今日も正常営業。ただし“そういうとこ”を添えてー 作:火力万能主義
今朝に面白そうな超かぐや姫!の作品をまた一つ見つけてはお気に入りとしおりまで挟んだけど、ついそういった目で目コピーしまいそうだから我慢の日々です。
完結が近づくのは寂しいし色々と思うこともあるけど、はよ完結して他の小説読み漁りたい!と願う二律背反。
うーんパラドックス
やっべタイトル
第三十一話 明日のことを、君に聞く
『もう一曲』
そんな一言を客席のチャットへ放り込んだ張本人は、実に満足げだった。
当然である。
何しろ、たった今聴かせてもらったのは、こちらの予想も期待も軽々と飛び越えていく最高の一曲だったのだ。
しかも、誰よりもそれを楽しんでいたのが、あの三人ときた。
最初は、子供の発表会を見に来た親のような気分であったはずなのに。
蓋を開けてみれば、誰よりもはしゃいでいたのはこちらだったかもしれない。
いや、実際そうだった。
手元に残った写真と録画の数々が、その何よりの証拠である。
「……橘くん」
隣から、芦花が声をかけてきた。
「さっきの写真、選ぶ前のも残しておいてくれる?」
『選ぶ前?』
「ほら。同じようなのとか、少しぶれてるのとか」
『消すつもりはないが』
「……全部?」
『全部だ』
横から、真実が顔を覗かせた。
「ねえ。それ、どのくらい撮ったの?」
雅治は保存済みの一覧を見せた。
二人が、黙る。
指で送っても、送っても、まだ出てくる。
しかも、よく見れば。
「……これ、最後に手を繋いでたところだけ?」
『手を繋ぐ前と後では、表情が違う』
「それは、そうだけど」
『彩葉が笑った』
「うん」
『そのあと、かぐやの方を見た』
「うん」
『それからヤチヨが』
「分かった。全部いい顔してたんだね」
『そういうことだ』
話が早くて助かる。
真実は、まったく助かっていない顔をしていたが。
「……親バカ」
『誰がだ』
大変遺憾である。
これだけ具体的に保存する理由を説明したというのに、なぜ、その一言へ片付けられるのか。
「……でも」
芦花が、一枚を大きくした。
「やっぱ、消しちゃ駄目だと思うなぁ」
「芦花?」
「こっちはかぐやちゃんを見て笑ってるでしょ。こっちは、ヤチヨに手を引かれたところで……ほら、ちょっと顔が違う」
『分かるか』
「分かるよ」
二人は、頷き合った。
実に有意義な意見交換だった。
「……はいはい。写真の話は、あとでね」
真実が二人の間へ顔を出し、舞台を指した。
「今なら、その本人がまだいるんだから」
それは、もっともだった。
雅治は一覧を閉じ、芦花も顔を上げる。
真実は小さく笑って、再び舞台へ目を向けた。
「それにしても、すごかったねぇ。最後の曲」
「うん……」
芦花も頷いた。
「彩葉、すっごく楽しそうだった」
その声には、ただの感想だけではないものが混じっていた。
雅治も、舞台へ目を戻す。
かぐやが、まだ手を振っていた。
その隣でヤチヨが客席を煽り、彩葉が少し困ったように笑っている。
ああ。
本当に、よかった。
あの子が笑っている。
それだけで、今夜ここへ来た甲斐があったと思える。
もっとも。
できることなら、もう少しだけ。
あと一曲くらいは。
……いや、二曲でも。
「……橘くん、まだ欲しそうな顔してるねぇ」
『していない』
「してるよぉ」
『気のせいだ』
「絶対してるぅ」
まったく。
何という言いがかりだろう。
そんなことを考えながら、雅治は再び舞台へ視線を向けた。
かぐやが、何かを言いかけていた。
ヤチヨへ顔を寄せ、指を一本立てている。
あの顔は。
……おや。
もしや、本当に?
