今日も正常営業。ただし“そういうとこ”を添えてー 作:火力万能主義
*幸いにも最後に完成したものも保存されていましたので、再投稿です。申し訳ないです!
前回までの第一クールのクライマックスとその息抜き回で燃えつきかけたから、少し遅くなりました (-_-;)スマナイ
そろそろマジでヤチヨと帝出したいのにタイミングが中々狙えないし雅治のエピソードを優先したことで彩葉とのイチャイチャも、メモっていたかぐやとの勝負も誤って消してしまうし...次回で二人の顔だけでも出せたらなと思います。
さてさて、久しぶりに前書きで書く内容が思いつかないのですぐにいきましょっか(笑)(;'∀')
今週初の投稿、第23話ですどうぞ~~!!
第二十二話 かぐや争奪戦、開幕。そして、おしまい?
赤ん坊の泣き声が聞こえる。
細くて。
小さくて。
なのに、妙に力強い声が。
気付けば、白い部屋の中に立っていた。
柔らかな光が差しかかっている窓際。
清潔なシーツ。
小さなベッド。
そして
腕の中には、生まれたばかりの命。
ふにゃふにゃで、温かくて、まだ何も知らない手が、ぎゅっと俺の指を握っている。
小さい。
あまりにも小さい。
なのに。
守らなければならないものだと、すぐに分かった。
「この子は、
隣には、誰かがいた。
顔の輪郭は、白い光に溶けてよく見えない。
けれど、少しだけ強い目元と、その下に小さく落ちた黒子だけが、不思議なほどはっきり残っている。
そこにいるのだと分かるだけで、不思議にも胸の奥が少し軽くなる。
温かいものが、静かに満ちていくような気がした。
顔は分からない。
けれど、その声だけは不思議とはっきりしていた。
「輝く流れ星と月が綺麗な夜に生まれたお姫様。
雅治は、腕の中の赤ん坊を見下ろす。
かぐや。
胸の奥に、言葉にできない何かが満ちていく。
「わたしたちの大事な子。見て、この目元は私に似てるけど、このギュッと握る力なんてあなたに似たんじゃない?」
「これは将来有望だ」
「まだ生まれたばっかりの娘に、何の将来を見てるの」
「強い子になる」
「まずは健やかな子になってくれればいいの」
「健やかで強い子に」
「足さない」
「だが、握力はある」
「そこから離れて」
その人は呆れたようにため息をつきながら、こちらの腕の中から赤ん坊を抱えなおす。
けれど、赤ん坊を抱く時のその腕は優しくて。
こちらを見上げる目にも、呆れだけではない、慣れた温度が確かにあった。
「あなた、たぶんこの子が立っただけで『体幹がいい』とか言うでしょ」
「言うな」
「歩いたら?」
「歩法に無駄がないと言う」
「走ったら?」
「将来有望だと言う」
「ほら、もう今から心配」
「褒めているつもりなんだが」
「褒め方が侍のそれなのよ」
怒られた。いや、叱り?
けれど、嫌ではなかった。
「でも」
その人は、少しだけ笑った。
「あなたがこの子を大事に思ってるのは、ちゃんと分かってるから」
「……そうか」
「そう。だから暴走する前に私が止める」
「信頼、されているのか?」
「監視はされてる、かもよ~」
「厳しいな」
「あなた相手には、これくらいでちょうどいいの」
厳しくも、冷たくもない。
呆れているのに、突き放さない。
叱りながらも、最後にはちゃんと隣にいてくれる。
そんな声だった。
次に目を開けると、玄関にいた。
小さな靴。
小さな鞄。
小さな帽子。
明日から幼稚園に通う
「パパ! みてみて! かぐや、かわいー?」
「ああ、似合うぞ」
雅治は即答した。
「世界で一番似合っているとも」
「えへへ!」
それだけで、世界はだいたい救われる。
だから、準備した。
防犯ブザー。
防犯ホイッスル。
子ども用GPS。
護身用フラッシュライト。
非常用ミニ救急セット。
小型煙幕弾。
折り畳み式防御シールド。
対不審者用足止めワイヤーボーラ。
いずれも市販品ではない。
俺が自ら分解し、改造し、出力を調整し、実地検証まで終えた特別仕様である。
どんな相手でも。
たとえ、俺と同等以上のフィジカルを持つ不審者が相手でも。
最低数分は確実に時間を稼ぎ、足止めできる。
自分自身を実験台にしてまで仕上げたのは、すべてこの日のためだった。
そして、いざ
「あなた」
背後を取られた。
振り返るまでもない。
この声は、まずい。
「これは、何?」
「防犯用品だが」
「これは?」
「防犯用品だ」
「このいかにも煙が出そうなやつは?」
「それも防犯用品だ」
「この、明らかに子ども用じゃないワイヤーみたいなのは?」
「対不審者用足止めワイヤーボーラだ。脚部を絡め取ることで逃走経路を確保できる」
「幼稚園に戦場でも作る気?」
「すべては我が子の安全保障のため」
「はい、没収」
「なぜだ」
「なぜもなにも、駄目に決まっているでしょうが!」
怒られた。
ただし、
目の前に並ぶ過剰な防犯装備を、新しい玩具だと思ったのか、きゃっきゃと笑っている。
「パパの?」
「ああ。パパが作ったとも」
「すごーい!」
それだけで、雅治は一瞬、すべてが報われた気がした。
「ほら、見ろ。
「あなた」
「何だ」
「喜んでるからって許可が下りるとでも思ったの?」
「……思っていない」
「今、少し思ったでしょ」
「……少しだけ」
「正直でよろしい。じゃあ没収ね」
「なぜだ」
「正直さと許可は別」
手際よく回収されていく防犯グッズ。
小型煙幕弾。
折り畳み式防御シールド。
ワイヤーボーラ。
我が子を守るために用意した精鋭たちが、次々と箱に戻されていく。
「パパ、これ持っていかないの?」
「……持っていかない」
「どうして?」
「ママが駄目だと言ったからだ」
「ママつよぉい!」
「ああ」
俺は、静かに頷いた。
「ママは強い」
「そこでしみじみ納得しない」
