今日も正常営業。ただし“そういうとこ”を添えてー   作:火力万能主義

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ふぅーやり切ったぜ。
やっぱシらぬイはいい。


クヘヘヘヘッ今夜も寝かさねーぜ!


やっっっべルビー誤字った上に途中抜けてたから再投稿ですマジですみません!


第二十一話 日常は戻った、平穏とは言ってないが

第二十一話 日常は戻った、平穏とは言ってないが

 

 

 

 日常は、戻ってきた。

 

 笑って。

 突っ込んで。

 呆れて。

 また騒がしくなる。

 

 そのことが、少しだけ信じられるようになった。

 

 だからこそ、人は忘れてはいけない。

 

 日常とは、決して平穏と同義ではないということを。

 

 特に。

 

 そこに、シらぬイがいる場合は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の放課後。

 

 酒寄彩葉の部屋には、妙な沈黙が落ちていた。

 

 ちゃぶ台の上には、温かいお茶が三つ。

 クッションの上には、いつも通り両足をぱたぱたさせているかぐや。

 そして向かいには、背筋を伸ばして座る橘雅治。

 

 昨日の今日である。

 

 全部が変わったわけではない。

 何もかもが解決したわけでもない。

 けれど、確かに何かが一つ、越えた。

 

 そういう空気が、部屋の中に微妙な気まずさとして残っていた。

 

「たちばな君」

 

「……ああ」

 

「……」

 

「……」

 

「なに、この間」

 

「いや」

 

「いやって何」

 

「その、昨日のことがあるから」

 

「昨日のことって何」

 

 彩葉はわざとらしく首を傾げた。

 

 別に分かっていないわけではない。

 

 分かっている。

 分かっているからこそ、あえて聞いた。

 

 だが、その直後。

 

 横から、かぐやがきらきらした目で言った。

 

「雅治って呼ばれたこと?」

 

かぐやぁぁぁぁぁぁ!

 

 彩葉の声が、部屋に響いた。

 

 かぐやはびくりと肩を跳ねさせ、それから両手を上げる。

 

「かぐや、正解言っただけ!」

 

「そういう時は正解でも言わなくていいの!」

 

「えー。ニヤニヤTimeなのに」

 

「その単語どこで覚えたの」

 

「コメント!」

 

「ツクヨミのコメント欄、教育に悪すぎんだろ」

 

 彩葉は顔を片手で覆った。

 

 顔が熱い。

 

 昨日、自分が言った。

 

 雅治は、雅治でいていい。

 

 橘雅治でも、僕でも、俺でも。

 全部、雅治なのだと。

 

 それは本心だった。

 

 本心だったからこそ、いざ自分がその名前を意識すると、急に扱い方が分からなくなる。

 

 押す時は強いくせに、受けに回ると防御が薄い。

 

 昨日、自分がそう思われたかもしれないことまで思い出して、さらに顔が熱くなった。

 

「たち……」

 

 彩葉は言いかけて、止まった。

 

 雅治がこちらを見る。

 

 かぐやが身を乗り出す。

 

 空気が無駄に張り詰めた。

 

「……雅治、体調はどう?」

 

 言った。

 言ってしまった。

 

 たった名前を呼んだだけなのに、なぜこんなにも疲れるのか。

 

 彩葉は自分でも分からなかった。

 

 雅治は少しだけ目を伏せる。

 

 いつものように、大丈夫だ、と言うのだと思った。

 

 けれど。

 

「……少し眠い

 

 返ってきたのは、それだった。

 

 彩葉は瞬きをした。

 かぐやも瞬きをした。

 

 数秒。

 沈黙。

 

「……言った」

 

「言ったね」

 

「雅治が、大丈夫以外のこと言った」

 

「珍獣扱いするな」

 

 雅治が低く返す。

 

 だが、彩葉とかぐやはしばらく感動したような顔をしていた。

 

「いや、だって」

 

「だって!」

 

「本当に珍しいし」

 

「珍しい!」

 

「君たちは俺を何だと思っているんだ」

 

「大丈夫って言いながらいつの間にか消えてそう」

 

「大丈夫って言いながら紐なしバンジーで受け身して成功しそう!」

 

「……否定しづらい」

 

 雅治は珍しく言葉に詰まった。

 

 彩葉は少し笑った。

 

 からかうための笑いではない。

 

 安心したから、漏れた笑いだった。

 

「じゃあ、今日は早く寝なよ」

 

「努力する」

 

「努力じゃなくて、寝るの」

 

「善処する」

 

「政治家みたいに逃げない」

 

「……分かった。寝る」

 

「素直でよろしい」

 

「珍しい!」

 

「だから珍獣扱いをやめろと言っている」

 

 かぐやが楽しそうに笑った。

 

 彩葉も、つられて笑った。

 

 昨日までの重たさが、完全に消えたわけではない。

 

 それでも。

 

 こうして笑える。

 

 それが、少しだけ嬉しかった。

 

「今日はかぐや、働きます!」

 

 唐突に、かぐやが両手を上げて宣言した。

 

 彩葉はお茶を飲みかけて、止まる。

 

「働く?」

 

「うん! 彩葉に楽してもらう!」

 

「いい心がけだな」

 

 雅治が頷いた。

 

 かぐやは胸を張る。

 

「だから、彩葉の代わりにパンケーキ食べる!」

 

「「働け」」

 

 彩葉と雅治の声が重なった。

 

「えー!」

 

「えーじゃない」

 

「かぐや、それは働いているんじゃなくて暇しているだけだ」

 

「彩葉がパンケーキ食べると、彩葉が動かないといけないでしょ?」

 

「うん」

 

「かぐやが代わりに食べると、彩葉は動かなくていい」

 

「その動くの意味と理屈で通れるとでも?」

 

「かぐや、彩葉のために頑張る!」

 

「まず自分の皿を片付けるところから頑張って」

 

 かぐやはテーブルの上を見た。

 

 そこには、昼に食べた小さな菓子の包み紙が残っている。

 

「……これは、思い出」

 

「ゴミ」

 

「記念品」

 

「ゴミ」

 

「彩葉きびしいぃ」

 

「生活指導です」

 

 かぐやはしぶしぶ包み紙を片付けた。

 

 雅治がそれを見て、静かに言う。

 

「偉いぞ」

 

「えへへ」

 

「褒めないで。すぐ調子に乗るから」

 

「褒められて伸びるかもしれないよ?」

 

「伸びた結果がパンケーキの追加注文なのよ」

 

 かぐやは聞こえないふりをして、スマコンを手に取った。

 

「じゃあ、ツクヨミ行く?」

 

「今日は少しだけね」

 

「うん!」

 

「少しだけだからね」

 

「分かってる!」

 

「分かってる時の返事じゃない」

 

 彩葉はため息をつく。

 

 だが、止めはしなかった。

 

 重い話の後に、日常へ戻る。

 

 それには、たぶんこういう騒がしさも必要なのだと思ったからだ。

 

 雅治は、そんな二人のやり取りを黙って見ていた。

 

