今日も正常営業。ただし“そういうとこ”を添えてー 作:火力万能主義
朝起きて軽く身体動かして防草シート張ってたら午前どころか昼までが解けてた...そのままジージェネのミッションと集会を消化したら3時と、どうして週末はこんなに早く溶けるのでしょう( ;∀;)
前回の二話までを見返したら地の文と台詞の間にある空き段落がPCでもスマホでも見づらいかもしれないと思い普通に1行空けにしました。
これからはこのまま行きます、読んでくださっている方々が少しでも気楽で楽しく読んでほしいと思いますので、こういうの変えてみたら?と思う要素があればぜひ乾燥やメールで教えてくだされば積極的に取り入れていきますのでこれからもよろしくお願いします。
そして、今日の内容はちょっと空気を換えてみました。
ではどうぞ!
ちなみに主人公含めて原作三人娘たちは年齢的にも進路相談する描写的にも高2の間に起こった2か月ちょいが原作のタイムラインだと判断したので、年齢もそれに合わせました。
*さっそく誤字と文章の重複があったんで編集しました(汗)
*昼全体がループしているとか、もはやこれも別エピソードのネタにしなくちゃ(汗)。ループ指摘ありがとうございます。
第三話 ちゃんと食べる方が続きます。
朝。
目が覚めた時、最初に視界へ入ったのは、薄く開いたカーテンの隙間から差し込む朝の光だった。
眩しい、とまではいかない。
けれど、昨夜の終わりが少しだけ遅かった頭には、十分すぎるほど現実的な明るさだった。
枕元へ置いていた端末の画面を指先で起こす。
表示された時刻を見て、
「……少し、やりすぎたな」
声に出したところで、返ってくるものはない。
土曜の朝だ。学校はない。だから昨夜は、配信の締めを少しだけ引っ張った。
少しだけ、のはずだったが、結局コメント欄の流れが面白くて、ログを見返して、らしくもない深夜テンションに駆られて何度も何度も対戦を繰り返した挙句の果て、想定していたよりも寝る時間が後ろへずれた。
さすがに
せっかくの休みの日くらい、寝ていてもいい。
そう思わないわけではない。
けれど、目が覚めてしまった以上、もう二度寝の方が面倒だった。
身体が先に起きてしまう。昔からそうだ。一度意識が浮いたあとは、だらだら寝台に沈んでいる方が、逆に居心地が悪い。
軽く見回してみるとワンルームに近い広さの、もとは物置だった部屋。
今では必要なものだけが整然と収まり、ベッド、机、端末、衣類棚、工具箱、参考書、簡易の撮影機材まで。
それぞれ収まるべきところへ収まっている。
生活の痕跡はある。けれど散らかってはいない。
その整い方は、誰に見せるでもないのに、どこか提出物のよう。
ふと短い間だけ、昨夜のコメント欄が頭をよぎる。
飯テロだ、ずるい、保存した、真面目な回だったのに最後だけ妙に腹が立つ。
そういう断片。
それを思い出して、少しだけ口元が緩んだ。
別に、褒められたいわけではない。
賞賛が欲しいわけでもない。
そんなもの、すでにさんざんもらった上に腐っていったから。
とうの昔に飽きるほど見せつけられたんだ、こっちは。
いや、違うな。
見せつけられたんじゃない。
ぶら下げて、ぶら下げ垂れて腐っていくところを眺めさせられたんだ。
勝てと言われた。
誰よりも高く、誰よりも先へと。
だからした。言われた通りに全部してみせた。
頑張った、才能を磨いて血のへどを吐きそうな努力してでも上に上り詰めた。
でも、それだけ。
言われた通り、頑張って来た通りにてっぺんを獲ったものにようやく与えられるのは大したもんじゃなかった。
その先にあるのは、せいぜいが二つ。
