「目覚めたか。起きろ、まだ危地だ」
目の前に居るのが誰なのか把握するのにやや時間がかかった。ここは郊外の森の中で、私はライダーから逃げてる途中で……。
「なん、だろ。『バカなことをして』って、凄い叱られたような……」
「誰だか知らないが気が合うな。その暇はないけどな」
そう。聖にはもっと怒られて、見放されてもいいことを私はしたのに、付き合ってこんな死地まで来て。『何してんだ』って寧ろ、私が叱りたいくらい。
少なくとも聖に叱られた記憶はない。ここまでにそんな時間の浪費が許される間隙は絶無だったのだから、つまりアレは夢。
夢、久しぶりに見た──というか、内容をボンヤリとであっても思い出したのは、何時以来だろう。『第一次フユキ大火』以前まで遡らないとないような気がする。そうじゃない気もする。
まだ頭が重たいような気はするけれど、弱音を吐ける身分じゃないから、いつもテキパキと動く聖の真似っこ。
「状況は? 私は、どうすればいい?」
「上空でランサーが交戦中、最初は雑魚散らしだったが多分もうライダーが戻って来てる。キャスターの援護も望めない。俺たちがやることは、この森から逃げ切るためにひたすら走ることだ」
「走る、って。この夜の森を?」
……具体的な所在地を聞いたワケではないけれど、上空から見た限りここは郊外のだだっ広い森に違いない。市街地に出るまで何kmかかるやら、平然と『ひたすら走る』なんて言うけれど正気の沙汰じゃない。
けれど、私の前に居る椎名聖という男はもとより正気ではないのだと、私はとっくに思い知らされている。正気ならば、損得勘定をつけられるような人間ならば、こんな森くんだりまで私を助けに来るもんか。事実彼は一切の冗談の通じないような
「そうだよ。真っ暗だろうと、大見得切った後だろうと、汗かいて泥にまみれて走って逃げんだよ。俺もお前も、
ライダーには時間切れがあるし、俺たちはフルコンディションじゃないからな。そう補足されれば理解は出来ても不安になる。それでいいのか、ライダーも長期戦が自分不利なことくらい織り込み済みでないのか。異見したくなるけれどそれもネガティブなだけ?
判らない。
ただ、走るだけなら考えることは少なくて助かる。
なにせ目覚めてからこっち、頭の芯のところに嫌な頭痛が居座っている。ちょっと考え込むだけでずきずきと、鬱陶しいものだから振り切りたくて────
「……判った。行こう!」
「ああ。行くぞ」
走り出す。
夜の森でも、路地裏でも。やることはそう変わらない。足元を確かめ、目の前に現れる障害を反射神経でやり過ごし・掻い潜り・適切に処理し、前へ。
あったまる身体に冬夜の寒気を取り込んで循環させる。
「…………んっ?」
進行方向、違和感。
……というか、正確には。
この森。木々の中に木々を詰め込んだような、フユキ市郊外に広がる寂しい一帯なんて、私は知らない。来たこともない。まかり間違ってあったとしても、かくの如き夜夜中であるはずがないから、デジャ・ビュなんて起こり得ない、はずなのに。
走れば走るだけ、見れば見るほど、既視感は強まってゆく。
それで気づいた──これは
見
その決定的な証拠が、私たちの目前に現れた。
「これ──!!」
「やられた、マジかよ……!」
後方、追従していた聖も荒い息のまま叫んだ。彼も気付いたらしい──もっと早くに察知していたなら彼は絶対にその場で言うだろうから、確証を得たのは私と同じく今だったのか、というのはさておき。
立ち止まった私たちの前にあるのは、
──ライダーの拠点、ふりだしまで何時の間にか戻ってきていたことになる。
「真っすぐ逆走してた、ってこと……!?」
「ンなわけあるか、敵の仕業だ! 認識を狂わされてグルグル回ってたんだよ、俺たちは!」
「そんな、ことが──」
それじゃあまるでハムスターか何かみたいに、私たちは無為に回し車を回していい気になっていたに過ぎないのか? そんなバカみたいなこと、素面じゃありえない。何かされたに違いないが、だとすると──
上空、鈍い打撃音が響く。それよりも早く飛来した塊が、ライダーの拠点跡地の瓦礫を吹き飛ばす。
もうもうと立ち込める粉塵。大型トラックの激突か、砲撃みたいな破壊痕をこしらえる存在なんてサーヴァント以外に居ない。振り返る私たちの前に悪魔馬を駆って降り立ったライダーが、
「──東方、
朗々と語る、無関係ではありえないけれど、無関係としか思えない話。
……『西遊記』だったっけ。読んだことはないけれど、何かで聞いたことはある。
手の付けられない暴れん坊だった斉天大聖・孫悟空を懲らしめるべく、お釈迦様が持ちかけた勝負。『私の掌の上から逃れられれば見逃そう』と告げられた孫悟空は雲に乗ってひとっ飛び、世界の果ての柱まで辿り着くも──実はそれはお釈迦様の指でしかなく、始めから終わりまで
ライダーじゃない人が語るなら判る。例えば現代に近しい時代に生きていたキャスターならば、もっと雄弁に教えてくれるはずだ。けれど──古代イランの王様、タフムーラスたるライダーがそれを説き、あまつさえ再現すらしてみせる異常性。
聖杯に与えられた知識や、現界してから学んだ知識だけで、同じような事が出来るというのか。
「真似事をやってみても心境は推し量れないが……滑稽で愉快だ、という感情も無くはなかったのであろうな」
遠回しな言い方だけれど、要するに嘲笑っているのだろう。逃げ切れるものと思って全力疾走していた私たちを見世物みたいに眺めて、いい御身分じゃないか。
ライダーはあちこちに傷を受けているものの、まだまだ余裕といった様子だ。戦棍を片手に講釈を垂れる始末。
──では、彼と戦っていたはずの、ランサーは?
決まっている。
私は背後、瓦礫に轍をこしらえた
「ランサーっ!!」