雅治が思わず身を乗り出した、その時だった。
ぷつっ
音が、途切れた。
歓声ではない。
会場に流れていた、終演を告げるための音楽が。
一瞬だけ。
耳元で、何かが弾けたような音がした。
「……あれ?」
真実が顔を上げる。
「今、音飛んだ?」
「うん。私にも聞こえた」
芦花が自分の耳元へ手をやる。
客席のあちこちでも、同じような声が上がり始めていた。
画面の端に、ノイズが走る。
ほんの一瞬。
その向こうにあった舞台の景色が、細かい光の粒へ崩れた。
すぐに元へ戻る。
『回線?』
『なんか変じゃね?』
『演出?』
広がるどよめき。
周囲の観客たちも、何が起きたのか分からず、しきりに空を見上げている。
けれど。
雅治は、そちらを見ていなかった。
舞台の上。
かぐやの表情が、変わったのだ。
さっきまで、あれほど楽しそうに笑っていた少女が。
何かを見つけたように、目を大きくしていた。
その視線を追う。
舞台の上方。
華やかな照明の向こうに、見覚えのない影があった。
最初は、演出の一部かと思った。
何しろ、ここはツクヨミである。
巨大な城だろうが、空飛ぶ魚だろうが、悪趣味なほど巨大な怪獣だろうが、誰かが作ろうと思えば作れてしまう。
事実、今夜のライブだって散々そういうものを見せられてきたのだ。
だから。
今度もその一つだと思った。
思いたかった。
だが
「……なに、あれ」
芦花が呟いた。
空の向こうから、何かが降りてくる。
人影。
けれど、人ではない。
身体の上に載っているのは、顔ではなく、
それも、一つではない。
二つ。 三つ。
さらに、その向こうにも。
暗い空を背に、見慣れない異形の集団が姿を現していた。
まるで。
「……新しい演出かな?」
真実が、小さく口にした。
誰も答えなかった。
答えられる者がいなかった。
かぐやが、後ずさったからだ。
あの、何を見ても興味津々で駆け寄っていく少女が。
初めて見るものには、まず手を伸ばす。
面白そうなことがあれば、自分から飛び込んでいく。
そんなかぐやが。
今、目の前にいる何かから、逃げようとしていた。
その事実だけで、十分だった。
雅治の表情が消える。
空の異形が、舞台へ降りてくる。
その動きに合わせるように、会場の映像が再び乱れた。
観客の声が遠くなる。
表示されていた文字が、途切れ途切れになった。
何かを伝えようと口を開いたかぐやの声さえ、聞き取れなかった。
代わりに。
白い手が、彼女へ向く。
まずい
そう思った時には、もう動いていた。
「……橘くん?」
芦花が振り返る。
雅治は、手にしていたカメラアイテムを真実へ押し付けた。
『持っていてくれ』
「えっ? あ、うん」
戸惑いながらも受け取る真実。
その返事を聞くより早く、雅治は操作画面を開いていた。
装備品から、アクセサリーの一覧へ。
探すものは、決まっていた。
ぼんっ。
場違いなほど間の抜けた音とともに、白い髪の人影が現れた。
黒いマスク。見慣れた衣装。
藍色の羽織を着た雅治の隣に、シらぬイが立っている。
「……え?」
真実が、雅治を見た。
その隣を見た。
かつて配信で、首も腕も脚も別々に踊っていた、あの等身大アクセサリー。
雅治がモビル・トレースと名付けた、あの分身である。
雅治の指が、設定を切り替えた。
途端、人形の両腕が開く。
脚も、それぞれ別の方向へ。
肘と膝が折れ曲がり、四肢の先が同じ回転方向を向いたところで、かちん、と固定された。
完成。
卍
「……何、その形」
芦花の声が、かすれた。
白い髪。
黒いマスク。
そして、卍。
顔だけは、いつものシらぬイだった。
顔以外は、何ひとつ、いつもの人間ではなかった。
雅治はその足首を掴み、片手で持ち上げる。
固定された四肢が、形を崩さず一緒に浮いた。
「ちょっと。まさか、それ投げるの?」
真実の問いに答えるよりも早く、雅治は最後の設定へ指を走らせていた。
この人形、ただぶつけるだけの代物ではない。
命中と同時に四肢の固定を解除し、相手へ絡みついて拘束する。
そして、逃がさないまま
自分と同じ姿の人形に、ずいぶんな仕事をさせる男だった。
ただし、今回は。
捕縛機能 有効。
自爆機能 停止。
かぐやの傍で、爆発させるつもりなどない。
必要なのは、あの腕を止めること。
それだけだ。
『二人とも、下がっていろ』
真実が、芦花の腕を引いた。
雅治は人形を横へ構え、腰を落とす。
かぐやへ伸びていく白い手から、目を逸らさない。
踏み込む。
腰を回し、肩から腕へ力を伝える。
握っていた足首を、振り抜いた先で放した。
ぶおんっ!!
