

 分からなくていい。

 

 本当に。

 

 君は、このまま知らなくていい。

 

 酒寄の体温計が鳴った。

 数字を見る。

 高い。高いが、理解できる範囲だった。

 理解できるから安心できるかといえば、そんなことはなかった。

 

 水。

 タオル。

 冷却。

 換気。

 着替え。

 病院。

 連絡。

 

 一つずつ確認する。

 一つずつ潰す。

 

 そうしていれば、まだ立っていられる。

 

 そうしていなければ、きっと今にも、白い布の端を掴んでしまう。

 

「まさはる」

 

 かぐやの声がした。

 

「何だ」

 

「彩葉、死なない?」

 

 手が止まった。

 

 止まったのは、一瞬だけだった。

 すぐに動かす。タオルを取り替える。冷えすぎていないか確認する。酒寄の呼吸を見る。

 

 胸は動いている。

 動いている。

 

 生きている。

 

「死なせない」

 

 言ってから、それが答えになっていないことに気づいた。

 

 死なない、ではない。

 死なせない。

 

 願望。

 祈り。

 傲慢。

 

 それでも、かぐやはその言葉に縋るように頷いた。

 

「うん」

 

 その夜、俺は酒寄が一度目を覚ます前に部屋を出た。

 

 かぐやには必要なものをメモで残した。

 水分。体温。冷却。無理に食べさせないこと。薬は机の上に。非常用の現金は冷蔵庫の磁石に。起きても意識がはっきりしないならすぐ連絡すること。迷ったら救急相談。迷ったままにしないこと。

 

 かぐやは紙を両手で握りしめて、何度も頷いた。

 

「まさはる、帰るの?」

 

「ああ」

 

「いてくれないの?」

 

 一瞬、息が止まった。

 

 いてくれないの。

 

 その言葉は、ひどくまっすぐだった。

 責めているわけじゃない。ただ、不安で。寂しくて。怖くて。だから聞いているだけ。

 

 それが分かるから、余計に痛かった。

 

「酒寄が起きた時、男がいたら困るだろ」

 

「雅治は困らないよ」

 

「困るさ」

 

「どうして?」

 

「困るんだ。男の俺がいてはいろいろと、な」

 

 言い方が硬い。

 かぐやが少し黙る。

 

 違う。

 そうじゃない。

 

 困るのは酒寄じゃない。

 俺だ。

 

 起きた酒寄の顔を見たら。

 安心したら。

 たぶん、その場で崩れるから。

 

 そんなものを、見せるわけにはいかなかった。

 

「何かあったら、すぐ連絡しろ」

 

「うん」

 

「小さなことでもいい。迷ったら連絡しろ」

 

「うん」

 

「夜更かしはするな。かぐやまで倒れたら、それこそ酒寄が悲しむし困る」

 

「うん」

 

「ただ、酒寄の様子を見てあげてくれ。無理なら俺を呼べばいい」

 

「うん」

 

 かぐやは最後まで頷いた。

 それから、俺の袖を少しだけ掴んだ。

 

「まさはる」

 

「何だ」

 

「ありがとう」

 

 言葉が、喉の奥に詰まった。

 

 ありがとう。

 

 届かなかった言葉。

 届けたかった言葉。

 言えなかった言葉。

 言いたかった言葉。

 渡せなかった想いを込めた言葉。

 

 それを、こんな場所で受け取ってしまった。

 よりにもよって、俺が。

 

「……礼は、酒寄が起きてからにしろ」

 

 そう言って、袖から指を外した。

 

 優しくできたかどうかは分からない。

 たぶん、できていない。

 

 玄関を出る。

 扉が閉まる。

 

 廊下に立った瞬間、足から力が抜けそうになった。

 

 壁に手をつく。

 

 息を吸う。

 吐く。

 

 吸う。

 吐く。

 

 まだ大丈夫だ。

 

 まだ。

 

 まだ、崩れていない。

 

 そう言い聞かせて、歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 結果だけを言えば、その後にも大事にはならなかった。

 

 酒寄は生きていた。無事だった。

 呼吸もあった。熱もあった。意識も、薄くはあったが戻った。

 

 病院でも、命に関わるものではないと二度も言われた。

 夏バテ。過労。風邪。休めば戻る。

 そういう話だけで、他には何もない。

 

 それだけの話。

 

 そう。

 それだけ。

 

 けれど、俺の中では何も終わらなかった。

 

 間に合ったはずなのに。

 助かったはずなのに。

 大事には至らなかったはずなのに。

 

 夢は、前より悪くなった。

 

 白い廊下。

 消えた表示灯。

 白い布を被された台が二つ。

 

 手を伸ばす。布を掴む。捲る。

 

 母がいる。

 青白い顔。こちらを見る目。

 

 もう一つ、捲る。

 

 酒寄がいる。

 汗のない顔。熱のない顔。呼吸のない顔。

 こちらを見る目。

 

『橘君』

 

 

 聞こえるはずのない声がする。

 

 

 

 

『また、間に合わなかったね』

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ」

 

 目を覚ます。

 息が詰まる。胸が痛い。指が震えている。

 

 何度も。

 何度も。

 何度も。

 

 同じ夢を見る。

 

 母の顔と、酒寄の顔が入れ替わる。

 捲るたびに変わる。目が合うたびに変わる。

 

 どちらも何も言わない。

 何も言わないから、余計にきつい。

 

 何か言ってくれ。

 責めるなら責めろ。怒るなら怒ればいい。泣くなら泣いてくれ。

 

 そう思うのに、何も言わない。言ってくれない。

 

 ただ、見ている。

 

 それが一番、堪えた。

 

 支えていたつもりだった。

 応援していたつもりだった。

 見守っていたつもりだった。

 

 でも、違った。

 

 俺は、ただ見ていただけだ。

 

 酒寄が走るのを。

 勉強するのを。

 働くのを。

 かぐやの面倒を見るのを。

 配信を支えるのを。

 笑うのを。

 怒るのを。

 大丈夫だと言うのを。

 

 すべて見ていた。

 隣で、誰よりも近くで、見ていた。

 見ていて、手を貸したつもりになっていた。

 

 買い物をした。掃除をした。留守番をした。かぐやを捕まえた。足りないものを埋めた。

 そうすれば、酒寄は少し楽になると思っていた。

 

 だが違う。

 

 楽になったから、もっと無理ができるようになっただけかもしれない。

 倒れるまでの距離を、少しだけ伸ばしただけかもしれない。

 

 俺が押していたのは、背中じゃない。

 崖の縁だったのかもしれない。

 

 何もかも、大事な時にこそいつも間に合わない。

 

 母にも。

 父にも。

 自分にも。

 

 そして、酒寄にも。

 

 間に合った。

 今回だけは。

 

 そう言い聞かせる。

 けれど、頭では分かっていても俺が納得しない。

 

 やはり、俺がいても意味はないのか。

 ただの時間稼ぎにもなれなかった。

 

 そう思うたびに、身体を動かした。

 

 走った。

 走る。

 走る。

 

 忘れるために。

 考えないために。

 夢に戻らないために。

 

 足が痛くなるまで。

 肺が焼けるまで。

 喉が血の味を覚えるまで。

 

 走る。

 走る。

 走る。

 

 それでも止まれば、また聞こえる。

 

『橘君、また間に合わなかったね』

 

「……やめろ」

 

 声に出しても、止まらなかった。

 

 だから走る。

 走って、走って、足が熱を持って、肺が痛んで、喉の奥に鉄みたいな味が広がって、それでも走り続ける。

 

 身体が限界を訴えれば、頭の中の声も少しは黙ると思った。

 考えが甘かった。

 

 止まれば聞こえる。

 歩いても聞こえる。

 息を整えようとしても聞こえる。

 水を飲んでも、シャワーを浴びても、服を着替えても、布団に倒れ込んでも、聞こえる。

 

『橘君、また間に合わなかったね』

 

「……やめてくれ」

 

 返事はない。

 当然だ。聞こえているのは、俺だけなのだから。

 

 部屋の隅を見る。

 

 そこには、小さな箱がある。

 この部屋の中で、それだけがひどく古い。工具も、配信用機材も、畳まれた服も、全部がそれぞれの場所に収まっているのに、その箱だけがずっと馴染まない。

 

 捨てればいい。

 何度もそう思った。

 

 でも、捨てられなかった。

 

 京都を出る時、俺が唯一、自分の手で持ち出したものだったから。

 

 亡くなった母に、渡しそびれた指輪。

 

 最初の作品だった。

 誰かに命じられたものじゃない。本家の課題でもない。父に見せるためのものでもない。

 ただ、作りたかった。

 

 母に。

 誕生日に。

 

 ありがとうと、愛しているを、形にして渡したかった。

 

 口で言うのは苦手だった。

 気恥ずかしかったし、たぶん、母なら笑った。困ったように笑って、それからいつもの声で「ありがとう、雅治」と言ってくれたのだと思う。

 

 そう思っていた。

 

 完成した翌日、母は死んだ。

 

 学校から帰ったら渡すつもりだった。

 父もいて、母もいて、俺もいて。家族三人だけの場所で、少しだけ照れながら渡すつもりだった。

 

 でも、帰る場所には誰もいなかった。

 病院に駆けつけた時には、もう表示灯は落ちていた。

 

 事故。

 ただの交通事故だった、

 ありふれた、今もどこかで起こる事故。

 

 いつものように買い物をして、帰る途中に起こったエンジントラブルの車両。

 巻き込まれただけ。

 だが、それだけで人は簡単にも死ぬ。

 

 けども、間に合わなかった。

 

 ありがとうも。

 愛しているも。

 最後の挨拶も。

 何一つ。

 

 渡せなかった。

 

 箱は、今も閉じたまま。

 開けなくても分かる。中にある。あの日から一ミリも進めなかった俺が、そのままの形で入っている。

 

「……最悪だな」

 