 かぐやが笑う。

 彩葉が突っ込む。

 また、かぐやが頬を膨らませる。

 彩葉がため息をつきながらも、どこか柔らかい顔をする。時には折れてしまう。

 

 それは、少し前までなら見落としていたかもしれなかった光景。

 

 自分が何とかしなければならない。

 自分が支えなければならない。

 自分がそこにいなければ、また何かが崩れるかもしれない。

 

 そんなふうに考えて、勝手に背負って、勝手に張り詰めていた。

 

 けれど今、目の前の二人はちゃんと笑っている。

 

 彩葉は、駄目な時は言うと言った。

 かぐやは、彩葉のために働くと言った。内容はともかく。

 

 なら。

 

 今なら、行ってもいいのかもしれない。

 

 逃げるためではなく。

 突き放すためでもなく。

 役目を放り出すためでもなく。

 

 ただ、二人を信じて、自分の足で少しだけ離れる。

 

 雅治は、小さく息を吐いた。

 

「彩葉、かぐや」

 

「ん?」

 

「なに、雅治?」

 

「俺は、今日は先に帰る」

 

 彩葉は少しだけ目を丸くした。

 

 けれど、理由は聞かなかった。

 

 昨日までなら、聞いていたかもしれない。

 大丈夫なのか。

 何かあったのか。

 また一人で抱え込んでいないか。

 

 でも、今は。

 

「うん」

 

 彩葉は、そう頷いた。

 

「ちゃんと休んでね」

 

「ああ」

 

「大丈夫じゃない時は言うこと」

 

「分かっている」

 

「ほんとに?」

 

「本当に」

 

 かぐやが両手を振った。

 

「雅治、またね!」

 

「ああ。またな」

 

 それだけだった。

 

 理由も、言い訳も、説明もない。

 

 けれど、不思議とそれで足りた。

 

 雅治は玄関へ向かう。

 

 扉を開ける直前、背後から彩葉の声がした。

 

「雅治」

 

 振り返る。

 

 彩葉は少し照れたように視線を逸らしながら、それでも言った。

 

「おやすみ」

 

 雅治は、一瞬だけ言葉に詰まった。

 

 それから、少しだけ表情を緩める。

 

「……おやすみ」

 

 扉が閉まる。

 

 廊下に出た雅治は、しばらくその場に立っていた。

 

 胸の奥が、少しだけ軽い。

 

 誰かの前から離れることが、こんなにも怖くない日は、たぶん初めてだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜。

 

 ツクヨミの一角に、やけに白いスタジオが用意されていた。

 

 調理配信用のキッチンスタジオ。

 

 磨かれた作業台。

 清潔な調理器具。

 整然と並べられた材料。

 柔らかな照明。

 

 画面だけを見れば、料理番組の収録現場のように見える。

 

 ただし。

 

 中央に立っているのが、シらぬイであることを除けば。

 

 いつもの白髪に、いつもの服装。

 ただし、今日は料理配信だからか、左腕の籠手だけは外している。

 

 しかし、シらぬイは珍しくも静かだった。

 

 奇声もない。

 爆発もない。

 巨大機械もない。

 謎の兵器もない。

 

 目の前の作業台に置かれているのは、一尾の鯛。

 

 ただし、ツクヨミ内で一分の一スケールに再現された、やけに精密な鯛だった。

 

 鱗の一枚一枚。

 身の張り。

 骨の位置。

 内臓の配置。

 皮目の質感。

 

 妙なところで無駄に本格的である。

 

 シらぬイは、無言のまま包丁を取った。

 

 まず、鱗を落とす。

 

 しゃり、しゃり、と細かな音が鳴る。

 

 刃を寝かせ、皮を傷つけすぎないように、尾の方から丁寧に鱗をこそげる。

 次に腹を開き、内臓を取り出す。

 血合いを洗い、骨の位置を確認し、余分な水分を拭き取る。

 

 動きは静かだった。

 

 淡々としていた。

 

 それでいて、手つきには迷いがない。

 

『普通に料理してる』

『今日めっちゃ静か』

『包丁さばき綺麗だな』

『ツクヨミなのに爆発してない』

『シらぬイが料理してるだけで不安になる』

『今日もえらい静かな配信やな、ツクヨミなのに』

『それはそう』

『ツクヨミへの信頼どうなってんだ』

 

 シらぬイは処理を終えた鯛の腹へ、香草の代わりに昆布を差し込んだ。

 

 続いて、ボウルを用意する。

 

 卵白。

 粗塩。

 

 それらを混ぜ合わせ、白く重たい泥のような塩生地を作っていく。

 

 泡立てるのではない。

 

 練る。

 

 卵白が塩をまとめ、塩が形を保ち、熱を受けることで硬い殻になる。

 

 シらぬイの吹き出しが表示された。

 

『塩釜焼き』

 

『素材を塩で包み、蒸し焼きにする調理法』

 

『卵白を加えることで、塩は成形しやすくなり、焼成後に強度を持つ』

 

『ちゃんと料理解説してる』

『いつかの空気だ』

『ちゃんと食べる方が続きます編』

『このまま終われば良配信』

『このまま終わると思うか?』

『思わない』

『思えない』

 

 シらぬイは、作業台に塩生地を敷いた。

 

 その上に鯛を置く。

 さらに上から塩生地をかぶせ、全体を覆う。

 鯛の形をなぞるように、白い塩の殻が整えられていく。

 

 最後に表面をならし、余分な隙間を埋める。

 

 そこには、白い鯛の彫刻のようなものが完成していた。

 

 静かだった。

 あまりにも静かだった。

 

 だからこそ、誰もが油断した。

 

 シらぬイは手を止める。

 

 顔を上げる。

 そして、吹き出しを出した。

 

『では』

 

『本日のメインとなります』

 

 コメント欄が、一瞬で凍った。

 

『あっ』

『終わった』

『今からか』

『今まで前菜だったの?』

『鯛の塩釜焼きが前座扱い』

『逃げろ』

『何が来る』

『やっぱり来るのか』

 

 シらぬイは、作業台の下から何かを取り出した。

 

 ベルトだった。

 

 見覚えがあるような、ないような、しかし明らかに何らかの変身を前提としているベルト。

 

 それを、腰へ巻く。

 

Best Driver !!

 

 なお、本人は無言である。

 

 代わりに、吹き出しが出た。

 

『実験を始めよう』

 

 コメント欄が爆発した。

 

『こ、これは』

『まさか』

『本当にやるんですね!?』

『来るぞ遊馬!』

『逃げろ東〇』

『いや怒られる怒られる』

『ギリギリを攻めるな』

『アウト寄りのセーフか?』

『セーフ寄りのアウトだろ』

『もう音声の時点で不安しかない』

 

 シらぬイは構わなかった。

 

 ベルトの左右に、卵型の小瓶と塩入れ型の小瓶を装填する。

 

Salt !

 

Tamago !

 

Best Food !!