飛んだ。
人間一人分の
頭が右へ。
下へ。
左へ。
次の瞬間には、もう一周していく。
風魔手裏剣。
飛鳥文化アタック。
その二つを、シらぬイの身体で悪魔合体させた代物。
名付けて。
戦国手裏剣アタック。
忍術なのか。
文化なのか。
少なくとも、ライブのアンコールで飛んでくるものではなかった。
『シらぬイ!?』
『何だその飛び方!?』
『風魔手裏剣じゃねえか!!』
『飛鳥文化アタックだろこれwww』
『時代混ぜんな!!』
白い髪が、輪のように流れる。
回転する四肢の隙間から、黒いマスクが何度も顔を出す。
上でも。
下でも。
横でも。
どこからどこまで回っても、
雅治は、流れる
狙うのは、かぐやへ手を伸ばす異形の胴体。
当てる。
四肢で抱き込ませる。
あの腕を、かぐやから引き離す。
一瞬でもいい。
相手を縛りつけている間に、彩葉がかぐやを連れ出せれば。
高速回転する人形が、舞台へ迫る。
あと、少し。
ばちんっ!!
何もない空間で、軌道が折れた。
卍の形を保ったまま、回転の軸が跳ねる。
舞台へ向かっていた人形が、真逆の方角へ弾き返された。
《 アクセス拒否 》
雅治は回収操作を叩いた。
客席へ戻ってくる、その手前。
人形の姿が消える。
四肢の固定は、解かれないままだった。
接触判定さえ、発生していない。
……防いだのではない。
回収と同時に開いた判定の詳細へ、目を走らせる。
拒否の対象は、オブジェクトだけではなかった。
アバターも。
持ち込もうとするアイテムも。
外から舞台へ干渉する、その入口で止められている。
通常の舞台保護の設定へ、処理が届くよりも前に。
人形を替えても。
自分が飛び込んでも。
同じ入口を通る限り、届かない。
雅治は目を細めた。
それなのに、あの連中は入っている。
考えるより先に、指が別の画面を開く。
同じ手を繰り返している暇はない。
その時だった。
異形の手が、かぐやへ触れた。
「 かぐやっ!!」
彩葉の叫びが、ノイズを突き抜ける。
かぐやの膝が折れた。
つい先ほどまで踊っていた身体から、力が抜けていく。
雅治の呼吸が、止まった。
また、間に合わない。
その言葉が浮かんだ瞬間、指が動いていた。
隠しておくと決めていたもの。
使わずに済ませたかったもの。
それが届くのかどうかさえ、まだ分からない。
だが、試してもいないまま、見ていることなどできなかった。
最後の項目へ指を伸ばす。
その指が触れるよりも早く、彩葉が動いた。
「離して!」
伸ばされた腕を、横から払う。
そのまま、崩れかけたかぐやを自分の方へ引き寄せた。
白い手が、少女の身体から外れる。
彩葉は抱き留めきれずに片膝をついた。
それでも腕を離さず、かぐやの顔を覗き込む。
「かぐや。ねえ、聞こえる?」
返事は、聞こえなかった。
雅治は、開いた画面を閉じなかった。
指先を止めたまま、舞台を見る。
彩葉が顔を上げた。
「……彩葉」
隣で、芦花が息を呑む。
かぐやを支える腕は、そのまま。
異形へ向けた顔からは、先ほどまでの笑みが消えていた。
相手が何者か、分かっていないのだろう。
それでも、もう一度手を伸ばされたら、また払いのけるつもりなのだと分かった。
雅治が止められなかった、その手を。
彩葉は、かぐやを抱き寄せ直した。
そんな二人の前へ。
「はいはーい! そこまで、そこまで~!」
場違いなほど明るい声が響いた。
月見ヤチヨだった。
あまりにも、いつも通りの声。
つい先ほどまで、あの舞台で歌い踊っていた時と、まったく変わらない調子だった。
けれど。
雅治は見た。
彼女が、彩葉とかぐやへ一度だけ目を向けたことを。
その一瞬。
笑顔が、消えかけた。
ほんの一瞬だけ。
それから、すぐに戻った。
ヤチヨは二人の前へ進み出る。
異形たちが、その動きを止めた。
何かが交わされた。
言葉だったのか。
そうでなかったのか。
乱れた映像と音声では、確かめようもなかった。
ただ。
今まで、かぐやへ向かっていた連中が。
今度はヤチヨへ向き直っている。
そして。
一つ。
また一つ。
あの奇妙な影が、姿を消していった。
最後の一体が見えなくなった頃には、会場の映像も元へ戻り始めていた。
客席が、ざわつく。
『……え?』
『何だったんだ今の』
『かぐやちゃん!?』
『回線落ちたかと思った』
