今日も正常営業。ただし“そういうとこ”を添えてー   作:火力万能主義

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お久しぶりです!やっと夏の仕事すべてが片がついたんで連載再開です!
ただ、書いている内にプロットをいろいろと見直して、「雅治と出会った二人が原作のままで帝との決戦をするのは、運命の一言だけで片付けるには雑では?」というある意味自縄自縛のような答えに至ってしまい、すごい難産でした(;'∀')。
出来は上々、ただし久しぶりのせいでか少し文体がブレてるというか、いつもの味じゃないかも...。

いろいろと伏線を張ったり回収したり、これまでの話との筋合わせと矛盾する部分の消しだけで体力をごっそり持っていかれてしまいましたぁ。
スパイダーマンの新作のエンディング、林檎兄貴たちが歌ってくれた方を聞いたら、なんだか雅治にも当てはまる部分もあるなーと思いながら書いてたら、まぁいつものプロット大改修の工事現場ですね。

これでようやく、帝戦までは出せたけど、これで原作の半分ってマジっすか;;;

では、ようやくです。世紀の竹取合戦の結末はいかに!?
第二十六話です、どうぞ!



第二十六話 世紀の竹取合戦、ただし兄妹喧嘩を添えて

第二十六話 世紀の竹取合戦、ただし兄妹喧嘩を添えて

 

 

 

 

「ガーっといってー、しゅたたたー! そんでバーン!!」

 

 という、実にありがたい作戦をいただいた。

 

 分かりやすい。

 

 簡潔。

 

 中身がない。

 

「それ、作戦って言わないからね?」

 

「ええー。ちゃんと最初から最後まで言ったよ?」

 

「擬音しか言ってないわよ!」

 

「でも、ガーっといって、しゅたたたーってして、最後にバーンだよ?」

 

「同じ説明を二度すな!」

 

 隣でヤチヨが口元へ手を当てて笑っている。

 

 よかった。

 

 尊い。

 

 正しい。

 

 いや、今は推しを拝んでいる場合ではない。

 

『試合開始です!』

 

 法螺貝の音が鳴り響き、黒鬼とのKASSENが始まった。

 

 三対三。

 

 三試合の二本先取。

 

 トップ、ミドル、ボトムと呼ばれる三本の道。その先に二つの櫓があり、櫓を取って相手の天守閣を落とす。

 

 言葉にすれば簡単。

 

 実際にやれば、そんなに簡単ではない。

 

 そして対戦相手は、ブラック・オニキス。

 

 ヤチヨカップ暫定一位。

 

 KASSENの王者。

 

 勝ち方を知り、負け方を忘れた三人。

 

『おーっと! 黒鬼はトライデント! 開始早々トライデントの出番です!』

 

 帝がトップ。

 

 雷がミドル。

 

 乃衣がボトム。

 

 三人が三本の道へ、一人ずつ。

 

 こちらは私とかぐやがトップ。ヤチヨがボトムへ向かう。

 

 普通なら、二人いるこちらが有利になる。

 

 普通なら。

 

「完全に舐めプされてんね」

 

「えええ~~」

 

「かぐや、落ち込むところじゃない。怒るところ」

 

「どるぁ! ぶっとばーす!」

 

「切り替えが早い!」

 

 黒鷹と、ロケット代わりに乗ったハンマーが、それぞれの主を乗せて地面へ降りていく。

 

 高速で飛べる乗り物は便利だ。ただし、長く飛びすぎれば地上のミニオンから一斉に狙われる。

 

 だから早めに降りる。

 

 降りて、倒す。

 

 倒して、進む。

 

 道中のミニオンを片づけながら、必殺技のゲージを貯めていく。

 

 順調だった。

 

 少なくとも、銃声が鳴るまでは。

 

 

 タァン!!

 

 

 聞いた瞬間、身をかがめた。

 

 かぐやの襟首も一緒に掴んで、近くの岩陰へ引きずり込む。

 

「うにゃっ」

 

「静かに」

 

 銃弾は当たらなかった。

 

 狙いが逸れたのではない。私たちより少し前の地面へ、わざと撃ち込まれている。

 

 警告がてらの挨拶かな。

 

 それとも、ただの挑発。

 

「……狙う気すらないってんの?」

 

「い、いろP?」

 

「大丈夫。場所は分かった」

 

 双剣の柄を繋ぎ、ブーメランへ変形させる。

 

 岩陰から投げる。

 

 黒い人影が身を逸らした。

 

 その瞬間、ワイヤーを巻き取って岩陰から飛び出す。

 

「かぐや!」

 

「うん!」

 

 かぐやもハンマーをランチャーへ変形させた。

 

 ウナギ弾丸が飛ぶ。

 

 狙いは甘い。甘いどころか、帝の周囲に適当な円を描いている。

 

 それでいい。

 

 私を狙わせない。

 

 逃げ道を削る。

 

 そのための援護だ。

 

「よぉ。また会ったな」

 

「……っ」

 

 回収したブーメランを即座に分離。

 

 双剣へ戻し、片方を振り下ろす。

 

 相手の棍棒とぶつかった。

 

 重い。

 

 たった一度の鍔迫り合いで、アバターの腕が震える。

 

「お前、彩葉だろ」

 

「ちゃいます」

 

「嘘はダメだぞー。ほれほれ」

 

「ワタシいろP。いろはチャウ」

 

「無理あるって、それ」

 

 よりにもよって、帝アキラだった。

 

 黒鬼のリーダー。

 人気ライバー。

 

 そして、数年ぶりに会う実の兄。

 

 久しぶりの顔合わせ。

 久しぶりの会話。

 

 その初言葉が、これである。

 

「いろはー!」

 

「だから名前ぇ!?」

 

 岩陰から、かぐやがぶんぶんと手を振っている。

 

 なんで歩いてくるの。

 なんで試合中に呑気なの。

 なんで何度言っても名前を隠すという発想が抜けるの。

 

「やっぱ彩葉じゃん」

 

「どうして分かったのよ」

 

「お兄ちゃんには、なんでもお見通しってな」

 

「あ、やっぱり兄妹なんだ」

 

 かぐやが妙に納得した顔で頷く。

 

 やっぱり、とは。

 

 何を見て、やっぱりと思った。

 

『おーっと! ここで衝撃の真実! 帝アキラといろPは兄妹だったぁー!』

 

『開始早々、個人情報が櫓より先に落ちたンゴ』

 

『配信者としてはおいしいですね』

 

 おいしくない。

 

 外野うるさい。

 

「そういや、母さん気にしてたぞ」

 

 帝は棍棒を押し込みながら、本当にどうでもよさそうな調子で言った。

 

「連絡くらい寄越せりゃいいのに」

 

「今それ言う!?」

 

「今会ったからな」

 

「こっちにも順序ってもんがあるの! 勝手に入ってこないでよ!」

 

「それも母さんの教えだろ。いちいち真に受けるからギスギスすんの」

 

「知らん! 口出さんといて!」

 

 ボイスチャットを配信用から個人用へ切り替える。

 

 遅い。

 

 もう遅い。

 

 多分、切り抜きは三十秒後には作られている。

 

 そのうえ、帝は何もなかったように剣を抜いた。

 

 兄の顔。

 ライバーの顔。

 王者の顔。

 

 どれが本当なのか分からない。

 

 多分、全部本当なのが一番腹立つ。

 

「かぐや、右!」

 

「おー!」

 

 かぐやがハンマーを振り上げる。

 

 大きい。

 

 遅い。

 

 けれど、当たれば重い。

 

 帝は最小限の一歩だけ横へ動いた。

 

 ハンマーが地面を砕く。

 

 私はその土煙へ紛れ、帝の背後へワイヤーを撃ち込む。

 

 引く。

 

 斬る。

 

 帝は振り向かない。

 

 棍棒の端だけを背中へ回し、私の一刀を受けた。

 

「うちの妹ちゃんは器用だねぇ」

 

「褒めるな!」

 

「でも軽い」

 

 棍棒が跳ね上がる。

 

 双剣ごと腕を弾かれた。

 

「かぐやちゃんは単純でシンプル」

 

 続けて横から来たハンマーを、今度は鞘で受け流す。

 

「でも、遅い」

 

 かぐやが前につんのめった。

 

 帝の膝が、その腹へめり込む。

 

「ふぎゃっ」

 

「かぐや!」

 

 助けに入ろうとした、その時だった。

 

『おっと、ボトムで大きな動きです!』

 

 実況の声。

 

 同時に、視界の端で味方の残機表示が赤く明滅した。

 

 

《月見ヤチヨ KNOCK OUT》

 

《残機 2》

 

 

「ヤチヨ!?」

 

『乃衣選手、牛鬼へ届く前のヤチヨを撃破! この試合、最初の脱落者は助っ人ヤチヨです!』

 

『鈍足を重ねて逃げ道を消しました。黒鬼、助っ人の性能調整まで完全に読み切っています』

 

 牛鬼より先に。

 

 櫓よりも先に。

 

 ヤチヨがやられた。

 

 そんな。

 

 ヤチヨが。

 

 私の推しが。

 

「よそ見」

 

「くっ」

 

 帝の棍棒が脇腹へ入った。

 

 痛みはない。

 

 代わりに 体力(HP)ゲージがごっそり減る。

 

 かぐやが叫びながら突っ込んでくる。

 

「いろはをいじめるなー!」

 

「俺じゃないんだけどなぁ」

 

 帝は笑って、刀を抜いた。

 

 赤い残像。

 

 消えた。

 

 そう思った時には、もうかぐやの背後へいる。

 

「動きが直線! 解釈一致!」

 

「ヴェ! いってーんだけど、まじ!」

 

 かぐやのアバターが斬り上げられる。

 

 私がワイヤーを伸ばすより早く、もう一刀。

 

 赤い数字。

 

 砕ける光。

 

 かぐやの残機が一つ減った。

 

「かぐやちゃんを止める」

 