下から這い上がってくる誰かに、いつ引きずり降ろされるかを気にしながら立ち続けること。
あるいは、もうこれ以上ないだろうと思った先に、さらに上へと、目指して目指して目指した果てに折れること。
どっちもろくな
そんなものを、
小学校だの、中学校だの、コンクールに部活、大会入賞に生徒会長まで。
ばかばかしい。
もっと前から。
あの家に生まれ育った十五年、その全部でを味わされた。
できて当然。
頑張るのはみんな同じ。
結果が出ても当たり前。
出なければ足りないだけ。
やったことも、耐えたことも、削ったものも。
誰も見ない。誰も見てくれない。誰にも見せられない。
そのくせに守るべきものはたくさんで、こっちから捨てたいものばかり押し付けてくる。
冗談じゃない。
だから飛び出して来たんだ。
あんな場所。
なんの準備もなく。計画もなく。あるのは身体だけで。
後先を考えるだなんて、そんなご立派な余裕はなかった。
ただ、このままでいたら、いつか本当に中身まで腐るとおもったから。
...その点、叔父さんには頭が上がらないな。
先に家を飛び出して、自分の腕一本でやって、一度はてっぺんまで取った人だ。
元チャンピオン。
本家からもそれなり以上にはうるさく言われただろうに。
あそこの連中が、何も言わないはずはない。
それでも、なんの算段もなく転がり込んできた俺を追い返さず、ここまで面倒を見てくれている。
楽をさせるわけでもなく、甘やかしもしない。
飯は平日だけ夕食のみ。それ以外は自腹で自炊。
ただ遊ばせるのではなく、社会見学の建前でジムの雑務をしながらバイト代でお小遣い稼ぎ。
だからこそ、今もこうして息ができている。
感謝している。
その気持ちには嘘偽りない。
だから、余計に思う。
もう他人の評価なんて、どうでもいい。
誰かと競い合って、誰かを蹴落として、誰かに蹴落とされるために生きるなんて、もう御免だ。
上へ行った先に待っている景色が、結局はもっと上を見ろという看板ばかりなら、そんなものに今さら憧れはしない、望みもしない。
今の俺は自由そのものだ。
少なくとも、あの家にいた頃よりは。
少なくとも、何をするにも誰かの期待へ自分を押し込めていた頃よりは。
この身体を動かすのも、飯を食うのも、何かを創るのも、全部俺が俺のためだけに選べばいい。
誰に見せるためでなく
誰に認められるためでもなく
ただ、自分がちゃんと立っているために。
そこまで考えて、ようやく小さく息を吐いた。
「......ほんま、しけったいなぁ」
寝起きの頭では、たまにこういう余計なものばかり浮かんでくる。
土曜の朝だというのに、らしくもない。
だが、浮かんだものは仕方ない。
いつまでも寝ぼけて転がっているのも、かえって鬱陶しいだけ。
上体を起こす。
軽くうがいをして、顔を洗う。
鏡に映る
みんなの「良い」だけを見せてくれる
今見えるのは、ただ目の下に残る薄い疲れの影だけ。
「ちと、やりすぎたな」
口に出してみても、返事はない。
金曜の夜だった。学校もない。少しくらい遅くなっても構わないと思っていたら、結局コメント欄の流れが面白くて、ログを見返して、つい次まで触ってしまった。
土曜だからといって、昼まで眠っている柄でもない。
一度意識が浮いた以上、もう身体の方が先に起きてしまっている。
これ以上は深く考えず、ランニング用のウェアへ着替える。
シャツ。
軽いジャケット。
走り慣れた靴。
耳に何かを入れることはしない。音楽で頭を塞ぐより、朝の空気そのものを聞く方が落ち着く。
「いってきます」
玄関を出ると、週末の町はまだ半分だけ眠っていた。
車の音も平日ほど多くない。人影も少ない。
