Fate/second to none   作:吉田一味

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2章「月と鉄冠」開幕です。
ここからは趣向を変えて『ちょっと短く区切るかわりに毎日投稿』スタイルでお届けしていきます。


第二章 月と鉄冠
長く短い夢①


 星も無き、虚空の廃墟。

 

「──ああ、今夜は()()()には来ないのか。(かなえ)

 

 天を仰いでベルは独り、呟く。

 

 シチュエーションと内容だけで捉えれば、どこか寂しそうな雰囲気にも聞こえる言葉。けれど、ベルの表情は晴れやかだった。せいせいするとすら言いたげな、彼女がこの場にいないことを心底から言祝ぐ表情。

 

 誰に聞かせるでもない、独り言。

 

()()()の術は強固だ。どうせ、()()()からも持ち出せやしないんだろうが──」

 

 ベルの廃墟の夢に訪れずとも、人は眠るもの。

 

 では、床に就いた彼女の精神はどこに向かうのか。

 

「いいさ。私も羽を伸ばせる」

 

 嘯きながらも、ベルの瞳は、余すことなく観測している。

 

 少女の彷徨いこんだ、フィヨルドの記憶を。

 

 

 

***

 

 

 

 ──まず感じたのは、風。

 

 流れる空気に髪がなびく。

 

 ──次いで、視界に広がる白。そして、わずかな雨の匂い。

 

 雲中、高速軌道のさなか。

 

 私はいま、空を飛んでいる。

 

 すぐに判ったのは経験があったから、夜空を()()と過ごした時間があったから──じゃない。

 

 直感する。()()()()()()()()()()()()()

 

 だって何もかも違う。

 

 私に配慮して飛んでたトキも、退避するために急加速したトキも、私は"お客様"だった。大事に大事に守られて、空を飛ぶことの本当の意味から遠ざけられていたのだと、遅まきながら理解する。

 

 だって、全然違う。風と一体化するような、正しく呼吸をするような、こんな自然さも自由さもなかった。視界すべてを雲に覆われていたって、何処をどれくらいの速さで飛んでいるか、手に取るようにわかる感覚(センサー)は彼女だけのもの。

 

 これが、彼女たち(ワルキューレ)の空。

 

「お姉さま、間もなく予定ポイントに到達します」

 

「速度200。隊列維持。……今回の任務は()()候補一名の観測、および目標(ターゲット)への私たちの印象付けのみです。ただし、これは大神オーディン様直々の命。くれぐれも気を抜かないように」

 

「はい、お姉さま」

 

 他のワルキューレ達に告げる声は、聞いたこともないくらい淡々とした彼女(ランサー)が発した指示。いつものクールではありながらうちに秘める感情の息遣いはそこにはなく、どこまでも機械的。

 

 同一人物、なのだろうか。そう疑いそうになるけれど、しかし声が同じワルキューレがそんなに居るとも思えない。事実、一糸乱れぬ返事をした子たちは皆それぞれ別の声をしていた。ワルキューレならばみな同じ(そういうこともある)、という訳でもないようだ。

 

 ……ふと、思う。

 

 いま、私は内心で彼女たちを一括りにワルキューレと呼んでいた。なぜって全員がワルキューレだから。彼女は独りじゃなかった。それはいい。羨ましいけれど、今はいい。

 

 問題は──そんなランサーを、"ワルキューレ"の真名で呼ぶのは正しいのだろうか?

 

 きわめて大雑把に言えば、私が『私はニホン人だ』と自己紹介するようなものなのではないだろうか。『あなたは誰ですか』と問われてそんな返答をすれば、普通は更なる説明が求められる。

 

 だが、相手が普通でないとしたら。その説明で十分だと納得するくらい無知だとしたら。『ニホン人』を名前と受け取ってそれ以上追及しようとしない相手だったなら。

 

 私は、知らなかった。ワルキューレとはいっぱい居るものなのだと。

 

 ──ランサー自身、まさか踏み込んで質問されないとは思ってもみなかったのかも知れない。聖杯にかける願いと同様に、真名の一部を隠しているのだと言外に告げていたのに、それをそうと察せずにそのまま流されたのは予想外だった、とか。ランサー的にもそこでわざわざ『隠しているんですよ』と教える義理もない……むしろ好都合だから、黙っているのも当然だ。

 

 ──でも。

 

 ランサーも、隠し事をしていた。それだけのことが、どうにも胸にチクリと、刺さって抜けそうもない。

 

「降下座標到達。速度維持。雲底を抜けるまで、3、2、1、──」

 

 一面の白と雨の匂いを振り切って、彼女(わたし)たちの騎体が露わになる。黒の羽は艶やかに光を散らし、ミスリル銀の鎧をつつましく隠し、時に垣間見せる。これこそは彼女の宝具、『黒鴉礼装(ヴィズリスメイヤー)』。空を舞い勇士を見定める、戦乙女の制式兵装。……噂では大神オーディンは、この衣のピーキーさに頭を悩ませているとか。新型の飛翔礼装の開発も進んでいるというが、これでいい、この黒鴉礼装より良い衣などないのに──という思考が、不意にながれこんでくる。

 

 これは、ランサーの思考か。彼女の記憶、心のうちまでを覗き見ているらしいと、遅まきながら理解する。

 

 彼女の隠し事は気になる。気になるけれど、真名も願いも、私が知らない方がいいと彼女が判断したものを、同意無しに暴くのは本意じゃない。どうにか、この記憶視を止められないものかと()()()

 

 甲斐あってか、()()()が乖離していく感覚。それは目覚めに似て、ああ、これは夢の一種なんだと理解した。

 

 ()()()のとは違う、と無意識的に思ったあと、いつものって何だっけ、と混乱する。ここにいる私、ランサーの記憶に迷い込んだ私は、どうやら夢と現実の狭間の私らしい。もしかすると、目覚めてもこの夢の記憶を保持できるかもしれないと、淡い期待を抱いてしまう。

 

 いつだってそんな無価値な感情(きたい)は、裏切られ続けてきたくせに。

 

 遠ざかって白んでいく意識の中心、かすむランサーの視界に、開けた草原の景色が映っている。何か、丘のように盛り上がったところに誰かが居る。()はこちらを見ている──彼女(██████)を見ている。

 

 その瞳が、私を貫く。

 

 心臓を突き刺されたかのような衝撃とともに、私は目覚めた。

 




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