今日も正常営業。ただし“そういうとこ”を添えてー 作:火力万能主義
今日も大盛にしてきましたのでどうかその手に持つ石をお納めくださいまし。(;´・ω・)
ようやく本篇もここまで追ってきましたが、おそらく40話あたりで本篇が大体終わるかどうか怪しい。
年明け前にはせめて本篇だけでも完結で完走したい。 やけんはよ書け
今日はちょっと視点がいくつかありますが、前回の反省をもってできるだけ読みやすくして見ました!
書けば書くほどに味がでるとはマジですげぇよ原作。
それでは第二十九話です、どうぞ!!!!
第二十九話 明日は月が降るでしょう
ツクヨミの夜景。
常に夜しか存在しないこの電脳世界にも、夜はある。
宙を泳ぐチョウチンアンコウの提灯が、太陽の代わりにツクヨミを照らす。その間は、この世界でも昼の時間帯ではある。
けれど、ライブはもう終わっていた。
集まっていた人々も、それぞれの場所へ帰っていった。
もっとも、夜だからといって、みんながみんな眠りにつくわけではない。
そう、この男のように。
「やあやぁ〜まさか君の方から来てくれるとはね。驚いたよ☆」
「 シ ら ぬ イ 」
ツクヨミの全景を見下ろせる天守閣の一室。
待っていたかのように迎える
今夜は、何をしでかすか分からないツクヨミ一の奇人としてではない。
愛する『家族』を心から心配し、想う。
一人の家長として、そこに立っていた。
「月見ヤチヨ」
「およよ?」
ヤチヨが、瞬きをした。
初めて聴く声。
いや、正確には二年ぶりに聴く
あの頃の少年の声は、いつの間にか、重みのある大人の声へ変わっていた。
「まさかあのシらぬイが声を出して喋るとは〜。明日は月でも落っこちるのかな☆」
「あなたに聞きたいことがある」
お茶目な返しにも反応せず、用件だけを告げる。
雅治は、ヤチヨから目を逸らさなかった。
「なんだいなんだい? ツクヨミに関することならヤッチョはなんでも答えられるよ〜」
「あ、でもエッチな質問は駄目だよ? ちゃーんとツクヨミの利用規約に触れない範囲内でお願いね?」
いつもの笑顔、いつもの声といつもの調子。
先ほどまでコラボライブの舞台で踊り、歌っていたときと、まったく変わらない笑顔………そう見せている笑顔。
声はまだ明るいのに、目元だけが、ほんの一瞬、笑うのをやめていたことを見逃さない。
他でもない、雅治だからこそ気づける、ほんの小さな
ガチャリ。
シらぬイ いや雅治は、顔の大半を隠していたマスクを外した。
アバターの素顔。
もとい、自分の顔を、ヤチヨへ向ける。
「君は、未来を知っているのか?」
返事は、まだなかった。
しかし、雅治はヤチヨから目を逸らさなかった。
窓の向こうには、ライブの余韻を残したツクヨミの街が広がっている。先ほどまであれほど近かった歓声も、この部屋までは届かない。
ヤチヨもまた、目をそらすことも話題をズラしてはぐらかすこともなく。
ただ雅治の目を見つめていた。
最初は、ただ二人のライブを見に行くつもりだった。
終わったら、とてもよかったと伝えたかった。
どうだった、どこがよかったのと聞いてくるかぐやに、ちゃんと答えてやる。彩葉にも、お疲れさまと労いの言葉をかけたかった。最高の歌だったと、云いたかった。
それから少し話して、帰る。
いつものように。いつもの日常として。
そんな夜になると思っていたのに。
どうしてだろう。
すごく嫌な予感がしたんだ。
母さんが亡くなった日。
彩葉が倒れた時。
あの時と、同じ胸騒ぎが。
すべては時を遡って始まる。
まだ三人のライブが確定してから数日が経ったある日。
自分の部屋で、雅治はスマホを眺めていた。
画面に並んでいるのは、月見ヤチヨとかぐやと彩葉。
かぐやから送られてきたコラボライブの案内ポスターだった。
日時を確かめる。
その時間なら空けられる。というより、何としても空けるつもりでいた。
『見に行く』
いつもの短い返信を送ると、すぐに喜んでいる顔のスタンプが届いた。
一つ。
二つ。
三つ目が届いたところで、雅治は次の文を送った。
『振り付けの内容は、もう決まったのか』
『ないしょーだよ~』
指が。
止まる。
内緒。秘密。Secret。
そうか。確かに、本番で初めて見た方がいいものもあるだろう。
むしろその方が、感動も喜びも倍増だ。
しかし、だとしても
『練習も、今回ばかりは行かない方がいいか』
『うん! 本番まで楽しみにしててね!』
彩葉からも、続けて届く。
『まぁ、後のお楽しみってことで』
「…………」
雅治は、スマホを持ったまま固まった。
来るな、と。
あのかぐやが。
彩葉まで。
120%の
たった数行のやり取りなのに、その先へ進まない。進むことを、
その先は地獄だと言わんばかりに、指が
眼が
己の身体の細胞すべてが、拒否反応を起こしている。
いつもなら、何かしら理由をつけて呼ばれる方だった。
