「それでっ、あと三騎だっけ?」
振り切る私に、
「ん、まあ、そうだな」
ランサー。私の
キャスター。聖の呼んだ異世界人の作家。
アーチャー。雷電の航空騎。
ほぼ確で、アサシン。
既に半数以上の参加サーヴァントが埋まってきて、残りは──
セイバー。
ライダー。
そして、バーサーカー。
「私たちと同盟を結ぶ前に、聖が一騎遭遇してるんだっけ?」
「ああ。日本刀を携えた“侍”のサーヴァントな。全く隙がなくて、クラスすら確認できなかったが」
「いやセイバーでしょ、そんなの。日本刀持ってるんだもん」
「そうとも限りません。
「ああ、だから狂戦士ってセンは消していいと思う。散々に扱き下ろされたからな」
聖以外の全員がため息を吐きたそうな顔をした。多分私もしてた。
「サーヴァント相手に一対一というのは、それほど無茶と言うことでしょう」
「あんたが戦えればそんな危険を冒す必要はなかったんだぜ、キャスター!」
「では私を呼ぶべきではありませんでしたね。さて、残り二騎ですか」
歯ぎしりする聖をよそに珈琲を嗜むキャスター。すごい。
まあ結局、その“侍”のサーヴァントについても、断定できるほどの情報は無し。
「同盟前……というか召喚前だけど、私も気にかかってたこと」
──アサシンの幽精は正体が判明した。では、それと戦っていた影の怪物は?
「あいつらの戦いは互角に見えた。私が気取られて有耶無耶になったんだろうけれど、幽精……アサシンの使い魔に匹敵する怪物って、気にならない?」
「なる。キャスターの幻獣は前も言った通り新都にはいなかったから、やはり別のヤツがいるんだろうさ」
「それが既出のサーヴァントという可能性もありますが……」
「影の怪物というだけでは、何分情報が不足し過ぎて特定できません。そもそもサーヴァントの呼んだものかすら不明でしょう?」
「まあ、使い魔に特化した魔術師なら、それくらいはあり得る……か?」
「お嬢さん。貴女の目撃した影の怪物は、一体だけだったのですよね」
「はい」
人間の魔術師による、一体に総力を注ぎ込んだ
サーヴァントによる、複数体用意したうちの一体でしかないのか。
目撃例=1では見分けるのは難しい。ただでさえ、私の証言の方は当てにならないんだし。……自分で言ってて悲しくなってくるけれど。
「となると、現状じゃお手上げか。他の目撃証言を集めよう」
「結局それかあ」
聖杯戦争の楽な勝ち方とか、必勝法とか。そういうものを探したくなるけれど、結局地道な捜索と撃破が一番の近道とか、そういうヤツかな。あれこれ話し合って状況の整理はできたけれど、なんだか気疲れしちゃった。
──いや、待てよ。
「マスター!」
「うおっ。何だ急に」
「マスターを倒せば、サーヴァントは止まるんでしょ。だったら、最初から──」
……あ。そういうこと、か。
やばい、何バカ言ってんだ、私。あーもー、無かったことにならないかな。
喋りながら思考回路の繋がった私は、勢い込んでいたのがみるみる萎れていったのだろう。聖も敢えて言うべきかちょっと迷った様子だった。いいです、どうせ恥だから言ってくれた方がすっきりする。
「まあ、気づいてるっぽいけど……
「うう……はい」
本当に疲れているのかもしれない、そんなことにも気づかないなんて。
マスターを狙えば楽に片付くなんて、みんな知ってる。それこそアサシンなんて、主な勝ち筋はマスターの暗殺、なんだから。だから私が考えるようなことはすでに試してるに決まってる。私たちを廃サナトリウムに引っ張り出して、アーチャーとぶつけてどさくさ紛れを狙ったのがまさにそうじゃないか。
「マスターを狙いやすかったら良かったんだけどな。そういうのは以前に散々やられて、今じゃ誰が参加してるか分からん」
「以前に……って、そういえばもう何回もやってるの?」
「今回が第五次、つまり五回目です。一番最初は200年以上前だそうですよ」
「200年!? そんな前からやってるのか、こんな迷惑なコト……」
「それだけ万能の願望器ってのは価値があるってことだろ。ともかく、200年前に聖杯戦争をおっ始めた魔術師ども──“御三家”なんて呼ばれた連中がいたが」