 帝が次に私を見る。

 

「そうすれば、彩葉は自分から止まる」

 

「……うっさい」

 

「これも解釈一致!」

 

 否定するより先に、刀が来た。

 

 受ける、けど重い。

 

 二本で受けても押し切られる。

 

 かぐやの復帰地点を見る。

 

 一瞬だけ。

 

 本当に、一瞬だけ。

 

 それで十分だった。

 

「ほらな」

 

 胸元を斬り抜かれた。

 

 

《いろP KNOCK OUT》

 

 

 視界が黒くなる直前、帝が牛鬼へ向かっていくのが見えた。

 

 ウルトの超加速。

 

 ミニオンを無視し、牛鬼を斬り、櫓へ届く。

 

 ほぼ同時に、ボトムでも乃衣が櫓を占領した。

 

 

《COLD GAME》

 

《ROUND 1 WINNER BLACK ONYX》

 

 

 黒い文字が空を覆う。

 

 誰一人倒せないまま。

 

 二つの櫓を奪われた。

 

 トライデントを崩すこともできなかった。

 

 圧倒。

 

 完敗。

 

 言い訳の余地もない。

 

「もっと上手くやれよな。俺みたいに」

 

 帝の笑い声だけが、暗転した視界へよく響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 一回戦で、最初に倒されたのは ヤチヨ(わたし)だった。

 

 牛鬼へ届く前に。

 櫓へ触れる前に。

 

 乃衣ちゃんの鈍足を二度受け、逃げ道を塞がれ、そのまま残機を一つ失った。

 

 おかしい。

 

 私の知る試合では、ここではなかった。

 

 かつての ヤチヨ(わたし)は牛鬼を倒した。

 その隙を乃衣ちゃんに狙われた。

 

 倒したのは同じ。

 狙われたのも同じ。

 

 けれど、順番が違う。

 

 ほんの少し。

 

 たった一手。

 

 それだけなのに、胸の奥へ冷たいものが落ちた気がした。

 

 今の ヤチヨ(わたし)には、胸なんてないはずなのに。

 

「ねえ、今度はこうしよう!」

 

 かぐやが両手を挙げた。

 

 敗北直後。

 

 残機も減った。

 相手の強さも、こちらの未熟さも、十分すぎるほど見せつけられた。

 

 それでも声は明るい。

 

 目は輝いている。

 

 もう次に勝つことしか考えていない。

 

「三人で帝をぶっとばす!」

 

「……は?」

 

 彩葉が、とてもきれいな真顔になった。

 

「トップに三人で行くの!」

 

「いや、聞こえてたよ。聞こえてたから聞き返したの」

 

「帝を倒せば、トップの櫓を取れるでしょ?」

 

「その間、ミドルとボトムはどうするのよ」

 

「あとで行く!」

 

「遅い!」

 

「速く行く!」

 

「そういう意味じゃない!」

 

 二人の言い合いを聞きながら、私は言葉を失っていた。

 

 違う。

 

 この作戦ではない。

 

 あの時のかぐやは、上空を泳ぐ魚を使った。

 

 倒れていた真実からメロンパンを拝借して、それを餌にした。ゲームのルールにも、攻略情報にもない。そんなことができる保証さえなかった。

 

 勢い。

 思いつき。

 ほとんど遊びの延長。

 

 それでも成功した。

 

 かぐやは空へ昇り、帝の視界から消え、そのままボトムへ落ちた。

 

 今、目の前にいるかぐやが言ったのは、もっと単純だった。

 

 三人で殴る。

 正面から行く。

 

 それだけ。

 

「面白そうだね」

 

 気づけば、私はそう答えていた。

 

「ヤチヨまで!?」

 

「三人で帝様を倒せれば、そのままトップを取れる。倒せなくても、黒鬼の出方は見られるよ」

 

「さっすがヤチヨ!」

 

「でも、三人の位置は最初から丸見えになるし」

 

「見つかっても、勝てばいいんだよ!」

 

「負けたばっかりで、なんでそんな自信があるのよ」

 

「だって、もう一回できるんだよ?」

 

 かぐやは、不思議そうに首を傾げた。

 

「さっきできなかったこと、今度はできるかもしれない。すっごく楽しいじゃん!」

 

 失敗を怖がっていないのではない。

 失敗より先に、その向こうを見ている。

 

 知らない道。

 まだ行ったことのない場所。

 

 かぐやが見てきた世界は、誰よりも狭い。

 

 だからこそ、目に映る何もかもが新しい。

 

 失敗することより、挑戦できないことの方がつまらない。

 

「……分かった」

 

 彩葉が大きく息を吐いた。

 

「ただし、私の合図を聞くこと。勝手に一人で突っ込まないこと」

 

「うん!」

 

「分かってる?」

 

「三人で突っ込む!」

 

「そこだけは合ってるの腹立つなぁオイ!」

 

 法螺貝が鳴る。

 

 第二試合。

 

 黒鬼は、当然のようにトライデントを継続した。

 

 帝がトップ。

 雷君がミドル。

 乃衣ちゃんがボトム。

 

 記憶どおり。

 

 こちらは三人ともトップ。

 

 記憶と違う。

 

『おっとぉ!? かぐやいろP、まさかの三人トップ!』

 

『作戦名、トリプルアクセル?』

 

『マップに三人とも映っています。奇襲ではありません。完全な正面攻撃です』

 

 当然、帝にも見えている。

 

 黒い虎から降り、刀を肩へ担ぐ。

 

「雷、乃衣。そのまま」

 

『三人ともトップだぞ』

 

「見りゃ分かる。そっちは櫓を取れ」

 

『一人でやるの?』

 

「俺を誰だと思ってんの」

 

 通信を切り、帝君がこちらを見る。

 

 笑っていた。

 

 嬉しそうに。

 

 楽しそうに。

 

 まるで、三人で来るのを待っていたように。

 

「いらっしゃい、俺の姫たち」

 

「どるぁぁぁ!」

 

「かぐや、まだ!」

 

 待たなかった。

 

 かぐやがハンマーをランチャーへ変え、ウナギ弾丸を連射する。

 

 一発。 二発。 三発。

 

 帝が横へ避ける。

 

 避けた先へ、彩葉の苦無が飛ぶ。

 

 帝君が刀で弾く。

 

 苦無から伸びたワイヤーが、刀へ巻きついた。

 

「ヤチヨ!」

 

「任せて!」

 

 傘を開く。

 

 横へ薙ぐ。

 

 月色の刃が相手の退路を塞ぐ。

 

 前にはかぐや。

 横には ヤチヨ(わたし)

 背後へ彩葉が回る。

 

 三対一。

 

 今度こそ、完全に囲んだ。

 

「いいねぇ」

 

 彼は笑う。

 

 刀へ絡んだワイヤーを、もう片手で掴んでは刀ごと引いた。

 

 引かれた彩葉の身体が前へ飛ぶ。

 

 私の傘へ向けて。

 

「彩葉!」

 

「分かってる!」

 

 空中で双剣を繋ぐ。

 

 ブーメランへ変え、傘の縁を蹴った。

 

 私の頭上を飛び越える。

 

 同時にワイヤーを巻き取り、今度は自分から帝の元へ加速した。

 

 一閃。

 

 王者の肩から赤い花びらが散る。

 

 試合が始まって以来、初めて攻撃が入った。

 

『いろP選手、帝から一本取ったぁ!』

 

『多く削れはしましたがまだ倒してない、ギリギリでクリティカルを避けた模様、マジ半端なイイイイイイ』

 

『それでも王者相手の有効打です』

 

「かぐや!」

 

「おー!」

 

 ブーメランが戻るより先に、かぐやが突っ込む。

 

 帝君は刀で受けようとした。

 

 彩葉がワイヤーを横へ引く。

 

 ほんの少し。

 

 かぐや自身は曲がらない。

 

 振り下ろすハンマーの軌道だけが、横へずれた。

 

「おっと」

 

 刀の腹では受けられない。

 

 帝君が後ろへ跳ぶ。

 

 着地地点へ、私の傘を突き出す。

 

 先端が胸元へ入った。

 

  体力(HP)ゲージが大きく削れる。

 

 帝は傘を蹴り、さらに後ろへ逃れた。

 

 残りは、ほんのわずか。

 

 致命打まで、あと一撃。

 

 それでも倒れない。

 

 かぐやの大振りは刀で逸らす。

 

 彩葉の細かな連撃は、棍棒の残り部分を回して弾く。

 

 私が踏み込めば、二人の間へ逃げる。

 

 三人を同時に見ている。

 三人を同時に捌いている。

 

 それだけではない。

 

 観客から一番よく見える場所へ、わざと下がっている。

 

 かぐやのハンマーが地面を砕く瞬間を隠さない。

 

 彩葉がワイヤーで空を走る姿を遮らない。

 

 私の傘が月色の円を描く、その中心に自分から立っている。

 

 勝つために戦っている。

 

 同時に、私たちを魅せるために戦っている。

 

 これが帝アキラ。

 黒鬼のリーダー。

 

 生まれついてのライバー。

 

「彩葉、上!」

 

「もう打ってる!」

 

 苦無が帝の頭上を通り越し、崖の上へ突き刺さる。

 

 一本。

 

 二本。

 

 ワイヤーが空中で交差した。

 

 帝は見た。

 

 けれど、その意味までは追わない。

 

 追わせない。

 

 かぐやがウナギ弾丸を撃ち続ける。

 

 私は彼の目前に着地しては傘を広げた。

 

 大きく。

 

 帝君の視界いっぱいに。

 

「今!」

 

「いっくよー!」

 

 傘の裏で、爆音が鳴った。

 

 下ではない。

 

 上へ。

 

 彩葉のワイヤーを道筋にして、かぐやがハンマージェットを噴かす。

 

 一気に高く。

 

 もっと高く。

 

 2Dマップには、初めから高さなんて映らない。

 

