今のは心拍じゃない。
地震とは違う。横揺れ縦揺れとは根本から別物だったし、十年前のあの夜にこんな振動は観測されていないはずだから。……というか、何となく“そういう場所”と認識してたけれど、ここって私の夢の中でいいんだよね?
「叶の意志を折れないと見て、実力行使に出ることにしたか。
聖ならざる声が、彼の手首のあたりから聞こえてくる。先刻から気にはなっていたけれどそれどろじゃなくて後回しにしていた命綱──太い蔦か海生生物の触手のような、黒く長く太い触手の発した声らしい。見覚えも聞き覚えもないが、口調には覚えがある。状況から察するに──
「ベ、ベル……なの? なにそれ……?」
命綱かと思ったものは、どうやらそのものずばり身体の一部だったらしい。少なくとも喋れて、ある程度こちらの状況を把握できるくらいの感覚器を有する
暗夜に延々と伸びて根本の見えない異形の黒触手と、ルーラーのマスター似の白皙の美女とがどうにも一致しない。まあ私の夢くんだりまで付き合ってくれる存在なんてベルくらいだし、聖が特に警戒もしていない──どころか腕に絡まらせて普通に言葉を交わしている──ところからして、有害なものでないのは伝わってくる。あとはもう私の慣れの問題だ。
そして、悠長につべこべ言っていられる状況ではないのも、理解している。
「事情は後で、解決が先だ。悪性情報ども、全力だぞ」
空間の鳴動はなおも続き、どんどんと激しさを増していた。最早脈動と錯覚することなどあり得ない地鳴りと共にあらゆるカタチが歪み、溶け崩れてうねり出す。
ドロドロと粘性を帯びた液状化して、土石流のような轟音と共に、すべてが一極に集約されてゆく。
──即ち。
椎名聖に吹き飛ばされて地に倒れ伏していた、私のお父さんへと。
「────っ」
「……あの人も、この風景も、何もかも全部が悪性情報──十年前からのフユキの呪いだ。世界に復讐することだけを望む、マイナスの方向性だけを煮詰めたもの。…………あそこまでグチャグチャに入り混じって蓄積された泥は消すしかない」
「今までは定期的に焼却していたが、叶の意識が沈み込んでしまったことでその手は封じられていた」
今まで通り焼き払えば、泥の海ごと私も焼き払ってしまうから手が出せなかった、ということみたい。ベルは
聖が私を発見したから、引っ張り上げさえ出来ればあとは今まで通り。
孔に溜まった泥を、ベルの力で焼き尽くせばそれで──────
「…………ねえ」
「ん?」
思い付きを口にするのには勇気が要った。細く長く息を吸って、お腹にぐっと力を込めて、
「この夢がフユキの呪いそのものなら────私がやる」
「なッ──」
聖は“またぞろ奇妙なこと言い出したぞコイツ”って顔を隠そうともしないし、リアクションはないけれどベルも同感っぽいのは長い付き合いだから分かる。けれど別に、今回はそんなに変なことは言っていないつもりだ。
泥がフユキに渦巻く呪いの果てなら、あの中にはお父さんの呪いも居る。忘れさせられててどうしようもなかったトキならいざ知らず、そうと理解してしまったらもうムリだ。コレは幾らベルと言えど
それに、能力的にも無理とは言わせない。
「ベル、
「────」
顔は見えないけれど。
思いっきり顰めたカンジだな、今。
……私とベルは一心同体。十年間、毎夜の如くに語り合っていた──というか半分はベルの一方的な講釈で、もう半分は私の日々の愚痴なのだけれど──内容だって、記憶の蓋をしていた術がライダーに破壊されたから思い出している。
自分の身体がどういう状態・構成なのか、承知の上なんだから舐めないでほしい。
「魔眼。貸してくれる?」
「…………、──それは」
問いに、実のところ意味はない。私が有無を言わせず強引に制御権を
──いいや、そうではない。これはベルの信頼なんだと受け止める。
私なら大丈夫だと、私ならば大丈夫になると、信じていてくれたが故の委譲。預けてくれていたものを、無理矢理にブン回したりしたくはない。
「────お願い、ベル。私は大丈夫。……私が、やりたいの」