いつもなら、何かしら理由をつけて呼ばれる方だった。ちょっと見て。ここ教えて。これどうやるの。雅治ならできるでしょ。ねぇ一回だけ。一回やってくれたら分かるから。あっ待って今のもう一回。やっぱ分かんない一緒にやろ。一人じゃつまんないから一緒にやろうよ。ねぇ雅治。雅治ってば。まーさーはーるー、と、こちらの名前を覚えたての子供みたいに何度も何度も呼ぶものだから仕方なく、本当に仕方なく隣へ行けば「最初から一緒にやればよかったじゃん!」などと満面の笑顔で迎えられるので、それなら最初からそう言えばよかっただろうと思いつつ、足はこっち、身体はこっち、そこは勢いで回るんじゃない、まず一度止まれ、という具合に付き合ってやることになり、ようやくできたと思えば「彩葉見て! できた!」と今度は彩葉を呼び、「はいはい、見てるから。雅治にお礼言った?」と聞かれて「ありがと雅治! じゃあ次こっち!」と感謝から次の要求までの間に一呼吸すら挟まない、待て、お礼というのは次の依頼を通すための通行手形ではないのだが、そうして捕まった雅治を彩葉は彩葉で「二人だけにすると何するか分かんないんだから」「問題児二人の子守りも楽じゃないのよ」などと好きに言ってくれる、なぜ俺まで問題児として数えられているのかという点については一度きちんと話し合う必要があるものの、かぐやに「これ雅治ならできる?」と聞かれて実演しようとしたところを止められた件については今は関係ない、あれはできるかどうかという質問に答えようとしただけであり、教育上、言葉だけでは伝わらないものを実際に見せてやることも時には必要なのであって、ともあれ彩葉も最後には「ほら、かぐやが待ってるから」「そこ、もうちょっとゆっくり教えてあげて」と当然のようにこちらをかぐやの隣へ置いておくし、こちらも頼まれた以上は途中で放り出すわけにはいかないから最後まで付き合うわけで、そこで「できた!」「見てた?」「今のすごくなかった?」と三連続で顔を覗き込まれれば見ていたとも、さっきよりずっとよかった、ちゃんとできていたと頷いてやるのは当然のことであり、そのたびに嬉しそうに笑うものだから次も見ていてやろうかと思うのも当然のことであり、できなかったことができるようになった瞬間というものは何度あってもいい、何度あっても見ていて困るものではない、むしろ前回との違いを正確に把握するためには毎回見ておくべきではないだろうか、そう考えて少し早めに顔を出すと「まだ呼んでないけど?」と彩葉に言われたりもしたが、どうせ呼ばれるのだから先に来ていても同じことであって、実際そのあとすぐに「雅治こっちー!」と呼ばれたのだから判断は正しかった、俺は何も間違っていないし、ほら、やっぱり必要だっただろう。
それが、今回は二人揃って向こう側である。
なのに、
これが反抗期というものなのか。
これが思春期というものなのか。
これが『お父さんと一緒はもう嫌!』というやつなのか。
……いや。
断られたのは練習の見学であって、
画面の上には、さっき送られてきた案内がある。
その下には、念を押すようにもう一通。
『ぜったい見に来てよね! ぜっっったいだよ!!!!』
分かっている。
そんなことは、分かっているのだが。
雅治は一度スマホを置き、すぐに持ち直した。
『了解。楽しみにしている』
今度は、彩葉からも小さなスタンプが返ってきた。
何を見せるつもりなのか。
二人でどんな顔をして、これを送っているのか。
知らないまま、当日まで待つことになるらしい。
予定表へ時刻を入れる。
少し早めに着くようにしておこう、とも思った。
……それはそれとして。
雅治は予定表を閉じ、連絡先を開いた。
一つの名前を選び、通話ボタンを押す。
Prrr。Prrr。
『おう、どうしたんだ雅治? お前から
「叔父さん、あの、一つだけお尋ねしてもいいですか」
『なんだ?』
「娘の反抗期や思春期には、どう対応すればいいんでしょうか」
『……』
「……」
『……』
「……」
『よりにもよってお前がそれを聞くか?』
解せぬ。
キーボードの上を、指が滑る。
右へ一歩。
肩を返して、左へ。
伸ばした指の先を追うように、かぐやの長い髪がふわりと揺れた。
ヤチヨも、その隣で足を踏み替える。
半歩だけ間合いを詰め、すれ違いざまに指先を合わせる。
ぱん。
二人分の足音が、最後の音にて重なった。
「……はい、そこまで!」
鍵盤から手を離す。
かぐやは掲げていた両腕を下ろすと、ぱっと隣を向いた。
「ヤチヨ、今合わせてくれたでしょ」
「おや。バレちゃった?」
「最後、ちょっと早くなっちゃったな~」
「でも、止まらずに最後までできたでしょ。それ、大事」
ヤチヨが人差し指を立てる。
かぐやは自分の足元へ目を落とし、今のところだけ、もう一度。
たん。
たたん。
「こう?」
「そそ。今の感じ」
「彩葉、どうだった?」
「うん。今の方がいいと思う。私も、ここの音、もう少し分かりやすくするね」
同じところを、短く弾き直した。
かぐやが、それに合わせて足を動かす。
さっきより、少しだけゆっくり。
焦らず。
音の流れに身を任せるように。
かぐやの足が着くところで、ひとつ。
ヤチヨと向き合うところで、もうひとつ。
今度は、綺麗に合った。
「できた!」
「できたねぇ」
イェーイ。
差し出された手に、もう一度、手が重なる。
さっきの振り付けよりも、少し大きくて、楽しそうな音だった。
「かぐや、大丈夫? 疲れてない?」
「だいじょーぶ! 雅治との
「……比較する相手が極端なのよ」
かぐやは、へにゃ~と笑っていた。
ついさっきまで、足元を睨みつけて難しい顔をしていたくせに。
一度できただけで、もう、こんな顔になる。
その隣で、ヤチヨも笑う。
ああ。
だめだ。
