Fate/second to none   作:吉田一味

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擾乱のフユキ

「──つまり?」

 

「アインツベルンによる八騎目の召喚。最悪の場合、一瞥で真名を見抜くサーヴァントが敵になるかと」

 

「っはは、最悪だね。ホントに最悪だ」

 

 乾いた笑い声が響くのは、サウス・ジャパン準州群では今や珍しいものとなった古風な日本庭園、それを一望できる縁側。

 

 多少は歌舞いているとはいえ、和装の青年──聖と交戦したあの“侍”のサーヴァントは場と調和していて、やはり日本由来の英霊なのだと納得させるものがあった。傍らに控える着物の女性に話しかけているのか、あるいはただ言葉を吐き連ねているだけなのか。

 

「キャスターとランサーがガッツリ手を組んだかと思ったら、お次はこれか。いよいよ混沌としてきたな、第五次聖杯戦争も」

 

「…………」

 

 どう答えたものかと考えた結果、着物の淑女は沈黙を選んだ。

 

 正座する彼女の、膝の上で揃う両手。見れば片手にくっきりと浮き出た赤い紋様は令呪で、つまり彼女こそが目前の“侍”のサーヴァントの(マスター)であるはずなのだが──その態度、控える様子だけを見れば彼女の方が従者にしか見えない。彼もまた、上下関係を当然のものであるかのように一方的にまくしたてる。

 

「まったく。やってられないよな、実際。そのルーラーとやら、僕らへの令呪まで持っているんだろう? 俎上の鯉だって跳ねるくらいは許されるだろうに」

 

「……いざという時は、私の令呪で相殺という手段も」

 

「うん、必要になったらよろしく。……とは言っても、相反する命令を一度に受けて、サーヴァントがどうなるかは未知数だ。出来るだけそういうことにはならないように立ち回るしかない」

 

 触らぬ神に祟りなしだ、と呟く彼からは覇気──およそ戦意と呼ぶべきものが感じられない。

 

 それほどまでにルーラーという存在が絶大であるということかも知れないが、彼女の召喚したサーヴァントもまた英霊であるのだから、我こそ最強と嘯くくらいであってほしい──そう願うのは、期待し過ぎなのだろうか。

 

 ……特に、彼のクラスと真名を知る彼女(マスター)としては、歯噛みしてしまうのだった。

 

「……バーサーカー様。では、(わたくし)どもの計画の方は──」

 

「ああ、いや、別にいいよ。ルーラーが居たって、何もしないって訳にもいかないだろ」

 

 不安げなマスターの言葉に、“侍”のサーヴァント──バーサーカーは()()()()()、理性に満ちた優しい表情を見せる。

 

「大丈夫。他所だってやっていることだ、ルーラーも咎めやしないだろうさ」

 

 自分の主を慮る言葉に、彼女の胸はチクチクと痛んだ。

 

 ──ああ、そんな。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 私の知る貴方は、事前の計画など蹴っ飛ばして、もっと予想もつかない混沌を巻き起こす人のはず。

 

 聞きたかったのは優しく配慮してくれる言葉じゃない。『ルーラーが咎めるだろうけど、いいさやってしまえ』とか、『そんな退屈な計画よりも、もっと面白いのを思いついたんだ』とか、そういう貴方らしい言葉。今は期を待っているのかも知れないけれど、どうか、どうかそんなふうに私に気など遣わないでいて。私は貴方を現世に繋ぎとめる礎であって、貴方の重石になりたい訳ではないのです。

 

 だって私たちは、貴方たちの拓いた未来を、きちんと受け取ることができなかった不出来な後裔なのだから──

 

 ……なんて、言えるはずもなく。

 

 彼女の内心、自責と不満渦巻く胸中を察してのことかは不明だが、バーサーカーはついと夜空へ視線を逸らすように見上げた。

 

 月は、見えない。

 

「……()()()()()()()()()ぜ。聖杯戦争は長いんだ、休めるうちに休んでおきたまえよ、マスター」

 

「……ええ、はい。では、そうさせていただきます」

 