また怒られた。
だが、
それだけで、怒られても怖くなかった。
そうさ、パパは強い。
怖いものなんてない。
「 ま さ は る ?」
背後から、区切るような声が落ちた。
「聞いてるの?」
すまない、娘よ。
パパでも、この世に
小学校の入学式。
真新しいランドセルを背負った
「パパ、どう?」
「似合うぞ。とても似合っているとも」
「まえも言った!」
「何度でも言うさ。
「えへへ!」
俺はその笑顔を見ながら、静かにランドセルへ視線を落とす。
「ただ、防御面に改善の余地があるな」
「ないわよ」
即座に横から声が飛んできた。
「最低限、防刃、防火、防水、耐衝撃、緊急時のエアバッグくらいは」
「ない」
「だが」
「ない」
「せめて隠しポケットに発信機を」
「橘雅治」
「……位置情報は、安全のために」
「学校に着いたら連絡が来るでしょ」
「だが、道中が」
「私も一緒に行くから」
「しかし」
「私も、一緒に、行く。いいわね?」
「……はい」
撃沈。
その日、ランドセルの改造計画は凍結された。
代わりに写真を撮った。
スマホ。
カメラ二台。
動画用カムコーダー三台。
角度と構図のためには必要な犠牲だった。
「小遣い、何に使ったの?」
その日の夜、また怒られた。
だが、家族三人で食べた外食は、きっと一生忘れない。
中学生になっても、
「パパ、大好き!」
今日も世界は平和である。
ニュースでは、今年のノーベル賞候補に自分の名前が流れている。
だが、どうでもいい。
中学生の年頃の娘が、パパ大好きと言ってくれたのだ。
世界はそれだけで十分だった。
「ほら、調子に乗らない。
「あとでやりまーす」
「それ、やらない子の返事でしょうが」
「うっ」
「あなたも甘やかさないの」
「まだ何も言っていない」
「顔がもう甘やかしてるじゃない」
「そうか」
「そういうところよ」
怒られる。いや、敷かれる。
けれど、嫌ではなかった。
その人も、呆れながら笑っている。
小言は飛んでくる。
甘やかしすぎれば止められる。
過保護が過ぎれば、名前を呼ばれて正座させられる 。
それでも、その声にはちゃんと居場所があった。
俺は思った。
家族とは、こういうものなのかもしれない。
高校生になった
部活も。
勉強も。
そして、配信も。
ただ歌うだけでは足りないのだと、本人はよく言っていた。
楽しい時は身体が勝手に動く。
嬉しい時は、声だけでは足りなくなる。
だから歌う。
だから踊る。
全力で歌うために、心の底から踊りたがっていた。
楽しい時は笑い。
悔しい時は泣き。
うまくいかない日は唇を尖らせて、それでも次の日にはまたマイクを握る。
全部、まっすぐ頑張っていた。
俺は、できる限り支えた。
機材を整えた。
トレーニングのスケジュールを組んだ。
危険なコメントを監視した。
不審なアカウントを洗い出した。
配信部屋の防音と耐衝撃性能を上げた。
「最後の二つ、何?」
「ご近所迷惑への対策と、万が一に備えた安全対策だ」
「あなたのソレ、だいたい過剰なのよ」
「過剰な安全など存在しない」
「ここで正論っぽく返してくるの、ほんとずるい」
「正論だからな」
「そういうところ」
また怒られた。
でも、最後には許してくれる。
呆れた顔をしながらも、コーヒーを淹れてくれて。
マグカップをこちらへ押し出しながら、少しだけ笑ってくれた。
「まあ、
その一言だけで、俺はいくらでも生きられた。
そして、ついに。
その日が来た。
リビング。
食卓。
向かいには、
隣には、顔の見えない、しかしいつも隣にいてくれた彼女がいる。
「私ね」
俺たちは、静かに頷いた。
「結婚したい人ができたの」
世界が止まった。
顔は見えない。
名前も分からない。
ただ一つ分かるのは。
そいつが、男であるということだった。
XY染色体の
我が家の食卓に
俺以外の
震えそうになる手を、テーブルの下で固く握りしめた。
落ち着け。
落ち着け、橘雅治。
まだ何も決まっていない。
娘が連れてきた男が、必ずしも敵とは限らない。
限らない、はずだ。
隣の彼女が、こちらを見た気がした。
顔は見えない。
けれど、たぶん分かっている。
俺が今、食卓の下で魂の銃爪に指をかけていることも。
たぶん、全部。
「あなた」
静かな声だった。
それだけで、少しだけ呼吸が戻る。
「まだ撃たない」
「……まだ?」
「そこに引っかからない」
怒られた。
当然だった。
しかし。
「この人が 」
かぐやの声で、俺は現実に戻った。
かぐやの声によって、ようやく現実に戻ってきた。
そこは白い部屋ではない。
病室でもない。
リビングでもない。
結婚相手を紹介される食卓でもない。
彩葉の部屋だった。
そうか。
そうなのか。
そうだったのか。
夢。
きっと、夢だった。
そうに違いない。
でなければ、俺は 。
ちゃぶ台。
飲みかけのコーラ瓶。
開けられたポテチの袋。
クッションの上で身を乗り出しているかぐや。
そして、こちらを心配そうに覗き込みながらも、いつでも説教できる顔をしている彩葉。
「あの、雅治?」
彩葉が恐る恐る言う。
「気持ちが落ち着かないのは分かっているけど、その、落ち着いて。ね? いったん落ち着こう? 顔が怖いからさ」
雅治は数秒、彩葉を見た。
夢の中の声が、まだ耳に残っている。
厳しくて。
容赦がなくて。
でも最後には、なんだかんだで許してくれる声。
彩葉が眉をひそめる。
「……なに?」
「いや」
雅治は目を逸らした。
「何でもない」
「その何でもないは絶対何かある顔」
「何でもない」
「二回言う時はだいたいあるんだよ」
「ない」
「目を逸らすな」
かぐやが、きらきらした目で二人を見る。
「ニヤニヤTime?」
「違う!」