 

 先ほどまで静かな調理配信だった空間に、どこかで聞いたことがあるような、ないような、絶妙に怒られそうで怒られない範囲を狙った電子音声が響き渡った。

 

 そして、無駄に滑らかな動作でレバーを回す。

 

『『『変身だぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!』』』

 

 コメント欄の方が先に叫んだ。

 

 瞬間、シらぬイを中心に、前後から二枚の装甲が展開される。

 

 一つは、乳白。

 卵の殻を思わせる、滑らかな白色装甲。

 

 もう一つは、白色。

 塩の結晶を思わせる、淡く透けるような装甲。

 

 それぞれが左半身、右半身を斜めに重ねるように形を成し、シらぬイの身体を挟み込む。

 

 濃い蒸気が噴き上がった。

 

 焼成。

 

 硬化。

 

 固定。

 

 調理なのか、変身なのか、建築なのか、誰にも分からない工程を経て、白と乳白色の戦士がそこに立った。

 

穢れを祓う白銀の結晶 !

 

ソルティータマGO !

 

Yeahhhhh !

 

 謎の歓声が響く。

 

 浄化の力、塩。

 生命の力、卵。

 

 その二つを合わせ持つ純白の戦士が、ここに降臨した。

 

『変身キタァァァァァァ!』

『生きててよかった』

『変身! こいつ変身したよママぁ!』

『完成度高ぇーなオイ』

『まさかのベストマッチ系か』

『シらぬイが変身するなら邪神か社長だと思ってた』

『卵と塩で変身するライバー、世界初では?』

『一生世界初のまま終わってくれ』

『なんで調理配信で変身してるの?』

『いつものことだろ』

『いつものことなのが怖いんだよ』

 

 彩葉は画面の前で、無言で頭を抱えていた。

 

 隣では、かぐやが目を輝かせている。

 

「かっこいい!」

 

「頭が痛い」

 

「白い! 卵! 塩!」

 

「叫ばずとも頭が痛いから」

 

「ソルティータマGO!」

 

「楽しそうで何よりだよ」

 

 彩葉は諦めた。

 

 シらぬイの配信で常識を守ろうとする方が間違っている。

 

 それはもう、ここしばらくで嫌というほど学んだ。

 

 シらぬイは、ゆっくりと片手を掲げた。

 

 そこに吹き出しが表示される。

 

『今日の実験のお題はこちら』

 

 そして、背景に巨大なテロップが出た。

 

『お手軽に作れるよ!

 食べられるコンクリート!』

 

 ふむ。

 

 アホか。

 

 いや。

 

 シらぬイ(いつもの)だった。

 

『まって』

『雲行きが怪しい』

『料理配信だよね?』

『食べられるコンクリートって何』

『食べ物で作るな』

『食べられる必要ある?』

『理科の授業が始まる気配』

『逃げろ』

 

 シらぬイは無言のまま、白い装甲に包まれた手を作業台へ向けた。

 

 そこには、すでに完成した塩釜が置かれている。

 

 正確には、塩釜だったものが。

 丸く削られ、磨かれ、表面を滑らかに整えられた、白い球体。

 

 大きさは、握り込める程度。

 

 見た目だけなら、少し大きめの()()()

 あるいは、白い鉛玉

 

 シらぬイの吹き出しが表示される。

 

『卵白と塩を混ぜて焼く』

 

『すると、硬い塩釜ができる』

 

『この塩釜の硬度は、現代文明の基礎たるコンクリートに匹敵する』

 

『料理配信とは?』

『いきなり建築史の講義』

『現代文明の基礎って言い出した』

『食べられるコンクリートってそういうこと!?』

『コンクリートを食べるんじゃなくて、食べ物でコンクリートを作るのか』

『どっちにしろおかしい』

『なぜ丸めた』

『なぜ磨いた』

『なぜ握った』

 

 シらぬイは、両手に白い球体を握った。

 

 そして、ゆっくりとカメラを見る。

 

 吹き出し。

 

『では問題です』

 

『それをシらぬイの腕力パラメータ限界値で投擲した場合、最終的な運動エネルギーはいくつになるか』

 

『ただし、空気抵抗および重力による変動は除くものとする』

 

 コメント欄が一瞬、静まり返った。

 

 数秒後。

 

『物理だ』

『料理どこ行った』

『卵と塩から運動エネルギーに飛んだ』

『問題文が受験』

『なお実験で求める気だろこいつ』

『やめろ』

『やめろ』

『逃げろ』

『逃げて』

『あっだから参加型...!』

 

 カメラが切り替わる。

 

 そこには、今日の視聴者参加型企画に応募し、見事抽選に当選した参加者たちが並んでいた。

 

 壱号を筆頭とする、元・修正者軍団。

 

 かつてシらぬイへ詫び文を送り、それ以降ほぼ一方通行で配信を見守る立場に戻っていたはずの者たち。

 

 けれど。

 

 久方ぶりの視聴者参加型。

 

 しかも、シらぬイ本人が直々に用意した実験配信。

 

 彼らは懲りずに来た。

 来てしまった。

 

 勇者として。

 

 いや。

 

 愚者として。

 

「え、あの」

 

 壱号が恐る恐る手を上げた。

 

「シらぬイ様? 今日の企画って、お料理体験って聞いてたんですけど」

 

 シらぬイは頷いた。

 

『料理です』

 

「今、運動エネルギーって」

 

『料理と物理は両立する』

 

「両立させないでいただいても」

 

『火力とは何か』

 

「え?」

 

 シらぬイは、白い塩釜弾を指先で弄びながら、吹き出しを出した。

 

 

『硬さ×速さ=火力である』

 

 

『数式が雑』

『でも納得しそうになるのやめろ』

『火力万能主義だ』

『硬さと速さは暴力なんよ』

『料理配信で火力の定義を始めたよこの人』

『火力は料理用語でもあるから余計にややこしい』

『逃げて壱号さん』

『もう遅い』

 

 シらぬイが、壱号たちを指差した。

 

『さて、この数式の答えを見つけるには、実験がいる』

 

 壱号たちが一歩下がる。

 

 シらぬイは一歩進む。

 

『そして、目前には、等身大で自由に動き回る物体が十といくつ』

 

「待って」

 

「待ってください」

 

「嫌な予感しかしないです」

 

「俺たち、物体(オブジェ)扱いですか?」

 

「いや、自由に動き回るの部分だけ無駄に正確なのが怖い」

 

 シらぬイは、親指を立てた。

 

『お前が的な』

 

「「「そんな殺生なぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!」」」

 

 号砲のような悲鳴が、ツクヨミの白いスタジオに響き渡った。

 

 次の瞬間。

 

 元・修正者軍団(哀れなモルモット)らは、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

 

 壱号は右へ。

 弐号は左へ。

 参号はなぜか天井へ。

 肆号は物陰へ。

 伍号は最初から土下座を始めた。

 

『逃げ足が速い』

『ちゃっかり躾られているw』

『さすが元修正者軍団』

『実験体としての練度は高い』

『5号www』

『「悲報」五号さん、初手降伏』

『なお許されない模様』

 

 シらぬイ(ピッチャー)が構える。

 

 右手に塩釜弾。

 左手にも塩釜弾。

 

 肩幅に足を開き、わずかに腰を落とす。

 

 変身後の純白装甲が軋むように鳴った。

 

 いや。

 

 実際には鳴っていない。

 

 ただ、視聴者の脳内には確かに聞こえた。

 

 これは来る、と。

 

 ダダダダダダダダダダッッッ!!