 笑ったつもりだった。

 けれど、喉の奥から出たのは、乾いた息だけだった。

 

 母がいた頃は、まだ大丈夫だった。

 

 父は厳しかった。

 本家は息苦しかった。

 習い事も、修行も、家の空気も、全部が面倒だった。

 

 それでも、母がいてくれた。

 

 母さんが俺と父の間に立ってくれていた。

 どれほど辛い現実があっても忘れることができたのは、母さんが受け止めてくれていたからだった。

 

 自他に厳しい父であっても、母の前では少しだけ小さくなった。

 母の笑顔一つに機嫌を伺っていた。

 らしくもない贈り物や土産物を持って帰ってきた日は、必ず母だけのものがついていた。

 

 それが、おかしかった。

 少しだけ、嬉しかった。

 

 父も母も俺もいる。

 その場所だけは、まだ家族だった。

 

 でも、そんな幻想も夢も今はない。

 もう、この世には存在しない。

 

 母が亡くなってから、父は母のことを一度も話さなかった。

 何も言ってくれなかった。

 何も慰めてくれなかった。

 

 泣くなとも。

 大丈夫かとも。

 辛かったなとも。

 

 何も。

 

 ただ、家が静かになった。

 静かすぎて、息をする音すら間違いみたいに響いた。

 

 その代わりに、本家の声だけが大きくなった。

 

  お前の父はあんなに優秀だったのに、どうして倅のお前が出来んのだッ

 

 ああ。

 聞こえている。

 

 爺様の声も。

 叔父たちの声も。

 あの家の廊下で、食卓で、稽古場で、何度も何度も投げつけられた言葉も。

 

 ちゃんと届いている。

 

  橘に生まれたなら、橘らしくあれ

  上に立て

  導け

  劣るな

  負けるな

  周囲を使え

  甘さを捨てろ

 

 優秀な血筋に生まれ落ちたなら、同じく優秀でなければならない。

 

 正しく。

 真っ直ぐに。

 

 誰かを引きずり落としてでも上に。

 誰よりも高く。

 誰よりも多く。

 誰よりも正しく。

 

 他の人間はどうでもいい。

 家族とは、血の繋がった関係。

 産んでもらったなら、育ててもらったなら、その恩義を返すべき。

 

 家のために。

 恩に報いるために。

 

 たとえ親しい友人であっても。

 大事な人であっても。

 上へ登るためには、すべて敵でしかない。

 

 引きずり落とせ。

 足首を掴め。

 梯子を外せ。

 弱点を探せ。

 突き。

 崩し。

 奪う。

 そして、勝つ。

 

 すべては家のため。

 家族のため。

 正しいことのため。

 

「……くだらない」

 

 吐き捨てる。

 

 くだらない。

 本当に、くだらない。

 

 吐き気がする。

 あの家の言葉も、目も、正しさも、全部が嫌いだった。

 大嫌いだった。

 

 だから逃げた。

 京都を出た。

 本家を捨てた。

 父の声から逃げた。

 

 ()()()()()()を分けた。

 

 学校では、正しい僕を見せた。

 礼儀正しく、穏やかで、問題のない橘雅治を演じた。

 

 ツクヨミでは、シらぬイになった。

 無言で、異物を作って、笑われて、驚かれて、意味が分からないと言われて。

 それでも、自由なふりをした。

 

 作ることは、()()()()()はずだった。

 造ることは、()()()()()はずだった。

 創ることは、()()()()()()()だったはずだった。

 

 なのに、今は違う。

 

 シらぬイらしくあるために作っている。

 自由だったはずのものを、自由に見えるための仮面にしている。

 

 あれほど嫌った本家と同じだ。

 正しさの形を変えただけだ。

 橘雅治らしく。

 シらぬイらしく。

 俺は俺を、別の名前で縛り直している。

 

「……ほんと、最悪だな」

 

 息が漏れた。

 

 走っても消えない。

 眠っても逃げられない。

 目を覚ましても、夢は終わらない。

 

 母の目がある。

 酒寄の目がある。

 渡せなかった指輪がある。

 言えなかった言葉がある。

 

 そして、その奥で本家の声が木霊している。

 

  できるなら、やれ

  守れるなら、守れ

  助けられるなら、助けろ

  間に合わなかったなら、次は間に合わせろ

 

 違う。

 それは本家(あいつら)の声じゃない。

 

 からだ。

 自身の声だった。

 の本音、本当のという人間の本質。

 

 それに気づいた瞬間、胸の奥が冷えた。

 

 あれほど嫌って。

 あれほど逃げて。

 あれほど否定したかったものが、いつの間にか俺の中に根を張っている。

 

 できるなら、やれ。

 助けられるなら、助けろ。

 守れるなら、守れ。

 届くなら、届けろ。

 

 できなかったなら。

 

 届かなかったなら。

 

 間に合わなかったなら。

 

 お前は何のためにいる。

 

「……やめろ」

 

 小さく呟く。

 

 やめろ。

 やめてくれ。

 

 でも、止まらない。

 

 だから、隠すしかない。

 

 もっとちゃんとしなければならない。

 もっと正しくいなければならない。

 もっといつも通りに見せなければならない。

 

 ちゃんとした橘雅治として。

 ちゃんとしたシらぬイとして。

 

 壊れていない顔をして。

 大丈夫な顔をして。

 頼れる顔をして。

 

 そうしなければ、全部が無意味になる。

 

 京都を出たことも。

 本家を捨てたことも。

 父の声から逃げたことも。

 俺と僕を分けたことも。

 シらぬイを作ったことも。

 

 全部。

 

 何の意味もなかったことになる。

 

 だから、距離を置いた。

 

 酒寄から。

 かぐやから。

 

 少しずつ。

 悟られないように。

 気づかれないように。

 

 いつもの顔で。

 いつもの口調で。

 短く、正しく、問題のない返事だけを返す。

 

 酒寄の体調を確認する。

 かぐやの世話を褒める。

 必要なことだけを言う。

 

 顔は見せない。

 会いには行かない。

 

 顔を合わせれば、きっとバレる。

 

 かぐやには見抜かれる。

 酒寄にも、たぶん。

 

 だから、離れる。

 

 少しずつ。

 静かに。

 自然に。

 

 そうすればいいと思っていた。

 

 酒寄は優しい。かぐやも優しい。

 だから、少しずつなら気づいても踏み込んでこない。くれない。

 踏み込んでこないうちに、距離を置けばいい。

 いつものように、正しく、問題のない言葉だけを返していればいい。

 

 大丈夫か。

 無理はするな。

 かぐや、よくできている。

 困ったことがあれば連絡しろ。

 

 どれも間違っていない。

 どれも嘘ではない。

 ただ、そこに俺がいないだけだ。

 

 それでいい。

 それがいい。

 

 そう思っていた。

 

 スマホが震えた。

 

 画面を見る。

 酒寄だった。

 

彩葉:橘君。

 

 短い一文。

 それだけで、指が止まった。

 

 すぐに返せばいい。

 いつものように。何でもない顔で。体調確認をして、必要なら手伝うと言って、余計なことは言わない。

 

 それだけで済むはずだった。

 

彩葉:今日、会えますか。

彩葉:話したいことがあります。

 

 胸の奥が、嫌な音を立てた気がした。

 

 会う。

 話す。

 

 その二つの言葉が、ひどく重かった。

 ただの連絡ではない。体調報告でもない。礼でもない。酒寄は、こちらに来ようとしている。

 

 踏み込んでくる。

 

 そう分かった瞬間、息が浅くなった。

 

 駄目だ。

 今、顔を合わせるのは駄目だ。

 

 見られる。

 きっと見られる。

 

 かぐやには、声の薄さを見抜かれている。

 酒寄には、たぶん、もっと別のところを見抜かれる。言葉の選び方。間。目を逸らすタイミング。笑うふりの下手さ。

 

 全部、見られる。

 

 指が画面の上で迷った。

 

 断れ。

 体調を理由にしろ。

 病み上がりだ。無理をするなと言えばいい。それが正しい。何も間違っていない。

 

 でも、それを送ったら、たぶん終わる。

 

 いや。

 

 終わらせるためには、それでいいのかもしれない。

 

 しばらく画面を見つめてから、文字を打った。

 

雅治:体調は大丈夫なのか。

 

 送信。

 

 すぐに既読がついた。

 

彩葉:大丈夫じゃない時は言います。

彩葉:だから、今度は橘君も言ってください。

 

「……」

 

 息が止まった。

 

 大丈夫じゃない時は言います。

 

 それは、数日前に酒寄がかぐやへ言った言葉だと分かった。

 倒れて、目を覚まして、それでもなお、酒寄はその言葉を自分のものにしようとしている。

 

 だったら、今度は橘君も言ってください。

 

 画面の文字が、やけに眩しかった。

 

 何だそれ。

 

 ずるいだろ。

 

 そんな言い方をされたら、逃げられない。

 逃げられるはずがない。

 

 ちゃんとした返事を打とうとした。

 礼儀正しく、穏やかで、問題のない返事を。

 

 指が動かない。

 

 代わりに、別の言葉が出た。

 

雅治:分かった。

雅治:駅前の公園でいいか。

 

 送信した瞬間、胸の奥が少しだけ沈んだ。

 

 公園。

 

 酒寄の部屋ではない。

 俺の部屋でもない。

 学校でもない。

 ツクヨミでもない。

 

 外。

 逃げ道のある場所。

 言うべきことを言って、終わらせられる場所。

 

 それでいい。

 

 酒寄には、かぐやがいる。

 綾紬がいる。諌山がいる。

 もう、一人で抱え込む必要はない。

 

 かぐやには、酒寄がいる。

 あの眩しい世界がある。手を伸ばせば、きっといくらでも誰かが掴んでくれる。

 

 そこに、()がいる必要はない。

 

 むしろ、いない方がいい。

 

 俺は、支えるふりをして背中を押す。

 助けるふりをして無理を増やす。

 守るふりをして、結局、大事な時に間に合わない。

 