──御三家。即ち、
フユキの
降霊術に長けた間桐家は、英霊召喚と令呪のシステムを構築し。
錬金術の大家たるアインツベルンは、聖杯の器を用意した。
彼らは同じ目的のために集った同志だったけれど、誰がその願いを叶えるかで
そんなにしてまで叶えたい願い。それがあること自体は羨ましく感じるけれど、それで今に至るまで続く迷惑をかけられていると思うと、まったく共感は出来ないかな。
それはさておき、
「彼らは、
「?」
聖が三本指を立てる。これがつまり御三家で、
「第二次で遠坂家が、第三次で間桐家がぶっ潰され、今じゃ残ってるのはアインツベルン家くらいだそうだ」
あれよあれよと指折り減って、立てられているのは、もう人差し指だけ。
「え、ええ~……? なんでまた……」
「だって、どこのどいつかバレてんだぜ。そりゃ狙うだろ。んで、それを──」
聖のタメを、ランサーが引き継ぐ。
「──全員同じことを考えた、と。要するに袋叩きにあったわけですか」
「うわっ」
サーヴァント最大六騎がかりで総攻撃って、そりゃ保たないわ。
「彼らは聖杯戦争開催者の特権として優先的に令呪、つまりマスターとしての参加権を得てたらしい。生き残ってりゃそいつらを探して叩くのが早いが、生憎ともういない」
「じゃあ本当に誰が参加してるか判らないの?」
「それがそうでもない。地方都市とは言っても、都市部でバカ騒ぎする以上、ある程度運営はしないとだからな」
「え? でも、御三家はもういないんでしょ?」
「そう。だから、誰かがそのポジションを乗っ取ったのさ」
「誰かって」
「この街はどこにある?」
急に何の話か、と私が答えられずにいると、代わりに解答してくれたのはキャスターだった。
「
「えっ? ──あっ!」
「そう。少なくともマスターの中に一人か二人は、
顎が外れるんじゃないかって気分。
「く、国が……こんなこと、やってるの!?」
「そりゃあやるさ。本国じゃないからリスクは低く、見返りは高く。やらない理由を探す方が難しいくらいだ」
したり顔で政府の観点を騙る聖にムカッとくる。ふと連想されるのはドラマなんかで見る、サッカー観戦して「なにしてんだよ、さっさと選手交代させろよ!」ってテレビに野次ってるお父さんの姿。したことないだろ、国家運営なんて。
けれど、そんなコトにいちいち突っ込んでもいられない。だって浮かび上がった影は、あまりにも強大すぎて。
「私たちの敵は国ってこと……?」
「の、一部な。『神秘の秘匿』のルールもあるし、そもそも魔術なんて言われてハイそうですかと飲み込める人間ばかりじゃないから、動かせる人間なんて限られる。聖杯が一陣営からマスターを何人も出すとは思えないしな」
「あ、そっか」
マスターを選ぶのは聖杯であって合衆国じゃない。どういう理由で選定するのかは知らないけれど、全部をコントロールするのは流石に無理なんだろう。なんせ私みたいな縁もゆかりもない人間が、マスターに選ばれるくらいなんだから。
「ランサーが居るならちょっかい出されても逃げられるし、居なくなったら用もないだろ。臙条は気にしなくて大丈夫だよ」
むしろ問題は俺の方だ、とキャスターを睨む聖。
「生身で矢面に立つ身にもなれよ、マジで」
やり玉に上げられているはずのキャスターはどこ吹く風と、
「これからも頑張ってくださいね」
「ったくよー……話戻すぞ。他のマスター候補ってなると、そうだな。御三家唯一の生き残り、アインツベルンも動いてるって話は聞いてる。ただあいつら外国の連中だからこっち来ないといけないはずなんだが、フユキ入りしたって情報はないんだよな……。俺もバタバタしてて聞き漏らしたのかもしれないけど」
ブツブツ言ってるけど、要するに判らないってことか。
「後は?」
「噂じゃNFFの連中が首を突っ込んでるらしい」
「え、テロリストじゃんそれ」
「おかしいか? “日本列島の解放と統一”なんて、それこそ万能の願望器でもなければ夢物語だ。あいつらからすれば敵の合衆国の手に堕ちることは避けたいって心理だって働く」
「いやまあ、そう言われれば道理は通ってるんだけどさ……」