 

 白い弾丸が空間を裂く。

 

 シらぬイの左半身を覆う乳白色の装甲。

 その表面から生成された浄化の塩(ウマジオ)が、瞬く間に圧縮され、丸く削られ、弾丸として撃ち出されていく。

 

 腕を振る。

 指で弾く。

 手首で撫でる。

 肘で打つ。

 

 一つ一つの動作は武術めいていて、けれど放たれるものは()だった。

 

『塩だ』

『塩なんだよなぁ』

『絵面はかっこいいのに塩で草』

『白い弾丸かっけぇ』

『なお成分』

『浄化されるぅ!』

『塩害だぁぁぁ!』

 

 壱号たちは逃げた。

 

 逃げて、転がって、壁を蹴り、床を滑り、全力で生き延びようとした。

 

 だが、シらぬイの弾幕は容赦がない。

 

 真正面から来る弾を避けた先に、跳弾。

 壁際に逃げれば、壁ごと貫通。

 空中に逃げれば、予測射撃。

 伏せれば、床を削った破片が塩の雨となって降る。

 

「やっぱり料理配信じゃないですよねこれぇぇぇぇ!」

 

『料理カテゴリです』

『料理カテゴリの姿か?これが』

『シらぬイの料理カテゴリだぞ』

『納得するな』

『納得したくないけど納得した』

 

 しかし。

 

 逃げるだけでは終わらない。

 

 彼らは、元・修正者軍団である。

 

 かつてやらかした。

 盛大にやらかした。

 けれど、その分だけ、妙な根性と適応力だけはあった。

 

「壱号さん!」

 

「なんだ弐号!」

 

「このままでは一方的に塩漬けです!」

 

「分かっている!」

 

「反撃しましょう!」

 

「……やるか!」

 

 壱号が声を張り上げた。

 

「全員、武器を取れぇぇぇぇ!」

 

 その声に応じるように、参加者たちが一斉に動いた。

 

 剣を持つ者。

 槍を構える者。

 盾を掲げる者。

 弓を引く者。

 なぜかフライパンを持つ者。

 陰陽師風のアバターで札を構える者。

 鞭を手に、低く腰を落とす者。

 

 十といくつの影が、シらぬイを中心に円を描いた。

 

 取り囲む。

 逃げ場を潰す。

 弾幕の死角を探す。

 

『おお?』

『反撃だ』

『元修正者軍団、ついに立つ』

『やめとけ』

『でも熱い』

『これはこれで見たい』

『壱号さん頑張れ』

『勝てるとは言ってない』

 

 シらぬイは動かない。

 

 白と乳白の装甲を纏ったまま、静かに立っている。

 

 右腕には、卵状の盾。

 

 朝食の守護者(サンライズ・いぇろー)

 

 卵の殻を思わせる丸みを帯びた盾が、淡い黄色の光を放っていた。

 

 まるで朝日を閉じ込めたような、妙に神々しい盾だった。

 

 材料は卵だが。

 

「行くぞォ!」

 

 壱号が叫ぶ。

 

 その瞬間、包囲が収縮した。

 

 剣が走る。

 槍が突き出される。

 矢が放たれる。

 フライパンが唸る。

 

 シらぬイは右腕を上げた。

 

 朝食の守護者(サンライズ・いぇろー)が、前面に展開される。

 

 金属音にも似た高い音が響いた。

 

 剣が弾かれる。

 槍が逸らされる。

 矢が砕かれる。

 フライパンが、なぜかフライパンの方から悲鳴を上げたように震える。

 

「硬ぇ!」

 

「卵なのに!」

 

「卵の概念を守れや!」

 

『卵の盾www』

『サンライズ・いぇろー、普通に強い』

『朝食の守護者』

『何そのネーミングセンスwww』

『卵は完全栄養食だからな』

『たしかに』

 

 次の瞬間、シらぬイが両手を地面へ叩きつけた。

 

 白い装甲が発光する。

 

 床に白い亀裂が走った。

 

「下だ!」

 

 誰かが叫ぶより早く。

 

 地面を突き破って、塩の結晶が生えた。

 

 一本。

 

 二本。

 

 三本。

 

 四角い塩柱が、周囲を巻き込むように天へ伸びる。

 

 結晶の塔。

 

 白い防壁。

 

 攻撃と防御が一体化した、即席の塩の城壁。

 

「うわぁぁぁぁ!?」

 

「囲まれた!」

 

「高い高い高い!」

 

「塩柱ってそういうスケールで出るもの!?」

 

『塩の結晶すげぇ』

『普通に幻想的』

『なお被害』

『*これは料理配信です』

『料理から物理、物理から建築』

『カテゴリ迷子』

『シらぬイそのものがカテゴリだから』

 

 塩柱の影から、シらぬイが跳んだ。

 

 重いはずの装甲を纏っているのに、動きは軽い。

 

 足裏が塩柱を蹴る。

 白い軌跡が走る。

 宙で身体をひねり、右腕の盾を振り抜く。

 

 朝食の守護者(サンライズ・いぇろー)が、敵の剣を受け止める。

 

 受け止めたまま、回す。

 

 盾の縁が、相手の胴を打った。

 

 打撃のエフェクトが弾ける。

 

「ぐえっ!」

 

 吹き飛ぶ。

 

 続いて、背後から槍。

 

 シらぬイは見ていない。

 

 だが、盾を背面へ回し、穂先を受けた。

 

 そのまま左手の塩弾。

 

 至近距離。

 

 ぱぁん、と白い閃光が弾ける。

 

 槍使いの額に『塩』。

 

「ダッセぇぇぇええええ!!!」

 

『浄化完了』

『額に塩ほんと笑う』

『戦闘中のマーキング便利だな』

『倒した相手に塩を刻む男』

『勝利演出がしょっぱい』

『うまいこと言うな』

 

 その時だった。

 

 塩柱の影を縫って、陰陽師アバターの参加者が滑り込んだ。

 

 黒い狩衣。

 白い紙垂。

 手には、光る札。

 

「今だ!」

 

 札が投げられる。

 

 紙片は塩弾の隙間を抜け、シらぬイの胸部装甲へ貼りついた。

 

 ばちり、と音が鳴る。

 

 第十三式拘束札術式。急急如律令。

 

 光の文字が装甲の上に走り、シらぬイの動きが一瞬止まった。

 

『入った!』

『拘束成功!?』

『やるじゃん陰陽師ニキ』

『これは勝機』

『今だ行け!』

『囲め囲め!』

 

 鞭使いが走った。

 

 蛇のようにしなる鞭が、シらぬイの右腕へ巻きつく。

 

 さらに一巻き。

 

 左腕。

 

 胴。

 

 足。

 