 かぐやは、光の中にいるべきだ。

 酒寄も、もう一人で立たなくていい場所へ行くべきだ。

 

 俺みたいな影を、足元に置いておく必要はない。

 

「……言えばいい」

 

 声に出した。

 

 しばらく距離を置く。

 配信の手伝いも、必要最低限にする。

 かぐやのことは、今後も言いふらす理由もつもりもない。

 困った時だけ連絡すればいい。

 

 正しい。

 問題ない。

 それが一番いい。

 

 そう言い聞かせて、立ち上がる。

 

 鏡を見る。

 

 顔色は悪い。

 目の下に少し影がある。

 髪も乱れている。

 

 最悪だな。

 

 水で顔を洗う。

 髪を整える。

 服を替える。

 いつもの顔を作る。

 

 橘雅治の顔。

 壊れていない顔。

 大丈夫な顔。

 

 少しだけ笑ってみる。

 

 鏡の中の自分は、ちゃんと笑っていた。

 

 ちゃんと。

 

 だから余計に、気持ち悪かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 駅前の公園は、夕方と夜の間に沈みかけていた。

 

 雨は降っていない。

 けれど、空気は湿っていた。昼間の熱が地面に残っていて、薄い雲の向こうから、弱い光だけが広がっている。

 

 ブランコが小さく揺れている。

 誰も乗っていないのに、風で少しだけ動いている。

 

 公園の入口に、酒寄とかぐやがいた。

 

 酒寄はまだ少し顔色が悪い。

 それでも、立っていた。背筋を伸ばして、こちらを見ている。

 

 かぐやは、その隣で酒寄の服の裾を掴んでいた。

 目が赤い。泣いたのか、泣きそうなのか、分からない顔だった。

 

 ()()

 

 そう思った。

 

 来るな。

 そんな顔で見るな。

 俺なんかのために、病み上がりで外に出るな。

 

 そう思ったのに、口から出たのは違う言葉だった。

 

「……病み上がりで、出歩くべきじゃないだろう」

 

 いつもの声。

 いつもの言い方。

 

 酒寄は少しだけ眉を寄せた。

 

「それは、私が決めることだから」

 

 静かな声だった。

 

「橘君こそ、大丈夫そうに見えないけど」

 

 ああ。

 

 そうだった。

 

 彼女は、そういう人だった。

 

 弱っていても、倒れても、泣いても、怖くても。

 それでも、自分の足で立つ人だった。

 

 だから、俺は見ていられなかった。

 

 だから、俺は。

 

「雅治」

 

 かぐやが言った。

 

 いつもより少し低い声だった。

 

「今日、大丈夫って言ったら怒るから」

 

「……」

 

 言いかけていた言葉が、喉で止まった。

 

 大丈夫だ。

 そう言うつもりだった。

 

 いつものように。

 何でもない顔で。

 

 けれど、かぐやはまっすぐにこちらを見ていた。

 酒寄も、目を逸らさなかった。

 

 逃げ道がない。

 

 いや、違う。

 逃げ道なら、いくらでもある。

 

 背を向ければいい。

 歩き出せばいい。

 正しい理由を並べればいい。

 

 でも、二人の前でそれをすることが、どうしてか、ひどく卑怯に思えた。

 

「……本当に、もう熱はないのか」

 

「ないよ」

 

「食事は」

 

「かぐやが作ってくれたよ」

 

「水分は」

 

「摂っているから」

 

「病院には」

 

「この後には行くから」

 

「バイトは」

 

「しばらくは休むから問題なし」

 

「学校は」

 

「登校日以外は基本自習でしょ?」

 

 返事が早い。

 

 一つずつ確認して、一つずつ逃げ道を作ろうとしているのに、酒寄はその全部を淡々と塞いでくる。

 

 ひどいな、と思った。

 

 何がひどいのかは分からない。

 たぶん、俺が。

 

「なら、今日は帰った方がいい。話ならまた今度でも」

 

「今度にしたら、橘君はまた逃げるでしょ」

 

 言葉が止まった。

 

 酒寄は目を逸らさなかった。

 

「逃げてない」

 

「逃げている」

 

「酒寄」

 

「私が倒れてから、橘君の返事、ずっと薄かったって」

 

 薄い。

 

 その言葉に、かぐやが小さく頷いた。

 

「うん。薄いの。紙みたいだった。雅治の声、遠かった」

 

「……声は、文面では分からないだろ」

 

「分かるよ」

 

 かぐやは即答した。

 

「分かる。かぐやには分かるもん」

 

 その言い方が、少しだけ怖かった。

 理屈ではない。説明でもない。ただ、分かると言っている。

 

 かぐやはそういうところがある。

 言葉より先に、こちらの奥へ手を伸ばしてくる。

 

 だから、苦手だ。

 だから、放っておけない。

 だから、今は近づけたくなかった。

 

「……疲れていただけだ」

 

「じゃあ、疲れてるってちゃんと言ってよ」

 

「もう治っている」

 

「治ってないから言ってるの」

 

「酒寄」

 

「橘君は、まだ治ってないんでしょ?」

 

 声が少しだけ強くなった。

 

 酒寄は一歩も引かなかった。

 病み上がりのくせに。まだ顔色も戻りきっていないくせに。立っているだけで、こちらの方が息苦しくなる。

 

「橘君は、私が大丈夫じゃない時は言えって言ってくれたよね」

 

「あれは、君が」

 

「だから、今度は橘君の番なの」

 

 正しい。

 

 あまりにも正しい。

 

 正しいから、腹が立った。

 正しいから、何も言えなかった。

 

「……俺のことはいい」

 

「よくない」

 

「君は自分の体調を優先しろ」

 

「してるわよ、ちゃんと」

 

「なら」

 

「その上で、ここにいるのだから」

 

 酒寄の手が、かぐやの手に重なった。

 

 かぐやはその手をぎゅっと握り返した。

 

「私は、橘雅治に話があります。かぐやにももちろん」

 

「……」

 

「だから、帰りません」

 

 逃げられない。

 

 いや。

 まだ逃げられる。

 

 背を向ければいい。

 歩けばいい。

 適当な理由を言えばいい。

 

 けれど、それをしたら。

 

 今度こそ、本当に何かが終わる気がした。

 

「……話って、何だ」

 

 絞り出すように言う。

 

 酒寄は少しだけ息を吸った。

 かぐやの手を握ったまま、こちらを見ている。

 

 その沈黙が嫌だった。

 

 責めるなら、早く責めてほしい。

 怒るなら、早く怒ってほしい。

 礼なら、さっさと受け流せばいい。

 謝罪なら、いくらでも正しい言葉を返せる。

 

 なのに、酒寄はそのどれでもない顔をしていた。

 

「倒れた日のことなら、気にしなくていい」

 

 先に言った。

 

「大事に至らなかった。それで十分だ。買ったものも、別に返さなくていい。必要なものだったから買っただけだし、連絡も緊急時だったからしただけで」

 

「違う」

 

 短く遮られた。

 

 声は荒くない。

 でも、退く気のない、芯のある声。

 

「その話じゃない」

 

「なら、配信か。機材のことなら、最低限はまとめて渡す。使い方も書く。分からないところがあれば、詳しい人を紹介することもできる。僕が直接見なくても、困らない形にはできる」

 

「かぐやのことなら」

 

「違うって言ってる」

 

 酒寄の声が、少しだけ強くなった。

 

 口が止まった。

 

 違う。

 違う。

 違う。

 

 こちらが用意した逃げ道を、一つずつ塞がれていく。

 

 礼でもない。

 謝罪でもない。

 配信でもない。

 機材でもない。

 かぐやの世話でもない。

 

 なら、何だ。

 

 何を聞きたい。

 

 何を見ている。

 

「橘君」

 

 酒寄が言った。

 

「どうして、私たちから離れようとしてるの?」

 

 よりにもよって正面突破(ソレ)か。

 やめろ。やめてくれ。

 

 そういう聞き方をしないでくれ。

 逃げ道を残してくれ。

 少しくらい、誤魔化せる余地をくれ。

 

「離れようとはしていない」

 

「それも違う」

 

「してる」

 

「必要な連絡は返しているだろう」

 

「必要な連絡しか返してないからじゃない」

 

「それで十分じゃないか」

 

「十分じゃないから、来たの」

 

 即答だった。

 

 酒寄は目を逸らさない。

 かぐやも、酒寄の服の裾を握ったまま、こちらを見ている。

 

 ()()

 まだ思った。

 

 そう思うのに、二人は一歩も引かない。

 

 帰ってくれ。

 これ以上、入ってこないでくれ。

 

 そう思った。

 思ったのに、言えなかった。

 

「……俺が近くにいる必要はない」

 

 代わりに、そんな言葉が出た。

 

「酒寄は、もう一人で抱え込まなくていい。かぐやも少しずつ覚えている。諌山や綾紬たちもいる。配信に関しても、僕より詳しい人間はいくらでもいる。困る前に相談先を増やしたいなら、何人か紹介もできる」

 

 言葉だけは滑らかだった。

 

 丁寧で。

 正しくて。

 問題のない言葉。

 

 まただ。

 また、誰かが勝手に喋っている。

 

「俺がいなくても、回る。むしろ、その方がいい」

 

 かぐやの手が、ぴくりと動いた。

 

「……なんで?」

 

 小さな声だった。

 

 でも、聞こえた。

 

「なんで、そんなこと言うの?」

 

「事実だからだ」

 

「事実じゃないよ」

 

「事実だ」

 

「違う」

 

「かぐや」

 

「違う!」

 

 かぐやが一歩前に出た。

 

 酒寄が止めなかった。

 止められなかったのかもしれない。

 

「雅治は、かぐやに困ったら呼べって言った。分からなかったら聞けって言ったんだよ。迷ったら一人で決めるなって言ってくれたじゃん!」

 

「ああ」

 

「なのに、雅治は呼ばせてくれない」

 