 地上から姿が見えなくなる、その上まで。

 

 私は傘を畳み、その場を離れた。

 

 彩葉だけが帝君の正面へ残る。

 

「……かぐやちゃんは?」

 

 記憶と同じ問いだった。

 

 だから私は、次の言葉を知っていた。

 

 月に帰ったよ。

 

 彩葉は、そう答えるはずだった。

 

「知らん」

 

 彩葉は双剣を構えた。

 

「何でもお見通しなんやろ。自分で探し」

 

 違った。

 

 その台詞を、彩葉は言わなかった。

 

「はっ。言うようになったじゃんか」

 

「アンタ相手だけよ!」

 

 帝君が二刀を受ける。

 

 一度。

 

 二度。

 

 そこで、空を見た。

 

「上か」

 

 マップには、かぐやの位置が映っている。

 

 彩葉と同じトップ。

 

 隠れてはいない。

 消えてもいない。

 

 ただ、高さがない。

 

 平面の印だけでは、空のどこにいるのか分からない。

 

「雷、ボトムへ回れ!」

 

 判断は速かった。

 

 けれど、雷君はミドル。

 

 乃衣ちゃんは、ボトムで私を止めようとしている。

 

 そして私は、もう走り出していた。

 

 傘を開く。

 

 崖下から吹き上げる風を受ける。

 

 月色の布が膨らみ、身体が浮いた。

 

 トップからボトムへ、 記憶の中とは違う道で、 あの時と同じ場所へ。

 

 

 

 乃衣ちゃんの矢が飛ぶ。

 

 一本目は傘で弾く。

 二本目は身体を傾けて避ける。

 三本目が足元へ刺さり、月色の輪が広がった。

 

 鈍足の矢。

 一回戦で、私の足を止めたもの。

 

 けれど、同じ攻撃を同じようには受けない。

 

 傘の先端を地面へ突き立てる。

 

 柄を支点にして身体を振り、鈍くなった足を地面から離した。

 

 回る、 進む、 車輪のように。

 

 矢の間を縫いながら、乃衣ちゃんへ迫る。

 

「今度は、牛鬼へ行かないんだね」

 

「一度やられたからねぇ」

 

「学習が早い」

 

「八千年も生きてますから」

 

「それは、ずるいかも!」

 

 乃衣ちゃんが後ろへ跳ぶ。

 

 私を牛鬼から引き離す。

 

 自分を追わせて、その間にミニオンで牛鬼ごと私を削るつもりだ。

 

 分かっている。

 それでも追う。

 

 今の私の役目は、牛鬼を倒すことではない。

 

 乃衣ちゃんの視線を、空から外すこと。

 

「雷兄、今どこ?」

 

『向かってる。 けど、まだ遠い』

 

「そう」

 

 乃衣ちゃんの目が、一瞬だけ上を向いた。

 

 気づいた。

 

 遅い。

 

 空から、影が落ちてくる。

 

 小さく。

 

 速く。

 

 あっという間に大きくなって。

 

「どっっっせぇぇぇぇい!」

 

 かぐやが、牛鬼の頭上へ落ちた。

 

 ハンマー。

 ジェット。

 落下速度。

 

 全部をまとめた一撃が、巨大な牛鬼を地面へ叩き潰す。

 

 衝撃波が走った。

 

 ミニオンが飛ぶ。

 

 矢が散る。

 

 乃衣ちゃんの身体も大きく傾く。

 

『牛鬼、まさかの一撃ぃぃぃ!』

 

『トップからボトムまで、天から女の子が降ってきた!これはいい!!』

 

『大型エネミーに対する火力はまさに圧倒!かぐや選手の長所を、そのまま奇襲へ転用しましたねぇ』

 

「ヤチヨー! 来たよー!」

 

「うん。よくできました」

 

「えへへー」

 

「ねー、俺もいんだけど」

 

 乃衣ちゃんが弓を引く。

 

 狙いが私から外れた。

 

 牛鬼を一撃で倒したかぐやへ。

 

 大振りの直後の、動けない瞬間。

 

 対人戦なら、かぐやが一番狙われやすい隙。

 

 だから待っていた。

 

「ヤチヨ!」

 

「はいはーい!」

 

 ウルトを発動する。

 

 傘へ月色の光が集まった。

 

 柄を両手で握り、横向きに構える。

 

 そして、回す。

 

 一回、二回、三回。

 

 花のように開いていた傘が、光の円盤へ変わる。

 

 速く。

 さらに速く。

 布も、骨も、月色の残像へ溶けていく。

 

 丸鋸。

 回転刃。

 

 笑顔のまま振り回すには、少しばかり物騒な得物。

 

「ごめんね~☆」

 

 横へ薙いだ。

 

 乃衣ちゃんの弓が割れる。

 

 続けてアバターの胴を光の刃が通り抜けた。

 

 

《乃衣 KNOCK OUT》

 

 

「ヤチヨ、かっこいいー!」

 

「へへへっありがとう。でも、前も見なくちゃいけなくてよ?」

 

「へ?」

 

 雷君がミドルから飛び込んでくる。

 

 錫杖を正面へ構え、そのまま櫓の前へ滑り込んだ。

 

「間に合わなかったか」

 

「うん。ちょっと遅かったかもよぉ?」

 

 かぐやが笑った。

 

 牛鬼を叩き潰した反動で、ハンマーはまだ地面へ埋まっている。

 

 抜く時間はない。

 

 だから、さらに押し込んだ。

 

 地面が割れる。

 足場が跳ねる。

 

 櫓の前へ走り込んだ雷君だけが、盛り上がった地面に押し上げられた。

 

「っ!?」

 

「ヤチヨ、今!」

 

「ちょいさ~!」

 

 雷君の足元を滑り抜ける。

 

 櫓へ傘の柄を叩き込んだ。

 

 

《ボトム櫓 占領》

 

《ヤチヨ》

 

 

 歓声が上がる。

 

 同時に、反対側からも法螺貝が鳴った。

 

 

《トップ櫓 占領》

 

《BLACK ONYX》

 

 

「彩葉!」

 

『生きてる!』

 

 ボイスチャットから、少し息の荒い声が返ってくる。

 

『帝にトップは取られた。でも、私はまだ落ちてないから』

 

「すごーい!」

 

『褒めるのは後! そっち取ったなら、天守へ向かって!』

 

「彩葉は?」

 

『合流する。黒鬼もこっちの天守へ向かう筈。先に向こうを落とすよ!』

 

 二つの櫓を、別々のチームが取った。

 

 ここからは競争だ。

 

 守るか。

 攻めるか。

 

 相手より先に、どちらの天守を落とすか。

 

 雷君は一度こちらを見た後、自陣ではなく私たちの天守へ向かった。

 

 復活した乃衣ちゃんも同じ。

 

 黒鬼は二人で攻める。

 

 帝君は、自陣へ戻る。

 

 迷いがない。

 

 役割を口に出す必要すらない。

 

 それが黒鬼だった。

 

「いっくよー!」

 

 かぐやがハンマーを引き抜き、走り出す。

 

 私も続く。

 

 天守の門が見えたところで、黒い残像が目の前を横切った。

 

「そう簡単には行かせないよ」

 

 帝君。

 

  体力(HP)ゲージは、まだ赤いまま。

 

 彩葉たち三人を相手にした傷を残している。

 

 それでも、立っているだけで道が塞がる。

 

「ヤチヨ、先に行って!」

 

 かぐやが帝へ突っ込んだ。

 

「一人じゃ止められないよ?」

 

「一人じゃない!」

 

 上から、苦無が落ちる。

 

 帝の足元へ刺さった。

 

 ワイヤーが巻き取られ、彩葉が崖の上から飛び込んでくる。

 

 双剣とハンマーが、同時に帝へ向いた。

 

「二人で止める!」

 

「だからヤチヨは行って!」

 

  ヤチヨ(わたし)が。

 

 先に。

 

 あの二人を残して。

 

 一瞬、足が止まりそうになった。

 

 記憶の中では、違った。

 

  ヤチヨ(わたし)とかぐやが攻めた。

 

 彩葉は、後ろへ残った。

 

 今は二人が、 ヤチヨ(わたし)を前へ行かせようとしている。

 

「ヤチヨ!」

 

 彩葉の声。

 

「お願いしまぁ~す」

 

 迷いはなかった。

 

  ヤチヨ(わたし)を信じている声だった。

 

「……うん!」

 

 走る。

 

 振り返らない。

 

 二人が帝を止める音を背中で聞きながら、天守の中へ飛び込む。

 

 大将落としの壇が見えた。

 

 傘を閉じる。

 両手で握る。

 

 棒の先端へ、思い切り叩きつけた。

 

「届けぇぇぇ!」

 

 空から巨大な影が落ちる。

 

 黒鬼の天守閣へ。

 

 屋根を割り、壁を崩し。

 

 黄色の大将が、天守の中心を真っ直ぐに貫く。

 

 

《ROUND 2 WINNER かぐやいろP》

 

 

 世界が歓声で揺れた。

 

 勝った。

 

 黒鬼から一本取った。

 

 記憶どおりに。

 記憶とは、何一つ同じではないまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一対一。

 

 マッチポイント。

 

 次に勝った方が、世紀の竹取合戦の勝者になる。

 

「はーっ、楽しかったぁ!」

 

 かぐやは勝った直後だというのに、もう肩を回している。

 

 疲れたとか。

 怖かったとか。

 

 次も勝てるだろうかとか。

 

 そういう顔を一つもしない。

 

「まだ終わってないからね」

 

「うん! もう一回楽しい!」

 

「勝つのが先!」

 

「勝ったらもっと楽しいから!」

 

「……なら、よし」

 

 私も刀を構え直す。

 

 第二試合で、黒鬼は私たちを止め切れなかった。

 

 だからといって、兄さんが弱くなったわけではない。

 

  体力(HP)ゲージをほとんど削られながらも、三対一をこなした。

 