少しだけ冷えた空気が肺へ入るたび、頭の奥が澄んでいく。
最初の数分は、身体を起こすだけの緩いジョグ。
足首、膝、股関節。
順番に熱を灯していくみたいに、少しずつペースを上げていく。
走っている間に向こうの信号が変わった。
青になった信号をそのまま走り渡る。
呼吸は安定。
昨夜遅かったわりには、足も重くない。
むしろ、こうして一定のリズムへ身体を乗せていくと、頭の中の雑音が順番に落ちていく。
今日は朝の短いルーティン動画を一本。
そのあとで姿勢改善のショートを撮る。
ジムの掃除も少し残っていたはず。備品の補充とチェックシートも叔父さんから言われていた気がする。
夕方までにレシピ動画か配信か――いや、今日はライブの方がいいかもしれない。調理の温度が見えるし、コメントも拾いやすい。
そんなふうに段取りを考えているうちに、足取りは自然と滑らかになっていた。
人の少ない河川敷沿いまで出ると、空はもう少し高く見えた。
走る。
息を吸う。
吐く。
背中が開いていく。肩の力が落ちる。
何も考えなくていいわけではないが、何かを考えていることに苦しくならない。
誰にも見せない。
誰にも説明しない。
でも確かに、自分を保つために必要な時間。
今は朝の道を、ただ黙って進むだけ。
*
戻ってきた頃には、額に汗が滲み、背中にもじんわりと熱が残っていた。
玄関で靴を脱ぎ、タオルを首へかけたまま、そのまま部屋へ入る。
配信用機材とタブレットに電源を入れる。
顔は少し映ってもいい。どうせあとで編集するから。
角度は肩から下が中心。
明るさは朝の自然光で足りる。
シらぬイとしての短い朝動画なら、それで十分だった。
床へマットを敷く。
呼吸を整える。
そして録画開始。
最初に入れるのは、首と肩の動き。
次に股関節。
固まりやすいところから順にほぐし、いきなり反動をつけすぎず、可動域を起こす程度の動きへ留める。
無言。
けれど、編集した後の動画の画面の隅には短い文字が出る。
『朝一で全力は非推奨です』
少し置いて、
『起こすだけで十分』
動きは簡潔に。
見栄えのための大きなストレッチではなく、本当に朝の身体へ必要なぶんだけ。
それが逆に、分かる人間にはよく分かる。
肩甲骨を開く。
骨盤を立てる。
呼吸に合わせて体幹を起こす。
ごく短い流れで全体を通し、最後に手を止める。
『無理なく続く方を採用してください』
そこで録画を切った。
派手ではない。
けれど、こういう動画を保存してくれる人間がいることを、俺は知っている。
ネタ武器の切り抜きで笑っている視聴者と、朝の体操動画を黙って繰り返し見ている視聴者は、案外、同じアカウントだったりする。
端末を閉じる前にざっと見返し、必要なところだけ短く整えて予約投稿へ回す。
その作業まで終えてから、ようやくシャワーへ向かった。
髪の水気を拭きながら食卓へ下りると、叔父さんはすでに朝食を半分ほど食べ終えていた。
「遅かったな」
「少し長めに走っただけです」
「嘘つけ」
叔父さんは味噌汁の椀を置きながら、こちらを一瞥する。
「顔が少し寝不足だ」
昔からこの人を相手に誤魔化しは効かない。いや、誤魔化せない。
俺は小さく肩を竦めた。
「昨日、少しだけ遅くなりました」
「休みだからといって崩しすぎるなよ」
「分かってますよ、叔父さん」
「その返事だけは毎回きれいだな」
呆れたようでいて、本気で怒っているわけではない。
叔父さんは昔からそうだ。必要なことは言う。だが、それ以上は踏み込まない。
食卓に並んでいたのは、派手さのない朝食。
卵、焼いた鶏肉、味噌汁、納豆に少なめの玄米ごはん、切った果物とサラダ。
