「白状すると、隣の部屋にいる。そこでセイバーが付き切りで見張り中だ」
それなら確かに聖が乱心して遠坂に襲い掛かっても何とかしやすい距離だろう。聖も近くにいるはずと予想していたが、当たりだったわけだ。
「会わせてくれるか?」
「──生憎と。それを頼むのはこちらになるな」
遠坂久満が立ち上がった。
それが“ついてこい”という言葉無き示唆だと悟って、聖も四肢に力を入れる。笑ってしまうほど弱弱しく、とても戦うには足らない。震えだしそうなほど頼りないが、芯に生きる理由を注ぎ込んで立ち上がる。
いつだって彼はそうしてきたから。
「行こう。────ところで、此処はどこなんだ」
「そういえば言ってなかったか。ここはフユキ新都唯一の
遠坂家は第二次聖杯戦争の御家断絶のおり、冬木に有していた本邸を焼き討ちに遭っている。ぺんぺん草も残らぬほど徹底的に焼き払われたその地は現在
逗留先にフユキ・ハイアットホテルを選んだアインツベルン家と思考パターンは同一で、御三家とはそういう部分も似るものなのだろうかと疑いたくなる。とはいえ本格リョカンではあるものの、あちらと比べれば相対的にリーズナブル。そこは一時的にであっても断絶した遠坂家と、今日まで存続してきたアインツベルン家の差か。
とはいえ悪いことばかりでもない。椎名聖ですら遠坂家が再起して参戦するなど思っても見なかったこともあるが、セイバー陣営はその所在も全様も、一切を掴ませずにここまで戦えているのもその一つだし、
「────」
突発的に確保した椎名聖や臙条叶を分断して置いておくための一室を急遽借りることも、可能となる。
男性二人は連れ立って廊下に出る。遠坂についていった先が本当に壁一枚隔てた隣室で、聖は先刻の会話をもっとうまく持っていけたのではないかと考えてしまう。内容や落としどころに文句はなかったが、単純に遠坂久満に主導権を握られていたことに不満はあったのだ。椎名聖は負けず嫌いである。
上がりこんだ隣室も同じ間取り。
セイバーは遠坂と同様に窓際──広縁に着席していた。流石は最優と称されるサーヴァントと言うべきか、それだけで一幅の絵画のように魅せるチカラを宿している。
一部の隙もない完全武装状態の彼は、片手には鞘入りとはいえ聖剣まで携えている。それが自分用ではないことを、聖は感じ取っていた。
何故なら──遠坂久満と聖が交わした会話は共有されている。主のあとをついてきた聖にセイバーは何も言わなかった。二人の間には念話が通っているのだから当然なのだが、聖は少しだけ寂しさを思い出す。友の喪失とはこんなにも尾を引くものだったか──
今は、郷愁に耽溺するべきときではない。振り切る。
セイバーは黙って、部屋の中央に敷かれている布団を指し示した。
「────」
臙条叶がそこに横たわっていた。
紅潮した頬。熱に浮かされたような荒い呼吸。
一目で異常事態と判る不調。立って歩けている椎名聖なんかより、少女はよほど危険な状態だ。
「臙条、臙条……!」
「──椎名、聖……か──」
声に反応はあって、開いた瞼から覗く瞳の色は赫。十字に裂けた魔眼は最後に見た時と同じままだ。
「ベルの方か……! 臙条はどうなってる……!?」
「やっと起きてきたくせに、矢継ぎ早に……」
臙条叶の肉体を操るベルは、ひどく億劫そうに上体を起こす。
──セイバーの剣が、チキリと揺らぐ音を奏でた。
「椎名聖が来たぞ。約束通り全て話してもらおうか」
剣の英霊は冷え冷えと告げる。
「…………ああ、良いだろう。どうせ、コイツがいないと始まらない話だ」
「────……何の、話だ」
聖は脳をフル回転させながら、辛うじてそう言った。脳裏に去来するのは、今までに見聞きした関連事項と思しきもの。
──『悪性情報の底なし井戸』。
──ライダーによって暴かれたという臙条叶の記憶。
──十年前の……第四次聖杯戦争の結末。『第一次フユキ大火』。
──『死ななきゃいけなかった』と嘆く少女──
「これより、臙条叶の魂を救出する。失敗すればすべて終わる。──この街は、今度こそ終焉を迎えることになるだろう」
……作戦名は『オペレーション・ヘブンズフォール』。
それは、人類不可侵の決死行。
悪性情報集積圏──廃棄孔への