彩葉が叫んだ。
雅治は咳払いをした。
今のは違う。
断じて違う。
家族の夢の中に、彩葉らしき存在がいたとか。
そんなことは。
考えてはいけない。
彩葉に失礼だ。
勝手な夢を見て、勝手な役割を重ねて、勝手に胸を温めるなど、あってはならない。
酒寄彩葉は酒寄彩葉であって、誰かの妄想の中に都合よく置いていい相手ではない。
だから、忘れるべきだ。
今すぐ忘れるべきだ。
と、雅治は思った。
思っただけだった。
無駄に高性能な脳は、夢の中で見た声の温度も、黒子の位置も、叱り方も、呆れたため息も、コーヒーを差し出す手の仕草も、すべてを鮮明に記録していた。
永久保存である。しかも高画質。
何なら、脳内でいつでも再生できる。
この男、筋肉質で、真面目で、頭も回るくせに、そういう方面だけは救いようがないほど初心だった。
だからこそ、その夢を忘れなければならないと思いながら。
忘れるどころか、脳内のいちばん安全な場所にしまい込んでしまった。
雅治は咳払いをした。
今のは違う。
断じて違う。
少なくとも、今は違うことにした。
だから、雅治は目の前の問題だけを見ることにした。
「すまない。思わず、ぼーっとしてしまった」
「珍しいわね。雅治がかぐやと話しているのに集中しないって」
「うんうん。そうだぞー。反省するんだぞ~」
「ああ、すまなかった。だから、もう一度聞かせてくれないか」
今、何と。
「だーかーら」
すなわち。
かぐやが、何でもないことのように言った一言。
「かぐや、結婚するかも知れないって」
十二ゲージで足りるだろうか。
雅治は、極めて真面目に考えた。
しかし、彩葉はそんな物騒な思考回路を知らない。
知らないまま、雅治の顔を見ていた。
さっきまで、あまりにも顔色が消えていたから。
かぐやの「結婚」という単語を聞いた瞬間、雅治は本気で意識を飛ばしかけた。
目の焦点がどこか遠くへ消え、呼びかけても返事がなく、戻ってきたと思ったら今度は明らかに目が逝っている。
普通なら、彩葉の方が動揺していたはずだったのに。
だが、
自分より先に、雅治が極端に壊れてしまったのでる。
そのせいで、逆に彩葉は冷静になってしまった。
落ち着け。
まず、何が起きたのか確認しろ。
そう自分に言い聞かせながら、かぐやのスマホを覗き込む。
『結婚して!』
『かぐやちゃん可愛すぎ』
『俺の嫁になってよ!』
『お前に拒否権ねえかんな』
『いい暮らししたくない?』
『かぐやちゃん色に染まりたい』
「……うわ」
彩葉の声が、低く落ちた。
全部が全部、本気ではないのだろう。
悪ノリ。
軽口。
その場の勢い。
コメント欄特有の、距離感を間違えた言葉。
そういうものが混ざっていることくらい、彩葉にも分かる。
だが。
分かることと、許していいことは別なのである。
「かぐや」
「なーに?」
「これはね、真面目に受け取らなくていいやつ。ダメなやつだから」
「そうなの?」
「そうなの。少なくとも、今すぐ考えなくていいし、必要もないのよ」
「でも、結婚してって言われたら、ちゃんと考えないと失礼なんじゃない?」
「失礼じゃない」
彩葉は即答した。
「むしろ、相手の方が失礼でしょうがこんな状況」
「そうなの?」
「そうなの」
かぐやは不思議そうに首を傾げた。
それを見て、彩葉は少しだけ唇を噛む。
かぐやは、まだ知らない。
見た目は年相応の十代の少女でも、その中身はまだ、地球に来て二か月にも満たない子どもに近い。いや、新生児とまったく変わらない。
いくら知識があっても。
いくら言葉を知っていても。
見た目が大人に近いからというだけで、大人になれるわけではない。
人の心は、そんなに簡単に育たない。
自分で選び、自分で考え、自分の言葉に責任を持つまでには、何年も何年もかかる。失敗して、叱られて、誰かとぶつかって、それでもまた話して、そうやって少しずつ形になっていくものだ。
かぐやには、それがまだ圧倒的に足りていない。
彩葉や雅治と過ごす時間は増えた。
芦花や真実とも会った。
配信を通して視聴者の声にも触れている。
けれど、直接誰かと関わって、自分の意思で拒んだり、選んだり、守られたり、傷ついたりした経験は、まだ手で数えられるほどしかない。
だから危ういのだ。
普段のかぐやは、空気をかき回す側である。
自分から走って、叫んで、笑って、周囲を巻き込んで、場の中心に立つ。
けれど、こういう時は違う。
あまりにも純粋だから。
相手の言葉を、言葉のまま受け取ってしまう。
冗談の裏にある身勝手さも、好意のふりをした踏み込みも、悪意のない悪ノリの怖さも、まだ分からない。
流される可能性がある。
そして、流された結果が「ちょっとした笑い話」で済むとは限らない。
ヤチヨカップを目指して、ここまで走ってきた。
かぐやは本気で頑張っている。
彩葉だって、支えると決めた。
そんな時に、変なところで足首を掴まれ、悪ノリが燃料になって炎上するなど、まったくもって御免だった。
コメントひとつで空気は変わる。
切り抜かれ方ひとつで意味は変わる。
対応を間違えれば、守ったはずのものが、逆に傷になる。
ネットは便利で、楽しくて、たくさんの人と繋がれる場所だ。
でも同時に、顔が見えないからこそ、踏み込み方を間違えやすい。
匿名だから軽くなる。
特定されにくいから強くなる。
閉じているようで、どこまでも広がる。
その厄介さを、彩葉は少しずつ知っていた。
だから、かぐや一人に対応させるわけにはいかない。
まだ早い。
まだ、任せていい段階ではない。
そこでさらに、コメントログの下に別の言葉が流れた。
『いろP結婚して!』
沈黙。
かぐやが、ぱちぱちと瞬きをする。
彩葉が、眉間を押さえる。
雅治の目が、静かに細くなった。