 トップの櫓も取った。

 

 最後も、私とかぐやの二人がかりでようやく足を止めただけ。

 

 化け物。

 王者。

 そして、昔から気に入らない所があった兄。

 

『第三試合、開始です!』

 

 法螺貝が鳴る。

 

 今度の黒鬼は、最初から形を変えた。

 

 帝がトップ。

 雷と乃衣がボトム。

 

 二人でヤチヨを止めるつもりだ。

 

「ヤチヨ、一人で大丈夫?」

 

『大丈夫だよーん。二人は帝君をお願い』

 

「でも、残機が」

 

『彩葉』

 

 ヤチヨの声は、いつもと変わらなかった。

 

 明るく。

 優しく。

 

 それでも、少しだけ強く。

 

『かっこいいけど、かぐやとヤッチョもついてるからさ。頼って~』

 

 その一言で、言葉が止まった。

 

 私は、ヤチヨを守るつもりだった。

 

 残機が減っているから。

 

 二対一だから。

 

 推しだから。

 

 理由はいくらでも出てくる。

 

 でも今、ヤチヨは私に守られることではなく、任されることを望んでいる...気がした。

 気のせいかもしれないけど。

 

「……分かった。ここはヤチヨに任せる!」

 

「えーなんでヤチヨばっかなのさー」

 

  ッうけたまかしこまつかまつり〜!』

 

「行こう、かぐや!」

 

「ほいさ!」

 

 かぐやと二人、トップを駆ける。

 

 帝は虎バイクから降り、道の真ん中で待っていた。

 

 一人。

 

 援軍を呼ぶ気はない。

 

 私たち二人を、ここで相手するつもりだ。

 

「遅かったな」

 

「待ってたの?」

 

「もちろん。先みたいに逃げられちゃ困るからね」

 

「逃げたのはアンタでしょ」

 

「言うねぇ。でも」

 

 帝が刀を抜く。

 

「ブラックオニキスはなぁ。いつどこであってもみんなに夢を見せなきゃいけねえんだよ」

 

 かぐやがハンマーを構える。

 

 私も双剣を握りなおす。

 

「これまでの試合で分かっただろ」

 

「何が」

 

「かぐやちゃんの突破力がないと、そっちは天守を攻めきれない」

 

 かぐやが首を傾げた。

 

「私、すごいってこと?」

 

「そうそう。すごくて、強くて、分かりやすい」

 

「えへへ」

 

「最後のは褒めてないのよ!」

 

 帝は笑った。

 

 けれど、視線は私から外さない。

 

「うちの妹ちゃんは、いつもかぐやちゃんを見てる」

 

「だから何」

 

「前へ出るふりをして、いつでも後ろへ戻れるようにしてる。かぐやちゃんが危なくなったら、自分のことは放り出して助けに行く」

 

  ってよ」

 

「いよいよとなったら、自分を犠牲にする」

 

 軽い口調。

 

 軽いくせに、胸の奥へ重く沈む。

 

「でも、それじゃあ」

 

 帝は刀を肩へ担いだ。

 

 兄の顔で。

 

 ライバーの顔で。

 

 王者の顔で。

 

「かぐやちゃんさえ止めちまえば、ゲームセットだ」

 

「……黙れ」

 

「間違ってる?」

 

「黙って戦え!」

 

 先に踏み込んだ。

 

 双剣を振る。

 

 帝の刀が二本とも受け止める。

 

 かぐやが横からハンマーを叩き込む。

 

 帝は私を押し返し、その反動でハンマーの下へ潜り込んだ。

 

「動きが直線!」

 

「知ってる!」

 

 私はワイヤーを引く。

 

 かぐやのハンマーへ巻きつけていた一本。

 

 真っ直ぐ振り下ろされるはずだった得物が、帝の背後へ回り込む。

 

「本人が曲がれないなら、私が曲げる!」

 

「おっと!」

 

 帝が跳ぶ。

 

 避けた先へ、かぐやの拳が伸びた。

 

「どるぁ!」

 

「ハンマー置いて殴るのか!?」

 

「使えるものはなんでも使う!」

 

「それ誰に教わったんだよ」

 

 帝の目が細くなる。

 

「そういや、気になってたんだけどさ」

 

「試合中に雑談すな!」

 

「かぐやちゃんと一緒にいた男の子」

 

 足が止まりかけた。

 

 止まってはいけない。

 

 分かっている。

 

 それでも、ほんの一瞬だけ遅れた。

 

 帝の刀が頬を掠める。

 

「誰?」

 

「知らんでもええやろ!」

 

「名前は?」

 

「知らん!」

 

「強い?」

 

「知らん!」

 

「かっこいい?」

 

「知らん!」

 

「好き?」

 

「知ら――」

 

 喉が詰まった。

 

 帝の笑みが深くなる。

 

 誘導。

 

 分かりやすい。

 

 分かっているのに引っかかった。

 

「雅治のこと?」

 

 かぐやが聞いた。

 

「名前ぇ!」

 

「雅治っていうんだ」

 

「アンタには関係ない!」

 

「たった一人しかいない妹ちゃんの近くにいる男なのに?」

 

「だから、今さら兄ぶるなって言ってるでしょ!」

 

 刀を振る。

 

 受けられる。

 

 もう一度。

 

 弾かれる。

 

 それでも止めない。

 

「母さんのこともそうすりゃいいんだよ」

 

 兄さんは私の剣を受けながら、まだ言葉を重ねる。

 

「一回、思ってること全部言えばいいんだよ。母さんは反抗待ちなんだから」

 

「簡単に言わんといて」

 

「難しくしてるのは彩葉だろ」

 

「何も知らんくせに!」

 

「知ってるよ。お前が昔から  

 

「知らん!」

 

 腹が立った。

 

 間違っているからではない。

 

 正しいから。

 

 私が言えないことを、簡単に言うから。

 

 何年も離れていたくせに。

 

 私がどんなふうに家を出たのかも。

 

 どんなふうにかぐやと会ったのかも。

 

 誰と一緒に、ここまで来たのかも。

 

 何一つ知らないくせに。

 

 昔と同じ顔で。

 昔と同じ距離で。

 

 勝手に分かったようなことを言う。

 

「兄さんは、いつもそうや!」

 

 叫んでいた。

 

 言ってから、自分の口を疑った。

 

 お兄ちゃん。

 

 何年も呼ばなかった言葉。

 

 もう呼ぶつもりもなかった言葉。

 

 帝の目が、ほんの少しだけ見開かれる。

 

「勝手に来て! 勝手に見つけて! 勝手に分かった顔して!」

 

 踏み込む。

 

 私から。

 私の足で。

 守るためではない。

 

 かぐやを助けるためでもない。

 

 私は今、私のために兄へ斬りかかっている。

 

「気に入らんのやったら、正面から言え!」

 

 帝が笑った。

 

「言ってんじゃん」

 

「なら、これは兄妹喧嘩や!」

 

「いいね。買った!」

 

 刀と双剣がぶつかった。

 

 火花が散る。

 

 会場が沸く。

 

『始まりました、世紀の竹取合戦改め、世紀の兄妹喧嘩ぁ!』

 

『私情百パーセントンゴ!』

 

『配信としては美味しさ満点です!』

 

「かぐや!」

 

「うん!」

 

 返事が早い。

 

 迷いがない。

 

 私は目前に迫ってくる刀を二本で挟み込む。

 

 止める。

 

 かぐやが背後から走る。

 

 帝は当然、そちらを見る。

 

 直線。

 大振り。

 読める攻撃。

 

 だから、読ませる。

 

 ハンマーが届く直前、ワイヤーを引いた。

 

 帝ではない。

 かぐやでもない。

 

 ハンマーだけを。

 

 軌道が横へずれる。

 

 帝が避けた場所へ、巨大な得物が追いかける。

 

「そう来たか!」

 

 帝が刀を上げる。

 

 受け止める。

 

 その両腕へ、もう一本のワイヤーを巻きつけた。

 

「私のこと、何でもお見通しなんでしょ」

 

 巻き取る。

 

 帝の腕が、刀ごと締め上げられる。

 

「だったら、これも読んでみなさいよ!」

 

 双剣を振り抜いた。

 

 赤い光が十字に走る。

 

 帝の 体力(HP)ゲージが消える。

 

 

《帝アキラ KNOCK OUT》

 

 

 王者のアバターが、光の粒へ砕けていく。

 

 最後に見えた顔は、悔しそうではなかった。

 

 最初からこれを待っていたように。

 

 ようやく見たかったものを見られたように。

 

 静かに笑っていた。

 

「彩葉、勝ったー!」

 

 かぐやが後ろから抱きついてくる。

 

「まだ試合は終わってない! 重い! 離れろ!」

 

『二人とも、トップの櫓へ!』

 

 ヤチヨの声が飛んだ。

 

 いつもの明るさは残っている。

 

 けれど、激しい音が混ざっていた。

 

 錫杖の重い轟音。

 弓矢の風切る音。

 傘が何かを弾く音。

 

『帝さまが戻る前に取って!』

 

「ヤチヨは!?」

 

『私は二人を止める!』

 

 ボトムの表示を見る。

 

 ヤチヨの残機は一つ。

 

 雷と乃衣を相手に、一度倒され、復帰して、それでもまだ櫓の前へ立っている。

 

「助けに行くよ、今なら3人で  っ」

 

『駄目!』

 

 初めて聞くほど、強い声だった。

 

『私を助けに戻ったら、また帝の言ったとおりになるよ』

 

 足が止まった。

 

  いよいよとなったら、自分を犠牲にする

 

  かぐやちゃんさえ止めれば、妹ちゃんは自分から止まる

 

 兄さんの声が頭へ蘇る。

 

『彩葉。私を信じて』

 

「……っ」

 

 今すぐにでも戻りたい。

 

 ヤチヨを助けたい。

 

 私が行けば、何かできるかもしれない。

 