 胸の奥を、何かが引っかくような感覚が走る。

 

「呼べばいいと言った筈だが」

 

「呼んでも、雅治は遠くに行こうとしているじゃん」

 

「……」

 

「来てくれても、すぐ帰るし。話しても、反応は薄いし。笑っても、笑っていない。かぐやが手を伸ばしても、雅治は先に離そうとしてる」

 

 違う。

 

 違わない。

 

 どちらも言えなかった。

 

「雅治、かぐやが悪いことした?」

 

「してない」

 

「彩葉が悪いことした?」

 

「してない」

 

「じゃあ、どうして?」

 

 かぐやの声。

 小さくて、震えている。

 

「どうして、雅治がいなくなる話になるの?」

 

 答えられない。

 

 答えたくない。

 答えれば、きっと壊れる。

 

 だから、言葉を選んだ。

 二人を遠ざけるための言葉を。

 正しくて、問題がなくて、最低な言葉を。

 

「……しばらく、距離を置いた方がいい」

 

 かぐやの顔が、くしゃりと歪んだ。

 

 酒寄は動かなかった。

 ただ、こちらを見ていた。

 

「どうして……分かんないよ、かぐやには」

 

 かぐやが一歩前に出る。

 

「どうしてそんなことが平気に出来るのか、分からないよっ」

 

 平気

 

 その言葉に、胸の奥がきしんだ。

 

 平気なわけがない。

 

 でも、それを言ったら終わる。

 それを認めたら、もう保てない。

 

 だから、言う。

 

 ひどい言葉だと分かっていても。

 

「かぐやには分からなくていい」

 

 かぐやの目が揺れた。

 

「このまま一生、知らずのまま生きればいい」

 

「まさ、はる……?」

 

「俺と違って、かぐや。君は自由だから」

 

 言葉が、止まらなかった。

 

 止めなければならないのに。

 これ以上は駄目だと分かっているのに。

 

 喉の奥から、勝手に出てくる。

 

「何も出来ず、助けられず、大事なことは何も伝えられずに腐った俺とは違う」

 

 言った瞬間、公園の音が消えた。

 

 ブランコの軋む音も。

 遠くの車の音も。

 人の声も。

 

 全部、遠くなった。

 

 かぐやは泣きそうな顔で立っていた。

 酒寄は、静かに息を吸った。

 

「それは違うよ」

 

 その声は、思っていたよりもはっきりしていた。

 

「酒寄」

 

「あの時、雨の中で言ってくれた言葉があったから、私はあなたに頼ることができた」

 

 雨。

 

 あの夜。

 

 傘の下。

 濡れた道。

 赤ん坊だったかぐや。

 酒寄の震えた声。

 

 思い出すな。

 思えば、あれがすべての始まりだった。

 そこから、すべてが狂いだした。

 

 違う。

 

 そう言いかけて、言えなかった。

 

 狂ったのは、俺だけだ

 酒寄も、かぐやも、何も悪くない。

 

 なのに、頭のどこかがそう言う。

 

 あの夜に手を伸ばさなければ。

 あの時、余計なことを言わなければ。

 雨の中で、酒寄を呼び止めなければ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「赤ん坊だったかぐやを、見捨てずにいられた」

 

「違う」

 

 自分でも驚くほど早く、言葉が出た。

 

「違う。酒寄なら、俺がいなくてもちゃんと出来ていた」

 

「橘君」

 

「君はそういう人だろう」

 

 言いながら、喉の奥が痛い。

 それでも、止まらない。

 

「泣いても、怖くても、分からなくても、それでも最後にはちゃんと立つ。赤ん坊だったかぐやを見捨てなかったのは君だ。(ぼく)じゃない」

 

 酒寄は黙っている。

 

 かぐやも、黙っている。

 

 やめろ。

 そんな顔で聞くな。

 

「俺がしたことなんて、単なる息継ぎだ。時間稼ぎに過ぎない。少しだけ、君が呼吸できる場所を作っただけで」

 

 言葉が止まらない。

 

 止めた方がいい。

 分かっている。

 

 でも、止めたら、今度は別のものが溢れる。

 

「それを支えたなんて言うのは、思い上がりだ」

 

「それが今のざまだろ?」

 

 酒寄の顔が、わずかに歪んだ。

 

 怒ったのだと分かった。

 悲しんだのだとも分かった。

 

 そして、次の瞬間。

 

「違う」

 

 酒寄の声は静かだった。

 

「違わない」

 

「違うよ」

 

「酒寄」

 

「橘君がどう思っていても、私は違うと思ってる」

 

 その言葉が、ひどくまっすぐに来た。

 

 やめろ。

 

 (おれ)の中身に触れるな。

 そこはもう、まともな形をしていない。

 

「俺がいたから、君は無理をした」

 

 言ってしまった。

 

 酒寄の目がわずかに揺れる。

 

「俺が買い物をした。掃除をした。留守番をした。かぐやを捕まえた。足りないものを埋めた。そうすれば、君は少し楽になると思っていた」

 

 違った。

 

 楽になった分だけ、もっと無理ができるようになった。

 倒れるまでの距離を、少しだけ伸ばしただけだった。

 

「俺が、ぼくが押していたのは、君の背中なんてじゃなかった」

 

 喉が詰まる。

 

 言うな。

 

 言うな。

 

 でも、もう遅い。

 

「崖の縁だったのかもしれない」

 

 

「違う!」

 

 

 酒寄の声が、公園に響く。

 

 思わず肩が跳ねた。

 

 怒鳴られたからじゃない。

 その声が、あまりにも必死だったから。

 

「それは違うの」

 

 酒寄は一歩、こちらへ近づいた。

 

 足元が少しふらつく。

 かぐやが慌てて支えようとして、酒寄は小さく首を振った。

 

「彩葉」

 

「大丈夫」

 

「大丈夫って言ったら怒るって言ったよ?」

 

「……じゃあ、大丈夫じゃないけど、まだ立てるから。お願い、かぐや」

 

 かぐやが泣きそうな顔で唇を結んだ。

 

 酒寄はその手を握ったまま、こちらを見る。

 

「橘君がいたから、私は息ができた」

 

「だから、それは」

 

「息継ぎでいいんだよ」

 

 言葉が止まった。

 

 酒寄は、少しだけ苦しそうに笑った。

 

「息継ぎがなかったら、人は沈むよ」

 

「……」

 

「時間稼ぎでいい。時間がなかったら、次を選べない。考えることも、助けを呼ぶことも、かぐやを抱きしめることもできなかった」

 

 雨の音がした気がした。

 

 今は降っていない。

 

 なのに、耳の奥で、あの日の雨が鳴っている。

 

あの時、橘君がいてくれたから、私は一人じゃなかった

 

 やめろ。

 

かぐやを見捨てずにいられたのは、私の選択かもしれない

 

 やめてくれ。

 

でも、その選択をするために、橘君の言葉が必要だったのよ

 

 また、胸の奥がきしむ。

 

 正しい言葉を返さなければならない。

 否定しなければならない。

 距離を置かなければならない。

 

 なのに、声が出ない。

 

 かぐやが、ぽつりと言った。

 

「かぐやも」

 

 小さな声だった。

 

「かぐやも、雅治がいてくれてよかった」

 

 見られない。

 

 二人の顔が見られない。

 

「やめろ」

 

 声が漏れた。

 

 小さくて、弱くて、ひどく情けない声だった。

 

「そういうことを言うな」

 

 酒寄の表情が変わった。

 

 悲しそうに。

 でも、逃げない顔で。

 

 かぐやは黙っていた。

 

 いつもなら、分からないことはすぐに聞く。

 

「どうして……分かんないよ、かぐやには」

 

 握っていた酒寄の手に、さらに力がこもる。

 

「どうしてそんなに自分のことを嫌いになれるのか、分からないよっ」

 

 自分のことが嫌い、か。

 

 その言葉は、妙にしっくり来なかった。

 

 違う。

 いや、違わない。

 

 嫌いだ。

 たぶん、嫌いなのだと思う。

 

 けれど、それだけでは足りない。

 

 そんな一言で片づけられるなら、もっと楽だった。

 

「……嫌いになれたら、よかったんだろうな」

 

 口から、勝手にこぼれた。

 

 かぐやが目を瞬かせる。

 

「え?」

 

「本当に全部、心の底から嫌いになれたらよかった。本家も、父も、橘の名前も、あの家で聞いた言葉も、そこにいた自分も」

 

 息を吸う。

 

 胸が痛い。

 けれど、止まらない。

 

「全部くだらないって、全部間違ってるって、全部捨てていいものだって、そう言い切れたらよかった」

 

 でも、言い切れなかった。

 

 言えるはずがなかった。

 

 母がいた。

 父がいた。

 家族だった時間があった。

 

 苦しかっただけじゃない。

 嫌だっただけじゃない。

 憎んで終われるほど、単純な場所ではなかった。

 

 だから、余計に質が悪い。

 

「嫌いになりきれないんだよ」

 

 喉の奥が震えた。

 

「憎みきれない。捨てきれない。なのに戻りたくもない。許せもしない。忘れられもしない」

 

 笑ったつもりだった。

 

 笑えなかった。

 

「半端なんだ、俺は」

 

 酒寄が、息を呑んだ気配がした。

 

「本家を否定したいくせに、本家の言葉をまだ覚えてる。父を否定したいくせに、父に認められたかった自分も消えない。自由になりたいくせに、自由になった顔をするためにまた別の仮面を被ってる」

 

 シらぬイ。

 橘雅治。

 俺。

 僕。

 

 名前を分けた。

 顔を分けた。

 場所を分けた。

 

 そうすれば、少しはましになると思っていた。

 

 でも、違った。

 

 どこに行っても、俺は俺だった。

 

「かぐやが思っているほど、俺は自由じゃない。酒寄が言ってくれるほど、ちゃんと誰かを支えられる人間でもない」

 

