「…………臙条」
少女の身体を担ぎ上げて運ぶのは、これでもう何度目か。だいたい緊急事態だし短時間だったが、こうして運び続けていると思う。
細くて、軽い躰。
同年代と比較すれば明確に
こんな子どもの、更に十年前。
……第五次聖杯戦争の参加者同士でなければ、もっと言うならばランサーとして戦乙女スヴァーヴァを召喚していなければここまで深く関わることもなかったであろう一人の少女の過去に思いを馳せている。奇縁もあったものだと、窮地だというのに聖は少し可笑しくなってきた。
多大なストレスに晒され続けた自衛本応の一種か。
「────ッッ」
肩上の女体が、びぐんと
「か……ア! ぁ──」
「臙条、どうした。何が──」
声と動きに只ならぬものを感じ取って、夜の森の疾駆を停止する聖。担いでいた彼女を降ろして容体を確かめようと顔を上げさせると。
彼女は顔面蒼白、唇を戦慄かせ、
「あ、あぁぁぁあ、あ────」
その眼球が落ちてしまいそうなくらい目を見開いて、虚空を凝視していた。
「臙条、臙条! どうした、しっかりしろ、聞こえるなら返事しろ臙条!」
呼びかけに応答なし。瞳孔の揺れからも、正しく周囲を認識できているとは思い難い。
呼吸は浅い。酸素を十分に取り込めていないだろう。過呼吸に陥るかも。
こんな場所で適切な診断と処置をするのは厳しいが、放置しておくわけにもいかない。
何より──椎名聖は嫌な予感がしていた。
「あぁぁ、あぁ、そうだ、そうだ────
──やはり。
彼は先刻、自分が考えていたことを思い出す。彼女の記憶封印はおそらく、
では、
…………分からない。
ハル神父も己の
その蓋が万全ならば良かった。あるいは閉ざしている番人が健在であれば。
ライダーがこじ開けるような真似をしなければ、きっと臙条叶という匣の中に如何なる闇が潜むか、暴かれないままにその生涯を終える道もあったろう。
「わ、たし──私は──」
果たしてそんな道を歩んだ彼女が、幸せなのかは判らない。
あるいは、そもそも最初から──
「私は、
「は──?」
彼女に
……少女はその言葉を最後に、事切れるみたいに気絶した。
「臙条、臙条ッ!! …………おいおい。参ったな、こりゃあ──」
臙条叶は『第一次フユキ大火』の記憶を取り戻した────おそらく、第四次のキャスターの消滅と引き換えにして。
強引な解呪によって綻んでいた記憶封印は、その施呪者を欠いたことで砕け散ったのだろう。それはつまり殿の不在を意味していて、臙条叶に執着するライダーは追跡を再開したハズだ。彼の王の戦力、機動力がどれだけ残っているかは不明だが──もはや一刻の猶予も無い。
彼女の言を信じるのであれば、気絶は十年前のショッキングな記憶を取り戻した衝撃による心因性のもの。錯乱されたままで居られるよりは幾ばくかマシだがライダーの庭から脱出するのはより困難となった。いくら軽かろうと、気絶した人間はそれなりの重みがある。
とはいえ起こして起きるとも思えないし、起きたら起きたでややこしい。お姫様には寝ててもらおう、万事こちらで片付けられればいいが──なんてことを考えながら再び担ぎ直そうとする彼の胸に、
「──────」
少女の手が押し当てられていた。
あまつさえその唇が震え、言葉を紡ぐ。
「運ぶ必要はない。自分で歩ける」
「…………そう、か。それは助かる。──ところで」
椎名聖は鞘に収めていた隠し刃にそっと手を伸ばしながら、
少女の血よりも赤い瞳を真っすぐ見据えて、
「誰だ、お前。臙条をどうした」
刃よりも鋭い問いを放った。