 また全部、自分でやろうとしている。

 

「彩葉」

 

 かぐやが私の手を握った。

 

「ヤチヨが任せてって言ったよ」

 

 真っ直ぐな目。

 

 疑っていない。

 

 自分も。

 

 私も。

 

 ヤチヨも。

 

「……分かった」

 

 前を向く。

 

「行くよ、かぐや!」

 

「うん!」

 

 二人で牛鬼へ飛び込んだ。

 

 かぐやのハンマーが正面から角を受け止める。

 

 私はワイヤーで背後へ回る。

 

 弱いところ。

 

 かぐやの手が届かないところ。

 

 私の一撃では足りないなら、二度。

 

 二度で足りないなら、三度。

 

 細かな傷を一つへ重ねる。

 

「今!」

 

「どっせぇい!」

 

 かぐやの一撃が、その一点をまとめて砕いた。

 

 牛鬼が倒れる。

 

 櫓へ駆け込む。

 

 

《トップ櫓 占領》

 

《かぐやいろP》

 

 

 ほぼ同時に、ボトムでも光が弾けた。

 

『これで  !』

 

 ヤチヨの傘から巨大なシャボン玉が膨らみ、押し寄せる虹矢と激突。

 

 乃衣と雷を巻き込んでの相打ち覚悟のウルト解放。

 

『あとは、お願い!』

 

 笑う声。

 

 最後まで、明るい声。

 

 月色の光へ、黒い衝撃が重なった。

 

 

《月見ヤチヨ KNOCK OUT》

 

《残機 0》

 

 

 ヤチヨの表示が暗くなる。

 

 戻ってこない。

 

 もう、この試合には。

 

「ヤチヨ……」

 

 かぐやが呟く。

 

「今は前を見よ!」

 

 自分へ言い聞かせるように叫んだ。

 

「ヤチヨが作った時間を、無駄にしない!」

 

「うん、そうよね!」

 

 ボトムの櫓が黒へ染まる。

 

 

《ボトム櫓 占領》

 

《BLACK ONYX》

 

 

 また一つずつ。

 

 こちらはトップ。

 

 黒鬼はボトム。

 

 天守を目指す競争が始まる。

 

 ヤチヨの光輪が二人へ届くより、ほんのわずかに早く、櫓の占領は完了していた。

 

 雷と乃衣の表示も、ヤチヨの最後のウルトを受け、遅れて暗くなった。

 

 相打ち。

 

 ただし、三人の条件は同じではない。

 

 ヤチヨの残機はゼロ。

 

 雷と乃衣には、まだ残機がある。

 

 けれど、復帰までには時間がかかる。

 

 この競争が終わるまで、二人は戻れない。

 

 今、戦場に残っているのは私とかぐや。

 

 そして、復帰を待つ帝。

 

 こちらが倒した帝の残機は、最後の一つではなかった。

 

 まもなく、帝は黒鬼が取ったばかりのボトム櫓へ戻ってくる。

 

 けれど復帰には時間がかかる。

 

 その間に天守へ届けば、私たちが勝つ。

 

「競争だよ、彩葉!」

 

「絶対勝つ!」

 

 ジャンプ台へ飛び乗る。

 

 占領したトップ櫓へ。

 

 一気に空を越える。

 

 

 

 

 

 

 

 ヤチヨはもう、戦場へ戻れない。

 

 残機を使い果たしたのである。

 

 月見ヤチヨのアバターは観戦領域へ送られ、触れることも、助けることもできなくなった。

 

 できるのは見ることだけ。

 

 観戦画面に映る、彩葉とかぐやが黒鬼の天守へ向かって走る姿を。

 

 復帰した帝が、ボトムの櫓から反対側へ飛び出す姿を。

 

 二つの道。

 二つの天守。

 

 どちらが先に届くか。

 

 それだけの競争。

 

 ヤチヨが配信の動画で見た試合では、かぐやは雷の地雷を踏んだ。

 

 ほんのわずか。

 それでも、ド派手に足を止められた。

 

 その差で、帝が先に天守を落として黒鬼が勝つ。

 

 今度こそ、そうなる。

 

 地雷は同じ場所に設置された。

 

 トップの櫓から天守へ続く道。

 

 岩と岩の間。

 

 大将落としへ向かうなら、避けては通れない場所。

 

 見えない。

 音もしない。

 けれど雷ならば、必ずそこへ置いてくれる。

 

 記憶どおりに。

 

「早く、早く!」

 

 かぐやが走る。

 

 ハンマーを背負い、道の中央を一直線に。

 

 小回りは利かない。

 止まるのも苦手。

 何より、止まろうという発想がない。

 

 彩葉は少し後ろ。

 ワイヤーを使えば追いつけるほどの距離。

 

 それでも、かぐやが先頭を走る。

 

 突破するのはかぐや。

 その道を作るのが彩葉。

 

 二人の形。

 

 ヤチヨの知っているものと似ている。

 

 似ているだけで、同じではない形。

 

「かぐや、待って!」

 

 彩葉が地面の異変に気づく。

 

 遅い。

 

 かぐやの足は、もう地雷の真上へ届く。

 

 ヤチヨの知る記憶では、踏んだ。

 

 しかし、

 

 

『結局、ひとつも罠に掛からなかったけど。なんで分かったの?』

 

『心の目で見るんだ』

 

『ムカつくぅぅぅぅぅ』

 

 かぐやの意識に、戦場とは別の部屋が浮かんでいた。

 

 ピコピコハンマー。

 一晩かけて作った罠。

 その全部を見破った人。

 

 橘雅治。

 

 配信の動画には残っていない。

 ヤチヨの記憶にも存在しない。

 

 彩葉と、かぐやと、雅治。

 現実で同じ時間を過ごした三人にだけ属する、取るに足らない日常の一幕。

 

 その日々の中で受け取った言葉を、かぐやは今、たしかに思い出していた。

 

「そこだぁ!」

 

 かぐやが跳んだ。

 

 地雷を踏み抜く、その直前。

 

 高く、真上へ。

 

 重いハンマーごと、両足で飛び越える。

 

 直後、背後で地雷が爆発した。

 

 爆風が髪を揺らす。

 

 赤い光が足元を掠める。

 

 それでも、止まらない。

 

 かぐやは着地して少しよろめく、けれど倒れない。

 

「避けたぁぁぁ!」

 

 実況より先に、ヤチヨの口から声が出ていた。

 

『かぐや選手、地雷を飛び越えたぁ!』

 

『心の目! 意味はよく分からないけどまさに心の目です!』

 

『地雷そのものではなく、仕掛けた雷選手の思考を読んだようです!』

 

 歓声が爆発する。

 

 かぐやは笑った。

 

 ヤチヨにも、その笑顔は見える。

 けれど、なぜ笑ったのかまでは見えない。

 

 難しい理屈を理解したからではない。

 

 雅治の言葉が正しかったと証明できたからでもない。

 

 できなかったことが、できた。

 

 知らなかった道を、一つ越えた。

 

 失敗しても、工夫すれば次へ行ける。

 

 そのことが、かぐやには楽しくて仕方なかった。

 

 それは、かぐやの心の中にしかない。

 

 観戦画面にも。

 配信の動画にも。

 

 ヤチヨの知る過去にも映らない。

 

「彩葉、行けるよ!」

 

「ええ! そのまま走って!」

 

 二人が天守へ迫る。

 

 守護兵が道を塞ぐ。

 

 かぐやのハンマーがまとめて薙ぎ払う。

 

 大きい。

 

 遅い。

 

 だからこそ、雑魚も大型も一撃で消える。

 

 残った隙へ、彩葉が入る。

 

 細かな敵を双剣で斬り、ワイヤーで引き離し、かぐやがもう一度振るための時間を作る。

 

 かぐやが開く。

 

 彩葉が繋ぐ。

 

 二人で進む。

 

 一方、帝も止まらない。

 

 ボトムの櫓から、かぐやたちの天守へ。

 

 雷と乃衣が倒した牛鬼の跡を越え、残ったミニオンの群れへ突っ込む。

 

「こんなところで、止まってらんないんだよ!」

 

 ウルト、超加速。

 

 赤い残像が一直線に伸びる。

 

 敵を倒すためではない。

 

 最低限で斬り、避けられるものは避ける。

 

 受けても止まらない。

 

 残った 体力(HP)を勝利までの時間へ換える。

 

 かぐやが大将落としへハンマーを伸ばす。

 

 帝も天守の門へ棍棒を突き刺す。

 

 右。

 左。

 

 二つの画面。

 二人の攻撃。

 

「どっせぇぇぇぇい!」

 

「逆転  !」

 

 重い音が重なった。

 

 一瞬、どちらが先か分からなかった。

 

 黒い天守の目前で、かぐやのハンマーが空を切る。

 

 同じ瞬間。

 

 反対側の天守を、赤い斬撃が貫いていた。

 

 

《GAME SET》

 

《ROUND 3 WINNER BLACK ONYX》

 

《MATCH WINNER BLACK ONYX》

 

 

 黒い文字が空を覆った。

 

 ほんの一瞬。

 

 たった一瞬。

 

 地雷を飛び越えても、帝の方が速かった。

 

「ええええええええ!?」

 

 かぐやがハンマーへ両腕ごとぶら下がったまま叫ぶ。

 

「今、絶対一緒だったよ!」

 

「...判定じゃあっちの方が〇・二秒早かったみたい」

 

「〇・二秒ってどれくらい!?」

 

「今アンタが『どれくらい』って言った時間よりも短いよ」

 

「じゃあ、もう一回!」

 

「できるか!」

 

 負けた。

 

 黒鬼に。

 王者に。

 

 けれど、誰も死んでいない。

 

 血は流れない。

 傷も残らない。

 

 壊れた天守は次の試合になれば元へ戻る。砕けたアバターも、残機さえあれば再び立ち上がる。

 

 だから全力で殴れる。

 

