Fate/second to none   作:吉田一味

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No.8

 

「──それで? まさかこれだけのために、俺まで教会に呼びつけた訳じゃないだろ?」

 

 肩をすくめる椎名聖(しいなひじり)に、ハル神父は居住まいを正す。どこか緩んでいたというか、浮ついた空気はそれだけで一掃されて、流石は聖職者と聖は感心した。場を支配するすべというものを体得している。

 

「ええ、はい。本日お呼びした本題はここからです」

 

 ……そこで彼は一瞬、言葉に詰まったように聖には見えた。どう切り出したものかと悩んでいるようで、それほどの内容かと身構える。

 

 すぐに今までと変わらない厳かさを取り戻すと、

 

「──ルーラー、と聞いて何を思い浮かべるでしょうか」

 

 と、どこかぼんやりとした質問を投げてきた。

 

支配者(ルーラー)? 何を──」

 

 まさかこの流れで定規の話を始めることもないだろう、一体なんだ、とまで考えて、聖は思い至った。

 

「──エクストラクラスか」

 

 基本クラスに該当しない、特殊なクラス。どのクラスにも該当しない英霊を召喚するための霊基の鋳型。

 

 裁定者(ルーラー)。ハル神父は、どこまでも聖杯戦争の話をしているのだと。

 

 ()()()()()()が存在するらしいというのは、事前の情報収集で聖も聞き及んでいた。ただルーラーという名は初耳だ。

 

 響きだけならば、立法者……あるいは裁判官だろうか。(ルール)を司る逸話持ちが該当しそうなクラスだが、わざわざそんな役割(クラス)を定義する意図を掴みあぐねて、聖は余計な口出しを差し控えた。どうせ黙っていれば説明してくれること。

 

「はい。そして、エクストラ中のエクストラ。聖杯が召喚する、聖杯戦争そのものを裁定するためのサーヴァント。それがルーラーです」

 

「聖杯戦争を……!?」

 

 ──曰く。

 

 もしも、聖杯戦争の参加者が、聖杯を用いて悪を成そうとしたとして。

 

 もしも、聖杯戦争によって、世の理が致命的に捻じ曲がってしまうとして。

 

 それは聖杯も望むところではない。故に、聖杯はその危険性を予測できた時点で、()()()()()()()()()()()()()という。

 

 召喚されたサーヴァントは聖杯の意志を代行し、その目で聖杯戦争を糺し、その是非を確かめる。そしてもしも聖杯の危惧が現実のものとなったならば、その時はその能力を遺憾なく発揮して非を叩きつぶすまでが役割だ。

 

 自らをルールとし、誰に与することもなく、聖杯戦争の参加者たちを時に律し、時に裁くモノ。聖杯戦争の管理人にして、運営者そのもの。

 

 七騎の参加者には数えられない、番外(はちばんめ)

 

「──それが、ルーラーか」

 

「聖杯戦争に勝ち残るために召喚されるのではない、公正公平にして無私の存在。マスターは()()存在しない──いいえ、聖杯がマスターとなって現界を維持する、特権を許されたサーヴァントです」

 

 ……ハル神父はその後も、ルーラーについての詳細な情報を開示した。

 

 サーヴァントを裁くサーヴァントには、聖杯はそれ相応のチカラを与える。対峙した英霊の真名情報を問答無用に見抜く『真名看破』と、サーヴァントへの絶対命令権たる令呪を授けられる『神明裁決』のクラススキルがその最たるもの。通常の参加者と比べればあまりにも強力、とても太刀打ちできる存在ではないがそれも当然の話。もとより戦いを成立させるつもりもない、言わば格が()()()なのだから。

 

 彼ら彼女らにそれだけの特権が許されるのは、それだけの状況が想定されることと並んで、ルーラーとして召喚される英霊たちの精神性に一因があるという。

 

 サーヴァントとして召喚される多くの英霊たちは、強弱の差はあれど聖杯にかける願いが存在する。それは『聖杯に願いを叶えてもらいたい』というストレートなものに限定されず、『聖杯戦争によって発生する戦いを心行くまで愉しみたい』『自分の生きた時代とは異なる時代に現界したい』といった派生形も含まれる。

 

 執着心を抱く英霊は聖杯戦争に危険性があるとしても、万能の願望器を求めることを優先して看過してしまう可能性が拭えないが──ルーラーには願い(それ)がない。聖杯を求めぬ清廉な精神を持つ者だけが、裁定者として選ばれる。