「……貴様だけは、許せん」
「そっち!?」
彩葉が反射的に叫んだ。
「かぐやじゃなくて、私の方でキレるの!?」
「両方だ」
「両方なの!?」
「かぐやに手を出そうとした。彩葉にも手を出そうとした」
「言い方」
「つまり
「...ハァだめだこれ。完全に目が据わっている」
雅治は、まだ静かだった。
静かだからこそ、危ない。
彩葉はそれを理解していた。
いわゆる、ガチ恋勢。
配信者と視聴者の間に生まれる、距離の近さを楽しむ層。
確かに、かぐやいろPチャンネルにとっても、その熱量は無視できない。
応援してくれる。
スパチャを投げてくれる。
反応してくれる。
かわいいと言ってくれる。
その全部を否定したいわけではない。
配信者と視聴者の間で成立する、ごっこ遊びやファンサービスの範囲なら、それは一つの文化なのだろう。
けれど。
その線を越えてくる者がいる。
相手が困っていることに気づかない。
拒否されたら傷ついたふりをする。
冗談だと言いながら、相手の逃げ道を塞ぐ。
話題を変えようとしても、しつこく戻してくる。
強く拒めば、空気を壊したと言われるかもしれない。
笑って流せば、受け入れたことにされるかもしれない。
無視すれば、さらに過激な言葉で振り向かせようとするかもしれない。
最善の手だと思って打ったものが、あとから悪手になる。
現実でも、ネットでも、人間関係の難しさは変わらない。
いや。
ネットだからこそ、なおさら厄介になることもある。
彩葉は、画面に残るコメントを見つめた。
こいつらは、懲りずに何度も何度も。
かぐやが分からないことをいいことに。
面白がって。
乗っかって。
軽くして。
それで、かぐやの大事なものを勝手に扱おうとしている。
彩葉の中でも、何かがすっと冷えた。
怒りはある。
呆れもある。
でも、それより先に、プロデューサーとしての判断が立った。
ここで線を引く。
今、はっきりと。
かぐやが傷つく前に。
かぐやの言葉が、誰かの都合のいい玩具にされる前に。
「分かった」
彩葉は、静かに言った。
「やろう」
「彩葉?」
かぐやが首を傾げる。
「なにを?」
「かぐや争奪戦」
かぐやの目が輝いた。
「争奪戦!」
「楽しそうな顔しない」
「かぐやを取り合うの?」
「取り合わうもなにも取られるつもりなんて
彩葉は自分のスマコンを起動した。
ツクヨミの配信設定。
KASSENの簡易フィールド。
モードは
参加者募集は指名制。
ルール設定。
そして、臨時企画のテロップを打ち込んだ。
『緊急企画』
『かぐや争奪KASSEN選手権』
『いろPと雅治に勝ったら、かぐやと結婚ね!』
「「おいコラ」」
「でもこの方がみんな暗くならない?ほらあんまりギスギスすんのもめんどーでアレだしさぁ~」
軽くため息を呑み込んだ雅治が、ゆっくりと彩葉へ振り向く。
「彩葉」
「何」
「俺も入っていいか」
「ううん、今はまだ出ないで」
「なぜだ」
「アンタが出ると、企画じゃなくて粛清になるでしょーが」
「否定はしない」
「否定してよ」
彩葉はため息をついた。
「まずは、私がやる」
「彩葉が?」
「うん」
雅治は、一瞬だけ黙った。
おそらく、何かを言おうとしたのだろう。
自分が出る。
自分が相手をする。
自分が片付ける。
いつもの彼なら、そう言ったかもしれない。
けれど。
雅治は、少しだけ目を伏せた。
全部、自分が潰さなくてもいい。
彩葉が立つなら。
自分は、任せてもいい。
「……分かった」
雅治は短く言った。
「任せる」
彩葉は少しだけ目を丸くした。
それから、口元を緩める。
「任された」
かぐやが二人を見比べる。
「ニヤニヤTime?」
「違う」「違うぞ」
「二人同時に否定した!」
「そういうところを拾わなくていいから」
彩葉は、配信開始ボタンを押した。
ツクヨミ。
KASSEN用フィールド。
月明かりに照らされた竹林が、そこに用意されていた。
青白い月光。
ざわめく竹。
足元に敷かれた白砂。
風に揺れる葉擦れの音。
風雅。
幻想。
静けさ。
そのすべてが、今から始まる企画名によって台無しになっていた。
巨大テロップが、月夜の竹林に浮かんでいる。
『何この企画www』
『かぐや争奪戦始まった』
『結婚できるってマジ?』
『いろPに勝てばいいんだな?』
『いけるいける』
『いろPってプロデューサーでしょ?』
『戦闘枠じゃないならワンチャン』
『なお雅治という名前が見えるんだが』
『誰?ってか実名?草』
『現実側にいる保護者っぽい人』
『なら先にいろP突破すればええやろ』
コメント欄は完全に祭り騒ぎ。
そして、フィールド中央。
そこに立っているのは、かぐや。
ふわふわしたアバター姿で、相変わらず状況を楽しそうに見ている。
「かぐや、賞品なの?」
「違う」
その隣に立つキツネの着ぐるみが、きっぱりと言った。
いろP。
ツクヨミ上で彩葉が素顔と本来のアバターを隠すために着ている、狐の着ぐるみ姿。
丸い顔。
大きな耳。
ふかふかの尻尾。
短めの手足。
見た目だけなら、完全にマスコットだった。
『いろPキター!』
『狐着ぐるみかわいい』
『でかい』
『当たり判定デカくね?』
『スキンアイテムってアバターの上に着込む仕様だよな』
『ヒットボックス増えてない?』
『不利では?』
『これは勝てる』
『いろP、見た目がもう的』
KASSENにおいて、スキンアイテムは単なる見た目変更ではない。
アバターの上に重ねて装着する仕様である以上、見た目が大きくなれば、それに合わせて
つまり、
視界が悪い。
手足の長さも、本来の感覚とは違う。
尻尾の重さも計算に入れなければならない。
何より、当たり判定が大きい。
対戦ゲームで言えば、縛りプレイである。
だが、