 動きを止める。

 

「捕まえた!」

 

 その声と同時に、周囲の参加者たちが再び接近する。

 

 剣。

 槍。

 斧。

 フライパン。

 なぜか麺棒。

 

 一斉に、白い戦士へ迫る。

 

『いける!』

『今度こそ!』

『シらぬイ拘束された!』

『いやでも相手シらぬイだぞ』

『ここから何か来る』

『来るな』

『来るぞ』

 

 シらぬイは、動かなかった。

 

 いや。

 

 動けなかった。

 

 札により拘束され、鞭により縛られ、武器を持つ者たちに囲まれている。

 

 絶体絶命。

 

 少なくとも、見た目だけなら。

 

 その胸元に貼りついた札が、じわりと黒く染まり始めた。

 

「……え?」

 

 陰陽師アバターの声が漏れる。

 

 黒く染まった札が、端から燃えた。

 

 炎ではない。

 

 塩が水分を奪うように。

 不浄を削り落とすように。

 その紙片は、音もなく焼け落ちていく。

 

 シらぬイの吹き出しが表示された。

 

『悪霊退散』

 

「そんな能力あり!?」

 

『あった』

『あったじゃないんだよ』

『塩で祓う、シンプルに強い』

『札ニキピンポイントでメタられてるやん』

『浄化の塩だからな』

『料理配信から退魔に行くな』

『退魔ライバー、シらぬイ』

 

 次に、鞭が白く染まった。

 

 結晶化。

 拘束していた鞭の繊維一本一本に塩が入り込み、硬化し、脆くなる。

 

 ぴしり。

 

 小さな音。

 

 次の瞬間、鞭が砕け散った。

 

「俺の鞭ぃぃぃぃ!」

 

 自由になった右腕。

 

 朝食の守護者(サンライズ・いぇろー)が回る。

 

 盾の縁が、迫っていた剣を弾き飛ばす。

 

 左腕が振られる。

 

 指先から生成された塩弾が三連射。

 

 額。

 肩。

 膝。

 

 三人同時に『塩』。

 

「「「俺たち食材じゃねぇぇぇ!」」」

 

 シらぬイは、一歩踏み込んだ。

 

 ここから先は、反撃ではない。

 

 ただの蹂躙だった。

 

 シらぬイが、右腕の盾を胸の前へ掲げる。

 

 朝食の守護者(サンライズ・いぇろー)が淡く光った。

 

 卵の殻のような表面に、細かな亀裂が走る。

 

 割れるのではない。

 

 ()()()()

 

『 Egg Clone 』

 

 電子音声が響いた。

 

 次の瞬間、シらぬイの足元から、黄色い何かが飛び出した。

 

「ぴよォォォォォォ!」

 

 黄色い全身タイツ。

 

 頭には小さなとさかのような飾り。

 

 丸い目。

 妙に力強いポーズ。

 ひよっこ。

 

 いや。

 

 卵分身。

 

 しかも一体ではない。

 

「ぴよォ!」

 

「ぴよぴよォ!」

 

「ぴぃぃぃよォォォ!」

 

 増える。

 

 増える。

 

 増える。

 

 黄色い全身タイツの群れが、奇声と共にスタジオを埋めていく。

 

『何これ』

『何これ』

『何これ』

『視聴者が語彙を失ったテイク12345』

『ひよこ?』

『ひよっこ?』

『卵分身www』

『かわいくない』

『かわいいけど圧がすごい』

『黄色い全身タイツの変態軍団』

『言い方』

『でも否定できない』

 

「なんですかこれぇぇぇ!?」

 

 壱号が叫ぶ。

 

 シらぬイは答えない。

 

 ただ、右手を振った。

 

 卵分身たちが一斉に走り出す。

 

「ぴよォォォォ!」

 

 拳闘(ボクシング)

 

 一体が参加者へ飛びかかり、妙に綺麗なワンツーを叩き込む。

 

「ぴよっ、ぴよっ」

 

 ジャブ。

 ストレート。

 フック。

 アッパー。

 

 黄色い全身タイツのくせに、フォームだけは異様に良い。

 

「ひよこに殴られてる!」

 

「ひよこじゃない! 分身だ!」

 

「どっちでも嫌だ!」

 

 別の分身は、朝食の守護者(サンライズ・いぇろー)の小型版を抱えて走っていた。

 

 盾を構える。

 

 跳ぶ。

 

 回る。

 

 どこかで見たことがあるような、だがたぶん気のせいで済ませたい軌道で、盾をフリスビーめいて投げつける。

 

 盾が参加者の盾に当たる。

 跳ねる。

 別の参加者の後頭部へ当たる。

 さらに跳ね、塩柱に当たり、戻ってくる。

 

 小型盾を投げた分身が、得意げに受け止めた。

 

「ぴよ」

 

『盾投げたwww』

『黄色いキャプテン』

『怒られるぞ』

『いやギリギリ別物』

『どこが?』

『ぴよって言ってる』

『ならセーフか』

『なるな』

 

 さらに、シらぬイ本体が動いた。

 

 足元を走っていた卵分身の一体、その足首を掴む。

 

「ぴよ?」

 

 シらぬイ(バッター)構える。

 

 振りかぶる。

 

 全力で振る。

 

『ド根性バット』

 

 テロップが出た。

 

「ぴよォォォォォォ!?」

 

 卵分身が、バットのように振り抜かれた。

 

 参加者三人がまとめて吹き飛ぶ。

 

「「「ぎゃぁぁぁぁぁ!」」」

 

『仲間を武器にした』

『倫理観』

『分身だからセーフ?』

『分身の悲鳴が聞こえたんですが』

『ぴよォって言ってた』

『でも元気そう』

『黄色い全身タイツ、耐久力高いな』

 

 振られた卵分身は、床を転がったあと、むくりと起き上がった。

 

「ぴよ」

 

 親指を立てる。

 

『無事だった』

『プロ根性』

『ド根性バット本人がド根性あるの草』

『本人とは』

『分身です』

 

 シらぬイは、今度は別の卵分身の足首を掴んだ。

 

 ぶらり。

 

「ぴ?」

 

 シらぬイが、槍投げのように身体をひねる。

 

 テロップ。

 

南斗人間砲弾(ゲイ・ボルグ)・偽』

 

「ぴよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 投げた。

 

 黄色い弾丸が飛んだ。

 

 空中で分身は両腕を広げ、なぜかきりもみ回転する。

 

 そのまま、包囲していた参加者たちの中央へ突っ込んだ。

 

 爆発。

 

 ではなく。

 

 黄色いエフェクト付きの衝撃波。

 

 黄色い光が弾け、参加者たちがまとめて宙を舞う。

 

「人間じゃない!」

 

「卵分身砲弾だ!」

 

「どっちにしても嫌だ!」

 

『南斗人間砲弾・偽www』

『偽って付ければ許されると思うな』

『人間じゃないから偽』

『なるほど』

『なるほどじゃない』

『ランサーが死んだ!』

『この人でなし!』

『ぴよ砲弾』

『名前かわいいのにやってること蛮族』

 

