臙条叶の顔をしたソレは、彼女であれば絶対にしない表情を作って
それ自体は驚くに値しない。魔眼と呼ばれる、魔術器官と化した眼球はその真価を発揮する際に特異に変色することがある。高位であればこの世ならざる美を宿すそれらを、歴代ヘルギたちは飽きるほど見てきたし、相手取ったことだってある。
だから今詰めるべきはそこではない。
「答えろ。臙条叶に『死ななきゃいけなかった』とまで言わせたのは、貴様か」
魔眼の表出と共に立ち居振る舞いから声の調子に至るまで、一切が彼の識る少女と様変わりしてしまった原因。ソレと彼女の絶望に満ちた発言との、因果関係──
二重人格とは違う。これは精神医学的知見ではなくあくまで彼の直感だが、二言三言交わしただけでも判る──これほどの人格を、只人の精神だけで作り出せはしない。。
果たして
「────違う。私は臙条叶の守護者のようなものだと思え。ただベルとだけ呼んでくれればいい」
──その名が現実世界に響くのは、これが初めてのことか。
臙条叶の夢の中の住人。彼女の心の友。
時に彼女を叱責し、時に彼女を不器用に励まし、常に寄り添って表舞台には現れなかった影の存在。
瞳の色のほかは何も変わりはないはずなのに、やはり違う。大人びて落ち着いている……というよりは、どことなく非人間的。人ならざるモノが人を演算して模倣しているような、そんな雰囲気。
……感情は排する。
直ちに必要な情報は、こいつについて。
「ベル。貴様の目的は?」
「
「何が出来る?」
「叶の代わりに肉体を動かすこと、攻撃性の魔眼、それと多少の魔術。────銃火器の心得は無い」
「何故今まで出てこなかった?」
「私は臙条叶の生存が脅かされない限り表出・活動できない。無理に行動すれば崩壊に至る」
「今は────どっちだ。無理をしている方か。それとも……」
「生憎と前者だ。あの子は今、
「臙条は──どういう状況だ。無事なのか」
「────かなり不味い。溢れ出した記憶は悪性情報の底なしの井戸だ。あの子はそこに沈んで戻れなくなってしまっている。引き上げなければ、意味消失は時間の問題だろう」
「……マジか、くそっ」
明かされた情報は多いものの、明るい情報はほとんどない。
事態の逼迫が確かめられたのと、背負って逃げる必要は無くなったことと、ベルとやらが多少の戦力になる──射撃能力と差し引きでプラスマイナスゼロだろうか──くらいのこと。もっとライダーを一撃で葬り去る秘密兵器でもあれば良かったものを……と聖は立ち上がる。
「ならとにかく逃げるぞ。人間の魔眼なんぞ英霊に通じるはずもない──」
高望みをしても何にもならない、今ある手札で勝負するしかだけだと腹を括って、
「
「──あ?」
普通、逆のはずだ。どんな強力な攻撃も命中しなければ意味は無い。それこそルーラーの『
当たれば通じるとでも思っているのか。笑わせる。並の魔眼なぞサーヴァントに使おうものならば逆にこちらが危うい。莫迦なことを言っていないで、さっさと立ち上がって足を動かせ────
「──当たったら、殺れるか」
「直撃であれば耐えうる者などいない。必殺だ。私の────」
ベルの瞳が十時に裂けた。
もちろんそれはあくまで比喩で、赫瞳の中心、瞳孔が上下方向に伸びたのが十字模様に見えただけ。
けれどその魔眼と、どことなく自慢げなベルの言葉には──椎名聖を絶句させるだけの“力”が宿っていた。
「
「──────」
……ベルの言葉が真実かどうか確かめている暇はない。歴代ヘルギの集積した魔眼の情報に『焼却』に該当しそうなモノは無かったが、必殺の一撃を持つ
計画を組み上げる。彼女と己を駒とした、ライダーを倒すための計画を。
──できた。
「……当てられれば、倒せるんだな?」
「ああ」
「なら俺に策がある。どうだ、乗るか?」
聖の提案を、
「莫迦め。それ以外に助かる道など無かろう」
未明に開戦したライダーとの死闘はもう随分と長いこと続いて、さすがの冬の長夜と言えど終わりは近い。
多くを失い最後の戦いに臨む二人の頭上、木立の向こうの空──
夜が、明けつつあった。