『誰か説明して』
『それよりさっきの白いの何!?』
それまで途切れていた
情報が多い。
多すぎる。
誰も、何が起きたのか理解できていない。
無理もない。
ほんの数分前まで、ここは数え切れないほどの歓声と笑顔に満ちたライブ会場だったのだから。
それが。
あんなものが現れて。
かぐやが倒れて。
しかも。
何故か、シらぬイまで飛んだ。
……いや、最後のは正確には違うのだが。
ともかく。
何もかもが、理解の範疇を超えていた。
そんな会場を見渡して。
ヤチヨは、にぱっ、と笑った。
「いや~、びっくりしたねぇ!」
声が響く。
大きなスクリーンへ、彼女の顔が映し出された。
「みんな、驚いちゃったかな~?」
わざとらしいほど、大きく首を傾げる。
「最後の最後まで、びっくりさせちゃったね☆」
それから、いつもの調子で笑ってみせる。
まるで。
今の出来事さえ、最初から予定されていた演出だったかのように。
『ドッキリ!?』
『え、マジで!?』
『心臓止まるかと思ったわ!!』
『最後までやりたい放題で草』
『シらぬイまで飛んできたしな』
『あいつが絡んでるなら、まあ……』
誰かが、笑った。
そういうことか、と頷く者がいた。
やりすぎだろ、と笑いながら手を叩く者も。
さっき自分が投げたものまで、予定されていた演出の中へ収まっていく。
あの姿をしているだけで。
シらぬイなら、それくらいやるだろう。
いつもなら、自分でも否定しなかったかもしれない。
だが、今夜は違った。
舞台の上には、まだ彩葉に支えられているかぐやがいる。
雅治は、笑わなかった。
笑えるはずがなかった。
何かを呼びかけている。
かぐやが、小さく顔を上げた。
その口元が動く。
返事をしたのだろう。
彩葉の肩から、ようやく力が抜けた。
雅治も。
その様子を確かめてから、やっと息を吐いた。
……生きている。
いや。
ここは仮想世界だ。
画面の向こうにいるのは、アバターに過ぎない。
そんなことは分かっている。
分かっているのに。
今は、その小さな反応が。
どうしようもなく、ありがたかった。
「……橘くん」
芦花の声がする。
雅治は振り返った。
彼女は、舞台を見つめていた。
両手で握り締めたペンライトは、もう光っていなかった。
「……あれ、ほんとにドッキリだったの?」
答えられなかった。
真実も何も言わない。
普段なら、もっと気楽に笑っていただろう。
誰かの悪戯だったなら、それこそ三人揃って文句の一つでも言っていたに違いない。
だが、今回は。
笑えなかった。
なぜなら。
かぐやが倒れた瞬間を、三人とも見ていたからだ。
そして。
彩葉が、どんな顔をしていたのかも。
『……分からない』
雅治は、そう返した。
それ以上のことは、何も言えなかった。
拍手が、再び会場を満たした。
ヤチヨが最後まで笑顔を絶やさず、観客たちへ手を振っていたおかげだろう。
あれほどの出来事があったというのに。
今では大勢の人々が、最後の演出について楽しそうに話し合っている。
恐ろしいほど、いつものツクヨミだった。
……いや。
だからこそ、だろうか。
誰もが自由に創作し、好きなものを作って、誰かと楽しさを分け合う場所。
そういう世界だから。
あの異常事態さえも、最後には一つの演出として受け入れられてしまった。
だが。
雅治には、どうしてもそう思えなかった。
「……橘くん」
真実がカメラを差し出してきた。
「はい。これ」
『ありがとう』
「ううん」
受け取る。
まだ録画中だった。
雅治は、ようやくそれを止めた。
画面には、最後に手を振る三人の姿が残っている。
彩葉が、かぐやの背中へ手を添えていた。
ヤチヨは、相変わらず笑っている。
そして。
かぐやは。
……笑って、いなかった。
「私、彩葉に連絡してみるね」
芦花が言った。
「橘くんは?」
『俺も確認する』
「うん」
短い返事。
それだけで、十分だった。
雅治は連絡画面を開いた。
酒寄彩葉。
普段なら、こんな時こそ何でもないメッセージを送っていただろう。
お疲れさま。
よかったよ。
最高のライブだった。
明日、写真を見せよう。
それから。
かぐやには、あれこれと感想を聞かれるのだ。
すごかったでしょ。
びっくりしたでしょ。
どうだった。 楽しかった。
もう一回聴きたい?
