Fate/second to none   作:吉田一味

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フォーリン①

 

 私はここで、死ねば良かったんだ。

 

 すべてを知った、完全に思い出した今は本当に心底そう思っている。

 

「かッ…………ぁ、お゙…………」

 

 お父さんは幼い私の首をぎゅうぎゅうと絞めあげている。もちろん苦しい。死んでしまいそうなほどだけれど、このまま続けば死ぬのは確実だけれど、私はここでは死なないともう知っている。知ってしまっている。

 

──これから私が、最悪の罪を犯すと。

 

 私は苦しくって苦しくって、もう何も判らなくなって、がむしゃらに暴れまわって。

 

 その時、手が固いものとぶつかって「カシャン」と何かが私の胸の上に落っこちてきたんだ。

 

 視界も霞んでいたからよく見えないまま、私はそれを手に取って。

 

「────」

 

 見えなかった。

 

 けれど手触りで、そ(・)れ(・)が何なのかは、確かに理解していたのに。

 

 私は死にたくない一心で、引(・)金(・)を(・)引(・)い(・)た(・)んだ。

 

 パン、パンと乾いた破裂音のあと。

 

 私に生暖かく粘っこい液体が垂れ落ちる。

 

「ご────プ、ぼ」

 

 頸(くび)にかかっていた握力が緩んで、喉を空気が通り抜ける。

 

「ひゅっ──げほげほっ、ガホ! げほっ……ゔっ」

 

 完全に脱力したお父さんが私に落ちてきて潰された。上半身だけで私の全身くらいあるから、寸前まで絞殺されかけてて酸素の足らない私は必死でその下から這い出る。

 

 地べたに膝をついて荒い呼吸。肩を上下させる私の横──

 

 お父さんは、私の動かすの以外では、ピクリともしない。

 

「ハア、ハア、ハア…………は……お父さん、お父さん……」

 

 揺する。

 

 揺れた。

 

 それは自然なこと。私は生きているから動くし動かせる。

 

 動かない、動かされるだけのお父さんは、つまりそういうこと。

 

 ──銃で撃てば、人は死ぬ。

 

「あ…………」

 

 お父さんを揺すり続ける手に握ったままの拳銃が、かちゃりと聞こえるか聞こえないかの音を立てた。

 

「っっっヒい──」

 

 握っていることすら恐ろしくて投げ捨てる。そんなことをしても、尊属殺の事実がどっか行くわけでもないのに、凶器は回転しながら夜闇に消えた。

 

 後に残るのは、私が殺したお父さんの死体と、返り血に汚れた私だけ。

 

 生きているのは────私ひとり。

 

「あ、ァァ……アァァアア、ア────」

 

 世界が歪む。

 

 ぐじゅりぐじゅりと溶け腐って崩れてゆく。

 

 私の間延びした声に合わせて、引っ張られ張り詰めて──

 

「あぁあああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

 ──ついに、決壊する。

 

 夢(ムネ)が張り裂け、地獄の景色は破けて熔けて流れて私は支えを失い、黒一色の虚空へと真っ逆さま。こ(・)こ(・)が悪夢の底であると何度期待しても裏切られる。

 

 絶望に底などない。

 

 堕ち続けるだけだ。

 

 こんなふうに真っ暗な孔を堕ちて、堕ちて、堕ち続けて──

 

 

 

「起きなさい、叶(かなえ)! 逃げるぞ!」

 

 

 

 ほら。

 

 これでもう百度目かな。それとも千回目だったっけ。

 

 悪夢は終わらない。リフレインして、また最初(フリダシ)から──私はお父さんに起こされる。

 

 2026年の臙条(えんじょう)叶の精神は、2016年12月22日の夜を繰り返し続ける。目覚めて、家から焼け出されて、抱きかかえられて街を逃げ惑って、拳銃自殺する人を目撃して、発狂したお父さんに絞殺されかけて、拳銃で殺す──までを。

 

 もういい、もう見たくない、追体験なんてさせないでくれってどれだけ願っても、私の手は吸い付くみたいに拳銃を取ってお父さんの心臓に銃弾を叩きこんでしまう。

 

 筋書きは何ひとつ変わらない。

 

 きっと無限に繰り返し続ける。

 

 あるいは、この悪夢に削り下ろされ、私の生きる気力なんてものが払底すれば結末も変わるのだろうか。魂をやすり掛けされるような無間の責め苦が終わった後、空っぽになった私という器を誰かがどうにかしたいのかも知れないと思っても、それももうどうでもよくなってしまっていた。

 

 だってこの悪夢は私の真実だ。

 

 こんな再演見たくないと思っていても目を逸らせない、私の中にずっとあった地獄がこれだ。ハルくんとベルが二人がかりで押さえつけていた蓋が外れただけで、こんなに溢れて止めどない。

 

お父さんを撃ち殺す。

 

また悪夢の底が抜ける。

 

 こんな過去を、悲劇を、──罪を忘れてのうのうと生きていたなんて。

 

 そりゃあ人格も歪もうものだ。心的致命傷をまやかして生きているように見せかけても、傷はそこにあって血も流れ続けているんだから、どうあったって真っ当には生きられない。心的ゾンビがこの私。

 

男の人が拳銃自殺をする。

 

拾わないでと願っても、お父さんは拳銃を拾ってしまう。

 

 だから思う。

 

 私なんて『第一次フユキ大火』の夜に、お父さんを撃ち殺したりせず──お父さんと一緒に、大人しく死んでいれば良かったんだって。

 

殺す。

 

堕ちる。

 

 私の手が拳銃を握っていた。

 

 ああ、また、私はお父さんを────私の心を撃ち殺す。あと何発撃ち込めばとどめを刺せるのかな。さっさと終わってくれないかな──

 

殺す。

 

堕ちる。

 

殺す。

 

堕ちる。

 

殺(・)せ(・)。(・)

 

堕(・)ち(・)ろ(・)。(・)

 

「────マスター。離れるんだ」

 

「こ……れ、は──そ(・)う(・)い(・)う(・)こ(・)と(・)なのか? 失敗したってのか……!?」

 

「あるいは間に合わなかったか。どうあれこれ以上は看過できない。

 

……この魔力は危険だ」

 

「待て、セイバー、本当に……うっ!?」

 

殺せ。

 

堕ちろ。

 

殺せ。

 

堕ちろ。

 

「まだか、椎名聖──!

 

これ以上は保たない、廃棄孔が溢れる……!」

 

殺せ。

 

堕ちろ。

 

堕ちろ。堕ちろ。堕ちろ。殺せ。殺せ。殺せ。

 

殺せ。殺せ。殺せ。殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ助けて殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ誰か殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺、

 

 引金を絞る。

 

 撃鉄が落ちる。

 

 銃声が響いた。

 

 

 

「夢ッくらい!」

 

 衝撃に世界が揺れる。硬質な音が響く。

 

「────好きにしたっていいだろ。夢なんだからよ」

 

 私の背後から伸びている腕。握られている、銀色に輝く刃。

 

 割り込んだ椎名聖(しいなひじり)が魔剣の鋼身で、放たれた銃弾を受け止めていた。

 

 




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