 

 

***

 

 

 

「──それで、君の()は何と?」

 

「……何も。おそらくかなり錯綜しているんだろう。なにせ八騎目、エクストラクラス──ルーラーの出現だ。過去五度の聖杯戦争を見ても前例がない」

 

「エクストラクラスは過去に召喚されたことがあると聞いたが」

 

「ルーラーは別格だ。単独で聖杯戦争を制圧できるスペックを与えられている」

 

 ──アメリカ海軍フユキ基地(ベース)。そこに特別に用意された一室で向き合うは二人。……否、一人と一騎。

 

 片方はサーヴァント、アーチャー。かつてランサーと二度の激闘を繰り広げ、つい先刻は単独で臙条邸に帰還しようとしていた椎名聖を強襲した英霊は、ルーラークラスの特異性を一通り説明されて、「なるほど」とひとつ頷く。

 

 アーチャーは涼やかな金髪の少年、といった姿をとっている。彼は常に冷静だ。戦いの場以外では。

 

 ある種の二面性は当初、彼のマスターであるウィルも驚いたものだ。ランサーとの初遭遇時、やんわりと交戦を制止するウィルからの念話に対して、アーチャーの応答が次第にヒートアップしていったときは、令呪の使用も視野に入れるほどだった。結果として第三者の介入があり、アーチャーの対魔力のスペックを確認できた上で戦闘が中断されたのは、ウィルとしても幸運だったと言えよう。

 

「こちらの対応は?」

 

「静観一択だ。ルーラーが何を目的としているか、まずはそれを()()()()()()()()()だ」

 

 ウィルは事も無げに語る。合衆国の()は至るところへ伸びており、それは聖堂教会も例外ではない。ハル神父がルーラーの情報を知ったのとほぼ同時に、彼もまた独自の経路から情報を得ていた。今後教会とルーラーがやり取りすれば、それもすべて合衆国には筒抜けだ。

 

 それらを踏まえて、どう動くべきかを見定める。

 

 ルーラーが裁定者なら、敵対はマズい。

 

 ルーラーが参加者なら、排除あるのみ。

 

「いずれにせよ、方針と目的に変更は無い。すべては我が祖国──アメリカ合衆国のために」

 

 制服の男性はきっぱりと宣言する。その力強さは、代々受け継いできた魔術師の執念というよりは、むしろ鍛えた筋肉に基づいた腹式呼吸ゆえ。

 

 アーチャーのマスター、ウィル──ウィリアム・マクマホンはアメリカ合衆国に与する魔術師であり、同時に軍人でもある。

 

 ルーツを辿れば、魔術師世界の最大勢力たる時計塔から放逐され、新大陸に活路を見出した一族の末裔。彼らは魔術師としての至上命題たる『根源の渦への到達』ではなく、自分たちを保護した国家への忠誠で動いている。無論それだけではなく、合衆国という新しく強い構造に可能性を感じているからでもあるが、それでも一般的な魔術師の思考回路で測ることは難しい。

 

 ウィルが次男であり、一族を継ぐ長男は本国に居るという点が、顕著な特異性。

 

 本来であれば、神秘が薄まることを危惧して直系の子にのみ相伝する魔術を、彼らは後継者以外にも伝授する。魔術刻印はなくとも、()()()()()()()()()を合衆国に捧げ、国家に貢献させる。それがマクマホン一族の選んだ生きる道。

 

 つまりウィルは国家に捧げられた生贄であり、マクマホン一族としては()()()()()。にも関わらず聖杯戦争──魔術師の悲願が成就するかもしれない大儀式に参加することになった彼の心境は、厳かに宣言した表情からは読み取ることは困難だ。

 

 とはいえ、それも無理のない話だった。

 

 ウィルがアーチャーを召喚して数日、彼は自らの意思で使い魔を使役していたわけではない。先の会話からも分かるように、彼は上──連邦政府上層部の指示に従順であって、言ってしまえば本国の使い走りでしかない。

 

 アーチャーのマスターは()()()()()()()()()()()

 