 

 どの陣営にも肩入れしない、平らな天秤。

 

 我こそ法であると宣うとも、異を唱える者なき裁定の司。

 

「……それで、それが? まさかここまで懇切丁寧に説明しておいて、『そんなのも居るんですよ』で終わりゃしないだろう」

 

 それではこの説明の意味がない。わざわざ時間を取って、はるばる呼びつけて知識自慢なんて柄でもあるまい。

 

 嫌な予感というにはあまりにもカタチを伴った衝撃を受け止めるため、聖は蓮っ葉に吐き捨てる。

 

 真実は、そんな彼の身構えなどたやすく吹き飛ばすほどの威力だった。

 

「先日、アインツベルン家より聖堂教会へ、連絡がありました。『ルーラーを召喚したので、聖堂教会も監督役として彼に協力して欲しい』と」

 

「な──アインツベルンだと!?」

 

 ちょうど先ほど、聖自身が(かなえ)に説明した聖杯戦争始まりの御三家、その一角。現在に至るまで存続しつつも、此度の第五次聖杯戦争への参戦は確認されていなかった彼らが──てっきり今回は見送ったのかと思っていたら、とんでもない爆弾をブッ込んできたらしい。

 

「ルーラーは聖杯が召喚するんじゃなかったのかよ!」

 

「ええ。()()()()()()。ですので、聖堂教会も対処に苦慮しているのです」

 

 つまり。

 

 ()()()()()()()()()

 

 ──聖杯の意に従って管理・運営を行う、独立した超法規的サーヴァントなのか。

 

 ──アインツベルン家がサーヴァントの人数とクラス制限を超えて召喚した、聖杯を勝ち取るために戦う参加者なのか。

 

 前者であるならば、名目上は監督役として関わっている聖堂教会はそのサーヴァントに協力しなければならない。どうせ彼らも参加者を送り込んでいるのだろうけれど、建前として中立に聖杯戦争の運営を執り行っているという立場である以上、問題を予見して喚ばれたルーラーとは歩を共にしなければ関与の理由を失う。

 

 だが後者なら。裁定者とは名ばかり、聖杯を欲するアインツベルンの走狗であるのなら、加担すれば逆に一勢力へ公に与した事実が残ってしまう。聖杯を狙っているであろうアメリカ合衆国との関係悪化までありうる話だ。

 

 上手く立ち回らねば、どちらにしても今後の聖杯戦争に差し障る。慎重にならざるを得ないのだろう。

 

「アインツベルンはマスターなのか? 聖杯の召喚にたまたま立ち会っただけってことも……」

 

「残念ながら、魔力供給のパスは繋がっているとのことです。令呪も発現していると。それがルーラーに使用できるものなのかは、未確認ですが」

 

「…………」

 

 ハル神父の言葉には二重の意味が込められていて、聖は黙るしかなかった。どちらも一考すべき事案だったからだ。

 

 まず、アインツベルンに発現した令呪は本当にルーラー用のものなのか。

 

 令呪は出たし、ルーラーも存在するが、それが線で繋がるかは現状では不明なのだ。あくまで参加権としての令呪を持つだけで、いざ使おうとしてもルーラーは自分のサーヴァントではないから効果が及ばないという可能性もある。まさか大家たるアインツベルンがその確認のために実験的に令呪を使うとも思えないし、現時点で確かめるすべがないから保留するとして。

 

 ──そもそも、ルーラーに令呪は通じるのだろうか?

 

 絶対命令権と称される令呪であっても、魔術であることは変わらない。サーヴァントによっては高ランクの『対魔力』スキルで、一画であれば令呪による命令に抵抗したという記録も残っている。もちろん一時的な不服従であって、二画使えばそれも困難とはいえ、それらはすべて一般のサーヴァントたちの話。

 

 彼らは召喚に当たって、『令呪には従う』という同意をしているから通じるのだ。

 

 果たしてルーラーに、そんな同意があるのか。

 

 ──結局のところ、あまりにも判らないことが多すぎる。アインツベルンとルーラーの関係はどうなているのか。ルーラーは何故召喚されたのか。そして、ルーラーの目的は何なのか。

 

「アインツベルンも面倒なコトしてくれるぜ……」

 