 全力で負けられる。

 全力で悔しがり、次は勝つと叫べる。

 

 命を懸けない戦い。

 

 それでも、胸が焼けるほど熱い戦い。

 

 これがKASSEN。

 

 勝っても楽しい。

 

 負ければ、もっと勝ちたくなる。

 

 かぐやは悔しそうに唇を尖らせた。

 

 次の瞬間には、もう笑っていた。

 

「帝! 次は勝つ!」

 

「いいね。何度でもおいで、俺の姫」

 

「次は〇・三秒早くする!」

 

「足し算はできるんだ」

 

「できるわ!」

 

 彩葉が、少し遅れて帝の前へ歩いていく。

 

「何よ」

 

「何も言ってないけど」

 

「言いたそうな顔してるじゃん」

 

「自分を犠牲にする癖、まだ直ってないなと思って」

 

「……アンタに関係ない」

 

「あるよ」

 

「今さら兄ぶらないでよ」

 

「今さらでも、妹は妹でしょ」

 

 彩葉の眉が上がる。

 

 また怒鳴り声が飛ぶかと思われた。

 

 けれど、彩葉は一度だけ息を吐いた。

 

「一回、兄さんを斬ったくらいで、全部変われるわけないやろ」

 

「ああ」

 

「母さんのことも。雅治のことも。かぐやのことも。私が決める。勝手に答えを決めんといて」

 

「そうだな」

 

「その『分かってます』みたいな顔も腹立つ」

 

「難しいなぁ」

 

「でも」

 

 彩葉は一度、かぐやを見た。

 

 それから帝を見る。

 

「次は、私から連絡する」

 

 帝が目を細めた。

 

 兄の顔で。

 

 昔の二人を知っている顔で。

 

「……やりゃできんじゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『試合終了! 勝者、ブラック・オニキス!』

 

 爆発のように弾ける歓声。

 

 帝は両手を広げ、その全部を受け止める。

 

 自分たちの勝利を讃える声も。

 

 かぐやが地雷を飛び越えたことへの驚きも。

 

 彩葉が兄を倒した瞬間の熱狂も。

 

 すべてを拾う。

 

 拾って、観客へ返す。

 

 黒鬼は勝った。

 

 でも、負けた三人までを忘れさせない。

 

 勝ちながら、輝かせる。

 

 兄としては不器用でも、ライバーとしてはどこまでも正しい人だった。

 

「あぁーっ! 負けた! 負けちゃったぁぁぁ!」

 

 ツクヨミの広場へ戻されたかぐやは、その場でひっくり返った。

 

 床へ背中を打ちつけ、足をばたつかせる。

 

 最後には頭とお腹と踵まで、順番もなく全部叩き始めた。

 

「ちょっと、かぐや。落ち着いて」

 

「だってだって、負けちゃったんだよ! かぐやと彩葉なのに負けちゃったんだよ! たくのやしかったー!」

 

「何て言ったの、最後?」

 

「『たのしかった』と『くやしかった』が、ぎっちり混じって聞こえただけ」

 

「やめて、かぐや」

 

 ヤチヨが降りてきた。

 

 いつもの笑顔。

 いつもの明るい声。

 

「彩葉、かぐや、お疲れ様! もうちょっとだったのにねぇ」

 

「ヤチヨぉぉぉ!」

 

 起き上がったかぐやが、そのままヤチヨへ飛びつく。

 

 ヤチヨは危なげなく受け止め、子供をあやすように背中を撫でた。

 

「でもね、お二人さん。落ち込んでる暇なんてないよ?」

 

「へ?」

 

「今から、お待ちかねの発表タイムなんだから」

 

「……発表?」

 

 空間に黄色い波紋が走った。

 

 輪の中から飛び出してきたFUSHIが、ヤチヨの肩へ乗る。

 

「そうだぞ、小娘!」

 

 随分と偉そうな声だった。

 

「お前ら、ヤチヨが何のために助っ人へ入ったのか忘れたのか? 投票時間ぎりぎりまで、このイベントを盛り上げるためだぞ!なのに」

 

「こらぁ!」

 

 FUSHIが言い切るより先に、ヤチヨが両手を合わせた。

 

「ごめん、FUSHI。実は私も忘れてた。そうだ、このKASSENのそもそもの目的は  

 

 かぐやがはっと顔を上げる。

 

「ヤチヨと楽しいことをする!」

 

「そう! とっても楽しいKASSENでした。そして、たった今  ヤチヨカップの投票を締め切ったよ!」

 

 先ほどまで目の前にいたはずのヤチヨが、いつの間にか上空へ浮かんでいた。

 

 優雅に。

 悠然と。

 

 空を泳ぐエイのような乗り物の上で、両腕を広げる。

 

「FUSHI、集計お願い!」

 

『はーい。いーち、にー、さん、すー、ファイブ、セイス、ズィーベン、ヨドゥル……集計完了!』

 

「それでは、ヤチヨとコラボる人を発表  !」

 

 夜空に巨大なスクリーンが生まれた。

 

 数字が高速で流れる。

 棒グラフが伸びる。

 続けて下から順番に、参加ライバーの名前が発表されていく。

 

 元気に発表を盛り上げようとするヤチヨだったけれど、ほとんどのユーザーにとって注目する名前は一つだけだった。

 

 絶対王者の戴冠を待つだけの確認作業。

 

 少なくとも、誰もがそう予想していた。

 

 

《第二位 ブラック・オニキス》

 

《新規獲得ファン数 100万4221人》

 

 

「……え、二位?」

 

 彩葉が画面を見上げる。

 

 かぐやも同じように首を傾げた。

 

「って、ことは!?」

 

「ごめん。見てなかった。でも多分……」

 

「今から、出る」

 

 スクリーンへ刻まれた名前を見て、彩葉はかぐやの手を握った。

 

 

《第一位 かぐやいろP》

 

《新規獲得ファン数 102万7106人》

 

 

「ヤチヨカップの優勝者はぁ~☆」

 

 ヤチヨが、ここぞとばかりに大きく息を吸う。

 

「かぐやいろPチャンネル!!」

 

 一瞬、音が消えた。

 

 次の瞬間。

 

 今日一番の歓声が爆発した。

 

 圧倒的な音圧と熱狂に押され、彩葉は膝から力が抜けて、その場へしゃがみ込んだ。

 

「えっ、負けたのに、えっ……や……やったぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 顔を上げる。

 

 その目の前へ、かぐやの大ジャンプが飛んできた。

 

「彩葉ぇぇぇ!」

 

「ちょ、待っ  

 

 二人でもつれ、そのまま床を転がる。

 

「勝ったよ! 勝ったの私たちだよ!」

 

「でもKASSENには負けたから……あ、でもヤチヨカップには勝って……」

 

「げっ。やっぱり、結婚!?」

 

 かぐやが今の今まで忘れていたらしい声を上げた。

 

「これじゃ、勝ったとは言えないな」

 

 帝が言った。

 

 ブラック・オニキスの三人は、すでにステージを離れかけていた。

 

 けれど帝だけが足を止め、結婚の願いはなしだと伝えるために、わざわざ二人の前まで戻ってきていた。

 

「ん? お? あ……」

 

「ま、元々無理やり結婚する気なんてねーし」

 

「だよなー! かぐやも知ってた!」

 

「嘘つけ。アンタ絶対信じてたでしょ」

 

「信じてないもん! ちょっとしか!」

 

「ちょっとは信じてたんじゃない」

 

 かぐやと彩葉の言い合いを見て、帝は小さく笑った。

 

「で、彩葉のお願いって何?」

 

「え?」

 

「あるんだろ。俺に頼みたいこと」

 

 彩葉は口を閉じた。

 

 さっきまでなら、言えなかった。

 

 昔のように頼ることも。

 兄として甘えることも。

 

 けれど一度、兄妹喧嘩をした。

 

 遠慮も。

 不満も。

 溜め込んだ言葉も。

 双剣と一緒に、全部ぶつけた。

 

 だから今度は、言える。

 

「引っ越しの保証人になってほしい」

 

 帝が目を瞬く。

 

「それだけ?」

 

「それだけ、じゃない。私には必要なの」

 

「そっか」

 

 帝は、それ以上何も聞かなかった。

 

 母のことも。

 雅治のことも。

 これから住む場所のことも。

 

 今はまだ、彩葉が話そうとしないことを無理には聞かない。

 

「いいよ。お兄ちゃんに任せな」

 

「……うん」

 

「つーわけで、俺らはファンのところへ行くから」

 

 帝が軽く手を上げる。

 

 雷と乃衣もそれに続き、先にログアウトの光へ包まれていく。

 

「それだけ言うために戻ってきたの?」

 

「妹が面倒な勘違いをしたままだと、あとで余計に面倒だから」

 

「誰が面倒よ」

 

「そういうとこ」

 

「ほんっとムカつく!」

 

「はいはい。またな、彩葉」

 

 帝が背を向ける。

 

 一歩、二歩。

 離れていく。

 

 その背中へ、彩葉は口を開いては閉じる。

 

 今さら言う必要なんてない。

 

 聞こえなくても構わない。

 

 それでも最後に、歓声へかき消されそうな声で呟いた。

 

「……ありがとう、お兄ちゃん」

 

 第三試合で、啖呵と一緒に叩きつけた「兄さん」ではない。

 

 もっと昔の。

 二人がまだ一緒に暮らしていた頃の呼び方だった。

 

 帝の足が、一瞬だけ止まる。

 

 振り返らない。

 何も言わない。

 

 ただ背を向けたまま片手を上げ、その手を小さく振る。

 

 そして今度こそ、一千九百万人を超えるファンの待つ場所へログアウトしていった。

 

 彩葉たちは勝負には負けた。

 

 それでも新たに獲得したファンの数では、王者を上回った。

 

 一方、ブラック・オニキスは不平も述べず。

 

 トップとぎりぎりの二位を揺らぎなく受け入れ。

 