 ──尤も、アーチャーとしてもそれに異存はないのだが。

 

「……それにしても。ルーラーは兎も角、コイツはなんなんだ」

 

 ブリーフィングルームの壁面モニターに映し出されたのは、キャスターのマスターこと椎名聖(しいなひじり)を映した監視カメラ映像と、彼のプロフィールをまとめたもの。国家という権力機構にモノを言わせて集めた彼の情報はしかし、あまりにも不足していると言わざるを得ないものだった。

 

 2009年9月12日生まれの十七歳。その経歴には不審な点は一切無し。例えば大きな事故に遭ったとか、大病を患って入院したとか、曰く付きの人物と接触したとか、スポーツで優秀な成績を残したとか、特記に値する点は皆無と言っていい。強いて挙げるならば一家で転居を一度しているけれど、それだってサウス・ジャパン準州群の中から中へ、の話だ。

 

 家族構成は父・母と二歳上の姉がひとり。椎名家は魔術師だったという記録は無し。聖を除いた一家は数日前から消息不明。椎名邸に極秘に突入した特殊部隊の報告では、戦闘の痕跡や魔術の使用形跡などは確認できず、ここ数日間は誰も出入りしていないと思われる、とのことだった。一応、一家三人の出国記録が確認されたため、生存はしているのだろうが──国家機関が総力をあげてもその後の足取りを掴めていないというのは、由々しき事態だ。

 

 聖は巻き込まれただけの一般人にしては、妙な点が多い。

 

 まず何より、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 アーチャーとのサナトリウムの交戦だけ見ても、あれと同じことが出来る人間が何人居るか、というレベルの無茶だ。先刻だって、アーチャーも本気ではなかったとはいえ、教会から臙条邸まで追跡を振り切って単独で帰還せしめた。同じことをやれと言われれば、ウィルなら遺書を用意する猶予を乞うばかり。あんな真似、命がいくつあっても足りないだろう。

 

 魔術的背景の無い、いわゆる初代魔術師のたまごにしては強すぎる。

 

 例えば先祖還りによる超能力や鬼種の血の覚醒など、魔術師の血脈とは違う戦闘能力の発現ルートは存在する。椎名聖がその類、突然変異の強者だと仮定して。

 

 それにしては、()()()()()()()()()()()

 

 フユキ聖杯戦争が始まる直前に渡欧し、ベーレンヘーレの蔵を襲撃し秘宝を回収することで魔術礼装などの戦力を調達。とんぼ返りして英霊召喚の儀式を執り行い、ランサーがアーチャーに襲われているのを見るやランサーに加勢して翌日には彼女らと同盟を結ぶ。その後はフユキに出現した使い魔を排除しつつ、サーヴァントを発見すればこれと交戦。

 

 ──どう見ても聖杯戦争について知悉しており、自らの意志で参戦した人間の動きにしか見えない。

 

 どこで情報を得たのか。何を目的としているのか。どこまで戦えるのか。

 

 肝心なところがアメリカ合衆国をして、一切不明。そんな男が、よりにもよって()()臙条美青(えんじょうみさお)の義娘──臙条(かなえ)と手を組んでいる。

 

「聖杯戦争だから予想外も覚悟していたが、こいつは流石に──」

 

 ダークホースと二級監視対象のタッグ。開戦以来、常に合衆国陣営を悩ませるふたりを眺めての、

 

「ルーラーは当然として。彼と彼女も、台風の目かもな」

 

 なんてアーチャーの呟きは、ウィルの内心とぴたり一致していた。あるいはそれは、どこか神秘性を漂わせるアーチャーの、予言というものだったのかも知れない。

 

 

 

***

 

 

 

「ルーラー……か。話には聞いていたが、いやはや」

 

「マスターはどう見る」

 

「難敵だろうな。ルーラーには宗教的聖人が多く選出されるというが、つまり多くが高い知名度を誇るってことだ」

 

 聖杯戦争において、広く知られているということは真名を見抜かれる危険性が高いのと同時に、より多くの人間にその英霊の伝説が信仰されていることも意味する。有名であればあるほど伝説は真に迫り、サーヴァントの能力は強化される。

