冬木の聖杯戦争には二つの聖杯がある。
ひとつ、小聖杯。こちらは
その本当の機能は、脱落した英霊の魂を蓄えるためのもの。
では、蓄えてどうするのか。
そこで出てくるのがもうひとつの器、大聖杯で────
今まさに覚醒したわけではない。例によって狸寝入りの解除である。覚醒直後の状況の把握は済ませている。
自己診断──不調。椎名聖の肉体は隅から隅まで余すところなくボロボロだ。それも当然、ライダー相手の大立ち回りは命がいくつあっても足りないほどというか、むしろ生きているのが不思議なくらい。感覚的にまた二日近く寝込んでいたらしいが、ランサーの介助のあった前回と違って、負荷と疲労は驚くほど抜けていない。
意識喪失直前から追加で新たに負傷したということは無さそうだった。殺されていないだけでも驚きだが、手厚くとまでは行かずとも看病されている形跡すらある。
周辺索敵──室内。寝かされているものの感覚からして、これは
音から判別するに男性、成人済み。呼吸音からして多少の緊張感を抱いているらしい。それを和らげるためにだろう、本を読んでいると思しき細やかな「シュル……」と鳴る音が、分析の助けとなった。
倒れる直前の状況を思い返せば二名の男性。セイバーと、足だけ見えたのは推定そのマスターだろう。どちらにせよこの体調で相手取るのは正気の沙汰ではない。
(…………ここに、
セイバー陣営の片割れと共に、どこか別の場所に隔離されているのだろう。彼女の安否を確かめるまでは、聖が荒っぽい真似に出ないと踏んでのことか。
事実、そうなっているのだから流石と言うべきだろう。
──身を起こしながら、分析との答え合わせ。おおむね予想通りだったが、視覚でもっていくつか明らかになった新情報もあった。
まず、彼が居るのは和室──ここフユキの地にもほとんど残っていないであろう、大日本帝国時代の名残のような一室であったこと。
そしてそこに居るのは、見知らぬ男性。
年のころは二十代前半と言ったところか。大人の仲間入りを果たしたばかりで、まだ未熟さゆえの熱を失っていない過渡期の青年。
涼やかな黒い髪は長すぎず短すぎず切りそろえられ、白人の血が混ざっているのか蒼い瞳だ。眼鏡をかけているが伊達だろう。整った容姿でにこやかに微笑みかければうら若き乙女たちはキャーッと色めき立つだろうが、今は警戒対象に向ける怜悧な刃の如き視線が印象の大部分を占めている。
文庫本が閉じられるパタンという音。その手の甲には、円形に近い赤い痣模様。未だ二画を残す令呪は優秀な証と言えるだろう。
きっと彼は気絶直前に見た足の主であり、セイバーのマスター。
そう思っていても状況上、聞かざるを得ない。
「…………誰、だ」
果たして返ってきたのは、
「セイバーのマスター、
──単刀直入単純明快な、爆弾発言だった。