きっと、そんなことを言いながら、こちらの返事も待たずに延々と喋り続けるに違いない。
その時は、全部肯定してやろうと思っていた。
ああ。
すごかった。
本当に、最高だったよ。 ちゃんと届いたとも。
そんなことを、伝えたかった。
それなのに。
今、真っ先に送ろうとしている言葉が。
『かぐやは無事か?』
これなのだから。
……まったく。
何と、嫌な話だろう。
送信する。
返事は、すぐには来なかった。
その間にも、観客たちは次々と会場を離れていく。
真実が、何も言わずに隣へ座った。
芦花は立ったまま、手元の画面を見つめている。
数秒。
十数秒。
そして。
通知が届いた。
『うん。大丈夫』
彩葉からだった。
『ちょっと疲れちゃったみたいだけど、ちゃんと返事もしてる』
続けて、もう一通。
『心配かけてごめんね』
雅治は、その文字を見つめた。
何度も。
何度も。
それから、ようやく返事を打つ。
『謝ることじゃない』
少し考える。
『今からそっちへ行く。顔を見てから帰りたい』
送信。
ほどなくして、返事が返ってきた。
『うん。待ってる』
それを見て、雅治は立ち上がった。
「……どうだった?」
芦花が顔を上げる。
『無事らしい。今から様子を見てくる』
「あっ、じゃあ私も 」
「芦花」
真実が、その袖をそっと引いた。
「今は、橘くんに任せよ?」
「……でも、私も」
「うん。私も、顔見たいよ」
真実も舞台の方を見た。
幕は、もう下りている。
「だから、落ち着いてからにしよ。二人とも、今は疲れてるだろうし」
それから、雅治へ顔を向ける。
「あとで様子、教えてね」
『必ず』
芦花は少しだけ唇を結んだ。
それから、小さく頷く。
「……分かった」
それから、雅治へ向き直る。
「橘くん。彩葉のこと、お願いね」
『ああ』
「かぐやちゃんも」
『もちろん』
真実が小さく手を振る。
「じゃあ、私たちは先に戻るね。……あっ、橘くん」
『何だ?』
「さっきの写真、忘れないでね」
「……マミ?」
芦花が驚いたように振り返る。
真実は、ほんの少しだけ笑った。
「だって、あんなに楽しそうだったんだもん。ちゃんと残しておきたいじゃん?」
雅治は、その言葉を聞いて。
少しだけ、目を伏せた。
ああ。
そうだな。
『心配するな』
画面へ、文字を打つ。
『一枚も消すつもりはない』
今夜の写真も。
あの歌も。
あの笑顔も。
すべて。
残しておくさ。
「……うん」
芦花が頷いた。
その顔に、ようやく小さな笑みが戻った。
舞台裏へ着くと、かぐやは彩葉の隣にいた。
「あっ、雅治!」
顔が上がる。
その声を聞いて、胸の奥の冷たさが少しだけ緩んだ。
『大丈夫か?』
「うん! ……ちょっと、びっくりしちゃっただけ」
言いながら、かぐやが彩葉を見る。
彩葉の手を握る指には、まだ力が入っていた。
雅治は、続けて打ちかけた言葉を消した。
「雅治、ごめんね。わざわざ来てもらって」
『俺が来たかっただけだ』
「……うん」
彩葉が頷く。
けれど、すぐに笑える顔には戻らなかった。
「あの人たち、何だったんだろう。ヤチヨは、やんちゃな誰かの仕業みたいだと話してたけど……」
視線が、かぐやへ向く。
「かぐや。何か、知ってる?」
かぐやは答えなかった。
ただ、握っていた手を、もう少しだけ自分の方へ引いた。
彩葉が、その手を見る。
「……ううん。今はいい」
言いかけていた続きを、飲み込んだ。
「今日は、もうローグアウトして早く休もう」
かぐやが、小さく頷く。
雅治も、それ以上は聞かなかった。
聞きたいことはある。今この場で、答えを引き出したいわけではなかった。
『寝る前に、もう一度だけ確認しておいてくれ。念のためだ』
「分かった」
『それと、かぐや』
「……ん?」
『感想は、また明日だ』
かぐやが顔を上げた。
「……明日?」
『ああ。まだ、ちゃんと伝えていないからな』
すごかった。
楽しかった。
ちゃんと、届いた。