「見た目で判断すると痛い目見るよ」
『おっとこれは』
『いろP煽ったな?』
『かわいい』
『絶対勝つ』
『かぐやちゃんは俺がもらう』
そのコメントが流れた瞬間。
着ぐるみの奥で、彩葉の目が細くなった。
「ルールは簡単」
いろPの声が、竹林に響く。
「SETSUNAモード。一対一。私に一ラウンドでも勝てたら、挑戦者側の勝ち」
『一対一か』
『ならワンチャン』
『集団戦じゃないならいける』
『ヒットボックスでかいしな』
『いろP、武器は?』
「私は素手でいい」
空気が、少し止まった。
『素手?』
『いやいやいや』
『竹林フィールドで?』
『相手は武器持ちありだろ?』
『縛りすぎでは?』
『舐めプ?』
「舐めてない」
彩葉は言った。
「線を引きに来ただけ」
その一言で、少しだけ空気が変わった。
かぐやが応援席でぱちぱちと手を叩く。
「彩ッピー、かっこいい!」
「...応援席で大人しくしててね」
「はーい!」
言いながら、もう立ち上がっている。
「ちゃんと座りながらね?」
「はーい!」
座った。
試合開始のカウントが表示される。
三。
二。
一。
『KASSEN START』
最初の挑戦者は、剣士型アバターだった。
竹林に似合う細身の刀を抜き、低く構える。
「いろP! かぐやちゃんはもらったぁ!」
「誰が渡すものですか」
彩葉は低く呟いた。
刃が走る。
横薙ぎ。
着ぐるみの胴体を狙った、当たり判定の大きさを前提にした一撃。
だが、そこに狐はいなかった。
半歩。
それだけで刃を外す。
次の瞬間、彩葉の足が相手の軸を刈った。
倒れる前に、拳。
喉元へ、吸い込まれるような一撃。
『CRITICAL HIT』
『K.O.』
『え』
『はや』
『今何した?』
『素手で刀持ち潰したぞ』
『着ぐるみで?』
『動き軽すぎん?』
「次」
彩葉は言った。
そこから先は、連戦だった。
SETSUNAモード。
一対一。
一瞬の判断が勝敗を決める、ツクヨミでもっとも単純で、もっとも誤魔化しの効かない対戦形式。
二人目。
槍持ち。
間合いの外から突き込まれた穂先を、彩葉は耳の幅ぎりぎりで外した。
踏み込み。
肩で柄を押し込み、肘で顎を打ち抜く。
『K.O.』
三人目。
二刀流。
左右から挟むような連撃。
彩葉は尻尾の重さで身体を回し、刃の間へ潜り込む。
掌底。
膝。
裏拳。
『K.O.』
四人目。
大盾。
正面から崩せない相手。
彩葉は正面から崩さなかった。
竹を蹴る。
灯籠を踏む。
横へ消える。
視線が動いた瞬間、盾の裏へ入り込んでいた。
『K.O.』
五人目。
六人目。
七人目。
斬撃を避ける。
突きをずらす。
足を払う。
懐へ入る。
急所へ当てる。
当てて、終わる。
当てて、終わる。
当てて、終わる。
『K.O.』
『K.O.』
『K.O.』
竹林の中を、狐の着ぐるみが跳ねる。
まるで勘と反射に頼って跳ねているようにも見える。
しかし実際には、違う。
彩葉はすべてを計算していた。
耳の幅。
尻尾の重さ。
腹部の膨らみ。
足元の見えづらさ。
相手の視線。
呼吸。
踏み込み。
武器の軌道。
そして、攻撃が届く前の、ほんのわずかな予兆。
全部を読んで、先にそこから消える。
当たり判定が大きいなら、当たる場所にいなければいい。
視界が悪いなら、見る前に読む。
手足が短いなら、届く距離まで踏み込めばいい。
『強い』
『いろP強くない?』
『いや待て』
『着ぐるみの当たり判定どこ行った』
『全部避けてる』
『ノーヒット継続中』
『え、怖』
『かぐやちゃんのプロデューサー怖』
『プロデューサーって何だっけ』
『護衛では?』
彩葉は無名の頃から、ツクヨミに時間を費やしてきた。
誰かに見つけてもらうためではない。
誰かに褒めてもらうためでもない。
ただ、ここで生きるために。
ただ、楽しむために。
ここで自分の居場所を作るために。
そこにいるのが好きなために。
時間と労力を注ぎ込んできた。
個人ランクの上位に名前を置いたことも、一度や二度ではない。
酒寄彩葉は、ただのプロデューサーではない。
いろPは、ただの裏方ではない。
本気を出さずとも、普通に
なら、今の本気モードならどれ程のものか、お分かりだろう。
『COMBO 12』
『COMBO 18』
『COMBO 27』
『COMBO 35』
コメント欄がざわつき始める。
『ちょっと待て』
『コンボ切れない』
『誰か当てろ』
『無理』
『狐が速い』
『ヒットボックス増えてるのにノーヒットなのバグでは?』
『バグじゃなくて技量』
『いろP、本当に勝ちに来てる』
『これ求婚勢、処されてるだけでは?』
挑戦者は途切れない。
悪ノリした者。
本気で勝てると思った者。
祭りに乗った者。
いろPの実力を測りに来た者。
次々に現れる。
次々に倒される。
竹林を抜ける斬撃。
白砂を蹴る足音。
月光の下で翻る狐の尻尾。
刀が空を切る。
槍が地面を穿つ。
拳が入る。
膝が沈む。
肘が落ちる。
『K.O.』『K.O.』『K.O.』
繰り返される敗北の表示。
積み上がるコンボ数。
それでも彩葉の動きは止まらない。
さすがに、一人でこんだけは少しキツイかも
一瞬だけ、そんな思考がよぎった。
昔も、そうだった。
気がつけば一人で。
誰にも頼れないまま。
先に行ってしまった背中を、ただ見ているしかなかった。
けれど。
でも、もう置いていかれたままで終わるのは嫌だから
足が動く。
呼吸が整う。
着ぐるみの奥で、彩葉の目が前を向いた。
今、守るべきものが目の前にある。
かぐやがいる。
それで、十分だ。
次の挑戦者が現れる。
忍者型アバター。
開始と同時に煙幕。
視界を潰し、背後へ回る。
完全な死角。
コメント欄が沸く。
『後ろ!』