 いっそふらっと単騎で聖堂教会を訪れて「私は聖杯戦争のために召喚されたルーラーだから調査させろ」とでも言ってくれれば話は早かったものを。なまじアインツベルン──聖杯戦争を始めた御三家などという、それこそいくらでも裏技抜け道の類を用意していそうな連中──に召喚されたものだから、話はこじれる一方だ。

 

 ハル神父も同感なのか、何も言わないものの深いため息をついた。

 

「聖堂教会はどう動くんだ」

 

「組織としては動きを決めかねています。おそらく上は大騒ぎで会議でしょう。争点は『ルーラーに願いがあるか否か』」

 

「ないならルーラーは通常の……っつーと妙だけど、ともかく聖杯が召喚した裁定者って考えていい訳か」

 

「ええ。その時は、聖堂教会はルーラーに協力して、彼が召喚された原因の究明および排除に動くことでしょう」

 

 おくびにも出さなかったものの、聖は白目を剥きたい気分だった。

 

 何せ心当たりがバッチリ有る。

 

 ()()()()が起きたからルーラーが召喚されたというのなら、それは自分たちの陣営──とりわけキャスターのせいかもしれないからだ。

 

 異聞のサーヴァントを召喚していると知れれば、最悪の場合は排除されるかもしれない。一目で真名を見抜くというルーラーの前にキャスターを連れていくことだけは、絶対に避けなければと固く決意する聖だった。

 

 そういう意味では、今知れたのは幸運だったと言えよう。いきなりやって来て真名を看破されて「きさま、この世界のサーヴァントではないな。ええい、怪しい英霊! 覚悟!」でずばーなんて、冗談じゃない。

 

 そう思いでもしなければやってられない混乱が、海の向こうからやって来る。

 

「願いがあれば──その時は参加者ってことになるのか?」

 

「そう判断するしかないでしょう。私たちにはルーラーを召喚したかどでアインツベルンを非難することは出来なくなります。その時は、あとは参加者の皆さんとルーラーでごゆっくり、ということになるかと」

 

「無茶苦茶だ……。聞く限り、そもそも戦闘が成立するかも怪しいじゃんか」

 

 聖のボヤきを華麗にスルーして、ハル神父は自分たちの話を続ける。

 

「聖堂教会はその場合、なぜ()()()()()()()()()()()()()()()()のか調査しなければなりませんので」

 

「────!!」

 

 八騎目は、聖杯だからこそ呼べる超過定員(リミットオーバー)のはず。

 

 聖杯が呼んだサーヴァントではないのに存在する八番目は、それそのものが異常なのだ。聖杯戦争は七人七騎、その大原則を破綻させた理由がどこかにある。それはアインツベルンの横車なのか、あるいは──

 

「……、……」

 

 キャスターてめえ、信じていいんだろうな。聖はそう問いたい衝動を必死に押し殺した。どこまでいっても、彼の怪しい出自が付きまとう。

 

 とはいえ状況はおおむね整理できた。ハル神父も出せる情報は出し尽くしたのか、こちらの思考を邪魔しないよう口を閉ざしたままだ。これ以上深い話は新しい情報でもなければ出来まいと判断して、聖は出口へと向かう。

 

 背中越しに、

 

「情報提供、ありがとな。結構危ない橋だったんじゃないか?」

 

「この程度の情報なら、他の参加者も得ているでしょうから。──()()()()()()()()()?」

 

「……そうだな。もとより投げ出す気もなかったが、()()()()()()よ」

 

 彼らにしか判らない会話を交わして、聖は扉を押し開く。随分と話し込んでしまったから、叶が待ちくたびれているだろうと思って──

 

「…………あ?」

 

 ──外には、誰も居なかった。文字通り人っ子一人も。

 

 呆然と立ち尽くす彼に、念話が届く。キャスターだ。

 

『マスター。君は今、何処ですか?』

 

「……教会の、前、だが」

 

『そうですか。おそらく大変残念な話ですが、今、お嬢さんとランサーが帰宅してきた音が聞こえました』

 

 

 

 ……ハル神父は、表から激しい怒号が聞こえてきたのにぎょっとし。

 

 ……その日もまた、フユキ市民は雲なき空にとどろく雷鳴を幾度か見るのだった。

 




次回更新は2026/06/06予定です。
次話(最新話)は以下で公開中です。
https://fate-second-to-none.com/
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