「橘君」

 

「できることがあるなら、やれって思う。分かるなら、先に動けって思う。守れるなら守れ。助けられるなら助けろ。届くなら届けろ」

 

 言葉が、自分の内側を削っていく。

 

「でも、それは優しさじゃないのかもしれない」

 

 言ってしまった。

 

 酒寄の目が、わずかに揺れる。

 

「俺が誰かを助けたいんじゃなくて、助けられなかった自分を許したいだけなのかもしれない」

 

 かぐやが首を振った。

 

 けれど、言葉は出なかった。

 

「母さんに間に合わなかった。渡したかったものも渡せなかった。言いたかったことも言えなかった。父にも、何も言えないまま逃げた。自分のことだって、まともに扱えない」

 

 手が震えている。

 

 隠そうとした。

 でも、隠しきれなかった。

 

「だから、酒寄が倒れた時、思ったんだ」

 

 あの熱。

 あの軽さ。

 かぐやの泣き声。

 腕の中にあった、生きている温度。

 

「またか、って」

 

 最低だな、と自分で思った。

 

 酒寄が苦しんでいる時に。

 かぐやが泣いている時に。

 

 俺は、自分の過去を見ていた。

 

「また間に合わないのかって。今度も取りこぼすのかって。俺はまた、ただ見ているだけなのかって」

 

「違うよ」

 

 酒寄が言った。

 

「違うの」

 

 さっきよりも静かな声だった。

 でも、強かった。

 

「橘君は、見ていただけじゃない」

 

「酒寄」

 

「怖かったんでしょ」

 

 喉が止まった。

 

 酒寄は、まっすぐこちらを見ていた。

 

「私が倒れたから。かぐやが泣いていたから。昔のことを思い出したから。怖くなったんでしょ」

 

「……」

 

「それは、橘君が悪いことじゃないよ」

 

 やめろ。

 

 そんな簡単に言うな。

 

 怖かった。

 そうだ。

 怖かった。

 

 ただ、それだけだった。

 

 理屈でもない。

 正しさでもない。

 義務でもない。

 

 怖かった。

 

 彩葉が死ぬかもしれないと思った。

 かぐやが一人で泣いていると思った。

 自分がまた何もできないまま終わると思った。

 

 それが怖かった。

 

 たったそれだけの、ありふれた感情だった。

 

 なのに、俺はそれを認められなかった。

 

 認めたら、崩れるから。

 

「……怖いで済ませられるなら、楽だったのにな」

 

「済ませていいんだよ」

 

「よくない」

 

「いいよ」

 

「よくない!」

 

 声が荒くなった。

 

 かぐやの肩が小さく跳ねる。

 それを見て、すぐに息が詰まった。

 

 違う。

 怒鳴りたいわけじゃない。

 

 怒っているのは二人にじゃない。

 自分にだ。

 

「……悪い」

 

「謝らなくていいわよ」

 

「よくないだろ」

 

「じゃあ、謝ってもいい。ただし、それで終わらせないで」

 

 酒寄は一歩、近づいた。

 

 かぐやが支えようとする。

 酒寄はその手を握ったまま、離さなかった。

 

「橘君は、自分のことになるとすぐ切り捨てようとする」

 

「そんなことは」

 

「してる」

 

 遮られた。

 

「私が無理をしたら怒るのに、自分が無理をしても怒らない。かぐやが泣いたら手を伸ばすのに、自分が苦しくても誰にも伸ばさせない。人には助けてって言わせるのに、自分は言わない」

 

 言い返せない。

 

 何も。

 

「それは、ずるいよ」

 

 酒寄の声が、少しだけ震えた。

 

「私たちには頼れって言ったくせに、橘君だけは頼らないなんて、そんなのずるい」

 

 ずるい。

 

 その言葉は、思ったより痛かった。

 

 責められるより。

 怒鳴られるより。

 ずっと。

 

 かぐやが、涙をこぼしながら頷いた。

 

「そうだよ。ずるいよ」

 

「……かぐや」

 

「雅治は、かぐやにいっぱい教えてくれたんだよ。迷ったら聞いていいって。分からなかったら聞いていいって。困ったら呼んでいいって」

 

 かぐやは、ぐしゃぐしゃの顔でこちらを見る。

 

「なのに、雅治はかぐやに呼ばせてくれない。彩葉にも、呼ばせてくれない。自分だけ、ひとりでどっか行こうとする」

 

「……」

 

「そんなの、やだ」

 

 子どもみたいな言い方だった。

 いや、まだ子供だった。

 

 けれど、その方が逃げられなかった。

 

 理屈を並べられる方が、まだよかった。

 正論なら、正論で返せる。

 問題点なら、問題点として処理できる。

 

 でも、嫌だと言われたら。

 

 ただ、嫌だと泣かれたら。

 

 どう返せばいいのか分からない。

 

「俺がいたら、また君たちを」

 

「それは橘君が決めることじゃない」

 

 酒寄が言った。

 

 さっき、自分に返された言葉だった。

 

「私が息継ぎだと思うか、支えだと思うか。かぐやが雅治にいてほしいと思うかどうか。それは、橘君が一人で決めることじゃない」

 

「……」

 

「勝手に決めないで」

 

 胸の奥が、強く痛んだ。

 

 勝手に決めないで。

 

 それは、あの日の自分にも刺さる言葉だった。

 

 母に何も言えなかった。

 父に何も聞けなかった。

 誰にも助けを求めなかった。

 

 そして今も、勝手に終わらせようとしている。

 

 俺がいなければいい。

 俺が離れればいい。

 俺が消えれば丸く収まる。

 

 そうやって、二人の気持ちまで勝手に決めていた。

 

「……俺は」

 

 声が出た。

 

 続きが出ない。

 

 俺は。

 

 何だ。

 

 何を言えばいい。

 

 助けてほしいのか。

 許してほしいのか。

 止めてほしいのか。

 それとも、ただ怖いと言いたいだけなのか。

 

 分からない。

 

 本当に、分からなかった。

 

 正しい言葉ならいくらでも出せる。

 穏やかな言葉も、問題のない言葉も、相手を安心させる言葉も。

 

 でも、今必要なのは、たぶんそれじゃない。

 

 俺自身の言葉。

 

 俺の中にある、格好悪くて、情けなくて、何の役にも立たない言葉。

 

「……怖かった」

 

 ようやく出た。

 

 ひどく小さい声だった。

 

 かぐやが息を呑む。

 

 酒寄は、黙って聞いていた。

 

「母さんの時みたいになるのが、怖かった」

 

 一度出ると、もう止められなかった。

 

「酒寄が倒れて、かぐやが泣いていて、俺はまた何もできないまま間に合わないんじゃないかって思った。間に合ったはずなのに、助かったはずなのに、それでもずっと、終わらない」

 

 手を握る。

 

 爪が掌に食い込む。

 

「夢を見る。何度も。母さんと、酒寄がいる。白い布の下に。捲ると、目が合う。何も言わない。ただ、見ている」

 

 酒寄の顔が青ざめた。

 

 かぐやの手が、酒寄の服を握りしめる。

 

「それで思うんだ。やっぱり俺は間に合わない。やっぱり俺がいても意味がない。助けるふりをして、結局何もできない」

 

「橘君」

 

「だから離れればいいと思った」

 

 言ってしまった。

 

「俺が近くにいなければ、君たちは俺に頼らない。俺が余計なことをしなければ、君は無理を増やさない。かぐやも、俺なんかを呼ばなくて済む」

 

「違う」

 

 酒寄が即座に言った。

 

 でも、俺は首を振った。

 

「分からないんだ」

 

 何が正しいのか。

 何が間違っているのか。

 どこまでが助けで、どこからが押しつけなのか。

 

 分からない。

 

「俺は、自分が本当に君たちのために動いているのか、それとも自分を許したいだけなのか、もう分からない」

 

 それは、たぶん一番言いたくなかった言葉だった。

 

 言った瞬間、足元が抜けたような気がした。

 

 けれど、二人はそこにいた。

 

 酒寄も。

 かぐやも。

 

 逃げなかった。

 

 酒寄は、少しだけ息を吸った。

 

「それでも」

 

 静かな声だった。

 

「それでも、私は助かったよ」

 

「……」

 

「橘君の理由が何だったとしても、私は助かった。かぐやも一人じゃなかった。あの時、橘君が来てくれて、本当に助かった」

 

 かぐやが何度も頷いた。

 

「うん。雅治が来てくれて、かぐや、怖かったけど、ひとりじゃなくなった」

 

「それを、なかったことにしないで」

 

 酒寄の声が、まっすぐ届いた。

 

「橘君が自分を許せないのは、私には全部は分からない。でも、私たちが助けられたことまで、橘君が勝手になかったことにしないで」

 

 言葉が出なかった。

 

 胸の奥で、何かが軋む。

 

 壊れる音なのか。

 ほどける音なのか。

 

 分からない。

 

 ただ、息が苦しかった。

 

 酒寄がもう一歩、近づく。

 

「橘君」

 

「……来るな」

 

 反射で言った。

 

 酒寄は止まった。

 

 かぐやも止まった。

 

 でも、目は逸らさなかった。

 

「……今、近づかれたら」

 

 声が震えた。

 

 みっともない。

 情けない。

 最悪だ。

 

 それでも、もう取り繕えなかった。

 

「たぶん、ちゃんとした顔ができない」

 

 沈黙が落ちた。

 

 それから、かぐやが鼻をすすった。

 

「じゃあ、しなくていいよ」

 

「……」

 

「ちゃんとした顔じゃなくていい」

 

 かぐやは泣きながら言った。

 

「かぐや、ちゃんとしてる雅治じゃなくても、雅治がいいの」

 

 酒寄が、静かに頷いた。

 

「私も」

 

 やめろ。

 

 またそう言いそうになった。

 

 けれど、声にならなかった。

 

 喉の奥で、何かが詰まっていた。

 