本当は、会ったら最初に言うつもりだった言葉だ。
「……いっぱい、あるの?」
『一言では済まないぐらいに』
かぐやの口元が、少しだけ緩んだ。
「じゃあ、明日。ちゃんと聞くからね」
『ああ。写真もたくさんある』
「うん。楽しみ!」
声が、少しだけ弾んだ。
彩葉も、ようやく小さく笑った。
「……また明日ね、雅治」
『また明日、かぐや』
二人のアバターが消えるまで、雅治はその場を離れなかった。
少しして、彩葉から知らせが届く。
『ちゃんと戻れた。今、隣にいるよ』
読み終えてから、ようやく画面を閉じた。
ひとまず、二人は一緒にいる。
諌山と綾紬にも、二人が無事に戻ったことを伝える。
それを確かめてから、雅治は次のことを考えた。
ログアウト。
そして、再接続。
再びツクヨミへ姿を現した雅治の髪は、白かった。
顔を覆う黒いマスク。
左腕に装着された、巨大な籠手。
シらぬイ。
見慣れた姿に戻っても、街の様子は変わらなかった。
新曲の感想を語り合う者。
名残惜しそうに、スタジアムを振り返る者。
最後の騒動まで、楽しそうに話している者。
あの騒ぎは、もう終わったことになっている。
雅治は、歩き出した。
思い返す。
始まりは、酒寄からの連絡だった。
七色に光る電柱の中から、赤ん坊が出てきたという。
その瞬間を、自分は見ていない。
だが、駆けつけた先で抱き上げた、小さな身体の重さは覚えている。
その夜。
眠る彩葉の隣で、赤ん坊が光った。
服の余り方が、変わっていく。
さっきまで小さな赤ん坊だったのに、目の前で
それから、わずか三日で。
赤ん坊は、少女の姿になる。
誰かから聞いた話ではない。
画面の中で見た演出でもない。
彩葉の部屋で、実際に起きたことだ。
月から来た。
本人は、そう言ってたな。
その言葉だけを、冗談だと片付ける方が無理だった。
それでも、毎日は続いた。
食べるものを用意して、寝る場所を空けて、目を離せば何かをしでかす少女に振り回されて。
どうして、ここへ来たのか。
答えの出てないことは、いくつもあった。
だが、分からないままでも、あの子は腹を空かせたし、笑ったし、次にやりたいことを見つけてきた。
だから、こちらも、その次のことを考えていた。
今夜までは。
雅治の脇を、ライブの感想を語り合う二人組が通り過ぎた。
かぐやが主な話題だった。
あの連中も、かぐやを目指していた。
大勢の観客がいる。
舞台には、彩葉もヤチヨもいる。
それでも、迷わず、あの子へ手を伸ばしたのはそれ程の目的があってのこと。
そして、かぐやはそれらを見た瞬間に後ずさったにも事実。
得体の知れないものを、初めて見たから。あり得る。
しかしそれだけだっただろうか。
どんな人間にでも自分から手を伸ばす、あのかぐやが。
姿を認めた途端、近づかれることを恐れていた。
……知っていたのか。
少なくとも、何をされるのか、察しのつく相手だった。
月から来た少女。
その少女を、迎えに来たように見えた者たち。
同郷の者。
あるいは、かぐやがここへ来た事情に関わる何か。
そう考えると、ばらばらだった出来事が、一つ、隣り合った。
だが、それだけでは説明できないものがある。
雅治は、回収した人形の当時の
投擲。
進入拒否。
回収。
背職による拘束判定が働いた記録はない。
どんな
なのに、その痕跡すらないとは。
相手が人形を払いのけたのではない。
触れる前に、こちらの干渉そのものが拒まれていたのだ。
アバターでも、オブジェクトでも、結果は同じ。
何を使うかにかかわらず、舞台へ入るための処理が、その手前で止められている。
通常の舞台保護なら、舞台側に設定された制限システムとして辿れる。
あの拒否は、そこまで届いてすらいなかった。
だからと言って、ツクヨミ自体が止まったわけでもない。
人形は、回収できた。
手元の操作も受け付けられていた。
舞台の内側では、彩葉がかぐやを抱き留めている。