つられる。
愛用の
かぐやを見て。
それから、ヤチヨを見て。
ヤチヨがいる。
分かっている。
さっきから、ずっといるんだもの。
何度も名前を呼んでいるし、何度も返事をもらっている。
なのに、顔を上げるたびに、いちいち嬉しくなる。
私が弾く。
かぐやが歌う。
その隣で、ヤチヨが同じ音に合わせて踊っている。
私の弾いている音に。
……いや、ほんとに。
夢じゃないのよね、これ。
「彩葉、今のところ、もう一回いいかな?」
「えっ。あはい。いや、うん。もちろん」
「ありがと~」
そうやって、普通に話しかけてくる。
私の返事を待ってくれる。
音を出せば、それをちゃんと聴いてくれる。
かぐやと目を合わせて、ここだね、と頷いてくれる。
どうしよう。
嬉しい。
今さら何を、と自分でも思う。
握手だってしてもらったのに。
一緒にゲームをして戦ったって言うのに。
こうしてコラボライブまで決まって、練習のために日々顔を合わせていることが。
どうしても、慣れない。
たぶん、しばらくは慣れないと思う。 もうめいびーじゃない。
慣れたくない、とも、少し思った。
初めてヤチヨの
何をしていても、胸のどこかが窮屈だった。
頑張らなきゃ。
もっと、ちゃんとしなきゃ。
そうやって自分を追い立てて、少しも追いつけないままでいた時に、ふと聞こえた歌声。
誰かのために歌われているはずなのに。
大勢の人が、同じように聴いているはずなのに。
その時だけは、私のために届けられた歌ではないかと、そんな気がした。
うまく言えないものまで、そのまま包んでくれるような。
窮屈だった胸の内側に、少しだけ息をする場所ができるような。
そんな歌だった。
画面の向こう。
遠くのステージ。
そこにいた人が、今は、こちらへ手を振っている。
「ここ、彩葉の音に合わせてから回ろっか」
「うん!」
私の音。
何でもないことみたいに言われた、その一言が、胸の中で何度も跳ねた。
あの頃の
今のままでは足りない。
次はもっと。
今度こそ、ちゃんと。
顔を上げるたびに、届いていないところばかりが目に入った。
今は、隣を見る余裕がある。
同じ屋根の下で暮らす
ほとんど毎日のように顔を出しては、当たり前みたいに台所へ立つ
学校へ行けば、真実が何か食べたり、爆睡したりして。
芦花がそれを見て笑っていて。
そこへ雅治まで余計なことを言うものだから、結局、私が止めることになる。
家に帰っても、似たようなものだ。
かぐやが何かを思いつく。
雅治が止めるのかと思えば、なぜか一緒になって考え始める。
ちょっと待て。
そこで頷くな。
なんで二人とも、そんな時だけ息がぴったりなのよ。
そんなことを言う回数ばかり、増えていった。
大変だったし。
騒がしかった。
それでも、終わってほしくないと思った。
かぐやも。
雅治も。
真実も、芦花も。
そして、ヤチヨも。
誰かと言葉を交わすこと。
同じ場所で笑うこと。
明日もまた会えると思えること。
こんなに、嬉しいもんだなと。
おかしいな。
前より静かになったわけじゃない。
面倒が減ったわけでもない。むしろ増えてる。
かぐやは相変わらずだし、雅治だって、たまに本気で何を考えているのか分からない。
それなのに。
今日は何をやらかしたのか、聞きたくなる。
今度は何を見つけたのか、見てみたくなる。
呆れるために、ではなくて。
いや、呆れるのも絶対に呆れるんだけど。
そのあとで、一緒に笑いたいと思っている。
「彩葉ー」
呼ばれて、顔を上げた。
かぐやが、さっきの動きをもう一度やってみせる。
その隣で、ヤチヨが少し大げさなくらいに頷いた。
「どう?」
「……うん。いいと思う」
「なんか笑ってない?」
「笑ってるわよ。上手にできたから」
かぐやが、ぱっと笑った。
自分が笑っていたことに、言ってから気づいた。
練習は難しい。
合わせなきゃいけないところは、まだある。
本番までに直したい部分は
でも、今は、それを一つずつやっていく時間までもがすべて楽しいと感じる。
できなかったところが、できるようになる。
それを三人で見つけて、もう一回、と言いつつ頭を寄せて工夫し合う。
本番が楽しみだ。
雅治にも、真実にも、芦花にも、早く見てほしい。
それと同じくらい、こうして準備をしている時間も、まだ終わってほしくなかった。
あと一回。
あと一曲。
明日も、こんなふうに集まって。
また、少しずつ合わせて。
かぐやが笑って。
ヤチヨが笑って。
私も、きっと、また笑って。
もし夢なら、まだ覚めないでほしい。
夢じゃないなら。
このままの日々が、いつまでも続けばいい。
あの時に聴いた
彩葉の指が、鍵盤の上へ戻っていく。
その口元には、まだ笑みが残っていた。
次の音を待つ、ほんの短い間。
かぐやが立つ位置を直し、髪を肩の後ろへ払っている。
彩葉はその様子を見ながら、弾き始めるのを少しだけ待っていた。
かぐやも、待ってもらえることを知っている。
目が合い、小さく頷く。
それだけで、
懐かしい。
腕を上げるより先に、胸の奥が動いた。
この曲を
ここで息を合わせることも。
次の音で隣へ向き直ることも。
覚え直す必要なんて、なかった。
何度も。
何度も、思い返してきたのだから。
あの頃は、今の
隣に立つ
嬉しくて、早く本番になってほしくて。
三人で立つ舞台のことばかり考えていたな。