 かぐやの言葉は、まっすぐだった。

 まっすぐすぎて、眩しかった。

 

 ちゃんとしていなくていい。

 雅治がいい。

 

 それはきっと、本当にかぐやの本心なのだと思う。

 

 でも、だからこそ受け取れなかった。

 

 あまりにも綺麗で。

 あまりにも明るくて。

 あまりにも、疑うことを知らない声だったから。

 

 そんな光を、そのまま受け取れるほど、俺の中は綺麗じゃない。

 

「……かぐや」

 

 酒寄が、静かに名前を呼んだ。

 

 かぐやは顔を上げる。

 

「少しだけ、私に言わせて」

 

「……うん」

 

 かぐやは頷いた。

 けれど、俺から離れようとはしなかった。

 

 服を掴む手に、ぎゅっと力がこもっている。

 

 酒寄は一歩だけ近づいて、そこで止まった。

 

 それ以上は来ない。

 

 俺が、来るなと言ったからだ。

 

 その距離を守ったまま、酒寄は言った。

 

「橘君」

 

「……」

 

「かぐやの言葉、信じられない?」

 

 息が止まった。

 

 かぐやの手が、わずかに震える。

 

「違う」

 

 反射的に答えた。

 

「違う。そうじゃない。かぐやを疑ってるわけじゃない」

 

「うん。分かってる」

 

 酒寄は頷いた。

 

「でも、眩しすぎるんでしょ」

 

「……」

 

「かぐやは真っ直ぐだから。優しいから。好きって思ったら好きって言えるし、助けてって思ったら助けてって言える。嫌なことは嫌だって泣ける」

 

 かぐやが、少しだけ目を丸くする。

 

「それは、すごいことだよ。たぶん、私たちには簡単にできない」

 

 私たち。

 

 その言い方が、胸の奥に落ちた。

 

 酒寄は、こちらを見ていた。

 

 かぐやの隣ではなく。

 かぐやの後ろでもなく。

 同じ高さで。

 

「私はね、かぐやみたいには言えない」

 

 酒寄の声は、静かだった。

 

「雅治は雅治だから大丈夫、って。そう言えば全部が晴れるみたいには、言えない」

 

「酒寄」

 

「だって、大丈夫じゃない時があるのを知ってるから」

 

 その一言で、何かが止まった。

 

 大丈夫じゃない時。

 

 それを、酒寄は知っている。

 

 俺の全部ではない。

 母のことも、父のことも、本家のことも、本当にどれだけ分かっているのかは分からない。

 

 でも。

 

 一人で立たなければならないと思い込むこと。

 誰かに頼るくらいなら、自分を削った方が早いと思うこと。

 大丈夫じゃないのに、大丈夫な顔をすること。

 

 それを、酒寄は知っている。

 

「私も、ずっとそうだった」

 

 酒寄は、自分の胸元にそっと手を当てた。

 

「強くなきゃいけないと思ってた。一人でできなきゃいけないと思ってた。誰かに迷惑をかけたら駄目だって、助けてなんて言ったら駄目だって、ずっと思ってた」

 

 かぐやが、唇を噛んだ。

 

「大丈夫って言えば、何とかなると思ってた。大丈夫って言い続けていれば、本当に大丈夫な人間になれると思ってた」

 

 違ったけどね。

 

 酒寄は、少しだけ笑った。

 

 苦い笑いだった。

 

「私は、ただ怖かったんだと思うの。誰かに頼って、それでも駄目だったらどうしようって。助けてって言って、誰も来てくれなかったらどうしようって。だから、最初から一人で平気なふりをしてた」

 

 胸が痛い。

 

 それは、こちら側の言葉だった。

 

「橘君も、たぶん同じなんだと思う」

 

「……同じじゃない」

 

「同じじゃなくても、似てる」

 

 すぐに返された。

 

「私は橘君じゃない。橘君の痛みを、全部分かるなんて言わない。でも、泥の中で息をするみたいな苦しさは、少しだけ知ってるから」

 

 泥。

 

 その言葉が、妙に生々しかった。

 

 光ではない。

 綺麗な慰めでもない。

 

 足首を取られて、膝まで沈んで、息を吸うだけで胸が重くなる場所。

 

 そこから聞こえる声だった。

 

「かぐやは、太陽みたいだよね」

 

 酒寄が、かぐやを見る。

 

 かぐやはきょとんとした。

 

「たいよう?」

 

「うん。眩しくて、あったかくて、こっちが暗い顔してると、何してるのって照らしてくれる」

 

「かぐや、太陽?」

 

「うん」

 

 酒寄は微笑んだ。

 

「でも、太陽の光だけじゃ、泥の中までは届かない時があるのよね」

 

 かぐやの顔が、少しだけ曇る。

 

 酒寄は、その手を優しく握った。

 

「かぐやが悪いんじゃないよ。かぐやの光は、私も何度も助けてもらった。でも、泥の中にいる人には、そこに一度沈んだことがある人の声じゃないと届かない時があるの」

 

 そして、もう一度こちらを見る。

 

「だから、私が言う」

 

 逃げられなかった。

 

 目を逸らせなかった。

 

「橘君は、ちゃんとした橘雅治じゃなくてもいい」

 

 声が、まっすぐ届く。

 

「頼れる人じゃなくてもいい。正しい人じゃなくてもいいの。全部分かっていて、全部助けられて、全部間に合う人じゃなくてもいい」

 

 やめろ。

 

 そう言いたかった。

 

 でも、言えなかった。

 

「怖くていい。迷っていい。間違えていい。助けたい気持ちの中に、自分を許したい気持ちが混ざっていてもいい」

 

「……よくないだろ」

 

 ようやく出た声は、掠れていた。

 

「そんなものは、綺麗じゃない」

 

「綺麗じゃなくていいの」

 

 酒寄は、迷わず言った。

 

「人間なんだから」

 

 その一言が、あまりにも普通で。

 

 だから、痛かった。

 

「誰かを助ける理由が、全部綺麗じゃなくてもいい。怖いから走ったっていい。後悔したくないから手を伸ばしたっていい。自分を許したいから、今度こそって思ったっていい」

 

「……」

 

「それでも、助かった人がいるなら、その手はなかったことにはならない」

 

 胸の奥が、きしんだ。

 

「橘君が私を助けてくれたことも。かぐやを一人にしなかったことも。雨の中で言葉をくれたことも」

 

 酒寄の声が、少しだけ震えた。

 

「私は、なかったことにされたくない」

 

 何も言えなかった。

 

「橘君が自分を許せないからって、私たちが助けられたことまで否定しないで」

 

 呼吸が止まる。

 

 それは、責める言葉ではなかった。

 でも、逃げ場もなかった。

 

 酒寄は怒っている。

 悲しんでいる。

 そして、それ以上に、俺を引き戻そうとしている。

 

 かぐやの光だけでは届かなかった場所に。

 泥の中まで手を突っ込んで。

 

「雅治」

 

 酒寄が、初めて名前を呼んだ。

 

 息が詰まった。

 

「雅治は、雅治でいてもいいんだよ」

 

 その瞬間。

 

 何かが、胸の奥で割れた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 音が遠くなる。

 

 公園も。

 車の音も。

 ブランコの軋む音も。

 かぐやの息を呑む音も。

 

 全部、水の向こう側みたいに遠ざかっていく。

 

 代わりに、別の声が聞こえた。

 

『いいのよ。雅治は雅治のままでいていいじゃない』

 

 (お母さん)の声だった。

 

 忘れていた。

 

 いや。

 

 忘れていたことさえ、忘れていた。

 

『あなたがどんな人に育っても、私たちにはたった一人の大事な、愛する息子だもの』

 

 稽古が辛くて、泣いて帰った日。

 

 手の皮が剥けていた。

 膝も擦りむいていた。

 父の前では泣けなかった。

 本家の誰の前でも泣けなかった。

 

 でも、母の前でだけ、泣いた。

 

 情けないくらい泣いて、悔しくて、苦しくて、もう嫌だと何度も言った。

 

 母は笑わなかった。

 叱らなかった。

 弱いとも言わなかった。

 

 ただ、抱きしめてくれた。

 

『だからいいのよ。他の人が言うことなんて、評価だの価値だの、全部無視して好きに生きればいいの』

 

 そうだ。

 

 母さんは、そんなことを言っていた。

 

『人生、笑っている人の方がはるかに楽しいし、笑えてない人が本当に勝った側だなんて、お母さん思えないから』

 

 髪を撫でる手。

 少しだけ困ったように笑う顔。

 柔らかい声。

 

『だから、いいのよ。好きな人を好きになってもいい。やりたいことをやってもいいの。雅治の人生は、雅治だけのものだから』

 

 忘れていた。

 

 本家の声ばかり覚えていた。

 父の沈黙ばかり覚えていた。

 できろ、勝て、上に立て、正しくあれ。

 

 その声ばかりが大きくなって。

 

 奥にあった母の声を、見失っていた。

 

『でもね、これだけは覚えておくのよ』

 

 母さんが、少しだけ真面目な顔をした。

 

『どんなに厳しくて、ぶっきら棒で、顔が怖くても、お母さんが愛したのはあなたのお父さんだけだったように』

 

 父の顔が浮かんだ。

 

 厳しい顔。

 怖い顔。

 いつも背筋を伸ばしている顔。

 

 でも、母の前でだけ少し小さくなる父。

 

『お父さんもお母さんも愛しているのは、ちゃんとした出来た息子じゃない』

 

 胸が詰まる。

 

『あなたが、私たちの息子、雅治だからよ』

 

 息が、うまく吸えなかった。

 

 ああ。

 

 そうだ。

 

 母は、そう言ってくれていた。

 

『いつか、あなたも好きな人ができたら分かるわよ』

 

 今度は、少し楽しそうな声だった。

 

『誰かを好きになって、大事になる気持ちが、愛するってことが、どれほど楽しくて素晴らしいのか』

 

 やめろ。

 

