Fate/second to none   作:吉田一味

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フォーリン⑥

「…………、」

 

 ベルが何を心配しているかも察している。

 

 私がもう幾度も繰り返し堕ち続けた地獄、お父さんをこの手で殺す責め苦をこれ以上はさせたくない、という配慮。ありがたいんだけれど、私の心情は逆なんだ。

 

 かつてお父さんだったモノを、今やお父さんを象るモノを、私以外の手にかけさせたくはない。

 

「──私は殺したよ。私が殺してしまったんだ。それを──私の罪を、ごめん、例え貴方にであっても譲りたくない。奪われたくないの」

 

「……………………」

 

 正視に耐えないほどの罪であっても、それは私の過去。

 

 もう目を背けたくないんだ。

 

「お願い、ベル」

 

 天より伸び降る触手をそっと手に取って、握る。暖かさも柔らかさも感じないそれはピクッと小さく身を竦ませ、……ゆっくりと私の手を握り(まき)返してくれた。

 

「……どうせ、私にお前のワガママを御せたことなどないんだ。好きに使うがいい」

 

「うん。ありがとう」

 

 私の手の肌へと何かが浸透して、大きなものと繋がっていく感覚。見れば私のなまっ白(ちろ)い皮膚とベルの触手の黒と混じりあって脈打っていた。そこから流入する”熱”は身体中の血管を駆け巡り、最終的に二つの瞳に集まってゆく。

 

 瞳が開いてゆくとしか形容できない異質。

 

「だが忘れるな。此なるは世界すら焼き尽くした魔眼、獣の権能のその一端。全てを台無しにするような無様だけは、してくれるなよ──!!」

 

 見える景色が変わる訳じゃない。

 

 変わったのは私──この瞳には力が宿ると、啓蒙してもらった/させられてしまっただけ。あの夜に瞳から脳へ入って未だ燻る焔種を、現実に投射する焼却の異能の力が。

 

 力は、更なる反応を引き起こす。

 

【『〔

 

───██ ████████

 

」】》

 

 世界そのものが、慄いた。

 

 生身の人間が恐怖に総毛立つように地獄の表面に波が起こる。火と血の入り混じった赤黒い汚泥が猛烈なスピードで、お父さんの穴という孔から潜り込んで膨れ上がらせる。

 

 ……人間の体内に収まる液体の量といったらどのくらいだろう。飲めるのは2パイントくらい? 体液全部なら10ガロン以上だったっけ。

 

 今動くものは、そんな桁では量れない世界そのもの。バスタブよりもプールよりも海よりも多い、一個の宇宙を人の皮に無理矢理詰め込むようなような暴挙。

 

 歪に膨れ上がった泥風船の人形が、ぱつぱつの足で地を踏みしめる。悠々と十階近いビルの屋上に丸まると張り詰めた手をかけて、

 

【「【『

 

█████ ██ ███████ █████████ ███──!!!!

 

】》』]

 

 泥を涎のようにぶちまけ続けながら、咆哮した。

 

「………………ッ」

 

 音の圧力に潰されそうになる。

 

「おうおう、趣味の悪いことで。…………ずっと臙条の胸の傷孔に淀んでた呪いだからな、何をされたら厭かも知り尽くしてンだろ。気にすんなとは言えねえが、やると決めたんならやり徹してみせろ」

 

 ばん、と背を叩かれた、そんな即物的な衝撃よりもずっと大きい、傍らの存在感。

 

 それだけでこんなにも──力が湧いてくる。

 

「大丈夫。見てて」

 

 私の身体に収まりきらない魔力と、お父さんの皮から溢れ出した泥が中間地点で激突し火花を散らす。

 

 拮抗する波濤に苛立ちを募らせたか、巨人と化したお父さんは一歩進撃した。地響きと泥の飛沫を伴いながら、私を手中に収めようと──握り潰して啜り尽くそうと──迫ってくる。

 

 その姿から目をそらさない。どれだけ見ていられない有様でも、私が為すべきことだから。

 

 銃を構える。

 

 ベルの許可と同じく、これだって別に必要なものじゃない。魔眼は見て発動する一工程(シングルアクション)。今から私がやることは、何の意味もないどころかむしろ無駄、不要な行いであることなど重々承知している。

 

 もう一方と比べても特に魔力(ねつ)持つ右目を閉じる。手の中の殺傷武器と繋(・)が(・)る(・)感覚。

 

 夢の中だからだろうか、意のままにあっという間に準備は整って、あとは引金を引けばいいだけ。

 

 その前にもう一度。私は顔を上げる。

 

「【〈【

 

███ █ █████████  █████ ████████──!!!!

 

】】」]

 

 迫りくる巨怪の顔はほとんど原形を留めていない。内側からパンパンに膨れ上がっているし、目からも口からも鼻からも、穴でないはずのところからもドロドロと黒い泥を垂れ流している。よくもまあ他人の顔でここまでの異顔を形作れるものだ。それとも、もはや人ではないからいくらでも歪めていいということなのか。

 

 けれど、どうあれ、私のお父さんの顔なのだ。

 

 歪でも、悍ましくても、絶対に忘れるものかと眼に焼き付けて。

 

「────ごめんなさい。さよなら。きっともう……これっきり」

 

 銃声は大音声に掻き消されたけれど。

 

 銃弾は確かに届いた。

 

『【〈『

 

███ ██████ ██────

 

]』』】

 

 額に小さな穴が穿たれる。

 

 夜の街並みよりもなお大きい巨怪からすれば、ほ(・)く(・)ろ(・)とそう大差ないちっぽけな一穴。

 

 ──けれど、臙条叶とベル(わたしたち)の、渾身を込めた一射。

 

 拳銃と接続し銃弾と合一した焼却の魔力が撃ち込まれ、泥の中で爆ぜた。火花は泥と連鎖的に反応し、硬直していた巨人から溢れ出す。

 

 『第一次フユキ大火』の夜の、魂までも焼き尽くしてしまいそうな火。

 

 サーヴァントたちが消滅・退去する際に見せる光。

 

 ──そのどちらとも異なるように感じる灯。それが、泥巨人の肉体を崩壊させていく。

 




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