『これは入った!』
『いろP見てない!』
『勝った!』
彩葉は振り返らなかった。
ただ、半歩だけ横へずれた。
短剣が、着ぐるみの尻尾をかすめる。
かすめたように見えた。
しかし、判定は出ない。
次の瞬間、彩葉の踵が後ろへ伸びる。
鳩尾。
『HIT』
『K.O.』
『COMBO 48』
『なんで見えてんの!?』
『見てないのに避けた』
『気配読み?』
『いろP怖い』
『かぐやちゃんへの求婚、命懸けになってきた』
そして。
六十八人目。
最後の挑戦者が前に出る。
大柄な鬼型アバター。
巨大な金棒を担いでいる。
「悪いな、いろP」
彼は笑った。
「こっちも本気だ。俺はかぐやちゃんと結婚する」
その瞬間。
彩葉の雰囲気が変わった。
「しない」
短く言う。
「決めるのは、かぐやだから」
カウントが表示される。
三
二
一
『KASSEN START』
鬼型アバターが金棒を振り上げる。
だが。
振り下ろすより早く、彩葉は走っていた。
一歩。
二歩。
三歩。
白砂が爆ぜる。
金棒の間合いに入る。
相手の足元へ潜る。
膝。拳。
肘。掌底。
拳。
拳。
拳。
拳。
『HIT』
『2 HIT』
『3 HIT』
『4 HIT』
『5 HIT』
そこから先は、止まらない。止められない。
オラァ、とは言わない。
叫ばない。
ただ、無言で打つ。
拳が走る。
肘が落ちる。
膝が入る。
足が刈る。
体勢を崩したところへ、さらに打つ。
『12 HIT』
『23 HIT』
『31 HIT』
『44 HIT』
『56 HIT』
鬼型アバターは何もできない。
金棒を振る暇もない。
防御を固める暇もない。
ただ、開幕と同時に距離を潰され、打たれ、崩され、また打たれる。
彩葉の拳が、鬼型アバターの胸へ吸い込まれる。
「あと」
彩葉は言った。
「かぐやは、賞品なんて物扱いじゃないから」
『68 HIT』
『Perfect K.O.』
開始から、十五秒も経っていない。
月明かりの竹林に、勝利表示が浮かび上がる。
ノーヒット。
六十八連続コンボ。
SETSUNAモードにおいて、開始十五秒以内で勝負がついた時のみ表示される完璧勝利の証。
『Perfect K.O.』
コメント欄が、沈黙した。
数秒後。
『つっよ』
『えぐ』
『いろP強すぎる』
『着ぐるみとは』
『ヒットボックス増加とは』
『求婚勢全滅』
『かぐやちゃん守備、鉄壁』
『いろPに勝てる気がしない』
『すみませんでした』
『軽い気持ちで結婚とか言ってすみませんでした』
『これ本当に雅治ニキまで行く必要ある?』
『いろPの時点で無理ゲー』
彩葉は息を吐いた。
着ぐるみの頭を少しだけ動かし、かぐやの方を見る。
「かぐや」
「なに?」
「こういうのはね、ちゃんと自分で決めることだから」
「うん」
「誰かが勝ったからとか、スパチャしたからとか、コメントで言ったからとか、そういうので決まるものじゃないの」
「うん!」
「分かった?」
「分かった!」
かぐやは元気よく頷いた。
その後、少し考えてから言った。
「でも、彩ピーが守ってくれたのは嬉しい!守ってくれるって信じてたもん!」
彩葉は一瞬、言葉に詰まった。
それから、着ぐるみの顔の奥で少しだけ笑う。
「……それは、どういたしまして」
配信はそこで終了した。
この日、ツクヨミのトレンドには奇妙な言葉が並んだ。
#かぐや争奪戦
#いろP鉄壁
#六十八連続コンボ
#キツネ着ぐるみの悪魔
#かぐやは賞品じゃない
#求婚勢全滅
#PerfectKO
こうして、かぐや争奪戦は終わった。
少なくとも。
その時は、誰もがそう思った。
それで終わればよかった。
本当に、それで終わればよかった。
だが、世の中には空気を読めない者がいる。
そしてネットには、懲りない者がいる。
数日後。
現実配信。
かぐやいろPのチャンネルでは、彩葉とかぐやによるゆるい雑談が行われていた。
ツクヨミではなく、現実の部屋。
カメラに映るのは、テーブルの上に並んだお菓子と飲み物。
彩葉はいつものように、顔を直接映さない角度で座っている。
かぐやは隣で、にこにこと手を振っていた。
「かぐやっほー!かぐやだよ~」
『かぐやっほ!』
『かぐやちゃん今日もかわいい』
『いろPお疲れ』
『この前のKASSENすごかったマジで』
『いろP強すんぎ』
『かぐやちゃん結婚して!』
彩葉の目が細くなる。
「まだ言う?」
『すみません』
『条件反射で』
『言わないと一日が始まらない』
『いろPにも結婚して!』
ぴしり。
空気が固まった。
画面外で、何かが動く気配がした。
彩葉はゆっくりと横を見る。
かぐやも横を見る。
そこに、
いつもの服装。いつもの姿勢。
ただし、表情は静か。
静かすぎた
「雅治?」
「少しだけ、いいか」
「何をする気?」
「説明だ」
「何の?」
「現実の話だ」
雅治はそう言って、テーブルの端に空き缶を置いた。
普通のアルミ缶。モン〇ターエネルギー。
飲み終え、洗って乾かしただけのもの。
雅治はそれを指でつまむ。
「ここに、空き缶があります」
『急に始まった』
『何?』
『工作?』
『雅治ニキ?』
『なんか怖い』
『おい目ぇ据わってんぞこの人』
『声が静かすぎる』
雅治は続けた。
「これを、こうすると」
彼の指が動いた。
ぐしゃり、ではない。
潰すのではなく、
まるで折り紙でもするかのように、アルミ缶が細く畳まれていく。
側面。
底。
飲み口。
すべてが、ありえないほど綺麗に折り込まれ、最後には細い
「「 」」
彩葉が黙った。
かぐやも黙った。
コメント欄も黙った。
『……』
『……』
『え?』
『今何した?』
『アルミ缶って折り紙だった?』
『違う』
『握力どうなってんの』