筋トレ雑誌の表紙に出てきそうな極端な管理食ではない。
ただ、余分に偏っていないだけだ。
俺にはそのくらいがちょうどいい。
「今日は昼どうする」
「部屋のこと片づけて、午後は少し撮ります」
「ジムの方、マット拭きと備品だけ見といてくれ」
「分かりました」
「あとケーブル一本、昨日ちょっと怪しかった」
「あとで見ます」
会話はそれだけで済む。
けれど、その短いやり取りの中に、今の生活がちゃんとある。
誰が何を言うか、どこへ気を配るか、何を“正しく”返すべきか。
あの空気に比べれば、今の沈黙はずっと優しい。
*
食後は、まず部屋のことを片づけた。
洗濯物を分け、回す。
ベッド周りを整える。
昨日使った撮影機材を拭いて戻す。
机の上の配線をまとめ、散らばりかけていたメモ類を順番に揃える。
そういう作業は嫌いではない。
むしろ、頭の中を同時に片づけてくれる感覚すらある。
必要な物が必要な場所にある。
足りない物がどこで足りないか分かる。
乱れていたものが整っていく。
それだけのことが、案外、人を黙らせてくれる。
洗濯機が回る音を背に、撮影用の機材を昼の光が入りやすい位置へ組み替えた。
午後は姿勢改善ショートを一本だけ撮るつもりでいた。
内容はシンプルだ。
長時間机に向かう人間向け。
肩が上がる、首が前へ出る、骨盤が寝る。そういう“分かっていても崩れる”姿勢を、三十秒か四十秒で少しだけ戻す。
シらぬイのチャンネルには、そういう動画も多い。
無声。短い説明。淡々とした手順。
派手ではない。
けれど保存率だけは妙に高い。
撮影を始める。
椅子へ座り、悪い姿勢の例をわざと作る。
そこから、首、肩、骨盤の順で戻す。
動きはやはり最小限。
見せるためというより、本当に必要なことだけ。
『肩を上げたまま頑張るのは非効率です』
『気合いと力みは別物』
短い文字を添えると、それだけで少しシらぬイの匂いが出る。
真面目な内容でも、どこか一言だけ皮肉が残る。
そこを好む視聴者がいることも、また事実だった。
*
昼を回る頃には、部屋の中の空気も少しずつ重くなってきた。
部屋を出る前にウェアを替え、叔父さんのジムの方へ顔を出す。
土曜の午後はそこそこ人が来る。
会員が使ったあとのマット、タオル、消毒液、器具の位置。
やることは多くない。だが雑にするとすぐ分かる。
叔父さん、いやコーチは別のスパリングルームにてミットを持っていた。
客を一人送り出したあと、こちらを一瞥する。
「フォーム撮るか?」
「少しだけなら」
「じゃあ十分だ」
それがこの人なりの許可だった。
ベンチに腰掛け、ダンベルを握る。
呼吸。
肩の位置。
肘の角度。
反動を使いすぎない。
効かせるべきところへ、ちゃんと効かせる。
無駄に声を出さない。
追い込みの場面でも、吠えるような真似はしない。
その代わり、静かなまま熱量が高い。
額から汗が落ちる。
腕が張る。
呼吸が短くなる。
それでもフォームの線はできるだけ崩さない。
「肩、少し入ってる」
叔父の短い指摘が飛ぶ。
「はい」
「肘、外」
「……はい」
「逃がすな。もう一回」
「...ッツ」
口数は少ない。
けれどその短いやり取りだけで、ジムの空気は妙に濃くなる。
黙って重いものを動かす時間には、暑苦しさがある。
別に誰かへ見せるための熱さではない。
ただ、自分の身体を自分で押し切るためだけの、ひどく原始的な熱だ。
何セットか終える頃には、背中までしっかり熱を持っていた。
シャツが肌へ張りつく。
腕も脚も少し重い。
けれど、その重さが嫌ではなかった。
トレーニングのあとは、そのままジムの手伝いへ回る。