 そう思う。

 

 でも、今度は止めたくなかった。

 

『そしたら見てみたいわね。あなたも将来はお父さんみたいな一筋な漢になれるのか。そんなあなたが惚れた子が、どんな子なのか』

 

 母さんは、笑っていた。

 

『お母さん、楽しみ』

 

 ああ。

 

 忘れていたよ。

 

 母さんの声を。

 母さんの愛を。

 俺が俺のままでいていいと、最初に言ってくれた人の言葉を。

 

 それを今度は。

 

 酒寄が。

 

 彩葉が。

 

 もう一度、届けてくれた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

「……なんで」

 

 声が出た。

 

 掠れていた。

 

「なんで、君がそれを言うんだッ」

 

 彩葉は、少しだけ困ったように笑った。

 

「分かるから」

 

 その一言は、静かだった。

 

「全部じゃないよ。雅治のことを全部分かるなんて言わない。でも、自分で自分を縛って、誰にも助けさせなくて、苦しいのに大丈夫って言って、それが自分なんだって思い込む痛さは、少しだけ分かる」

 

 彩葉は、かぐやを見る。

 

「私は、かぐやに救われた。芦花にも、真美にも、雅治にも救われた」

 

 それから、こちらを見る。

 

「だから今度は、私が言う番なんだと思う」

 

 胸が詰まった。

 

「雅治は、雅治でいていい」

 

 もう一度。

 

 今度は、はっきりと。

 

「橘雅治でも、僕でも、俺でも。どれか一つだけが本当なんじゃなくて、全部、雅治なんだよ」

 

 膝から力が抜けそうになった。

 

 今度こそ、本当に。

 

 けれど、倒れなかった。

 

 かぐやが、こちらへ駆け寄ってきていたからだ。

 

「雅治!」

 

 小さな身体が、正面からぶつかる。

 

 痛い。

 いや、痛くない。

 むしろ軽い。

 

 そして、暖かかった。

 

「かぐやもそう思う!」

 

 胸元で、かぐやが顔をぐしゃぐしゃにして叫んだ。

 

「雅治は雅治! 誰もがそうしてるからって、雅治までそうする必要ないじゃん!」

 

「……かぐや」

 

「だって雅治は雅治だから!」

 

 単純すぎる。

 

 何の説明にもなっていない。

 

 でも、今はそれでよかった。

 

「いつもムキムキで、筋トレばっかで、うざい時もあるけど!」

 

「……うざい」

 

「なんかあったらすぐ駆けつけてくれるし! 助けてくれるし! なんでもすぐできちゃうけど!」

 

 かぐやは顔を上げた。

 

 涙でぐしゃぐしゃなのに、妙に誇らしげだった。

 

「かぐやにとって、雅治は雅治だけだよ?」

 

 息が止まる。

 

「彩葉も彩葉だけ。雅治も雅治だけ。かぐやもかぐやだけ! みーんなこの世界の主人公で、ハッピーエンドを目指す勇者!」

 

「……」

 

「どこかの筋肉魔王様と違って、勇者かぐやは変に複雑に考えこまないのだぁ!」

 

「筋肉魔王、か」

 

 声が漏れた。

 

 考えることから逃げた。

 考えないために身体を動かした。

 

 けれど、考えるよりも先に手を動かすのは、昔から好きだった。

 触れて、作って、確かめて、壊して、また作る。

 

 複雑に絡まった思考ではなく。

 まず、動く。

 まず、感じる。

 

 そういう自分を、どこかで馬鹿にしていた。

 

 でも。

 

 なんだ。

 

 いつもの俺じゃないか。

 

「ハ、ハハハ」

 

 笑いがこぼれた。

 

 ひどい声だった。

 泣いているのか笑っているのか、自分でも分からない。

 

 でも、さっきまでの乾いた息とは違った。

 

「そうか」

 

 そうかもな。

 

 それが。

 それも含めて全部、俺だったんだ。

 

 俺だけが、俺のすべてじゃない。

 僕だけが、俺のすべてじゃない。

 シらぬイも、ちゃんと俺の一部に過ぎない。

 

 好きも。

 嫌いも。

 憎みきれないことも。

 捨てきれないことも。

 助けたいことも。

 怖いことも。

 

 全部、俺だった。

 

「ありがとう、かぐや」

 

 かぐやが顔を上げる。

 

「おかげで、ようやく何かが見え始めそうな気がする」

 

「へへん、どーいたしまして! いつもかぐやのためにいろいろしてくれてるから、かぐやもね!」

 

「なら、ネットリテラシーももっと守ってもらいたいな。そう思っているうちに」

 

「ぜ、ぜんしょしまーす」

 

 その返事は、まったく信用できなかった。

 

 でも。

 

 そういうところも、実にかぐやらしい。

 

「だから」

 

 彩葉が、ぽつりと言った。

 

 かぐやを抱えたまま顔を上げると、酒寄がこちらを見ていた。

 

 顔色はまだ悪い。

 足元も、頼りない。

 

 それでも、目だけはまっすぐだった。

 

「もう一回、やり直ししましょ」

 

「……やり直し?」

 

「あの時、雨の中でできなかった自己紹介」

 

 何を言い出したのか分からなかった。

 

 かぐやも分かっていない顔をしている。

 つまり、事前の打ち合わせではない。

 

 酒寄彩葉の、()()()()()()()

 

 あの酒寄が。

 よりにもよって、気分と雰囲気に乗って。

 

「初めまして」

 

 彩葉は、少し照れくさそうに言った。

 

「私の名前は、酒寄彩葉。誕生日は五月十一日で、京都から来ました」

 

「……酒寄?」

 

「好きな食べ物は苺。くれるなら何でもいただきます」

 

「待て」

 

「趣味はツクヨミ。あと、ヤチヨの自作グッズ作り」

 

「待て待て待て」

 

「好きなものはお金。欲しいものもお金。ただし一番の推しはヤチヨ」

 

「待ってくれ」

 

 今、何を言っている。

 

 何を言っているんだ、この子は。

 

 かぐやまで隣でギョっとしている。

 間違いなく、何も聞いていなかった顔だ。

 

「酒寄」

 

「はい」

 

「本当にそれでいいのか」

 

「自己紹介としては、かなり正直だと思うけど」

 

「正直すぎるだろう」

 

「今さら綺麗にまとめても仕方ないでしょ」

 

 酒寄は、少しだけ笑った。

 

 その笑い方が、あまりにもいつもの酒寄彩葉で。

 

 張り詰めていたものが、少しだけ緩んだ。

 

「じゃあ、次は橘君」

 

「俺もやるのか」

 

「やり直しだから」

 

「かぐやも聞きたい!」

 

 かぐやが身を乗り出した。

 

 逃げ道がない。

 

 いや。

 もう、逃げる必要もないのかもしれない。

 

 息を吐く。

 

「……初めまして。橘雅治。京都から来た」

 

「知ってる」

 

「趣味は運動、工作、筋トレ」

 

「筋トレ入るんだ」

 

「重要だ」

 

「ムキムキ魔王様だもんね」

 

「誰が魔王だ」

 

「ま さ は る」

 

「即答するでない」

 

 かぐやは、少し得意げに胸を張った。

 

 彩葉が口元を押さえている。

 笑っている。

 

 まだ苦しそうなのに。

 それでも、笑っている。

 

 その顔を見て、胸の奥がまた痛んだ。

 

 でも、さっきとは違う痛みだった。

 

「そして、彩葉」

 

「は、はいぃ?!」

 

 酒寄、いや彩葉の声が裏返った。

 

 かぐやが「おお」と小さく言う。

 

 名前を呼んだ。

 はっきりと。

 

 いや、厳密に言えば、先に呼んだのは彩葉の方だった。

 

 雅治は、雅治でいてもいいんだよ。

 

 さっき、彼女は確かにそう言った。

 たぶん、感情が高ぶっていたのだと思う。言葉を選ぶ余裕もなく、ただ届いてほしい一心で、俺の名前を呼んだ。

 

 そのくせ、自分が呼ばれる側になるとこれだ。

 

 顔が赤い。

 目が泳いでいる。

 口がぱくぱくしている。

 

 押す時はあれだけ強いのに、受けに回った瞬間、防御が薄すぎる。

 

 酒寄彩葉という人間は、やはりよく分からない。

 

 いや。

 

 少し分かってきた気もする。

 

 もう、取り繕わなかった。

 

「な、なな名前、今、名前」

 

「先に呼んだのは君だが」

 

「そ、それは! 流れというか! 場の空気というか! 今のはノーカウントでは!?」

 

「自己紹介のやり直し中だろう。むしろカウント対象では?」

 

「やめて。そういう冷静な正論で刺してこないで」

 

 かぐやが隣で目を輝かせていた。

 

「彩葉、顔まっか!」

 

「かぐや、今だけは味方して」

 

「えー? でも彩葉、雅治って言ったよ?」

 

「言ったけど! 言ったけどそういうのじゃなくて!」

 

「そういうのって何?」

 

「それを聞かないで!」

 

 彩葉は両手で顔を覆った。

 

 病み上がりのくせに、声だけはやけに元気だった。

 

 その様子を見て、胸の奥が少しだけ緩む。

 

 泣きそうだったのか。

 笑いそうだったのか。

 自分でも分からない。

 

 ただ、今は。

 

 このくだらないやり取りが、ひどくありがたかった。

 

 張り詰めていた空気が、少しだけ緩む。

 

 彩葉はまだ顔を覆っている。

 耳まで赤い。かぐやはその横で、にこにこと楽しそうに揺れている。

 

 ああ。

 

 こういう時間だった。

 

 いつからか、当たり前みたいに隣にあった時間。

 

 騒がしくて。

 馬鹿みたいで。

 くだらなくて。

 それなのに、妙に心地よかった時間。

 

 最初は、ただ見ているだけのつもりだった。

 