論点、そこじゃないんだよなあ。
NFF──
彼らは、自分たちこそが真の日本として復活するのだという野望に燃えているのだ。
サウス・ジャパン準州群の『
倭国托菅区の『真なる日の本』。
極東太平洋管区の『
バラバラになったニホン列島を一つに、という目的は同じでも、それを誰がやるかで相争う独立運動の蟲毒。結果として、より強く、より激しい活動による自分たちの力の誇示が目的と化していく本末転倒。
──1976年、終戦記念式典爆破テロ。
──1998年、SJA166便墜落事故あらため、爆破テロ。
──2010年、ソビエト連邦サウス・ジャパン代表部占拠事件。
彼らがやったとされるテロ、有名どころを挙げるだけでこれだ。他にも大小事件を起こしていて、駅に行けば指名手配の張り紙だって貼ってある。そんな連中までもが、聖杯戦争に?
「人が集まれば魔術師、魔術使いだっている。いちいち驚くなよ、願い事叶えたいってんで集まってんだぞ」
「あ……ッ」
無自覚な、痛いところを衝かれて返す言葉もない。
聖杯──万能の願望器。あらゆる願いが叶うとされるそれは、人によっては最後に縋る唯一の希望のはずだ。できることをすべて試して、それでも成し遂げられないこと。現実的な手段では、到底実現しえないこと。
……それこそ、日本の独立、とか。
私たちが戦う相手、聖杯戦争のマスターたちはそれぞれ、聖杯への願いを抱えてフユキにいる。『危険だから』とサーヴァントを倒すことは、そういう人たちの願いはここでも潰えるということ。
その覚悟が、私にあるのか。
ある訳がない。
自分の考えの浅さがイヤになる。マスターを狙って探して、それでどうするつもりだったのか。説得でもしてリタイアでもしてもらうつもりだったのか? 聖杯を求めて命がけの闘争に参加した魔術師たちを、私が?
そんなこと不可能だ。きっと、彼らが止まるのは死んだときだけ。
私は、殺すのだろうか。
私を殺そうとする人間を、この手で。銃で、撃って──
──███████████。
「……痛、っ……」
思考が入ってはいけない回路に入って、へんな火花が散ったみたいな感覚。誰かに『考えるな』と言われたような気がして、聖に「大丈夫か?」と問われて。私は
「あ、うん。ちょっと」
「魔力、使い過ぎましたか?」
ランサーが不安げに訊ねてくる。確かに彼女には、この会話の間もずっと“家内制手工業”──ルーン魔術による銃弾加工をやってもらっていたから、その疲れが出たと思われたのかも。確かに彼女がルーンを刻むたびになにかが減る感覚はある……ような、気がするけれど、それだけ。意識を集中してやっと「そうかな?」レベルだから、いくらやってもらっても平気だろう。
変に勘繰られるのも面倒だし、いっそ魔力消費のせいにしてしまおうかとも思ったけれど……。それでルーン加工を止めにして、弾切れにでもなったら一生の悔いになりそうだから止めておく。
素直に、
「いや、違うって。ちょっと眩暈。それだけ」
と誤魔化せば、多分踏み込んでこないでしょ。
実際、物言いたげだけれど聖もランサーもそれ以上追及してこなかった。
「それで? 連邦政府とテロリスト、あとは?」
「ん、ああ……。そうだな、後は協会と教会は一枚絡んでそうってくらいか」
あいつら第四次も送り込んでたって言うしな、と言われても。そもそも、
「何それ?」
「あー……魔術世界の二大組織だよ。要するにフユキと関係ない、外部からの参加者だ」
何か、説明が面倒だか聖が彼らを嫌ってるだかで、
「聖も、どっちか属してるの?」
「俺はフリーだよ。あんなトコ、おっかなくて近付けたもんじゃねえもん。魔窟だ魔窟」
「ふうー……ん」
一つ、ずっと頭の片隅に居座っていた疑問が再浮上。
──じゃあ
色んな組織、いろんな経歴の話が出て来て。
聖はどうやってそんな、色々なことを知ったんだろう。どうしてそんな、戦えるのだろう。
聖杯に、何を、願いたいのだろう──
訊いたって、教えてくれるはずがない。その理由まで言い含められている。私だって、それで納得したはずなのに。
こんなにも、知りたいと想ってしまうのは、どうして?