マットを拭く。
備品の補充。
タオルの交換。
グローブやクッションの傷みを見る。
叔父さんに言われていたマシーンのケーブルの不調も確認する。
確かに少しだけ緩んでいた。
しゃがみ込み、工具を取って留め具を締め直す。
金具の状態はまだ持つ。
完全交換までは要らない。
その判断も含めて、叔父さんは何も口を出さない。
ただ、最後にちらりと見て一言だけ言う。
「そのままでいい」
「そう思いました」
「なら大丈夫だ」
それで終わりだった。
*
夕方。
部屋へ戻る頃には、空は少しだけ色を落としていた。
汗を流して、着替えて、髪を拭いて、キッチンの上に立つ。
今夜はライブ配信。
無声での調理配信だ。
内容は、鶏むね肉と豆腐を使ったつくね風のワンプレート。
高たんぱくで、脂質を重くしすぎず、でもちゃんと美味しい。
シらぬイのチャンネルには、こういう「生活に無理なく入れられる飯」の需要が案外大きい。
配信開始。
タイトルは適切なもので一つ。
【静かに食べる】鶏むね肉と豆腐のつくね/頑張りすぎない週末ごはん
画面へ映るのは、いつもの前掛け姿のシらぬイではなく、現実の姿。
念のために着けているマスクの下の口元も、素顔も、当然出さない。
ただ、手元だけはよく見える。
まず机の上に乗せるのは以下である。
まな板、包丁、ボウル、計量スプーン、小さめのフライパン、皿。
それから、冷蔵庫から出したばかりの鶏むね肉、豆腐、卵、刻み葱、片栗粉。
調味料は好みにお任せで少々。
そしてリアルでの配信とのことで飛んできた視聴者たちが、すぐにコメント欄を埋め始める。
『今日は兵器じゃない?』
『タイトルだけだと普通の健康配信』
『いやシらぬイだから最後まで油断するな』
『前のレシピ助かったから今回も期待』
『珍しく真面目』
『毎回真面目ではあるんだよな、方向性が時々おかしいだけで』
スマホの画面でちゃんと配信で移っているか確認。
カメラレンズ超しに映る画面の中央には、前掛け姿の
手元の邪魔にならないところまできっちり捲られている袖。
映るのは手と机の上と身体の胸元までのみ。
うん、問題なし。
開始の挨拶代わりに、 軽く手をふって挨拶し終えるとさっそく今日の調理開始である。
の前に、
配信管理用タブレットに打ち込む一言。
『本日は正常営業です』
『その宣言が一番信用ならん』
『はいフラグ』
『今日は“ただし”何を添えるんですか』
『正常営業(当社比)』
なんか言っているようだが、何も返さない。
ただ、右手で包丁を取り、鶏むね肉をまな板へ置いた。
そこからの動きは、妙に静かだった。
切る。
刻む。
余分な脂身を落とす。
筋の入り方を見ながら、包丁の角度を変える。
速さを見せるための手際ではない。
“雑にしないための速さ”だった。
それでも日常的に台所へ立つ人間の手つきだと分かる手際。
包丁を持つ指先に無駄な力みがない。刃を入れる位置も、次に何をするかも、最初から決まっている。
音まで整っていた。
軽すぎず、乱暴すぎず、必要な分だけまな板に響く包丁の音が、配信の無言さの中で妙に心地よいリズムを作る。
コメント欄が流れる。
『今日は珍しく真面目』
『いや毎回真面目ではあるんだよ』
『前のレシピ普通に助かった』
『これ保存する』
『作り置きで運動後に食べやすい飯ありがたい』
『手元が綺麗なんだよなぁ』
『料理回のシらぬイ好き』
『こういうの見ると普通に生活してる人なんだなって思う』
『当たり前なんだけど、なんか分かる』
鶏むね肉は細かく叩きすぎない。
ミンチほど均一にはせず、食感が残る程度の粗さをわざと残す。
