セイバーの手が伸びる、その先には、聖剣。
『エクスカリバー』ほどの宝具であれば、人類悪を斬ることも可能だろう。ましてや肉体自体は普通寄りの少女のそれである。それを裏付けるように、ベルも抜剣を看過しない。
瞳が裂ける──魔眼が励起する。
「やってみるがいい。あの子の魂が在る限り、私の生命維持活動も可能なのを忘れるな。──この宿ごと、貴様のマスターを吹き飛ばすくらいは容易いということもな」
にらみ合いになる英霊と獣。その関係性を考えれば自然な構図かもしれないが、繰り広げられるのは見目麗しい美男と愛らしい美少女の口論だ。そのくせ発言内容は実現できるだけのスペックを備えているから厄介極まりない。
セイバーがハッタリをカマしているだけなのか本気なのか掴みかねて動けない聖の横、ここまで沈黙を保ってきた遠坂が手を打ち合わせて大きな音を立てて、
「そこまで、だ。その話は
俺の意思は無視か──聖はさすがに天を仰ぎたい気分をぐっとこらえ、
「────
「…………」
「なにビックリした顔してやがる、あるんだろ。ソロモン王の使い魔ともあろうものが、まさか俺が起きてきて解決策を提示するのを指くわえて待ってたってのか」
彼らは聖が目覚めるのを待っていた──そこには理由がある。必要とするのでなければ、悪性情報の決壊までの貴重な猶予を、ただ待つだけに浪費するなどありえない。
『魂の救出』とベリアルは宣った。
『送り込んで対処させる。失敗したら両方を殺す』と遠坂久満は告げた。
そこから割り出すに──
「俺の役割は
俺に銃は似合わないもんな、と小さく溢して、
「ベリアルが送り込み担当、遠坂とセイバーは全部が
救助に向かう先は少女の心、その奥の奥。
ベルと
危惧は──食い違っていた。
「…………行って、くれる……のか?」
ベリアルからすれば、そもそもが断られる可能性大の無茶ぶり。他者の精神世界に飛び込むなど、なにが起きてもおかしくない超特殊事案なのだ。不測の事態はいくらでも想定できる──悪性情報に飲まれて意味消失。接続が断線して心の一部が欠ける。どころか意識全部が臙条叶側に切り離され、肉体は伽藍洞になり果てる、とか。エトセトラエトセトラ。
最悪の結末と、それに付随して断る理由くらい無限に挙げられる
リスクは極大。
対するリターンは、聖が納得できるほどのものは提示できては──
「ああ?」
そんな話はとっくに済んでいたと思っていたから、聖の応答は容赦ない。
「あのなあ、行く気がないならとっくに
こんな話、前にもしなかったかと振り返って納得する。
ベリアルは臙条叶の中に潜んで彼女と同じものを観ているのだから、あの決意表明──ランサーとキャスターに切った啖呵、何故臙条叶を助けに行くかの説明を知る由もなかった。何度も口に出すことでもないけれど、確かにあれを聞いていないベリアルが不可解に思っても不思議ではない。
ハイリスクローリターンはベリアル視点の理屈であって、椎名聖の信念ではないだけ。
「行くよ。行かいでか。任せとけって、あいつがどうなってても引っ張り上げて来っから」
ベルは目をぎゅっと閉じて、それを隠すように俯いて、
「────ありがとう。どうか、あの子を頼む」
人類悪の痛切な謝意に、椎名聖は不敵に笑って返す。
「全部終わった後みたいな雰囲気出してんな。これからが本番だし、あんたは終わった後にもやること残ってんの、忘れんなよ?」
「ああ。叶が無事に戻ってきたなら、私はすべてを語ろう」
「約束だからな」
言葉を交わすだけに非ず、彼らは準備を進めていた。
ベリアルは臙条叶の肉体を再び布団の上に横たえる。気丈に振舞っていても、やはりしんどさは隠しきれるものではないらしい。これから開始する作戦のためにも、楽な姿勢──意識を失った際に倒れない状況は必須となる。
そしてそれは、椎名聖も同様。
布団をもう一組用意してごろんと寝っ転がる……とだけいうと普通の光景に思えるかもしれないが、実情は仲居さんが見れば困惑すること請け合いである。
聖の足は南向きに、叶の足は北向きに。
これならば精神接続に不都合はあるまいと考えてのことだ。
「椎名聖──ヘルギの魔剣接続線を応用して、叶の夢の中に聖の精神を送り込む」
「
「いいや、私が夢の水先案内人だ。彼女の未明領域、無意識の暗黒物質渦巻く悪夢の中に、ただひとつ輝く星を求める潜行の導きとなろう」
「…………やれやれ。眠り姫一人起こすのに大仰なこった。とはいえ
聖は
遠坂久満の喉がなる音が、やけに響いた。
臙条叶の肉体と椎名聖の意志が触れる。
弾ける閃光。
「
それが合図の言葉。
世界の底が抜けるように。
椎名聖の意識は、少女の秘密の庭へと導かれて墜ちてゆく────