 その時。

 

 大量の卵分身の中から、明らかに毛色の違う三体が前へ出た。

 

 いや、全員黄色い全身タイツなので毛色も何もないのだが。

 

 とにかく、濃い。

 

 一体目。

 

 鶏骨形状のヌンチャクを構える卵分身。

 

 名を、鶏殻柄(チ・キンス・ティーク)

 

「ピョゥ、ホワチャー!」

 

 鋭い掛け声と共に、黄色い身体が舞う。

 

 ヌンチャク(チ・キンス・ティーク)が唸る。回る。

 

 もはや何が何だか分かんない。

 

『カンフー・ピヨ』

 

 

 二体目。

 

 両足がしっかり地面に付いている。

 付いているはずなのに、なぜか踊りながら走り回る卵分身。

 

「ピヨピヨピヨピッピピーヨ」

 

 ステップ。

 

 ターン。

 

 謎の横移動。

 

 接地しているのに、滑っている。

 

 滑っているのに、踊っている。

 

ダンシング・ピヨ

 

 

 三体目。

 

 若干、目と動きが妖しい。

 他の個体と比べて、明らかに間が変だった。

 

「i,i,i,i,i,i,i,イッツデンジャー」

 

 低い声。

 いや、卵分身なのに低い声。

 

「ピピピピピピピピピぴーよ」

 

 高速で震えながら、危ない軌道で走る。

 

でんじゃらす・ピヨ

 

 

 三体が、シらぬイの前へ並ぶ。

 

 カンフー・ピヨ。

 

 ダンシング・ピヨ。

 

 でんじゃらす・ピヨ。

 

 三体は同時にポーズを取った。

 

「「「下物(くだもの)戦隊ピヨレンジャー!」」」

 

 沈黙。

 

 コメント欄が、数秒だけ止まった。

 

 そして。

 

『我々は一体何を見せつけられているのか』

『目ぇ洗いたい』

『くだもの? 下らないね?』

『誰がうまいこと言えと』

『下物って書いてくだものって読ませんなよ』

『下物戦隊って何』

『卵なのに果物名乗るんじゃねーよ』

『もう何も分からない』

『でもポーズの完成度高いの腹立つ』

『でんじゃらす・ピヨキモ怖すぎw』

『カンフー・ピヨ普通に強そう』

『ダンシング・ピヨだけ物理法則がおかしくね?』

 

 画面の前で、彩葉は無言だった。

 

 かぐやは立ち上がっていた。

 

「ピヨレンジャー!」

 

「座って」

 

「かぐやもやりたい!」

 

「やらないで」

 

「ピヨピヨピヨピッピピーヨ!」

 

「真似しないで」

 

 彩葉は頭を抱えた。

 

 日常が戻ってきたとは思った。

 

 思ったが。

 

 これは本当に戻ってきてよかった日常なのだろうか。

 

 少しだけ不安になった。

 

 シらぬイは一切声を発しない。

 

 叫ばない。

 煽らない。

 笑わない。

 

 ただ、吹き出しとテロップだけが彼の意思を示す。

 

 それでも。

 

 その場にいた誰もが、何となく分かってしまった。

 

 今、彼は楽しんでいる。

 

 これまで何度も、シらぬイは実験をしてきた。

 

 作り、試し、壊し、直し、また試す。

 

 その工程に迷いはなく、喜びはあっても、それは職人が成果を確認する時の静かな満足に近かった。

 

 だが、今は違う。

 

 動く的。

 予想外の反撃。

 札。

 鞭。

 連携。

 盾。

 逃走。

 叫び。

 笑い。

 

 自分の作った武装が、想定を越えて使われる。

 

 自分の身体が、戦場の流れに合わせて自然に動く。

 

 相手が考え、足掻き、抗い、また立ち上がる。

 

 それを、面白いと思っている。

 

『なぁおい』

『ああ』

『うん』

『ええ』

『そうだな』

『へへっ』

 

 誰からともなく、そんな声が漏れた。

 

 そして次の瞬間。

 

 

『『『シらぬイが、笑っている!』』』

 

 

 

 感動に満ちた叫びが響いた。

 

「感動している所悪いがアンタら俺らのこと忘れてねぇかオイ!」

 

 壱号のツッコミが飛んだ。

 

 額には『塩』。

 背中には『卵』。

 腕にはピヨレンジャーによる謎の足跡。

 

 満身創痍にもほどがあった。

 

 しかし、それでも壱号は立っていた。

 

「まだ終わってませんよ、シらぬイ様!」

 

 シらぬイが、ゆっくりと振り返る。

 

 壱号の背後に、弐号。

 参号。

 肆号。

 伍号。

 さらに、まだ生き残っていた参加者たちが並ぶ。

 

 満身創痍。

 

 だが、目は死んでいない。

 

「俺たちは!」

 

「視聴者参加型と聞いて!」

 

「自分から来ました!」

 

「つまり!」

 

「自己責任です!」

 

「だから!」

 

 壱号が叫ぶ。

 

「「「一発ぐらい殴らせろぉ!!」」」

 

『かっこいい、のか?』

『言ってることはバカ』

『でもかっこいい』

『自己責任宣言www』

『元修正者軍団、妙なところで男前』

『頑張れ』

『頑張るな』

『どっちだよ』

 

 シらぬイは、ほんの少しだけ首を傾けた。

 

 その間にも、カンフー・ピヨが走る。

 

「ホォー、アピョウ!」

 

 鶏殻柄(チ・キンス・ティーク)が唸る。

 

 鶏骨形状のヌンチャクが、参加者の剣を絡め取り、そのまま手首を叩く。

 

「武器が鶏骨なのに普通に上手い!」

 

「ぴょゥ!」

 

 続いて、ダンシング・ピヨが横から滑り込んだ。

 

 両足は地面に付いている。

 

 付いているのに、なぜか踊りながら進んでくる。

 

「ピヨピヨピヨベイベー」

 

「動きが読めない!」

 

「足元どうなってんの!?」

 

 ステップ。

 

 ターン。

 

 謎の横移動。

 

 避けたと思った瞬間、もう横にいる。

 

 黄色い肘打ちが、参加者の脇腹へ入った。

 

「ぐえっ!」

 

 最後に、でんじゃらす・ピヨが震えながら前へ出た。

 

「イイイイイイイイイいやっふー」

 

「来るな」

 

「ドゥエドゥエドゥエドゥエドゥエドゥエ」

 

「来るなって!」

 

 でんじゃらす・ピヨは、奇妙な軌道で走って跳ぶ。

 

 右へ行くと見せて左。

 

 左へ行くと見せて斜め上。

 

 斜め上とは何だ。

 

 と思いきやいきなり空間を跳んで現れる。

 

 誰にも分からない。理解できない。

 

 そして気づけば、参加者の額に『卵』のマークが刻まれていた。

 

「何されたの俺!?」

 

『ピヨレンジャー普通に強い』

『三体だけで戦線崩壊してる』

『カンフーが技術担当』

『ダンシングが攪乱担当』

『でんじゃらすがホラー担当』

『最後のだけジャンル違う』

 