そのままボウルへ移し、今度は水切りした豆腐を崩し入れる。
卵。
片栗粉。
塩を少し。
生姜。
葱。
ここでタブレットを通してテロップが短く入る。
『豆腐は水を切りすぎない方が楽です』
『鶏むね肉は粗さが残る方が食べた感があります』
どれも派手な知識ではない。
けれど、実際に作る時に一番助かる類いの一言だった。
ツクヨミのライバーシらぬイは喋らない。
だから代わりに、何を省いて何を残すかが非常に上手くなった。
長々と説明しなくても、必要なところだけを渡す。
それは学校で
ボウルの中身を混ぜる。
手袋越しにまとめていく動きも、やはり丁寧だ。
どのくらい混ぜれば火入れで崩れにくいか、どこで止めれば食感が固くなりすぎないか、そのあたりの勘がある。
こねすぎず、でも崩れない程度には繋げるのが俺の理想。
豆腐が入っているからなおさらに柔らかい。だから力任せに押し潰すのではなく、持ち上げて、返して、押して、また返す。
視聴者が好むのは、こういう“本気すぎない本気”なのだと分かる。
『これ、前に出してたそぼろ丼の応用?』
『胸肉なのにパサつかなさそう』
『減量中でも食えそうで助かる』
『普通に腹減るやつやめろ』
ある程度まとまったところで、
そこでまた文字が出る。
『頑張りすぎると固くなります』
一拍。
『料理も身体も、だいたい同じです』
最後の一文に、コメントが少しだけ跳ねた。
『出た』
『こういう一言好き』
『真面目回のシらぬイ、たまに刺してくるんだよな』
『分かるけど腹減ってる時に言われると情報量が多い』
『今日も正常営業』
『ただし飯テロを添えて』
成形は丸めすぎない。
少し平たく、火の通りが均一になる形。
フライパンへ油をほんの少しだけ引き、弱めの中火に置く。
本当はオリーブ油がいいけど、それではお手春価格とはいえないから今度はなし。
肉が焼ける音が立つ。
じゅ、と小さく水分が弾ける。
画面越しでも分かる程度に香りが想像できる音だった。
表面に焼き色がついていく。
豆腐が入っているぶん、硬い肉の焼き目ではなく、少しだけ柔らかそうな色になる。
そこへ蓋をして蒸し焼き。
焦らない。
ひっくり返すタイミングも早すぎない。
見ているだけで、作る人間の性格が出る。
『うまそう』
『今の火加減メモった』
『こういう普通に助かる回もありがたい』
『でも最後にダイヤモンドになったりしないよな?』
『やめろ思い出すだろ』
そのコメントに、
ただ、なんとなく手の仕草や身体の動きからしてなんとなく。
笑ったのか、呆れたのか、それは視聴者の想像に任されている。
付け合わせは、重くしすぎない範囲で用意する。
千切りの
軽く和えた
小さめの汁物。
お米は白米でなく玄米で少なすぎず、多すぎず。これだけは譲れない。
減量食らしい殺風景さではない。
かといって、映えを狙った華美さもない。
ちゃんと日常へ置ける皿が出来上がり。
盛り付けまで終えると、プレートを少しだけカメラへ寄せる。
過剰に映えを狙わない。
ただ、食欲が落ちない程度に整える。
そういう距離感まで、やはり昔よりかは上手くなってきたものだ。
肉汁、とまではいかない。
でも、ぱさつきとは無縁そうな柔らかさが見える。
箸を入れた断面には、豆腐の白と鶏肉の繊維がほどよく残り、照りもきつすぎない。
もう夕方と夜に挟まる時間にこんな画面を見せられたら、視聴者が飯テロだと騒ぐのも当然だった。
『無理、今冷蔵庫開ける』
『これ保存した』
『明日作る』
『食べた感あるのに軽そうなの助かる』
『今日は本当に正常営業か……?』
そして、いつもの短い文字が出る。
『本日の結論:ちゃんと食べる方が続きます』