『手元しか映ってないのに怖い』
雅治は、次に空き瓶を置いた。
ガラス瓶。
「ここに、空き瓶があります」
「雅治」
彩葉の声が少し震える。
「それはやめた方が」
「大丈夫だ」
「そういう時の大丈夫は信用ならないのよッ」
雅治は瓶を立てる。
そして、右手を軽く構えた。
「これを、こうすると」
軽い音がした。
派手な破砕音ではない。
かん、と乾いた音。
瓶の口が、綺麗に切断された。
まるで最初からそういう形の器だったかのように、断面は滑らか。
彩葉は両手で顔を覆った。
かぐやは口を開けたまま固まった。
コメント欄は、また沈黙した。
『……』
『……』
『はい?』
『瓶の口って切れるんだ』
『切れません』
『何で手刀でやった?』
『刃物使っても難しいやつでは?』
『あれに勝てと?』
『無理では?』
雅治は最後に、古いフライパンを取り出した。
傷だらけで、もう捨てる予定だったものだ。
「ここに、捨てるフライパンがあります」
『やめろ』
『もう分かった』
『次が見える』
『見たくない』
『フライパン逃げて』
雅治はフライパンの縁を両手で掴んだ。
「これを、こうすると」
ミシリッ
金属が鳴った。
フライパンの悲鳴、断末魔のような音が。
次の瞬間。
フライパンが、裂けた。
刃物も工具も使わず。
ただ、掴んで、引き千切った。
沈黙。
彩葉。
かぐや。
視聴者。
全員が黙った。
『……』
『……』
『……』
『すみませんでした』
『すみませんすみませんすみませんすみません』
『結婚とか軽々しく言ってすみません』
『あれにどう勝てと?』
『ムリゲーやんけ』
『いろPの時点で無理だったのに』
『雅治ニキ物理的な意味での最終兵器だったんだ』
かぐやが、ようやく口を開いた。
「あ、ちなみに」
全員がかぐやを見る。
かぐやはにこにこ笑ったまま、爆弾を落とした。
「かぐやと結婚するなら、雅治の許可も必要だよ?」
『それをもっと早く言ってほしかったよ姫』
『ごめんなさいごめんなさいごめんなさい』
『いろP突破しても雅治くんがいるの?』
『二段階認証が強すぎる』
『本人確認で死ぬ』
『勝てる要素がない』
『かぐやちゃんのセキュリティ、物理すぎる』
彩葉は、ゆっくりとかぐやを見る。
「かぐや」
「なに?」
「私の許可は?」
「もちろん必要!」
「よろしい」
雅治は静かに頷いた。
「それならいい」
「何が?」
「秩序が保たれている」
「その秩序、だいぶ暴力寄りだけどね」
彩葉は深く息を吐いた。
けれど、少しだけ笑っていた。
かぐやも笑っていた。
雅治は、裂けたフライパンを見下ろし、少しだけ首を傾げた。
「思ったより柔らかいな」
「やめて。フライパンへの評価として聞きたくない」
『思ったより柔らかいな、じゃない』
『フライパンに謝れ』
『フライパンが可哀想』
『でも抑止力としては完璧』
『結婚コメント、今日で終わりそう』
『終わらなかったら人類の敗北』
かぐやは画面に向かって手を振る。
「じゃあ、みんな!」
「待って。締める前に一言」
彩葉が前に出た。
顔は映らない。
けれど、声ははっきりしている。
「冗談でも、相手が困ることは言わないこと。かぐやはまだ、分からないことも多いから。みんなが面白がって言ったことを、本気で受け取ることもあります」
コメント欄が静かになる。
「応援してくれるのは嬉しいです。かわいいって言ってくれるのも、本人は喜びます。でも、嫌がることや、怖がらせることはしないでください」
彩葉は少しだけ間を置いた。
「かぐやは、賞品じゃないので」
その言葉に、かぐやは嬉しそうに彩葉を見た。
雅治も、静かに目を伏せる。
コメント欄に、少しずつ文字が流れ始めた。
『ごめん』
『悪ノリしすぎた』
『気をつけます』
『かぐやちゃん応援してる』
『いろPもありがとう』
『雅治くんもごめん』
『フライパンにも謝る』
「フライパンには私も謝ってほしい」
彩葉が言う。
かぐやが笑う。
「ごめんね、フライパン!」
「かぐやは悪くない」
雅治が即答する。
「誰のせいだと」
「かぐやは悪くない」
「二回言わない」
配信は、ようやく穏やかな空気へ戻った。
ただし、テーブルの上には、弦のように折られたアルミ缶と、口を切断された瓶と、千切られたフライパンが残っている。
穏やかとは何か。
彩葉は少しだけ遠い目をした。
そして、その日のトレンドには再び奇妙な言葉が並んだ。
#かぐや争奪戦
#いろP鉄壁
#かぐやは賞品じゃない
#雅治の許可
#物理の最終防衛ライン
#フライパン逃げて
#二段階認証が強すぎる
#求婚勢完全敗北
こうして、かぐや争奪戦は終わった。
たぶん。
おそらく。
少なくとも、表面上は。
配信終了後。
彩葉の部屋には、妙な沈黙が落ちていた。
かぐやは満足そうにコーラを飲んでいる。
雅治は裂けたフライパン諸々を片付けている。
彩葉は、その背中を見ながら言った。
「雅治」
「何だ」
「今度から、何かを千切る前に一言相談してよね」
「分かった」
「さすがに今日のは脅迫とかで雅治がなんか言われるかも知れないんだからさ。学校もあるんだし」
「分かった。相談する」
「よろしい」
かぐやが手を上げる。
「はーい、かぐや!」
「何が?」
「結婚は、彩葉と雅治に相談する!」
「その前に、本人がちゃんと考えるの」
「本人?」
「かぐや自身」
「かぐや自身……」
かぐやは少し考えた。
そして、ぱっと笑う。
「じゃあ、かぐやは今、結婚しない!」
「うん。それでいい」
「まだパンケーキいっぱい食べたいし!」
「理由はともかく、それでいいよ」
彩葉は笑った。
笑いながら、少しだけ肩の力が抜ける。
かぐやは、まだ知らないことが多い。
だから危うい。