 

 ルーラーともなれば、誰でも知っているような英霊……それこそ超が二つか三つくらい付くような有名人が喚ばれているに違いない。聖人の中から挙げるのであれば、ドラゴン退治のゲオルギウスや、『出エジプト記』のモーセなどがぱっと思い浮かぶだろう。戦闘力という点を無視して良いのならば、ここサウス・ジャパン準州群では宣教師フランシスコ・ザビエルあたりも該当するかもしれない。聖処女ジャンヌ・ダルクなどは、召喚されたルーラーが男性でなければ最有力候補だったろう。

 

 いずれも聖杯戦争の通常の参加者ならば優勝候補間違いなし。

 

 ──けれど。

 

「それでも──勝つぞ、セイバー」

 

 彼は自らのサーヴァントにそう言い切った。

 

 青い瞳は、揺れることなくまっすぐと相手を射貫く。虚勢ではなく、彼は『勝てる』と信じているのだ──自らのサーヴァントを。

 

「この戦い、俺たちの勝利は大前提だ。どう戦ってどう勝つか、俺たちはそれを考えるべきだ」

 

「……流石に驕りがすぎるぞ、マスター」

 

 セイバーが嗜める。あくまで従者の分を弁えた上で、

 

「聖杯戦争では何が起こるか判らない。ルーラーの召喚だってそうだ、()()()()()()()予測していなかっただろう? ()()()()()()()()()()()()()()()からといって、絶対なんてことはない」

 

 それなりに厳しい言葉をぶつけられて、マスターもさすがに怯む。当然だろう、なにせサーヴァントこそが聖杯戦争の要、彼抜きでは勝ち残ることなど不可能だし、そもそも顕現した聖杯に触れることさえ出来ないのだから。霊体である降臨した聖杯には、同じ霊体であるサーヴァントが居なければ手に入れることはできないと、彼は伝え聞いていた。

 

 サーヴァント抜きには勝ち得ない。そんな必要不可欠なパートナーからの忠言、刺さらなければおかしいというもの。

 

「……すまん。確かに、君の言う通りだった。浮かれていたんだ、調子に乗ったことを許して欲しい」

 

「ああ、いや、うん。判ってくれればいいんだ。別にそこまで謝るほどのことじゃ……」

 

 マスターの青年は先刻までの堂々とした態度から一変して、年相応の緩い雰囲気を醸し出す。

 

「うっかりだな。まだ勝っていないのに勝った気になってた。そういうトコロがあるんだ、また出たらその都度諫めてくれ」

 

 マスターはそう言った後で、はたと気づいて、

 

「いやっ、よく考えたら君ほどの英霊に『諫めてほしい』なんてのは無礼にも程があるか!? ああ、またやっちまった……! いい、忘れてくれ、無かったことに……!」

 

 さらに表情を一転させてパニクる自らの主に、セイバーはふっと笑う。

 

「気にしなくていい。生前がどうあれ、僕は君に仕えると契約して召喚に応じたんだ。勝利を求めるパートナーとして、必要なコトなら遠慮なく言ってくれ」

 

 そこでいったん言葉を切って、軽くウィンク。

 

「勿論、僕も遠慮はしないつもりだよ」

 

「セイバー……」

 

 これが女性なら、今の一撃でノックアウトだったんだろうな。マスターは頭の片隅でそんなことを考える思考を打ち切って、改めて自らの相棒(サーヴァント)に向き直る。ある意味、初めて相手を──サーヴァントをただの使い魔の類いではなく、一個のゆるぎない自我を持った、対等な存在と認めて。

 

「勝とう。セイバー。俺たちなら、出来る」

 

「ああ。勝つぞマスター。君に勝利を、そして聖杯を捧げよう」

 

 二人はがっつり、力強く握手を交わした。

 

 

 

***

 

 

 

「それで、ハル神父。あなたは本当に手伝って下さらないのですか?」

 