今の
やっと、ここまで来たんだね。
よかった。
本当に、よかったよ。
知っている音が、一つずつ重なるたびに、胸の奥で張りつめていたものが緩んでいく。
このまま進んでほしい。
あの舞台へ、辿り着いてほしい。
彩葉と一緒に見た、あの景色へ。
そう願いながら、かぐやを見る。
嬉しそうだった。
あまりにも、嬉しそうだった。
先ほど、できた、と笑った顔が、まだ目の奥に残っている。
その顔を、曇らせたくなかった。
あの舞台に辿り着いたあとも。
歌い終わって、歓声を浴びたあとも。
ずっと、そのままでいてほしかった。
けれど、
そのあとに何があったのか。
誰と別れて。
どこへ帰って。
どうして、もう一度会いたいと願ったのか。
忘れたことなど、一度もなかった。
見せてあげたい。
あの喜びを。
味わわせたくない。
あの寂しさを。
どちらも、目の前で笑う少女へ向けた想い。
足を止めることはしない。
次の音にも、遅れない。
彩葉が作ってくれた流れの中を、隣の少女と一緒に進む。
嬉しかった。
ちゃんと、嬉しいのだ。
この子が、ここまで来てくれたことが。
彩葉が、こんな顔で音を奏でていることが。
「ねえ、彩葉」
曲のひと区切りで、かぐやが声を上げた。
「雅治、絶対びっくりするよね」
「そのために内緒にしたんでしょ」
「うん。早く見せたいなぁ」
彩葉の指が、鍵盤の端を軽く叩く。
「せっかくだし、ちゃんと仕上がったところを見せたいじゃない」
「彩葉も?」
「私も」
言ってから、少し照れたように笑っている。
かぐやが、その顔を覗き込むと。
彩葉は、はいはい、続き、と追い払うように片手で振り払う。
二人は、それだけで通じ合っていた。
それでも、二人が本番を思い描けば、その中には、ちゃんと彼がいる。
どんな顔をするだろう。
何と言ってくれるだろう。
見てもらえることを、少しも疑っていない。
終わったあとにも話ができると、ごく自然に思っている。
あの頃の私にはなかったものだ。
彩葉以外にも、心の底から信じて名前を呼べる相手がいる。
嬉しいことがあれば、聞いてほしいと思える人がいる。
よかったね、と。
そう思う気持ちに、嘘はなかった。
ただ、彩葉の、今の笑い方。
「私も」
見せたいものがあるのだと、隠さずに言った声。
それを聞いたかぐやが、何も不思議に思わず笑ったこと。
ああ。
その顔も。
その返し方も。
私は、知らない。
知っているはずの声が、知らない話をしている。
その短いやり取りの中に、
分かっている。
あの日、もう分かったつもりだった。
目の前にいる彩葉は、私の記憶の続きを、そのまま生きているわけではない。
今の彩葉は、今の彩葉として生きている。
そのことを、もう、知らないふりはできない。
それでも。
こんなに近くで笑われると、困っちゃう。
顔を上げれば、会えるのに。
名前を呼べば、こちらを向いてくれるのに。
ずっと聴きたかった声が、何でもないように返事をしてくれるのに。
どうして足りないのだろう。
待っていた。
こんな
もっと聴いていたい。
今の彩葉のことだって、知りたい。
けれど、また一つ、私の知らない彩葉に出会ってしまうのが、怖い。
何でもないやり取りの中にさえ、私の覚えている続きを探してしまう。
そうして、見つからないたびに、また思い知らされるんだ。
分かっていたはずのことを。
もう、分かったつもりでいたことを。
楽しそうな二人の声が重なるたび、胸の内側から、少しずつ空気が抜けていくようで。
嬉しいのに。
寂しい。
寂しいのに。
もう一度、笑ってほしいと心から願っている。
かぐやが何か言う。
彩葉が呆れる。
それでも、最後には笑ってしまう。
その顔が見たくて、
もう少しだけ。
この輪の中にいたくなる。
八千年待っても、そういうところは変わらなかった。
「ヤチヨ?」
彩葉が、こちらを見ていた。
「んー?」
「あと一回、お願いしてもいい? 何度も付き合わせちゃってるけど」
申し訳なさそうな声。
何度でも、と。
思わず答えそうになった。
この子はきっと、知らない。
その一回を増やしてもらえることが、どれほど嬉しいのか。
その一回で、また何を思い出してしまうのか。
まだ知らない。
ふと隣へ目を向けると、かぐやが小さく足を踏み替えていた。
さっき直したところを、忘れないうちに。
次は、彩葉にもっと上手にできたところを見せられるように。
その横顔を見て、胸の奥が、きゅっと縮んだ。
この子も、知らない。
彩葉と一緒に帰れること。
今日できなかったことを、明日も一緒にやり直せること。
楽しかったね、と話す相手が、帰った先にもいること。
それが、どれほど欲しくてたまらないものなのか。
幸せだとは、思っているのだろう。
見ていれば分かる。
隠すつもりもないくらい、全身で喜んでいるのだから。
けれど、その時間がなくなったあとの長さを、この子は知らない。
もう一度、彩葉に会いたい。
ただ、その一つに縋ってきた。
八千年も。
あの日の声を、笑った顔を、何度も何度も思い返して。
そうして、ようやく会えた彩葉に。
今も、
目の前の少女は、何も知らずに笑っている。
……いいなぁ。
胸の中でこぼれた声は、自分でも驚くほど幼かった。
そっちに立っていたかった。
今も、その名前で呼ばれたかった。
何も知らないくせに。
