椎名聖の目から大粒の涙が零れる。
彼はランサーの目を直視できずにいた。
──怖かったから。
許してもらえないことが恐ろしい。
許させてしまうことも恐ろしい。
「何だそんなこと」と流さないでほしい。
ずっとこの瞬間、彼女に謝るために生きてきたのに、ただひとえに勇気がなくて彼は懺悔を先延ばしにしてしまった。ランサーを目撃した夜から、臙条叶と接触して同盟を結んだ時も、
ぐだぐだと迷って躊躇って言い訳を作って、保留し続けてきた末路を晒し上げるかのようなこの終着。
それでも、どんな返答が返ってくるとしても、積年の悔いを告げられたのだ。目を閉じていないで、観念して──
「────ヘルギ」
そっと頬に触れる柔らかな指。
力ない腕はもう槍を握ることも叶わないだろうけれど、それでも届いた。褪せてゆく体温に胸が苦しくなる。
「そんなに私に夢中で居てくれたんですね。…………嬉しい」
彼女の顔は満面の微笑に彩られていた。
今にも消えそうなサーヴァントの表情とは思えない、心底からの幸せを噛みしめる乙女のそれ。
「私のために、ここまで頑張ってくれて、ずっと私に囚われていてくれて、ありがとう。大好き。ずっと、ずっと──」
胸の
断罪、譲歩、軽視──誰よりも勇猛なヘルギを怯えさせた愛の破綻はそこにはなく、彼が抱え背負いぶつけたのと同じかそれ以上の想いが、彼の予想もしないカタチで帰ってくる。
彼がずっと追い求めていた、生きたカーラの
それが、腕の中で消えていく現実に、気が狂いそうになる。
「ねえ、ヘルギ。私あの時、何を思ったか知らないでしょう。
私を斬ってしまって泣きそうなあなたの顔、初めて見たものだったから目に焼き付けなきゃ、って。機能停止するその瞬間まで、私はあなたに夢中だったの。頭の中は死と戦いとでいっぱいだったはずなのに、わたし一色に染まった瞳。ああ、私、今もずうっと──あの瞳に恋してる。
あなたのことを想うことはあれど、恨みようがありません」
──あなたと、一緒。
──わたしの
囁く愛に、頬の手を握る。
握り返せる力も体温も、もはや残ってはいないらしかった。すべてを告白に回していたから。
「ありがとう、ごめん。カーラ。────大好きだ」
「ええ、ヘルギ。私もあなたのこと、一番に想っています」
だから、死なないで。生きて。
「あの子も────マスターのことも、どうか。お願いします。助けてあげて……」
聖がライダーに敵わないことなど百も承知で、彼女は最期にランサーに戻った。召喚してくれて、ここまで共に戦えたからこの結末を迎えられた恩人だから。
臙条叶に生きていて欲しくて。
椎名聖に立ち上がる理由を渡したくて。
彼女を、彼に、託す。
「でも、好きになったら駄目ですからね。ヘルギは全部、わたしのもの」
「……ッはは、当たり前だろ……。大丈夫、判ってるよ……」
上手く笑えているか、自信が無い。数えきれない生を経てきたといっても、役者に人生を捧げたことは無かった。こんなことならそっちの道にも行っておくんだったなんて今すべき思考ではない。
そんな益体もないことを考えるくらいに、椎名聖はぐっちゃぐちゃだった。
「だい、大丈夫、任せとけって、きっと……きっと何とか、するからさ……」
「きっと、ですよ……。どうか──」
再び、三度の生を愛するヘルギと添い遂げられたことに、無上の喜びの溢れる微笑みを浮かべるカーラ。幸せそうな彼女に、誰も掛ける言葉などなく、
「──どうか、忘れないでいて」
一粒の宝石のような雫が、戦乙女の瞳から零れて。
──それも、散って消えた。