「私と聖堂教会の契約はそういうものでしょう。第五次聖杯戦争に関わるつもりはないと、再三言ったじゃないですか」

 

 フユキ・サンタンジェロ大聖堂、その秘めやかな一室。

 

 揺らめく蝋燭のみに照らされる妖しい空間に、座するハル神父と立ったままのミシェル・ドーソン。二人の意味深な会話は、聖堂教会──一大宗教の暗部に属する者同士の、独特に緊迫した空気感。互いが“その気になれば相手は自分を殺し得る”と承知して向き合えば、警戒を解くことは不可能だ。

 

 そしてそれは、この部屋に存在する()()()()にも同じことが言える。

 

「──その言葉、信ずる(よし)は?」

 

 問いかけとともに霊体化を解除し、その場に現れたのは一人の男性。

 

 その在り方は重厚。彼が姿を見せただけで、空気が薄くなるような、蝋燭の火勢が減じるような、身体が地に沈み込むような、威圧感が場を包む。常人ならば接近だけで失神するだろうし、聖杯戦争で他のサーヴァントを見てきた臙条叶でさえ、霊体の状態ですら及び腰になるその彼が──君臨すれば。

 

 おそらくはこの教会に縁ある者ではなく、異なる文化圏に属する英霊なのだろう。彼と室内には何の調和も見られない。けれど、ならば彼はこの場の異物、排斥されるモノかと問われれば、その通りだと頷ける者は居るまい。

 

「……ライダー」

 

 ミシェル・ドーソンがそう呼びかけた彼は、大聖堂という人間建築に個で対等、どころか凌駕する意志の結実。一個の命でこの大地の上、空の下のあまねく万象と対峙し、屈服させ、そして背負う気概を持った、君臨者。

 

 ──王。

 

 かつて国を支配していた、高みに立つ者。彼女が召喚したのは、そういう性質の色濃く表れた英霊だった。

 

 ライダーの発した言葉一つで、室内の空気は塗り替えられる。従えている立場のはずのミシェルは、自分が委縮していることを明確に自覚していた。

 

 召喚して数日が経過したが、彼の圧には未だ慣れない。十年来の友のように自然な雰囲気の中で談笑できる日は、きっと訪れないだろう。例え十年一緒に居ても、彼は気を許すまいし、ミシェルも気を抜けはしないだろうから。

 

 言葉を直接かけられたわけではないミシェルでさえ気圧されるのだから、疑義を呈された当人──ハル神父など、それこそぺしゃんこになっていてもおかしくなかった。

 

 だというのに。

 

「残念ながら、ありません。けれど元来、“信じる”とはそういうモノでは?」

 

 常人ならば精神的圧迫感から呼吸困難、果ては絶息することさえあり得る謁見。ハル神父が平然と、ミシェルと話していた時と変わらないままで居られていることは、驚嘆すべき図太さと言う他ない。

 

 それこそ彼は慣れているようだった。ライダーほどの王気に充溢した存在は、現代には存在しても数えるほどだろうに、一介の神父であるはずの彼がそれを普通のものと受け入れている異常。

 

 ライダーも表情を変えないながら、警戒の度合いを高める。

 

 ハル神父の事情を大まかには伝え聞いている以上、ライダーもここで強硬策に出ようとは思わなかった。藪をつついて蛇を出すような愚は犯せまい。

 

 ライダーには、何としても聖杯戦争に勝利したい理由があった。

 

 マスターには語っていないし、今後語るつもりもない。個人的な理由をワザワザ口に出すのは無駄だし、余計な情報はとっさの判断を鈍らせる。

 

 ミシェルが聖堂教会に属する代行者であるという点も、理由の一つだった。彼女はいざという時、()()()()()()()()()()()()()だろうという確信が、深いところを曝け出させるのを躊躇させる。

 

 ライダーには術の心得もあるから、彼女(マスター)とのパスに密かに検閲を行っていた。やりとりをするのは魔力と、念話と、マスターの状態だけ。因果線を繋ぐことで相互に流れ込む過去の記憶などは、不要と断じて切り捨てる。

 