そんな言葉まで浮かんで、唇の裏を、そっと噛んだ。
知るはずがない。
まだ、その場所にいるのだから。
あの頃のわたしだって、そうだったから。
彩葉に見てほしくて。
褒めてほしくて。
明日は何をしようかと、まだ一緒にいられるつもりで笑っていた頃。
その笑顔に、今の寂しさをぶつけてどうするのだろう。
かぐやは足を止めると、確かめるようにこちらを見た。
これで合ってるよね、とでも言いたげに。
それだけで、嬉しそうに目を細める。
……言えないよ。
こんな顔をする子に。
これから先も、彩葉の隣で笑っていたいだけの子に。
自分がどれだけ寂しかったかなんて。
どれだけ恵まれているのか、あなたは知らないんだよ、なんて。
いつか、この子も旅立ってしまうのだから。
あの日の自分と、同じように。
帰りたいと願っても、同じ時間へは戻れない。
今日の続きを、もう一度やり直すこともできない。
その時に抱えていけるものを、
だったら、せめて。
あと一回。
あと一つ。
楽しかったね、と言える思い出を増やしてあげたい。
彩葉が弾いて。
かぐやが歌って。
上手くいっても、いかなくても、最後には三人で笑って。
いつか思い返す一ページに、彩葉との笑顔が、もう一つ残るように。
寂しいだけではなかったと。
ちゃんと、幸せだったのだと思えるように。
今、やってあげられることは、それくらいしか思いつかなかった。
羨ましさは、まだ胸の内にある。
代わってほしいと願ってしまう
それでも、この子には笑っていてほしいんだ。
だって、わたしでもあるのだから。
思わず噛んでいた唇をそっと緩めた。
もう一度、
それから、返事を待っている彩葉へ。
この先、思い出してくれる時にも。
二人の隣では、笑っていたかった。
「なんのなんの。ヤッチョを誰だと思ってるのかな~?」
胸を張る。
少しだけ、顎を上げる。
「まだだ! まだ終わらんよ~☆」
「カフッ」
かぐやの一言が、真っ直ぐ刺さった。
さすがに痛い。
「こらぁ、そんなこと心では思っても言っちゃいけないの!」
「キッ」
彩葉がすかさず追い打ちを入れてくれる。
心では。
思っても。
思っては、いるのね。
古い。
たしかに、古いかもしれないのよ。
でも、好きなものは好きなの。
面白いものは、いつ使ったって面白いんだよ。
少なくとも、言っている本人は楽しいんだもん。
いつもの『ヤオヨロ』から始まり、歌の合間に、雑談の途中に。
気がつけば、昔好きだった台詞や言い回しが出てくる。
すると、決まって流れるのだ。
『無理すんな』
『ヤチヨおばーちゃん』
『八千歳(笑)』
無論、その度にしかるべきお仕置きはしてきたとも。
八千歳にも尊厳というものがある。
ツクヨミができるより前。
まだ文字ばかりが流れていた画面の向こうで、つい熱くなって『自分でググれカス』などと打ち込んだことも覚えているとも。
まあ、それは。
「やっぱり、八千歳って設定の
「グフ」
「かーぐーや」
「だって、ヤチヨ、時々すっごく昔のこと言うじゃん」
「ヤチヨは八千歳でも八万歳でも、かわいいのはかわいいんだからいいの!」
「ケッケ―ッ」
桁が。
増えた。
庇ってくれている。
それは、分かる。
大変よく分かるのだが。
「じゃ、彩葉は分かるの?」
「なんでまた私に」
「だって、分かるなら一緒に言えるでしょ?」
「……」
彩葉が黙る。
黙ってから、こちらを見た。
その顔が、すでに申し訳なさそうだったとだけここに記す。
「それ、私が生まれるよりも前のやつ……」
「ゴッホ―」
おっと心はガラス。
身体はいくらでも硬くなれるけども、心はいつだってガラスハート。
かぐやと彩葉の合同で行われた超協力プレーによって、
悪意がない。
それが、いちばん恐ろしいなんて知りたくなかった。
片方は素直に疑問を口にしているだけ。
もう片方に至っては、こちらを守るつもりで言っている。
逃げ場などどこにもなかった。
「ご、ごめんヤチヨ。そういう意味じゃなくて!」
「分かってる。分かってるよぉ」
ヤチヨは笑った。どんな時でも笑うからこそヤチヨ。頑張れヤチヨ頑張れ
ここは許そう。
うん。
許してあげよう。
そう思ったところで、なぜか、今日ここにいない男の顔が浮かんだ。
(あとで覚悟するんよー、シらぬイ)
世はこれを理不尽、八つ当たり、ヒステリックとも呼ぶ。
そういうお年頃なんだろう。
たぶん。
「ヤチヨ、怒った?」
「怒ってないよん。ヤッチョ、心が広いからね~」
「ほんと?」
「ほんとほんと。かぐやも、いつか分かる日が来るさ」
「何が?」
「好きなものを古いって言われた時の、この気持ちが」
「……それは、ごめん」
今度は、かぐやも少しだけ眉を下げた。
その顔がおかしくて。
自分で自分に謝らせているみたいで。
「(……まるで、悪戯好きの妹みたい)」
ふふ、と自然と笑いがこぼれる。
すると、彩葉がこちらを見た。
かぐやを見て。
もう一度、ヤチヨを見て。
「……?」
「およよ。どうしたのかな?」
「あ、ううん」
彩葉は小さく首を振った。
何か言いかけたようだった。
けれど、その言葉は声になる前に引っ込んだ。
代わりに、鍵盤の横へ小さな画面を開く。
曲の流れと、二人の立ち位置を書き込んだものだった。
「ヤチヨも、こっち。最後のところ、三人で見ておきたいけど」
いい?