「俺が挙げられるのは、ま、ざっとこんなもんだ。それこそ
なんて、当の本人は私の気も知らず笑っている。
「確かに、とくに居所の分かりそうなマスターというのも居そうにないですね。この街には軍基地があるという話ですし、そこを攻撃してみてサーヴァントが出てくるか試してみるというのは一つの
「いやッ、思いっきり大問題だからソレ!」
「そんで本末転倒だ。臙条は身を守りたくて戦ってんだろうが。居るかも分かんないのにこっちから喧嘩売れるか」
意外と喧嘩っ早いというか、好戦的なランサーの発言に加減のない
さり気に以前話していた私の参戦理由──というか、巻き込まれて被害を出したくないから戦ってるという経緯──を聖が覚えていたことに、ドキッとする。同時にムカっともしたけれど。なんで
「あーあ。楽な道なんてないってことかぁ。また歩き回ってサーヴァント釣り?」
「そう言うなよ。昨日のこともあったし、事態も少しは──」
ピンポーン。
間の抜けた音は、玄関の来客チャイム。
「……ランサー」
彼女はひとつ頷くと、音もなく霊体となって姿を消した。この状態でついてきてもらえば、不埒な客でも対応可能。
聖も呼吸を殺して控えている。何も言わないけれど、視線だけで“気を付けろよ”と言っているのが伝わって、私もひとつ頷く。
なんだかみんな、目配せして頷いてばっかりだ。気づくとおかしくなって、それで逆に緊張がイイ感じに解けた。私は玄関へと急ぐ。
「はーい、どちらですか──」
少し汗ばんだ手でドアを開けると、そこに立っていたのは意外な、恰好の人物。
……一瞬、私はハル神父かと思ったくらい。
なのに、なんで、こんな。
──私の中の何かが、警戒を解こうとしない。
「臙条
「行かな──」
脊髄反射のように拒否の言葉が飛び出すより早く。
「聖杯戦争について、お話しすることがあるから、と。叶さんのサーヴァントと、お仲間の方々とで来るようにとのことです」
「────」
あたまが、まっしろに、なった。
何か、何か、言わなきゃいけないのに、何も思いつかない。というか声が出ない。息がちゃんと出来てる気がしないから声が出ない。あれ? 今までどうやって息吸って吐いてたんだっけ、今までどうやって普通にしてたか分かんない、息できない、なんで、なんで、なんでなんでなんで。
なんで、ハルくん、が。
「──、──」
ばん、と背中を叩かれた衝撃は、きっと大したものじゃなかったけれど。
それで変な咳ひとつ残して、息は、できるようになった。
「教会直々の呼び出しか?
「門の外に、車を回しております」
「そうか」
頭の上に、手がのっかったかと思うとわしゃわしゃとかき混ぜられる。結構強い力で、髪が痛い。反射的にギッと聖を睨むと、
「──行くんだろ。ここでゴチャゴチャ考えるより、本人に聞いた方がいいんじゃないのか」
「……うん。……うん、行く。聖も……来てくれる?」
「あったりまえだろ。何のための同盟だと思ってんだ」
そっか、なら、大丈夫か。
自然とそう思えて、私は導かれるまま車の後部座席へと乗り込んで。
いざ。教会へ