 相互理解(そんなもの)が無くとも、ハル神父の協力が無くとも、ライダーは戦えるし、勝てる。

 

 そう自惚れても仕方ないほどの実力者が、ライダーだ。

 

「……貴様の言葉を、信じはしない。だが良かろう。余とて無益な衝突は好むところではない」

 

「そうですか。それは何より」

 

 無益でないと断ずれば、ライダーは即座にハル神父を排除にかかるだろう。トゥニカの影で冷汗をかくミシェルの気を知ってか知らずか、ハル神父は平然と、

 

「では、もう失礼しても? 私も用事があるので」

 

「…………」

 

「…………」

 

 一体、聖杯戦争以上に重要な、何の用事があるというのか。あまりにも分かりやすく『早く帰りたい』という意思表示に、流石に絶句するライダー主従なのだった。

 

 

 

***

 

 

 

 どこかの暗がり。

 

 がさごそ、ざわざわ、と。

 

 何かの這いずるような、蠢く音。

 

 まっとうな人間であれば神経を削られたような気分になるであろう、嫌な想像ばかりを掻き立てられる無明の空間で、言葉を交わす者たちがいた。

 

「……みんな、浮足立ってるね」

 

「ええ。聖堂教会、合衆国、日本自由戦線(NFF)。どこもかつてないほど動きが活発化しています」

 

「……ルーラーの、せい」

 

「ええ。アインツベルンの暴挙。聖杯戦争を壊しかねない愚行。信じられないことをする人間もいるものですね」

 

「……人間じゃ、ないけど」

 

人造人間(ホムンクルス)でしたか」

 

「……そう。歴史、古いし。聖杯戦争に本気。だから──とんでもないモノ、喚んじゃった」

 

「…………」

 

 サーヴァントの真名は、基本的にはその外見や言動、武勇や宝具から推測するものだ。

 

 アインツベルンの拠点たるドイツの古城で召喚され、フユキへ向かっている途上にあるルーラーが誰なのか、突き止めることは現状では困難なハズ、なのだが。

 

 二人は他の陣営に先んじて、ルーラーの真名を、()()()()()から得ていた。

 

 解き明かす鍵となったのは、サーヴァントを召喚する際に用いられる、触媒。

 

 触媒なしの召喚は、聖杯が様々な情報を鑑みてサーヴァントを選定する、いわばお任せのマッチング。

 

 それに対して触媒を用意しての召喚は、その物品に縁のある英霊のヒットしやすい、狙い撃ちの召喚となる。もちろん絶対確実というものでもなく、例えば触媒が複数のサーヴァント候補と縁のある遺物なら、その中からピックアップされるためブレは発生する。だがそれでも、無触媒召喚よりはよほど確実だ。

 

 御三家のアインツベルン家はそれを誰よりもよく熟知しているから、第五次聖杯戦争の随分前から、狙った英霊を召喚できるだけの聖遺物を探し回っていた。

 

 それも参加者七枠が埋まるに至って無為となった──と思われていたが、まさかの大逆転ホームラン。こうなってみると、あり得べからざる裁定者の来臨は、きっと当初から狙っていたのだろうと、二人は確信していた。

 

「ルーラー……███████████、ですか」

 

 知らぬ者なき、大いなる君臨者。その名を呼ばわることすら畏れ、静かに、聞こえるかどうかという小さな声で呟けど、暗闇に恐怖は伝播する。

 

 何かの動きは、より一層激しくなった。

 

 

 

***

 

 

 

 F空港、国際線ターミナル。

 

 つい先ほど到着したドイツ発の便の乗客が二名、周囲を睥睨する。

 

 一人は女性。造花の如き完璧な美しさを誇る女性。白皙という言葉すら置き去りにする、アルビノと見紛う白さは、それだけで彼女が只人ではないことを知らしめる。血の赤とも異なる赫眼は行きかう人々に何の感情も向けず、ただ視線だけを向けて観察していた。銀糸でさえ彼女の髪には劣るだろう。なぜならそれら、彼女の一挙一動にあわせてさらさらと流れ、光を纏ってキラキラと輝く権利を持たないのだから。