でも、分からないことを一つずつ覚えていけばいい。
その隣に、
雅治もいる。
それで、きっと何とかなる。
そんなふうに思えた。
「彩葉」
雅治が、静かに名前を呼んだ。
さっきまでの、
配信中の、静かな威圧とも違う。
声は低い。
けれど、不思議と逃げている感じはしなかった。
彩葉は顔を上げる。
「なに?」
雅治は、片付けかけていたフライパンから手を離した。
少しだけ迷うように視線を落とす。
それから、かぐやを見る。
彩葉を見る。
そして、言った。
「さっき、かぐやに言っただろう」
「え?」
「分からないことは、ちゃんと考えて、自分で決めるものだと」
「ああ……うん」
「俺も、同じだと思った」
彩葉は黙った。
雅治は、少しだけ息を吐く。
「ずっと、考えないようにしていたことがある」
かぐやが、湯呑みを両手で持ったまま瞬きをした。
「雅治?」
「大丈夫だ」
いつもの言葉。
けれど、今度は逃げるための言葉ではなかった。
雅治は、続ける。
「母の墓参りに行く」
彩葉の表情が、わずかに変わった。
「それと」
雅治は、ほんの少しだけ目を伏せた。
「父に、会ってくる」
部屋の空気が、静かに変わった。
さっきまでの騒がしさが、遠くへ引いていく。
空き缶も。
空き瓶も。
裂けたフライパンも。
全部、急に別の世界のものみたいに見えた。
「一度、京都に戻ろうと思う」
雅治は言った。
今度は、誰かに背中を押されたからではない。
連絡が来たからでもない。
目の前の少女に、自分で考えて決めることを教えたあとで。
自分だけが、逃げたままでいるわけにはいかないと思ったから。
「長くはならない。けど、少しの間、こっちは任せることになる」
彩葉は、しばらく何も言わなかった。
それから、ゆっくり頷く。
「うん」
かぐやも、少しだけ不安そうにしながら、それでも笑った。
「雅治、行ってくるの?」
「ああ」
「怖くない?」
かぐやの問いは、いつも真っ直ぐだった。
雅治は、少しだけ目を閉じる。
「勿論怖いさ」
短く、そう答えた。
彩葉は何も言わない。
ただ、ちゃんと聞いていた。
雅治は続ける。
「でも、行かねば。行くと俺自ら決めたんだ」
その言葉で。
かぐや争奪戦の熱は、静かに遠ざかっていった。
守るために戦った一日が終わる。
そして今度は、雅治が自分の過去へ向かう番だった。
ここまで読んでくださり大変感謝しております。
おかげさまで総UAが70000をすでに突破しご感想もついに100件もいただきました。
お気に入り数もありがたくも1000を超えて維持されております。
評価も今の所無感想1点も入らず赤ゲージを保っておられています。
実を云いますと、最近作者自ら「書きたくて書いてるシーン」と「ただつなげるためだけに書いてるシーン」の差がはげしいって反省していました。
1話から読み返してみると、やはり力が入っている部分と明らかに力が抜けた部分のクオリティーが違うって思ったんですね。
突飛すぎる話ですが、みなさんのご感想がなければ、それこそ各話ごとにありがたくも残してくださった感想を一つ一つ読み返す度に以前の書く楽しさを思い出すことができています。
皆さんがいなければ、本当に昔見たいにどこかで折れて諦めていたかも知れません。
ほかの作品を読めば読むほどに、どうして僕はもっと読んでくれる読者の方々を面白く、楽しくはできないだろうかとも思う日々もありました。今も正直に申すとあります。
最初は自己満、自給自足のつもりで書いてたのが、いつのまにか書いてる僕も主人公3人組を応援する?ようになっていました(笑)。
感想をもらうたびに、「あ、こういう見方もあるんだ」「ちょっと伏線が明らかすぎったかな」ともしばしば。
ですが、それもやっぱり読んでくれている、見てくれる誰かがいるからできる悩みなんだなとも思いました。
雅治に彩葉が言っていた言葉は、実は僕も読んでくれている誰かに行ってあげたかった言葉でした、ついに僕までもその枠組みに入りました。(;'∀')
野郎が一人で深夜におセンチになって書いてると思ってると、少しうけますけども、やっぱ、こういう感謝の気持ちは感じたそばからお伝えしなきゃ、伝わらないし冷めちまうと思ったんで、こうやって後書きの形を借りて皆さんにお伝え申しました。
確かにお気に入りがたくさん増える、評価を高く多くもらえる、もっと多くの人たちに見てもらって推薦をもらのはうらやましいです。
けど、僕が総合ランキング56位までに名を挙げられたのは、今もこうして読んでくださっている顔も名前も知らない、多くの方がいるから、その応援があったからここまでこれたんですね。
最後にもう一度、ありがとうございます。
まだ終わってませんよ?まだ半分ぐらいまでしか来てませんから(笑)
エタることはありませんし、長く投稿できそうになければ、一度数回に分けてでも投稿していくつもりですので、最後までどうか御供お願いします。
日本で14年も住んでいると、こうして言葉だけで誰かに誇れる作品を描けるとは思いもしませんでした。
今後とも、『今日も正常営業。ただし「そういうとこ」を添えて』を作者共々によろしくお願いします!!
長文失礼しました!では、おやすみなさい!今週も残り金曜頑張って週末というハッピーに向かってしゅっぱーつ!!!!
やっべーまたしもタイトルつけ忘れとるしー!
番外編を時間列に合わせて本篇の合間に入れてみる?
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話の展開やネタの繋がりがあってよさそう。
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「番外」やから別途でいいんじゃね?