 

『では、本日のフィナーレでございます』

 

 そして、シらぬイが右手を上げる。

 

 朝食の守護者(サンライズ・いぇろー)が輝く。

 

 左半身の旨味の指導者(ソルティーベース)が白く発光する。

 

 卵分身たちが、彼の背後へ整列した。

 

 黄色い軍勢。

 白い塩柱。

 乳白の装甲。

 朝日の盾。

 

 白と黄色に染まったスタジオで、シらぬイは静かに構えた。

 

 吹き出し。

 

『では、最終ラウンドだ』

 

 壱号たちも構える。

 

「来いぃぃぃぃ!」

 

 次の瞬間。

 

 白と黄色の嵐が、再びツクヨミに吹き荒れた。

 

 塩柱が林立する。

 卵分身が走る。

 盾が飛ぶ。

 札が燃える。

 鞭が砕ける。

 剣が弾かれる。

 槍が逸れる。

 フライパンが宙を舞う。

 

 シらぬイは跳ぶ。

 

 塩柱を蹴る。

 卵分身の背を踏み台にする。

 空中で盾を投げる。

 戻ってきた盾を掴み、そのまま着地の勢いで床を叩く。

 

 また、塩柱。

 

 今度は円形。

 

 参加者たちを囲む檻のように立ち上がる。

 

「閉じ込められた!」

 

「いや違う、上が空いてる!」

 

「飛べ!」

 

 飛んだ者たちの上空には、すでに卵分身がいた。

 

「ぴよォ」

 

「待ち伏せ!?」

 

 黄色い拳が、空中で待っていた。

 

 撃墜。

 

 またしてもエフェクト。

 

 額に『卵』。

 

 続いて、塩弾。

 

 肩に『塩』。

 

「ベストマッチさせられたぁぁぁ!」

 

『塩卵完成』

『おめでとう』

『めでたくない』

『ベストマッチ被害者』

『完成するな』

『朝食にされるぞ』

『食べません』

 

 やがて、最後まで立っていた壱号が、塩柱の間を抜けてシらぬイへ肉薄した。

 

 剣を振り上げる。

 

「これでぇぇぇぇ!」

 

 シらぬイは避けなかった。

 

 朝食の守護者(サンライズ・いぇろー)で剣を受ける。

 

 火花の代わりに、黄色い光が散る。

 

 壱号が叫ぶ。

 

「うおおおおおお!」

 

 シらぬイは、腰のベルトへ手を添えた。

 

 かちり。

 

 レバーが回る。

 

Single !

Double !

 

 その動作に合わせるように、三体のピヨレンジャーが一斉に反応した。

 

「ピョゥ」

 

「ピヨピーヨ」

 

「ぴっぴー!」

 

 カンフー・ピヨが鶏殻柄(チ・キンス・ティーク)を肩に担ぎ、ダンシング・ピヨが両足を地面につけたまま踊るように滑り込み、でんじゃらす・ピヨが目だけは明らかに危ない光を宿したまま、シらぬイの周囲へ集まっていく。

 

 白。

 

 黄色。

 

 そして、筋肉。

 

Violence Finish ー !!!!

 

 電子音声が、スタジオに響き渡った。

 

 次の瞬間。

 

ムキッ

 

 音がした。

 

 いや、音がした気がした。

 

 シらぬイと三体のピヨレンジャーの上半身が、突如として盛り上がる。

 

 膨れるは、誇り高き筋肉。

 美しき逆三角形。

 シらぬイを中心に、三体のピヨレンジャーが配置されることで形作られる、筋肉の黄金三角形。

 

 トライアングル。

 

『卵白は、タンパク質』

 

 シらぬイの吹き出しが表示される。

 

『そんなもの、常識』

 

『常識ではない』

『いや卵白はタンパク質だけど』

『そういう意味じゃない』

『筋肉の黄金三角形って何』

『トライアングルって言えば許されると思うな』

『目ぇ洗いたい』

『我々は一体何を見せつけられているんだ』

 

 壱号が震える声で言った。

 

「そうだ、アンタはいつだってそうだった!だから俺たちはそんなアンタに惹かれてたんだ!」

 

 その叫びに対し、シらぬイは答えなかった。

 

 ただ、でんじゃらす・ピヨがどこからともなくブブゼラを取り出した。

 

「パンパぴらパパ」

 

 吹いた。

 そして走り出す。

 

 シらぬイを先頭に。

 

 カンフー・ピヨ。

 

 ダンシング・ピヨ。

 

 でんじゃらす・ピヨ。

 

 四つの影が、白と黄色の残光を引きながら、壱号たちへ向かって一直線に突撃する。

 

「今日のシらぬイマジで大丈夫!? いきなり後日謝罪動画とか出さねぇーよな!?」

 

「知らんね。もういまさらだろ」

 

「シらぬイだし、まぁなんとかなるっしょ」

 

「その前にヤチヨがいつキレるかが気になる」

 

「マジ激怒ぷんぷんヤチヨハァハァ」

 

「最後の奴は後でしっかり清められろ!」

 

 白と黄色の嵐が、スタジオを駆け抜けた。

 

 そして。

 

 元修正者軍団(今宵の漬物)は、めでたく全員、塩と卵と筋肉の名のもとに清められた。

 

 倒れ伏す参加者たち。

 

 散らばる塩。

 

 転がる卵分身。

 

 謎に鳴り響くブブゼラの余韻。

 

 その中心で、シらぬイは静かにカメラへ向き直った。

 

 吹き出しが表示される。

 

『検証結果』

 

『硬さ×速さ=火力』

 

 

『やはり火力。火力は世界をも救う』

 

 

 コメント欄が、一拍遅れて爆発した。

 

『当たりが出ました構文やめろ』

『出すな』

『うーんこの脳筋シらぬイが効いて美味』

『いや出ねーよ』

『めちゃくちゃ出てた』

『答え合わせの仕方が最低』

『料理配信の結論ではない』

 

 配信は、そこで終了した。

 

 ツクヨミに残されたのは、白と黄色の残光。

 

 そして、トレンドに並ぶ謎の言葉たち。

 

#ソルティータマGO

#お前が的な

#月見ヤチヨ

#サンライズ・いぇろー

#ド根性バット

#南斗人間砲弾

#下物戦隊ピヨレンジャー

#東映さんこいつです

#筋肉の黄金三角形

#目ぇ洗いたい

 

 今日も、シらぬイは元気にシらぬイしていた。

 

 ツクヨミはまた一つ、白く黄色く、そしてなぜか筋肉質に染まった。

 

 平和ではなかった。

 

 だが、いつも通りではあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「……」

 

 配信終了後。

 

 彩葉の部屋には、再び妙な沈黙が落ちていた。

 

 ただし、先ほどのような照れや気まずさではない。

 

 脳が処理を拒否した時の沈黙だった。

 

 かぐやはスマホを抱えたまま、目を輝かせている。

 

「すごかったね」

 

「うん」

 