一拍置いて、もう一枚。
『我慢だけで整う身体は、仕様に含まれていません。』
コメント欄が、今度は笑い混じりに流れた。
『正論』
『正論で殴ってくるな嗚呼ああああ』
『ぐうの音も出ない』
『筋トレ民に刺さる』
『でもたまには変な武器も見せて』
『そのうちまた“そういうとこ”するんでしょ知ってる』
『今日も正常営業。ただし刺さる一言を添えて。』
『役立つのにちょっと腹立つの、そういうとこなんだよ』
最後まで一切何も答えない。
けれど、見ていて楽しい配信ではあっただったろう。
*
夜も遅くなりきる前に、食べ終えて配信もそれと合わせて切る。
片づけを済ませ、器具を洗い、床を拭き、部屋へ戻った。
端末を開き、チャンネルの管理画面を確認する。これが日課の最後。
朝のルーティン動画。
昼の姿勢改善ショート。
夜のアーカイブ。
数字。保存率。離脱位置。コメント。
視聴者からの反応もざっと見る。
朝の動画を毎日流している、というメッセージ。
姿勢改善で首が少し楽になった、という短文。
前に出したレシピを作ってみた写真。
そして、その合間へ挟まる「次はまた新しい変な武器も見たい」「最近ちょっと純粋な馬鹿よりも真面目が多い気もする」「いやでも今日の飯うまそうだった」といった声。
全部が混ざっている。
笑う人もいれば感謝を云う人もいる。
次の馬鹿を愉しむ人もいれば真面目に相談してほしいとDMを送る人もいる。
もちろん、中には
しかし、それらすべてがシらぬイの視聴者である。
近くしすぎるつもりもない。
でも、雑にだけは扱わない。
返信が必要なものへ、短く返す。
答えられる範囲だけ、誠実に。
それ以上は渡さない。
画面の白い光が、夜の部屋を静かに照らしていた。
端末を閉じる前、未公開のフォルダの隅に、まだ形になりきっていない武装や外見などの設計データが見えた。
昼は生活を整えるものを撮った。
夜はちゃんと食べるための飯を作った。
それでも、そのどこかでまだ燻っているものがある。
誰にも見せなくていい。
でも、いつかは形にしたいもの。
俺はそのデータへ触れず、静かに画面を閉じた。
眼鏡を外す。
照明を一段落とす。
窓の外は、もう完全に夜だった。
明日は日曜。
また少し走って、片づけて、整えて、来週へ備える。
そうして月曜になれば、何事もなかったみたいな顔で制服を着て、みんなの知る
それでいい。
少なくとも今は。
ベッドへ身体を沈める。
まぶたを閉じる直前、画面越しのコメントがひとつだけ浮かんだ。
――ちゃんと食べる方が続きます。
それは自分に言った言葉でもあったな、と、遅れて思った。
週末は、誰にも見られないぶんだけ正直だ。
普段の仮面を剥がすほどではない。
けれど、何もかも隠しきるほど窮屈でもない。
そうして静かに更けた土曜の終わりは、やがて何事もなかったように日曜へ続き、日曜は何事もなかったように月曜へ繋がっていく。
そして月曜の朝。
教室の窓際から二列目には、またいつも通りの橘雅治が座っている。
真面目で。
誠実で。
頼りやすくて。
でも、その
ツクヨミの深層には、昼も夜もない。
無数の記録が流れては沈み、沈んでは積み重なっていく。
配信。対戦。創作。視聴履歴。交流。滞在時間。
日々生まれては消えていくそれらのほとんどは、見ようと思えばいくらでも見られるし、逆に見ないまま流してしまうこともできた。
月見ヤチヨは、その大半を知っている。
今のツクヨミも。
もっとずっと昔、まだ名前も形も今とは違っていた頃のツクヨミも。
だから、本来なら。
ひとつの配信者に、今さらわざわざ目を留める理由なんて、どこにもないはずだった。