止められたのは、外部から、あの場へ割って入ろうとする働き。
舞台の全貌が見えていた。
声も、途切れながら届いていた。
けれど、こちらからは手を出させない。
まるで、ツクヨミとは別のシステムが、舞台との間へ割り込んだかのように。
……新手のハッキングか。
考えれば、考えるほど。
今度は、その説明に別のものが引っかかった。
雅治は記録を閉じ、通知欄へ目を移した。
緊急停止の告知は、ない。
強制的に接続を切られる気配もない。
今こうして、再びログインまでできている。
もし、外部から入り込んだ何かに、システムの根本へ手を入れられているのなら。
会場の見た目を取り繕って、ライブを終わらせれば済む話ではない。
どこまで触られた。
何を見られた。
舞台以外には、本当に影響していないのか。
それを確かめるまで、利用者を繋いだままにしておく理由がない。
必要なら、このスタジアムにいた観客たちを含め、全利用者のアカウントを緊急停止させてでも、接続を遮断する。
情報漏洩を防ぎ、被害を広げない。
それが、運営側の責任だ。
だが、街は今も動いていた。
誰かが店へ入り、誰かが別の催しへ向かっていく。
ライブの余韻に浸りながら、何事もなかったように。
気づいていないのか。
いや。
少なくとも、月見ヤチヨは、あの場にいた。
ツクヨミの管理人が、異常の起きた舞台の上で、当の連中と向き合っている。
それで終演後も接続が続いているのなら、単に誰の目にも留まらなかった、とは考えにくい。
ハッキングではないのか。
それとも、前から存在を把握していて、あえて泳がせているのか。
だが、おかしい。
そんな報告も。
そんな情報も。
歩調が、わずかに緩んだ。
今夜初めて起きた侵入なら、なぜ止めようとしない。
以前から把握していた事態なら、なぜ、その情報がない。
どちらを当てはめても、どこかが合わない。
誰が、何を知っていて。
この状態を続けても構わないと、判断した。
ならば、答えは
あの舞台に、いた。
連中は、彼女が前へ出ると動きを一斉に止めた。
かぐやへ向けていた身体を、ヤチヨへ向け直したってのに。
何を交わしたのかは、分からない。
だが、最後に退いたのは
こちらの干渉は拒まれたのに。
それでも、彼女の働きかけは届いた。
管理人だから対処できた?
それで説明のつく部分は、確かにある。
連中を知っていたとしても、それだけなら、ツクヨミの事情なのかもしれない。
だが。
まだ、そこへ収まらないものがあった。
雅治は、手元に残った写真を開いた。
かぐや。
彩葉。
その二人と、並んで歌うヤチヨ。
何枚も続く、笑顔。
手を取って、握り返して、客席へ高く掲げた腕。
その前に、一度だけ。
笑っているのに、泣き出しそうに見えた。
あれは、連中が現れる
かぐやが倒れたから、あんな顔をしたのではない。
あの時は、まだ。
三人で、明日の続きを歌っていた。
雅治の指が、止まる。
まるで神楽みたいだな
あの歌を聴いて、そう思った。
何かを願っているようだった。
今ここにあるものを、どうしても手放したくないと。
すぐ隣にいる二人を。
声をかければ、笑って振り向いてくれる二人を。
ひどく遠いところから、見つめているようにも見えた。
最初は、ただ、それだけの印象だった。
今は、そのあとに起きたことを知っている。
かぐやを恐れさせた来訪者。
こちらの手が届かなかった舞台。
連中を退かせ、何事もなかったように夜を続けた管理人。
そして、その前から、あんな顔で歌っていた人。
もし。
彼女にとって、今夜の出来事が、突然のことではなかったのなら。
もう一つのつながりが、見えかけた。
月見ヤチヨ。
八千歳を
今までは、その肩書きを疑う理由もなかった。
年齢も、そういう設定なのだろうと受け取っていた。
だが、自分のすぐ傍には、本当に月から来たという少女がいる。
ヤチヨについて知っていることも、彼女が表に出しているものだけではないのか。