 

 非人間的な美の佳人は、ほうと息を吐く。

 

「無事、到着しましたね。途中妨害もあるかと警戒していましたが」

 

 声もまた無感情、無機質。けれど平板で単調な、聞くに値しない音の羅列には決してならないのだ──アインツベルンの傑作の喉から発せられたならば。

 

 もしも彼女がひとりで現れたなら、ターミナル中の人間の耳目は、彼女に集中していたはずだ。

 

 だが、そうはならなかった。

 

 彼女ですら、引き立て役にすらなれない。()の傍らにあっては、真昼のイルミネーションのようなもの。

 

(ローマ)に歯向かおうとは、誰も思うまいよ」

 

 一言で判る、強烈な個我。

 

 おのれを国に等しいと、我こそ栄光と映画を極めた羅馬(ローマ)そのものであると、これっぽっちも隠さず曝け出す男性。飛行機内でも霊体化せず、現代文明の利器をその身で堪能することを選択した彼は、召喚された際の姿から上等なスーツに装いを改めている。その彼の容貌の中で、とりわけ特徴的なのは、その(まなこ)

 

 イタリアはカピトリーノ美術館に現存する、巨像頭部。強烈な眼光はそれと同じ──否、サーヴァントとして現界した彼の方が鋭いと言えよう。よく『視線で人が殺せるならとうに殺しているような視線』などという表現がなされるが、彼はその逆。殺意などなくとも、視線だけで他人を殺せるような、上位者の眼光を持つ者。

 

 アインツベルンが奔走のすえ、巨像のごく一部を極秘裏に入手し、触媒として召喚した、裁定者のクラスに就くもの。

 

 

 

 ルーラー、()()()()()()()()()()()

 

 ガイウス・フラウィウス・ウァレリウス・コンスタンティヌス。

 

 

 

 東西に分断されていたローマ帝国を統一した大帝(マグヌス)

 

 主の教えを公認し、自らも改宗して列せられた聖人。

 

 ──そして、自らの子と妻とを処刑した、苛烈にして冷徹なる人間。

 

 彼がかつてビザンティオンと呼ばれていた地に建設した大都市、コンスタンティノスの町(コンスタンティノープル)──現在ではイスタンブールと名を変えてはいるが、それでも誰もが知る響きだ。

 

 疑いようもなく最高の知名度を誇る彼は、最強格のサーヴァントと断じても過言ではない。聖杯もまた、英雄英傑の集う混沌、何が起きてもおかしくはない聖杯戦争(ころしあい)の裁定者としては適任と考えたのだろう。

 

 彼ならばその鋭き眼と()()()()によって、如何な理由によってルーラー(おのれ)が召喚されたのか突き止め、解決できると誰もを信じさせるだけの説得力のある人選と言えよう。

 

「さあ、フユキまではあと僅かだ。征くぞ、()()()()

 

 自らを従える主であると呼びかけながら、彼に臣従の気配はかけらもなかった。ただただ傲岸不遜に、生前に君臨していたように皇帝として命ずるのみ。

 

 ただ、己が定めた道に従って進め、と。(ローマ)が敷き、理想(ローマ)へと通ずる、唯一の道を。

 

 すなわち。

 

「聖杯戦争を──終わらせに」

 

 

 

***

 

 

 

 そして。

 

 聖杯に宿るモノは、あまねく天の下の全てを嘲笑い、あまねく地の上の全てを呪いながら、夢を見る。

 

 ──紅く、

 

赤く、

 

 朱く染まる、

 

月の夢を。

 

「ああ──今度こそ、今度こそきっと届く……!」

 

 この世の果ての、その先の──()()()()()()()、彼方の夢を。

 

 

 

「もう邪魔はさせないよ──()()!」

 

 To be continued……/2章『花と鉄冠』へ続く




という訳で、今回で1章「Fuyuki in Feb. 2026」完。
次回更新は2026/06/12予定です。
次話(最新話)は以下で公開中です。
https://fate-second-to-none.com/
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