 これ以上、踏み込むつもりなんてなかった。

 手を貸すとしても、必要な時だけ。

 少しだけ支えて、あとは離れる。

 

 それでいいと思っていた。

 

 でも、違った。

 

「最初は、応援するだけのつもりだった」

 

「え」

 

 顔を覆っていた彩葉が、指の隙間からこちらを見る。

 

「かつての俺がたどった道を、そのまま走り抜けようとしている君を見たから、同じ穴に落ちてほしくないと思った」

 

 雨の夜。

 傘の下。

 震える声。

 赤ん坊のかぐや。

 

 あの時、俺は手を伸ばした。

 

「だから、あの雨の中で言葉をかけようと思った。俺の知っている背中によく似ていたから」

 

 彩葉は黙って聞いている。

 

 耳まで赤い。

 

 けれど、逃げなかった。

 

「でも、今はそうじゃない」

 

「ちょ、ちょっと待って。なに。なにをおっしゃろうとしているの、この人」

 

「初めて、誰かを応援したいと思った」

 

「待って」

 

「君の行く先を見たいと思った」

 

「待ってってば」

 

 かぐやが目を輝かせている。

 

 最高だ。

 完全に面白がっている。

 

「前に、ヤチヨについて語っていた君は、こんな気持ちだったんだな」

 

「やめて。そこで私のヤチヨ語りを引き合いに出さないで」

 

「いろPではなく、酒寄彩葉が俺の初推しだったんだ」

 

  ッ」

 

 彩葉が固まった。

 

 かぐやも固まった。

 

 少しして、彩葉の顔が一気に赤くなる。

 

「な、なななにを言って」

 

「事実だ」

 

「事実なら言っていいわけじゃないから!」

 

「前に君も似たようなことをヤチヨに対して言っていたのにか?」

 

「対象が違う! 距離感が違う! あと本人に真正面から言うのは違う!」

 

「そうなのか」

 

「そうです!」

 

 敬語になっている。

 

 珍しい。

 

 かぐやが、はっとした顔で俺を見る。

 

「ムムッ。じゃあ、かぐやは? 雅治はかぐや推しじゃなかったの?」

 

「かぐやへの推しもそうさ」

 

「ほんと?」

 

「あの夜、彩葉とかぐやに出会った時こそが、俺の推し活の始まりだったのさ。気づくのが遅くなったが」

 

「推し活!」

 

 かぐやは嬉しそうに跳ねた。

 

 彩葉は両手で顔を覆っている。

 

「なんでこんな流れになってるの……」

 

「やり直しを提案したのは君だが」

 

「ここまでとは思わないでしょ普通」

 

「俺も思っていなかった」

 

「でしょうね!」

 

 雲の切れ間から、少しだけ光が差した。

 

 雨は降っていない。

 虹も出ていない。

 

 それでも、さっきまでより空が明るく見えた。

 

 雲が晴れる時は、たぶんこんなふうに始まるのだと思った。

 

 いきなり青空になるわけじゃない。

 全部が綺麗に消えるわけでもない。

 

 ただ、重たい雲の端が少しだけ薄くなって、そこから光が差す。

 

 それだけで、呼吸は少し楽になる。

 

「よし」

 

 俺は、息を吐いた。

 

「行くぞ、二人とも」

 

「「どこに?」」

 

 彩葉とかぐやの声が重なった。

 

「決まっている。筋トレだ」

 

「なにがどうしてこうなったら、この雰囲気で筋トレに繋がんのかなー。かぐや不思議ーッ」

 

「ああ、うん。そうだよね。それが雅治だもの。そういえば学校でもこんなんだった気がしてきた」

 

「ここ数日、有酸素ばかりで筋力トレーニングをまったくしていない。筋損失がすでに起きている。それを補わなくてはならない」

 

「いや知らないわよ」

 

「それで、どうしてかぐやたちも一緒に行くワケェ?」

 

「遠慮はいらん」

 

「遠慮してるんじゃなくて拒否の方向なんだけど?」

 

「思う存分伸ばして、千切って、筋肉痛になればいい。ケアのマッサージはサービスにしよう」

 

「怖い! 言い方が怖い!」

 

「病み上がりの私は見学で」

 

「彩葉はストレッチだけだ。無理はさせない」

 

「そこはちゃんとしてるの、ずるいんだけど」

 

 かぐやが頬を膨らませた。

 

 彩葉が笑った。

 

 俺も、少しだけ笑えた。

 

 まだ全部が終わったわけじゃない。

 

 母のことも。

 父のことも。

 本家の声も。

 渡せなかった指輪も。

 

 何一つ、消えたわけではない。

 

 きっとまた夢を見る。

 また思い出す。

 また苦しくなる日もある。

 

 目を閉じれば、白い廊下に戻る夜もあるだろう。

 箱の中の指輪を見て、どうしようもなく息が詰まる日もあるだろう。

 父の沈黙を思い出して、本家の声が自分の声みたいに聞こえる時も、たぶんまだある。

 

 けれど。

 

 それでも、もう同じではない。

 

 あの白い廊下に一人で立ち尽くすだけではない。

 消えた表示灯の前で、ただ間に合わなかった自分を責め続けるだけでもない。

 

 思い出してしまうなら、思い出したままでいい。

 怖いなら、怖いままでいい。

 ちゃんとした顔ができないなら、できないままでもいい。

 

 そう言ってくれる声を、今の俺は知っている。

 

 今は、二人がいる。

 

 かぐやという太陽がいる。

 彩葉という、同じ泥の中で息の仕方を知った人がいる。

 

 その二人が、俺を見ている。

 

 ちゃんとした橘雅治ではなく。

 正しいシらぬイでもなく。

 壊れていない顔でもなく。

 

 ただの、()を。

 

「……行くぞ」

 

「はいはい、筋肉魔王様」

 

「勇者かぐやは逃げられませんかー?」

 

「逃がさん」

 

「やっぱ魔王だ!」

 

 笑い声が、公園に落ちた。

 

 雲の向こうで、光が少しだけ強くなる。

 

 それはまだ虹ではなかった。

 

 雲が晴れたからといって、すぐに空が綺麗になるわけではない。

 雨の匂いは残っている。

 足元の泥も、まだ乾いてはいない。

 

 けれど、見上げることはできた。

 

 その先に、いつか虹が出るかもしれないと。

 そんなふうに思えるくらいには、胸の奥に少しだけ空気が入った。

 

 雨の後に虹が出るのなら。

 

 きっと、その手前には、こういう時間があるのだと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なお、その十分後。

 

「痛い痛い痛い痛い! 筋肉魔王! これストレッチじゃなくて拷問だよぉ!」

 

「安心しろ。伸ばしているだけだ」

 

「千切れる! 勇者かぐや潰れる! 流れる! 溢れ出るゥ!」

 

「千切れはしない。少し世界が広がるだけだ」

 

「言い方が魔王なのよ」

 

「ところで、彩葉」

 

「なに」

 

「ストレッチだけと言ったが、体幹は軽く入れる」

 

「裏切ったな、筋肉魔王」

 

「筋肉は裏切らない」

 

「人間性の話をしてるのよ」

 

 虹の前に、まず悲鳴が上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最後までお読みいただきありがとうございました、第二十話でした。


雅治エピソード、ここでようやく一旦落です。
重い過去、重い自己否定、重い救済。
そして最終的に筋肉魔王。

どうしてこうなった。

でも、雅治という人間はたぶんそういう子です。
考えすぎて沈むし、怖くて逃げるし、自分のことは許せない。
けれど、最後には誰かのために走ってしまう。

かぐやの太陽みたいな真っ直ぐさと、彩葉の「同じ泥を知っている」言葉で、ようやく少しだけ雲が晴れた話でした。

まだ虹ではないけれど、その手前くらいまで。

番外編を時間列に合わせて本篇の合間に入れてみる?

  • 話の展開やネタの繋がりがあってよさそう。
  • 「番外」やから別途でいいんじゃね?
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

どうせなら、キャンバスは白いほうがいい(作者:中山の補題)(原作:超かぐや姫!)

赤ん坊のころに孤児院の前に捨てられていた男の子、清水眞白のお話。色んな人と関わって、沢山のことを知りながら成長していく。その先で、人生はどのようになっていくのか。▼


総合評価:454/評価:7.94/連載:14話/更新日時:2026年06月09日(火) 01:00 小説情報

超かぐや姫! ヤチヨのかくれんぼ(作者:夜叉竜)(原作:超かぐや姫!)

 月見ヤチヨ、八千歳。得意な事はかくれんぼ。今日も彼女はかくれんぼをしている。大切な友達と。▼ 


総合評価:680/評価:7.94/連載:8話/更新日時:2026年06月22日(月) 21:00 小説情報

八千と百六八年(作者:節足甲殻)(原作:超かぐや姫!)

なんて綺麗で美しくて残酷なのだろう。▼それでもやっぱり、笑顔が見たい。▼ノリと勢いで書いちゃいました。映画と小説の情報をもとに書いていきます。▼小説初挑戦の筆者ですが、長い目で見ていただけると嬉しいです。▼(2026/4/25)日間ランキング五位、誠にありがとうございます。


総合評価:689/評価:7.39/連載:5話/更新日時:2026年05月11日(月) 12:00 小説情報

超お世話係!(作者:チクワ)(原作:超かぐや姫!)

▼ 「──じゃあ、俺にお世話させてください」▼  1人で生きて欲しくない、1人で綺麗に生きたかった男の話。


総合評価:1693/評価:8.53/連載:31話/更新日時:2026年06月09日(火) 18:00 小説情報

よくある男オリ主もの(作者:SeA)(原作:超かぐや姫!)

超かぐや姫を見て、小説読んで、書きたくなった。▼いろPのアパートの隣の部屋に住んでて、KASSENが強くて、ヤチヨにこっそり特別扱いされてる。▼そんなよくあるオリ主くんの話。


総合評価:933/評価:8.75/連載:4話/更新日時:2026年06月28日(日) 21:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>