あの笑顔の向こうに、何がある。
かぐやと彩葉を見て、何を思っていた。
そして。
まだ起きていない何かを、あの人だけは知っているのではないか。
確かめなければ、分からない。
だが、聞くべき相手は、もう決まっていた。
ヤチヨは、何かを握っている。
かぐやが、どこから来たのか。
なぜ、あの連中がかぐやを求めたのか。
それが、なぜ、ツクヨミの中で起きたのか。
別々に見えていたものを繋ぐ、大きな何かを。
雅治は顔を上げた。
楼閣が、見える。
あの人は、彩葉とかぐやの前へ立った。
そのことも、忘れてはいない。
何を知っているとしても。
何を、まだ話せずにいるとしても。
まずは、聞こう。
直接、彼女の口から。
写真を閉じる。
楼閣へ向かう足は、もう止まらなかった。
階段を上るたびに、街の声が遠くなる。
振り返れば、さっきまでいた舞台が、まだ見えた。
最高の夜だった。
あの歌を聴けてよかった。
あの三人が笑っていて、嬉しかった。
その気持ちまで、嘘になったわけではない。
明日。
かぐやには、ちゃんと感想を伝える。
彩葉にも、写真を見てもらいたい。
約束した続きを、迎えたい。
そのために、今夜、知らなければならないことがある。
最後の段を上り切った。
扉の向こうに、あの歌姫がいる。
橘雅治は、扉へ手をかけた。
そして、開く。
「やあやぁ〜まさか君の方から来てくれるとはね。驚いたよ☆」
聞き慣れた声が、迎えた。
「シらぬイ」
ツクヨミの全景を見下ろせる、天守閣の一室。
ヤチヨは、そこにいた。
いつもの笑顔。
いつもの、少しばかり大げさな調子。
驚いた、と。
そう言いながら、こちらを迎える目には、戸惑いがなかった。
まるで、来ることを知っていたかのように。
雅治は、彼女の前へ進み出た。
「月見ヤチヨ」
「およよ?」
ヤチヨが、瞬きをした。
文字ではなく。
自分の声で、その名を呼ぶ。
その時、初めて。
彼女の表情が、わずかに動いた。
「まさかあのシらぬイが声を出して喋るとは〜。明日は月でも落っこちるのかな☆」
「あなたに聞きたいことがある」
冗談には、答えなかった。
ヤチヨから、目を逸らさない。
「なんだいなんだい? ツクヨミに関することならヤッチョはなんでも答えられるよ〜」
「あ、でもエッチな質問は駄目だよ? ちゃーんとツクヨミの利用規約に触れない範囲内でお願いね?」
声は、明るかった。
つい先ほど、舞台の上で観客へ手を振っていた時と、変わらない。
けれど。
目元だけが、ほんの一瞬。
笑うのを、やめていた。
雅治は、その綻びを見逃さない。
舞台で見たあの横顔が、目の前の笑顔に重なる。
彼女だけは、知っているのなら。
ガチャリ。
雅治は、顔の大半を覆っていたマスクを外した。
その奥にあった顔を、ヤチヨへ向ける。
何が起きたのか。
何を知っているのか。
ここまで持ってきた幾つもの疑問が、一つの問いにまとまった。
「君は、未来を知っているのか?」
返事は、まだなかった。
窓の向こうには、ライブの余韻を残したツクヨミの街が広がっている。
先ほどまであれほど近かった歓声も、この部屋までは届かない。
雅治は、ヤチヨから目を逸らさなかった。
ヤチヨもまた、目を逸らさなかった。
話題を変えて、はぐらかすこともしなかった。
ただ、雅治の目を見つめていた。
今日も読みに来てくださってありがとうございました!
本篇の第二十六話の初期原稿、幻の竹取合戦が見たい? 26.5話扱い
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見たい!今すぐに見たい!
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まだいいかな?本篇完結してからは?
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まだ大丈夫。それよりも次の話はよ。