 王者としてあるべき行動を、そのまま選んで去っていった。

 

「ふったりともぉ~、よ~きかな~☆」

 

 司会者としての大袈裟な表情をほどいたヤチヨが、二人の前へ降りてくる。

 

「おめでとう。かぐや、彩葉」

 

「勝ったのは私たちで……でもKASSENには負けたから……勝ちって何?」

 

「難しく考えなくていいよ。今日は二人とも、勝ったし、負けた。それでいいんじゃないかな」

 

 ヤチヨは、いつもの調子で片目を閉じながら簡単にまとめてしまう。

 

 簡単すぎる。

 

 けれど、かぐやはそれで納得したらしい。

 

「さーて。ここからはクライマックスに向けて、ハードな展開が待っているかも」

 

 夜空を巨大なスクリーンが流れていく。

 

 ツクヨミ中のユーザーが見守る中、ヤチヨは二人へ手を差し出した。

 

「このお話を、最後まで見届けてね? 運命の荒波に揉まれる覚悟はいいかー?」

 

「おー!」

 

「お、おー」

 

 彩葉とかぐやは、その言葉を日々の努力の延長にある、少し大袈裟な激励だと受け取った。

 

 いいこともある。

 

 苦しいこともある。

 

 それでも精一杯頑張ろう。

 

 その程度の意味だと思い、二人はツクヨミの夜空へ向かって無邪気に拳を突き上げた。

 

 その光景を見た瞬間。

 

 私は、今はないはずの胸が高鳴るのを感じていた。

 

 実に、待ちに待った光景だった。

 

 彩葉たちと別れ、月へ戻ってから。

 

 もう一度、彩葉に会いたい。

 

 その想い一つだけで宇宙を越えた。

 

 時空を越えた。

 

 八千年も前の地球へ墜ちた。

 

 長かった。

 あまりにも長かった。

 

 それでも、この日のためなら待てた。

 

 彩葉と初めて一緒に目指した夢を叶えた日。

 私たちのハッピーエンドが叶った日。

 

 どうして忘れられるだろう。

 

 忘れるはずがない。

 忘れられるはずがない。

 

 何度、輪廻が回っても。

 何度、かぐやと彩葉が出会っても。

 

 その先に別れが待っていると知っても。

 

 受け入れたつもりだった。

 

 同じ魂が、同じように巡る。

 

 いつか、また会える。

 

 ずっと、そう信じてきた。

 

「ヤチヨ!」

 

 かぐやが私の名前を呼ぶ。

 

 両腕を広げている。

 

「ヤチヨも一緒に優勝だよ!」

 

 笑っている。

 

 真っ直ぐで。

 無鉄砲で。

 どれだけ負けそうでも、ハッピーエンドを諦めない。

 

 あれは私だ。

 私だった。

 

 いつかの私。

 いつか私になる存在。

 

(わたしも、……かぐやなのに、ね)

 

 口には出さない。

 

 出せるはずがない。

 

 かぐやから彩葉を奪いたいわけではない。

 

 今の彩葉を否定したいわけでもない。

 

 目の前にいるのは、間違いなく酒寄彩葉だった。

 

 怒る。笑う。

 

 かぐやには遠慮なく怒鳴る時もある。

 兄へ腹を立てれば、観客の前でも噛みついていく。

 

 人前で、配信中に、私情を隠しもせず、あんなにも堂々と。

 

「私の知る彩葉は、あんなに図々しくもなかったのに」

 

 小さく呟く。

 

 誰にも聞かれない声で。

 

 私の知る彩葉は、いつもびくびくしていた。

 

 辛い現実に怯えながら。

 厳しい運命に押し潰されそうになりながら。

 それでも諦めず、必死に足掻き、少しずつ前へ進んでいた。

 

 かわいい洋服が好きだった。

 おいしいケーキが好きだった。

 けれど、好きだと言うことさえ恥ずかしそうに隠していた。

 

 今の彩葉は違う。

 推しを前にすれば目を輝かせる。

 

 かぐやへ文句を言う。

 帝君へ自分から喧嘩を売る。

 

 嫌なことを嫌だと言う。

 してほしいことを、自分から伝える。

 

 私の知る彩葉より、強い。

 明るい。

 少しだけ、図々しい。

 

 それは、きっと喜ぶべきことだ。

 

 彩葉が歩いた証。

 私の知らない誰かと出会い、私の知らない日々を過ごし、ここまで来た証。

 

 けれど二人の間には、私の知らない時間がある。

 

 かぐやが地雷を飛び越えた時、実況が叫んだ「心の目」。

 

 その意味を、私は知らない。

 誰から受け取った言葉なのかも。

 どんな日常から生まれたものなのかも。

 

 ただ、彩葉とかぐやだけは知っている。

 

 私が知らない笑い方。

 私が知らない言い合い。

 

 二人にしか分からない呼吸。

 

 第一試合で、私は記憶より早く倒れた。

 第二試合で、彩葉は記憶と違う言葉を返した。

 第三試合で、かぐやは踏むはずだった地雷を飛び越えた。

 

 違った。

 

 場面が。

 言葉が。

 選んだ道が。

 

 何もかも同じようで、何もかも違った。

 

 シらぬイという異物がいたからではない。

 

 彼が二人の間へ入ったからでもない。

 

 輪廻が間違ったわけでもない。

 

 ただ、時間が流れた。

 

 物語が進んだ。

 

 彩葉が、新しい彩葉として生きてきた。

 

 目の前の彩葉は偽物ではない。

 

 代わりでもない。

 

 酒寄彩葉だ。

 

 だからこそ。

 

 八千年前の彩葉が、そのまま帰ってきたわけではない。

 

 私が知っている彩葉。

 私が愛していた彩葉。

 

 もう一度だけ会いたいと、八千年もの間ずっと願い続けた彩葉。

 

 その人は、目の前のどこにもいない。

 

 それだけのこと。

 それだけのことが、八千年待ち続けた私には、どうしようもなく寂しかった。

 

「ヤチヨ?」

 

 彩葉がこちらを見る。

 

「どうかしたの?」

 

「ううん。なんでもないよ~ん」

 

 笑う。

 

 いつものように。

 

 月見ヤチヨとして。

 誰もが知っている、明るい笑顔で。

 

 仮面は捨てない。

 捨てられない。

 

 今はまだ。

 

「ああ、やっぱり」

 

 歓声の中で、誰にも届かないように呟いた。

 

 私の知る彩葉には、もう会えないんだね。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、あいつは?」

 

 彩葉が何かを思い出したように、周囲を見回した。

 

「え、誰?」

 

「さっき私に斬られたバカ」

 

「あそこー」

 

 ヤチヨが明後日の方向を指差した。

 

 彩葉とかぐやが振り返る。

 

 そこだけ、お祭り騒ぎのムードがどこかへ消えていた。

 

 拳。

 蹴り。

 怒号。

 罵声。

 

 何がどうしてそうなったのかは分からない。

 

 ただ一つ分かるのは、シらぬイが大勢の人間と大乱闘を繰り広げているということだった。

 

 おそらく、帝のファンダムらしき人々。

 

 十人。

 二十人。

 

 いや、もっといる。

 

 シらぬイは、その全員を素手で相手にしていた。

 

 武器もない。

 スキルもない。

 

 ほとんど百人組手。

 

 馬鹿としか言いようがない。

 

 しかも、その乱闘の中心では真実が目覚めていた。

 

 両目を真っ赤に染め。

 口元から獣のような息を漏らし。

 完全にバーサーカーと化している。

 

 そんな真実と、シらぬイは真正面から殴り合っていた。

 

 差しで渡り合うどころか、周囲の百人まで同時に捌いている。

 

 すごい。

 すごいが、やはり馬鹿だった。

 

「どうする?」

 

 かぐやが聞いた。

 

 彩葉は数秒ほど、その地獄を眺めた。

 

「いえ、やっぱ知らない人です。帰ろ、かぐや」

 

「うん!」

 

 二人は揃って背を向けた。

 

「解釈不一致ぃぃぃぃいいい!」

 

 遠くから、真実の絶叫が響いた。

 

 だから聞こえない。

 

 聞こえないったら聞こえない。

 

 彩葉とかぐやは何も聞かなかったことにして、今度こそ歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

没稿 竹取合戦の幕間

 

 

 

 

 第一試合終了。

 

 黒鬼による、ほとんど一方的な勝利。

 

 観客席が王者を讃える歓声に包まれる中、その最後列に怪しい人影が現れた。

 

 頭。

 胴体。

 両腕。

 両足。

 

 全身を包帯でぐるぐる巻きにしたミイラ男。

 

 我らがシらぬイだった。

 

「懲りないねぇ」

 

 真実が呟く。

 

「何があったら、その格好で戻ってこようと思うんだろう」

 

 芦花も首を傾げる。

 

 シらぬイは答えない。

 

 話しかけない。

 

 二人の方を見ようともしない。

 

 ただ包帯の中から大きな旗を取り出す。

 

 広げる。

 

 白地に赤。

 

 達筆で書かれた四文字。

 

『必勝祈願』

 

 続いて、シらぬイが両腕を広げた。

 

 一人。

 二人。

 三人。

 

 観客席へ、同じミイラ男が次々と現れる。

 

 十人。

 二十人。

 

 最終的には四十八人。

 

 分身たちは包帯の上から学ランを着込んでいた。

 

 肩には襷。

 

『必勝 かぐやいろP』

 

『打倒 黒鬼』

 

『推せよ 推せば分かるさ』

 

 最後だけ少しおかしい。

 

 シらぬイ本体が旗を振る。

 

 分身たちが一斉に腕を上げた。

 

 右。

 左。

 右。

 左。

 

 無言。

 完全な無言。

 

 掛け声もない。

 応援歌もない。

 

 ただ四十八人のミイラ男が、学ラン姿で一糸乱れず拳を振り上げている。

 

 その後ろで大太鼓だけが鳴る。

 