そっと手が、差し伸べられる。
ごく自然に。
そうすることに、何の迷いもないように。
何かを思うよりも前に手が動いた。
触れる。
握る。
彩葉の指が、
どうしてだろう。
本物の体温が、伝わってくるわけでもないのに。
こんなにも温かいなと思うのは。
「こっちからなら見やすいと思う」
「……うん!」
たった、それだけだった。
手を引かれて、隣へ行く。
かぐやがもう片方から画面を覗き込み、ここ、と指を差す。
近い。
顔を上げれば、彩葉がいる。
声を出せば、こちらを向いてくれる。
今なら。
今、名前を呼んで。
このまま抱きついてしまったら。
彩葉。
私だよ。
ずっと会いたかったんだよ、と。
言葉は、喉の奥まで上がってきた。
困らせるだろうか。
怖がられるだろうか。
あるいは、あの時みたいに、ちゃんと話を聞こうとしてくれるだろうか。
そうしてくれたら。
受け止めてくれたら。
今度こそ、この手を離したくなくなってしまうのではないか。
「彩葉、ここさ。かぐや、もうちょっとこっちに行ってもいい?」
「ここまでなら。ヤチヨとぶつからないようにね」
「うん!」
かぐやが笑う。
その笑顔を見て、握っていた指の力を、少しだけ緩めた。
彩葉の隣には、今のかぐやがいる。
二人が積み重ねてきた時間がある。
そこへ、昔の自分の続きを重ねてしまいたくなる。
分かっているのに。
分かったつもりでいたのに。
八千歳にもなって、まだ、こんなに欲張りだなんて。
「ヤチヨはどう思う?」
彩葉が聞いた。
ヤチヨ。
大好きな声が、今の名前を呼んでいる。
「……うん!いいと思うよん」
笑って、答える。
「そこ、ヤッチョが半歩ずれれば、もっと動けるかもよぉ~」
「ほんと?」
「うんうん。ヤッチョ嘘つかない! 試しに一回やってみよっか」
手を離す。
かぐやの隣へ戻る。
今度は、かぐやが動きたいと言ったところまで。
その足先を見て、ヤチヨも立つ場所を変えた。
覚えている通りに踊るだけでは、少し合わない。
だから合わせるよ。
今、隣で踊っている、この子のために。
「ねぇ」
しばらくして、かぐやが言った。
「もう一曲、やりたいけどだめぇ?」
彩葉の指が止まる。
「もう一曲?」
「うん。せっかくだしさ!」
「……ここでまた増やせるの?」
「増やしたい!」
言い切ったよ。
いつもの、思い立ったら吉日とでも言いたげな顔だった。
彩葉が、何度も確認して書き込みを増やしてきた曲順の画面を覗く。
もう一曲分くらいなら、入りそうだった。
「何をやるつもり?」
「新しいの」
「新しいの?」
「彩葉と、ヤチヨと、かぐやで作る歌!」
ヤチヨは、瞬きをした。
そんな話は、知らない。
あの時には新曲を含めて二曲のみ。
彩葉が弾いて、かぐやとヤチヨが歌って、踊る。
そうして辿り着く舞台を、ずっと覚えていた。
その先に、もう一曲。
「……今から?あと二週間も残ってないのに?」
彩葉の声が、少し低くなる。
「だから今からやる! 二週間近くもあるんだからさ!」
「言うのは簡単だからね」
「へっへーん」
「今練習してる二曲も、ちゃんとやるのよ?」
「はぁい!」
「……で、何を歌いたいの?」
かぐやが、口を開きかける。
それから、少しだけ考えた。
そしてまた開けて、また少し考え込む。
お口をぱくぱくと開けたり閉めたりするかわいい猫ちゃんみたいな表情。
頭の中にあるものを、そのまま出すだけでは伝わらないと思ったのかもしれない。
「今日、楽しかったねって」
「うん」
「それで、また明日もって、言いたくなるようなやつ」
指を、一本ずつ折っていく。
「彩葉がいて。雅治がいて。真実ちゃんと、芦花ちゃんもいて」
そこで、顔を上げた。
「ヤチヨもいて」
ヤチヨを見て、笑う。
「みんなと、まだまだいっぱい遊びたいから」
ヤチヨは言葉が出なかった。
ずっと、この舞台を見たかった。
彩葉と一緒に目指して。
手を伸ばして。
ようやく辿り着いた、あの光の中へ。
今の二人にも、なんとしても辿り着いてほしかった。
それだけ。それのみ。それしか、なかった。
嬉しくて。
誇らしくて。
これが私たちのハッピーエンドなのだと、そう思えたあの瞬間を。
かぐやは、その続きを話していた。
また明日。
今度は何をしようか。
まだ、遊び足りないと。
それらの想いを全部込めた歌を一緒に歌おう、と。
「ライブが終わったあともさ。次は何しよっかなーって思えるのがいいじゃん」
かぐやは、彩葉を見る。
「だめ?」
「……だめとは言ってないでしょ」
彩葉が、小さく息を吐いた。
それから、開いていた画面の隣に、新しい画面を出す。
何も書かれていない、白いページだった。
「まず、歌いたいことを書き出すところから。曲にできるかは、それを見て考える」
「マジで作ってくれるの!」
「三人、で作るんでしょ」
かぐやが、ぱっと笑った。
けれど、すぐには飛びつかなかった。
まだ一人、返事を聞いていないことを思い出したように、ヤチヨへ向き直る。
「ヤチヨは?」
普段とは違って、両手の指先をちょんちょんと合わせている。
足先を少し内へ向けて、そっと上目遣いにこちらを見上げてくる。
その
断られる可能性もあると分かって、それでも聞いている目だった。
あざとい。
あざとすぎる。
こんなもの誰がNOと言えるだろうか。
ヤチヨは、一瞬目をつむった。
知っている二曲。
知っているはずの舞台。
その隣には、まだ何も書かれていない真っ白な
「……
小さな声。
いつもの調子をつけるよりも、先に。
「二人と、一緒に」
「やった!」
今度こそ、かぐやが飛びついてきた。
受け止める。
思っていたより近くに、笑顔があった。
「ヤチヨも一緒に作ろ!