素顔を隠すライバーなら他にもいる。
声を出さない者だって珍しくない。
ふざけたことをして笑いを取る者も、逆に真面目な解説や生活の知恵を流す者も、それこそ掃いて捨てるほどいる。
なのに。
「……ん?」
ほんの一瞬。
流れていく記録の中で、ヤチヨの視線が止まる。
ただ、それだけだった。
何か明確な異常があったわけじゃない。
警告が出たわけでもない。
不具合でも、危険信号でも、深刻なエラーでもない。
ただ、なんとなく。
そう、本当になんの理由もきっかけもなく、ただ気づいた瞬間に目が向いて、そのまま留まってしまった。
表示されたチャンネル名は、静かだった。
シらぬイ。
少し前には、見た目も動きも馬鹿みたいな武器を振り回していた。
そのくせ、今日の記録には朝のルーティン動画があり、姿勢改善のショートがあり、夜には妙にちゃんとした週末ごはんの配信まで残っている。
統一感がない、というのとも違う。
支離滅裂、というほど崩れてもいない。
真面目なのか、不真面目なのか。
ふざけているのか、誠実なのか。
近づきたいのか、距離を置きたいのか。
どちらにも見える。
どちらとも言い切れない。
「へえ」
ヤチヨは、小さく首を傾げた。
今のツクヨミにも、覚えがない。
八千年前のツクヨミにも、たぶん、ない。
もちろん、見落としていただけかもしれない。
そういう可能性はいくらでもある。
けれど、見落としていたにしては、妙に引っかかる。
何か特別な力を感じるわけでもない。
決定的な異物に見えるわけでもない。
なのに、流してしまっていい気がしない。
理由を探そうと思えば、あとからいくらでも並べられるのだろう。
動画の傾向とか。
視聴者との距離感とか。
創作物の癖とか。
そういう後づけの説明なら、たぶんいくらでも作れる。
でも、たぶんそうじゃない。
最初はもっと曖昧で、もっと馬鹿らしいものだった。
ただ目に留まった。
ちょっと気になった。
それだけ。
ヤチヨは記録の一つを開き、少し前に投稿されたショート動画を無音のまま再生した。
短い動き。
簡潔な説明。
整った手元。
多くを語らないくせに、必要なものだけはきちんと置いていく感じ。
見終える。
閉じる。
次に、別の動画を開く。
今度はふざけた配信の切り抜き。
静かに見て、最後にだけほんの少し目を細める。
「……なんか、変」
誰に聞かせるでもなく、そう零した。
もうすぐ、大事な日がやってくる。
それまでに。
それまでになら、少しくらい見てみてもいいかもしれない。
深く触れるほどじゃない。
まだ話しかけるほどでもない。
ただ、もう少しだけ。ほんの少しだけ、目で追ってみるくらいなら。
月見ヤチヨは、記録の隅にその名をそっと置いた。
シらぬイ。
たぶん、ただの気まぐれ。
たぶん、ただの好奇心。
たぶん、それだけ。
けれど、と
案外、世界が動く時というのは、そういう「それだけ」から始まるのかもしれなかった。
三日せずしてUA1000とお気に入りが50突破!!
僕の好きを押し付けているだけかも知れませんが、それでもいい!と言われているようで勇気とやる気がでます。
みんなありがとう!
いっつもいっつも書いてると二万字にいってしまい読み辛いかも知れないなーと、作者自分でも思っています。
ちょっと下弦掴むまで試行錯誤ありありでしょうが、その方がいいのならぜひご感想で一言おしえてくださいませ~
昼パートと夜パートの前後分けにしてほしい?
-
雰囲気の違いがあれだ。一度分けるべし。
-
シリアスとギャグの部分だけ分けてほしい。
-
文字数が多すぎるから何回か分けるべし。
-
このまま作者の好きにしてもかまわない