 ドン。

 

 ドン。

 

 ドドン。

 

 静かなのか。

 うるさいのか。

 不気味なのか。

 応援になっているのか。

 

 何一つ分からない。

 

「知り合い?」

 

 芦花が聞いた。

 

「知らない人です」

 

 真実は即答した。

 

「奇遇だね。私も知らないや」

 

 二人は同時にシらぬイから顔を逸らした。

 

 視線を合わせない。

 

 存在を認めない。

 

 徹底した他人のふりだった。

 

 その間にも、シらぬイ応援団は無言で旗を振り続けている。

 

 どうやら試合が終わるまで続けるつもりらしい。

 

 まだ一試合目しか終わっていないのに。

 

 

 

 

 

 

《ROUND 2 WINNER かぐやいろP》

 

 かぐやたちが黒鬼から一本を取り返した。

 

 一対一。

 

 同点。

 

 会場の空気が一気に変わる。

 

 歓声。

 驚愕。

 期待。

 

 王者が負けるかもしれない。

 

 かぐやたちが勝つかもしれない。

 

 誰もが第三試合へ目を向ける中。

 

 シらぬイが、また余計なことを始めた。

 

 応援団の学ランを脱がせる。

 

 襷を外す。

 

 代わりに、分身一人一人へ楽器を持たせていく。

 

 バイオリン。

 ビオラ。

 チェロ。

 コントラバス。

 フルート。

 クラリネット。

 トランペット。

 トロンボーン。

 ホルン。

 大太鼓。

 小太鼓。

 なぜか木魚。

 

 四十八人編成。

 

 シらぬイ・オーケストラ。

 

 本体が指揮台へ立つ。

 

 指揮棒を上げる。

 

 下ろす。

 

 演奏が始まった。

 

 曲は『青と夏』。

 

 季節は合っている。

 

 けど空気は読まない。

 

 しかし演奏そのものは、腹が立つほど正確だった。

 

 一つの分身が弦を鳴らす。

 

 別の分身が息を吸う。

 

 その隣で打楽器が入る。

 

 僅かな遅れもない。

 

 音のずれもない。

 

 四十八体。

 

 四十八種類の動き。

 

 そのすべてを、シらぬイ一人が同時に操っている。

 

 右手で弦楽器。

 左手で管楽器。

 指先で打楽器。

 視線だけで木魚。

 

 人間離れした並列操作。

 

 曲が進むほど音は重なり、一人が操っているとは思えない厚みへ変わっていく。

 

「……あれ、全部一人で動かしてない?」

 

 芦花が気づいた。

 

「見ちゃ駄目」

 

 真実は正面を向いたまま答えた。

 

「でも、演奏は上手いよ」

 

「褒めると増えちまうよ」

 

「もう四十八人いるけど」

 

「まだ増えるのがシらぬイじゃん」

 

 二人は再び知らない人のふりをした。

 

 実況席は第三試合の展望を語っている。

 

 観客はかぐやと帝の再戦を待っている。

 

 配信画面では、第二試合の名場面が繰り返し再生されている。

 

 誰も見ない。

 誰も触れない。

 誰もシらぬイ・オーケストラを話題にしない。

 

 完璧な演奏。

 人間離れした技巧。

 

 四十八体同時操作。

 

 珍しく、完全に無視されていた。

 

 シらぬイは演奏を止めない。

 

 指揮棒を振る。

 分身が奏でる。

 観客は見ない。

 真実も見ない。

 

 芦花は少しだけ見ていたが、シらぬイと目が合いそうになると正面へ戻った。

 

 曲だけが、誰にも求められないまま最後まで演奏された。

 

 

 

 

 

 

《MATCH WINNER BLACK ONYX》

 

 竹取合戦に勝利したのはブラック・オニキス。

 

 しかし。

 

《ヤチヨカップ優勝 かぐやいろP》

 

 ヤチヨカップを制したのは、かぐやと彩葉だった。

 

 その瞬間。

 

 シらぬイが指揮棒を投げ捨てた。

 

 四十八人の分身が楽器を置く。

 

 学ランへ着替える。

 

 襷を掛ける。

 旗を持つ。

 

 大喝采。

 

 無言のまま、全力で。

 

 誰よりも大袈裟に。

 

 旗。

 紙吹雪。

 万歳。

 胴上げ。

 

 分身たちが分身たちを空へ投げる。

 

 誰が誰を祝っているのか、もう分からない。

 

 シらぬイはかぐやたちへ近寄らない。

 

 話しかけない。

 声も掛けない。

 

 ただ遠く離れた観客席から、優勝を祝う巨大な旗を振っていた。

 

 目立つ。

 あまりにも目立つ。

 

 当然、別の視線も集まった。

 

 真実。

 そして、周囲にいた帝のファンダム。

 

 黒鬼は竹取合戦に勝った。

 

 けれどヤチヨカップでは二位。

 

 優勝を逃した直後に、目の前でかぐやいろPへの大喝采を見せつけられている。

 

 熱い視線。

 痛い視線。

 怨念の籠もった視線。

 

 シらぬイへ向かって、解釈不一致の感情が降り注ぐ。

 

 シらぬイは振り返らない。

 

 反応しない。

 何も言わない。

 

 旗を振り続ける。

 

 その無反応が。

 その無関心が。

 

 その妙に堂々とした態度が。

 

 さらに帝ファンダムを刺激した。

 

 一人が立ち上がる。

 二人目が続く。

 三人目が包囲する。

 

 シらぬイの周囲へ、黒い法被が集まっていく。

 

「何なの、あの人」

 

「帝様に対する挑戦?」

 

「まさか新しいライバル枠?」

 

「無口な強キャラ?」

 

「帝様と並べても絵になるかも」

 

 嫌な方向へ話が進んだ。

 

 ツクヨミのコメント欄にも、妙な解釈が流れ始める。

 

《帝×雷》

 

《帝×乃依》

 

《乃依帝》

 

《雷帝》

 

 そこまでは、まだよかった。

 

《あの無口なミイラ男は?》

 

《帝の新しいライバル》

 

《強者同士》

 

《シら帝》

 

《帝ぬイ》

 

 真実の肩が震えた。

 

「待って」

 

 芦花が一歩離れる。

 

「真実?」

 

「帝×雷でもない」

 

 真実の目が赤く染まる。

 

「帝×乃依でもない」

 

 右手が拳を作る。

 

「乃依帝でもない」

 

 左手も拳を作る。

 

「雷帝でもない」

 

 床へ罅が入る。

 

「シら帝?」

 

 シらぬイは、まだ旗を振っている。

 

「帝ぬイ???」

 

 包囲していた帝ファンダムが、真実の異変に気づく。

 

 遅い。

 

「解釈不一致ぃぃぃぃいいいい!」

 

 真実が飛んだ。

 

 真っ直ぐ。

 

 一直線。

 

 シらぬイの顔面へ。

 

 シらぬイが旗から片手を離す。

 

 受け止める。

 

 衝撃。

 爆風。

 

 周囲にいた帝ファンダムがまとめて吹き飛んだ。

 

「何をする!」

 

「そいつを止めろ!」

 

「帝様の新しいライバルを守れ!」

 

「その解釈をやめろぉぉぉ!」

 

 敵か味方か。

 

   右。

   左。

 

 攻めと受け。

 

 誰がどの解釈なのか。

 誰がどちらを推しているのか。

 

 すぐに分からなくなった。

 

 拳が飛ぶ。

 蹴りが来る。

 

 シらぬイは避ける。

 

 掴む。

 投げる。

 

 それでも喋らない。

 誰にも話しかけない。

 

 真実にも。

 

 帝ファンダムにも。

 

 止めに入った係員にも。

 

 ただ無言で、向かってくる相手を順番に捌いていく。

 

 十人。

 二十人。

 五十人。

 気づけば百人。

 

 突然、空中に配信用スクリーンが開いた。

 

《ツクヨミ深夜特別番組》

 

《緊急生放送 シらぬイ百人組手》

 

 頼んでいない。

 

 企画していない。

 

 誰も許可していない。

 

 それでも放送は始まった。

 

 真実は目を真っ赤に染めたまま殴りかかる。

 

 帝ファンダムも次々と飛び込む。

 

 シらぬイは何も言わず、その全員と素手で渡り合う。

 

「芦花、手伝って!」

 

「ごめん。知らない人です」

 

 芦花は目を逸らした。

 

 真実からも。

 

 シらぬイからも。

 

 今度こそ完全に、知らない人のふりをした。





ここまでお読みいただきありがとうございます!
もうすぐで総UAが10万となります、本当にありがとうございます!

久しぶりの投稿と執筆のがてら、あらすじも含めて本篇の編集スタイルを変えてみましたが、どうだったでしょうか?
いつもは
・冒頭、前半
・中盤、本題
・後半、そしてオチがあれば一緒に含める
のスタイルで原稿をまとめていたけども、今回は視点の切り替えも兼ねて5つぐらいに分けて見ました。

特定の登場人物の視点での戦闘シーン、それもゲームのルールにしたがって書くのは本当に難しいですね。ルールが似ているLOLのユーチューバー同士での内戦動画やプロリーグのハイライト見ながら書いてみたけど、さすがにこれじゃない感じ半端なくてまたしもボツ...今日で何回目か分からぬ( ;∀;)。

だから周りに回って落ち着いた結果が今日の本篇となります。
なんか文体や文章がいいって感じの作品を見かけたらぜび活動報告のどっかにで教えてほしいぐらいです、マジで文体ブレッブレなのが書きながらありまくりでしたのでリハビリせねば。
本篇よりもボツのおまけがノリノリと書けたのは、やっぱシらぬイのせいかな~いやだな~僕の頭から出ていってくださいよ~

番外編を時間列に合わせて本篇の合間に入れてみる?

  • 話の展開やネタの繋がりがあってよさそう。
  • 「番外」やから別途でいいんじゃね?
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