「...うん!がんばっろ~」
「ヤチヨ、無理しなくていいからね。この子、言い出したら止まらないんだから」
彩葉が、困ったように笑っている。
その声にも、もう、こちらを仲間に入れている響きがあった。
胸の奥が、ちくりと痛んだ。
それでも、頷く方が早かった。
「だいじょーぶ。ヤッチョも、ちょっと欲張りになってみようかなって」
「ちょっと?も? それって私が欲張りってことだよね?ねぇ?ねぇってば~」
「おやおや。かぐやちゃんは自覚がなかったのかなぁ?」
「えへへ」
笑い声が、重なる。
彩葉が鍵盤へもう一度手を添えて、言う。
「じゃあ、かぐや。さっき言ったこと、もう一回。今度はゆっくり」
「今日が楽しくてー」
「うん」
「明日も楽しみでー」
「……うん」
「あと、ごはんがおいしくて」
「急に生活感出してきたわね」
「大事だよ?」
「大事だけど」
ヤチヨは、笑っていた。
今度は、かぐやの言葉を一つずつ聞きながら。
彩葉が試しに鳴らす音へ、耳を澄ませながら。
まだ、歌にはなっていない。
何をどんな順番で歌うのかも、決まっていない。
だから、続きを知らない。
彩葉が、どんな音を選ぶのか。
かぐやが、どんな顔で歌うのか。
その隣で、自分はどんな声を出すのか。
それを、聴いてみたかった。
練習場の端で、FUSHIは三人を見ていた。
かぐやが何かを言う。
彩葉が、時々止めながら書き留める。
ヤチヨがそこへ顔を寄せて、別の言葉を足す。
すると、また、
新しい曲が、一つ。
それだけで、何もかも変わるとは思えない。
これまでも、違うことはいくつもあった。
知らない出来事が増えても、辿り着く場所は、知っている場所によく似ている。
この先にあるものまで、消えるわけがない。
しかし。
それでも。
だとしても。
「そこ、もう一回弾いてもらってもいい?」
ヤチヨが、
彩葉が頷き、短い音が鳴り響く。
ヤチヨはそれを聞いて、かぐやへ何かを話している。
待っているだけでは、なかった。
知っている場面へ、二人が辿り着くのを見守るだけでも。
まだない歌を。
彼女も、一緒に作ろうとしていた。
FUSHIは、その横顔をしばらく見ていた。
シらぬイ。
その男は、ここにはいない。
今日は練習に呼ばれてすらいない。
けれど、何度も名前が出た。
見せたい相手として。
また明日も、一緒にいたい相手として。
彼だけが二人を変えたわけではない筈。
二人が彼へ与えたものも、きっとある。
そうして重ねてきた時間が、今、ヤチヨの知らない約束を一つ増やしたのだ。
あの予測のつかない男に、少しだけ期待してみたくなった。
かぐやが、この先に流す涙を。
ヤチヨが、ずっと隠してきた寂しさを。
少しでも。
本当に、少しでも軽くできるのなら。
「
呼ばれて、顔を上げる。
「三曲目の
「……本当にやるのかい?」
「
ヤチヨが笑っている。
心の底からの、とびっきりの笑顔で。
まるであの時のような。
その笑顔の裏で、かぐやが大きく頷いている。
彩葉はそんな二人を見て、もう諦めたように、けれど少し楽しそうに息を吐いた。
「できるように、頑張ります。うん、やるんなら徹底的に最後までやりぬく」
「だってさ」「だって!」
FUSHIは、ライブの予定表を開いた。
二曲の下に、空欄を一つ。
まだ、曲名はない。
長さも、決まっていない。
どんな曲調で他の二曲とはどう合わせるのかもすべて未知数。
そこへ、三人のためだけの時間を空けておいた。
当日。
雅治は、案内に書かれていた時刻よりも早く会場へ着いた。
早すぎたかと思ったが、そんなことはなかった。
客席はすでに、人と光で埋まり始めている。頭上を流れる文字も、あちこちで交わされる声も、今夜のライブの話ばかりだった。
「あ、来た来た。こっちだよ~」
手を振っていたのは、ROKAこと芦花だった。
その隣では、まみまみの真実が席を一つ空けている。
雅治は片手を上げ、二人のところへ向かった。
「へぇ、いつもの格好じゃないんだ」
芦花の視線が、雅治の袖口へ落ちる。
黒に染め上げた髪。
藍色の羽織。
装いは、あの百珍夜行の時と同じだった。
左腕に、いつもの大きな籠手はない。
ガスマスクも、あの時に口元を隠していた黒い布も、今日は外してある。
表示される名前は、ひらがなで四文字。
まさはる。
今日のためだけに新しいアカウントを用意したのだ。
面倒ごとに巻き込まれることを事前に遮断し、今日だけは純粋に彩葉とかぐやの晴れ舞台を楽しみ応援するために。
雅治は頷き、二人にだけ見えるチャットへ短く打った。
『今日は、見に来ただけだからな』
「うん。確かに」
芦花が笑う。
真実も、舞台の方を見ながら頷いた。
「楽しみだねぇ」
帝とかぐやたちの対決を見ていた時と、同じ顔触れ。
けれど、今は勝敗の行方を気にする必要がない。
二人が手に入れた、この日の舞台を見ればいい。
雅治は袖を直し、空いていた席へ収まった。
以前、この姿を選んだ時には、少しだけ様子を見て帰るつもりだった。
彩葉が無理をしていないか。
かぐやが楽しめているか。
それを確かめれば、十分だと思っていた。
今日は、最後まで見る。
二人が、見てほしいと言ったから。
自分も、見たかったから。