「かっこよかったね」

 

「うん」

 

「ピヨレンジャー!」

 

「うん」

 

「彩葉、目が死んでるよ」

 

「いろいろ見せつけられたからね」

 

 眼ぇ洗いたい。

 彩葉は深く息を吐いた。

 

 卵と塩。

 

 普通なら料理の材料だ。

 

 それが、どうして変身し、塩柱になり、盾になり、弾丸になり、卵分身になり、最後には筋肉の黄金三角形になるのか。

 

 分からない。

 分からないが、シらぬイなら仕方ない気もしてしまう。

 

 そう納得してしまう自分が、一番怖かった。

 

「かぐや、分かった」

 

「何が?」

 

「シらぬイの配信を見る時は、常識を持ち込んじゃ駄目なんだよ」

 

「そうなの?」

 

「たぶん」

 

「だから、かぐやも常識置いてくる!」

 

「それは持ってて」

 

 かぐやは首を傾げた。

 

「でも、面白かったね」

 

「……まあ」

 

 彩葉は少しだけ笑った。

 

「面白かったのは、否定しない」

 

 変だった。

 

 意味が分からなかった。

 

 頭は痛くなった。

 

 でも、笑った。

 

 ちゃんと笑えた。

 それだけで、今日は十分なのかもしれない。

 

 スマホが震えた。

 

 画面を見ると、橘雅治からのメッセージだった。

 

橘君:今日は早めに休む。

橘君:君も無理はしないように。

橘君:かぐやにも夜更かしはさせないでくれ。

 

 彩葉は、しばらくその文字を見つめた。

 

 それから、返信を打つ。

 

彩葉:了解。

彩葉:雅治もちゃんと寝て。

彩葉:大丈夫じゃない時は言うこと。

 

 送信。

 

 すぐに既読がついた。

 

橘君:分かった。おやすみ。

 

 短い返事。

 

 でも、それでいい。

 

 彩葉はスマホを置いた。

 

「雅治?」

 

「うん。今日は早く寝るって」

 

「えらい!」

 

「ほんとにね」

 

「じゃあ、かぐやも早く寝る!」

 

「本当に?」

 

「パンケーキ食べたら!」

 

「だから食べないって」

 

「えー」

 

「えーじゃない」

 

「でも、かぐや、今日も働いたよ?ちゃんと配信頑張ったよ?」

 

「それと夜食は別案件です」

 

「シらぬイの応援もしたのに!」

 

「画面の前でピヨピヨ言ってただけでしょ」

 

「応援!」

 

「はいはい」

 

 彩葉は立ち上がり、食器を片付ける。

 

 かぐやが慌ててその後を追った。

 

「かぐやも片付ける!」

 

「お、働く?」

 

「働く!」

 

「じゃあ、このコップ持って」

 

「任せてよ!」

 

「落とさないでね」

 

「落とさない!」

 

 かぐやは両手でコップを持って、慎重に歩き出した。

 

 その姿を見て、彩葉は少し笑う。

 

 日常は、戻ってきた。

 

 笑って。

 突っ込んで。

 呆れて。

 また騒がしくなる。

 

 重たい雨の後に、全部が綺麗に晴れたわけではない。

 

 まだ雲は残っている。

 足元の泥も乾ききっていない。

 心の奥に残った痛みも、消えたわけではない。

 

 それでも。

 

 今日も一日は進んでいく。

 

 昨日と同じ空ではない。

 

 一昨日とも違う。

 

 けれど、続いている。

 

 かぐやが隣にいる。

 

 雅治が、少し眠いと言った。

 

 自分も、駄目な時は言うと約束した。

 

 それだけのことが、今は少しだけ大事だった。

 

「彩葉ー!」

 

「なに?」

 

「コップ、ちゃんと置けた!」

 

「偉い偉い」

 

「パンケーキは?」

 

「それとこれとは別」

 

「えー!」

 

 彩葉は笑った。

 

 かぐやも笑った。

 

 画面の向こうでは、まだトレンドに白と黄色の言葉が並んでいる。

 

 卵。

 塩。

 筋肉。

 ピヨレンジャー。

 

 たぶん、明日になってもツクヨミの一部はこの話題で騒がしいだろう。

 

 平穏とは言いがたい。

 

 けれど。

 

 これはきっと、戻ってきた日常なのだ。

 

 ただし。

 

 平穏とは限らない。

 

 特に。

 

 そこに、シらぬイがいる場合は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃。

 

 橘雅治の部屋では、スマホの画面が静かに光っていた。

 

 表示された名前は、彩葉でも、かぐやでもない。

 

 京都。

 

 橘貞治。

 

 そこに残してきた、父の名だった。

 

 それだけで、雅治の表情からわずかに色が消える。

 

 会うのは、怖い。

 

 何を言われるかも分からない。

 何も言われないかもしれない。

 また、あの沈黙だけを前にして、自分が何も言えなくなるかもしれない。

 

 父は、今も父なのか。

 それとももう、橘家の人間としてしか自分を見ていないのか。

 

 分からない。

 分からないから、怖い。

 

 しばらく画面を見つめたあと、雅治は短く息を吐いた。

 

「……分かっている。分かっているよ」

 

 誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。

 

 母へか。

 父へか。

 それとも、ずっと逃げ続けてきた橘家へか。

 

 雅治はスマホを伏せる。

 

 今日、少し眠いと言えた。

 

 なら次は。

 

 少し怖いと、認める番なのかもしれない。

 

 怖い。

 

 それでも。

 

 何もしないまま、また後悔だけを残すのは嫌だった。

 

 母の時のようには、もうなりたくない。

 

 間に合わなかったことを、ずっと抱え続けるだけの自分ではいたくない。

 

 父と会って、何が変わるのかは分からない。

 

 許せるのかも分からない。

 許されるのかも分からない。

 そもそも、そんな話にすらならないかもしれない。

 

 けれど。

 

 会わなければ、何も始まらない。

 話さなければ、何も残らない。

 

 雅治は、伏せたスマホの上に手を置いた。

 

 逃げるためではなく。

 切り捨てるためでもなく。

 

 ただ、自分の足で前へ進むために。

 

「……行くよ」

 

 今度は、誰に向けた言葉なのか分かった。

 

 母へ。

 父へ。

 

 そして、今の自分へ。

 

 橘雅治は、静かに目を閉じた。

 

 明日から、少しだけ遠くへ行く。

 

 逃げ続けた場所へ。

 残してきた名前へ。

 

 そして、まだ一度もちゃんと向き合えていない父のもとへ。

 

 





今日も読んでくださってありがとうございます。ヽ(゚∀。)ノ ヒャッハ―


さて、これでようやく第1クール終わり、次回からは第2クールということでいよいよあの登場人物たちが表舞台に上がってきます。
シらぬイが絡んだ世界戦の彼らがどうなるのかをお楽しみに!

番外編を時間列に合わせて本篇の合間に入れてみる?

  • 話の展開やネタの繋がりがあってよさそう。
  • 「番外」やから別途でいいんじゃね?
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