理由はつけられる。
例えば『臙条叶が目覚めなければその肉体を呪いが簒奪し、フユキの街に災いを齎すから』だとか。
例えば『第五次聖杯戦争が終わっていない以上、同盟はまだ解消されていないだろう』だとか。
言葉と理屈をこねくり回せば立ち上がらせる
事実、フユキ・ハイアットホテルでルーラーがランサーを自害させるのを阻止できず、一度は心折れた彼女を再起させたのはそういう類の発奮だった。
今一度、理由を与えてやれば……きっとそれを支えに少女は立てる。
けれど、──ならばいつまでそんなことを繰り返せばいいのか。
己に価値を見出せなくなってしまった臙条叶は、この先ずっと誰かのためだけに頑張り続けて、胸に開いた孔に泥を詰め込み続けるのか。
けれど傷ついていたとしても、彼女自身が頑として認めないとしても、彼女に価値はあるのだと。
この俺が認めたものを、生者にまとわりつくことしかできない
言わずにいるなど、この男にはどうしても我慢ならなかった。
椎名聖はこれみよがしに嘆息する。
「なんだ、
「──………え?」
「『え』じゃねえ、偽善者って言ったのはそっちだろ。俺は生まれてこのかた、誰かのために生きたことなんか一個もないぜ。全部俺のために動いてんだ、俺は」
臙条叶が死にたがっていようと、関係ない。
椎名聖が生かしたいから無理やりにでも生かす。
そのためならば、倫理に悖るとも知ったことか──
「臙条。お前は父親を撃ち殺すんじゃなかった、私が死ねばよかった、ってそう悔いてるんだろ。
「──────ッッ」
そりゃあ当然、どっちも助かるのならばこんな比較は必要ない。命は尊いことくらい聖だって理解していて、無為に奪われるべきものではないと承知している。けれど現実にはお題目だけで回ってはおらず、比較/選別は起こり得る。
『臙条叶が代わりに死んでいれば良かったんだ』という悲嘆には、椎名聖は断じて否と主張しなければならなかった。
……言ってもどうせ納得しないし、そも小っ恥ずかしいから口に出す気はないが────椎名聖は臙条叶に感謝しているのだ。
椎名聖の、代々のヘルギたちの──積年の悲願が叶ったのは、彼女あってこそ。
どれだけ辛い道のりでも、不甲斐ない
なにせ他の道筋を行けば、聖はカーラに謝罪すらできなかったかもしれないのだ。カーラの最期が、会話を交わせる距離であったことも、その猶予を与えられたことも、振り返ってみればなんて幸運。ボタンを一つ掛け違えて、ヘルギのあずかり知らぬ戦場でランサーの命運が尽きる可能性も、どころか聖の方があえなく頓死する可能性だって十分にあった。
今の結末に至れただけで望外。あれで満足、これ以上は望まない心境に至っているし、望みの果てへ導いてくれた者へは恩を感じてすらいる。敵同士であっても、また会えれば礼を言うくらいはしてもいいかもな、なんて考えるのは聖杯戦争以前の彼からは考えられない心境の変化、憑き物の落ち具合だと言えよう。
況や共に戦った味方をや。
ありがとうと抱き合いたい。迷惑をかけて済まなかったと頭を下げよう。全部終わった後に「お疲れ様」なんて笑い合って肩を叩き合えたならきっと最高だ。
そういうことをする相手なんて、胸襟を開いてこなかったヘルギには殆ど居ないから、必然その価値も重くなろうというもの。
そんな相手が、
「私に価値なんか無い!!!」
なんて叫ぶものだから、買い言葉で彼も烈しく叫ぶ。
「ある!! いいか臙条、お前の価値はお前のもんじゃないんだ!!」
この世の誰からも見捨てられるつもりで居るのなら、それは大間違いだと断言しなければならなかった。少女が自分自身について下す評価は、それは誰にも手出しできない最後の領域。けれど──
「お前がどう考えようと、どう思われたがろうと、
今を生きているのだから。
此処に在るのだから。
人と人として出会って、関わってしまっているのだから。
その
「俺は、椎名聖というこの俺は、臙条叶という価値が消えることを惜しいと思ったんだ! だから助ける、だから生かすんだ、
いつの間にか少女の襟首を掴んで、とって食っちまわんばかりの勢いで。額同士のぶつかりそうな距離まで詰めて自分はいったい何を言っているのやら。思っている以上に自分はこの少女に入れ込んでいるらしいと気付いて、聖はやけに可笑しくなる。
彼の不意に浮かべた笑みをきっと違う意味に取ったのか、単に気迫に圧されたのかは分からないが、叶はふいと目を逸らす。拗ねたような顔をして、叱られたこどもみたいに地面に視線を逃がしながら、
「────なんでよ。何で、そこまで……」
…………さて、困った。どうしたものか。
素直に本心を語るのは憚られる。結果として彼が選択したのは、更に不敵にふてぶてしく笑う道だった。
「なんだ、自覚ないのか。そうそう居ないぜ、お前みたいなやつ。何を抱え込んでたのか、何をするか全く予想できない面白いやつ。お陰で色々と大変なこともあったけど、────退屈しない聖杯戦争、愉快な戦いだった」
ある側面では本心の、普段ならば口にしないような言葉。それを聞いて少女は、
「な──に、それ……。馬鹿じゃないの」
酷さが閾値を超えたのか、それとも冗談と受け取ったか。
ずっと涙に暮れていたのが、ふっ、と。
雨上がりの花のように、表情を綻ばせた。