身に着けているものが少ないせいか、両手がやけに軽く感じる。
重さなど感じる筈もないのに。
「あの彩葉が、こんな大勢の前で弾くんだもんね」
真実がぽつりと言った。
芦花も、まだ誰もいない舞台を見ている。
「ずっと、ヤチヨのこと好きだったもんね」
雅治は、小さく頷いた。
あの二人が、どんなふうに練習してきたのかは知らない。
何を話して、どこで困って、何回やり直したのかも。
学校が終わるとすぐに練習と打ち合わせの準備だと家へ戻っていく背中と、少しずつ増えていく「まだ秘密」の中身を、今日、ようやく見せてもらえる。
そしてすべての灯りが落ちた。
真実が、前を向く。
芦花の背筋が、少し伸びる。
雅治も、32倍ズームカメラを手に取る。
まだ、歓声は上がらない。
静粛の蓋の下で今か今かと感情の噴火を押し留めているだけ。
さぁ、ライブの開始だ。
光が差す。
最初に現れたのは、月見ヤチヨとかぐや、彩葉の三人。
普段のアバター姿のままで彩葉の狐耳と、かぐやのうさぎ耳が、遠くからでもよく見える。
一目で、誰が誰かよく分かる。
歓声のような、誰かの声が上がる。
『やちよ~!』
『愛してるぞかぐやぁ!!』
『いろPこっち向いて~』
誰かが、名前を叫んだ。さらに重なる応援のエール。
かぐやが一度、彩葉の方を見る。
彩葉は頷いたものの、肩に少し力が入っているようだった。 ヤチヨが二人へ何か声をかけ、軽く手を添えて前へ促す。
何を言ったのかまでは、
ただ、彩葉の口元が少しだけ緩むのは見えた。
そしてヤチヨが一歩前へ踏み出した瞬間、変化が起きた。
黒いトップスに白いスカートの
それぞれ違う髪色のサイドテール。
普段の尻尾も耳も消え、それぞれ、一人の「人間」として
三つ子のような三人の歌姫が今、
「ヤオヨロ~! みんな、生きるのはどうですか?」
聞き慣れた声が、会場へ広がる。
応える声は、それよりずっと大きかった。
「いいことあった? それとも泣いちゃいそう?」
いつもの陽気で明るい言葉とは違う、一人一人の元に囁くような声。
「よしよし。全部大丈夫!」
「どんなに孤独な道のりでも、楽しかったな~って記憶が足元を照らすよ」
どうしてだろう。
まるで自分のことでもあるようで、また誰かのことでもあるように響く。
慰めだろうか。
励ましだろうか。
どちらとも、少し違う気がした。
激しい既視感を覚えながらも、雅治は舞台から目を離せなかった。
「この瞬間を忘れられない思い出にしたいから」
「どうか一緒に踊ってくれる?」
そしてヤチヨが、二人へとふり返る。
かぐやは笑っていた。
眩しいほどに。
その隣で、彩葉が小さく頭を下げる。
同じ食卓で向き合う時なら、すぐそこにいる二人だった。
今は、たくさんの人が二人を見ている。
名前を呼んで、手を振って、何が始まるのかを待っている。
雅治も、その中の一人だった。
かぐやの視線が、客席を滑った。
こちらへ来て、止まる。
雅治は、片手を上げた。
芦花も、真実も、その隣で手を振っている。
かぐやの顔が、ぱっと明るくなった。
彩葉の袖を少しだけ引いて、何かを伝える。
彩葉も、こちらを見た。
少し呆れたようにかぐやへ何か言い、それから、小さく手を上げた。
来ている。
ちゃんと、見ているさ。
言葉は聞こえなくても
彩葉が鍵盤へ向かう。
ヤチヨとかぐやが、それぞれの位置に立つ。
雅治は、上げていた手を下ろした。
何をするのかは、まだ知らない。
教えてもらえなかった。
だから、見せてもらおうか。
二人の練習の成果とやらを。
ヤチヨが、かぐやを見る。
かぐやが、彩葉を見る。
彩葉が、小さく息を吸う。
そして。
その指が、鍵盤に触れた。
最初の音が、ツクヨミを震わせた。
今日もお読みくださってまことにありがとうございましたぁ!!!!
なんか久しぶりすぎて後書きに何書けばいいのかもあやういから蛇足の蛇足のついでとして作者自身の近状でも
作者は現在、本業に副業にゲームに筋トレにAIアプリによる作曲作詞と、大変忙しくて充実した日々をすごしております。
絶対ポケモン改造ROMで遊んだわけじゃありません。ロケット団下っ端たのちいー
しっかし原作のコラボライブ編を書いている途中に新しいフィギュアが限定受注を始めたという件について。
僕の財布が危ない。
でも買いたい、今じゃなきゃもっと高くなるに違いない!
食費とプロテインを削ればいいのかな...
最近肌寒くなった上に花粉もやばいです。
作者も毎日ワンちゃんの散歩に出るたびに目と鼻がヤヴァイ案件です、みんな健康が大事これ大事。
ではまた会いましょう、さらばーい~。
本篇の第二十六話の初期原稿、幻の竹取合戦が見たい? 26.5話扱い
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見たい!今すぐに見たい!
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まだいいかな?本篇完結してからは?
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まだ大丈夫。それよりも次の話はよ。