「──ごめんね、遠坂さん。セイバーも……助けてくれたのにこんなこと言いたくないけど」
ベルの口の顕れた手を、胸に抱く。
この手を斬り飛ばされたらベルと泣き別れになってしまうということもない……はずだ。私が行動に出たのは、シンプルに感情由来のもの。
──ベルにも私の言葉を遮らないで欲しかったから、と。
──私がベルのことを、
魔力というものの使い方は、ずっと前から夢でベルに教わり済み。無意識・無自覚に『強化』の魔術だって使っていた。夢で『焼却の魔眼』も借り受けて行使したから、同じ感覚で現実でも扱える。
瞳を赫く滾らせて、魔力を燃料に唸る眼球の魔力回路をあえて隠さずに、
「私はベルの味方。もしもまた悪いことをしようとしたらもちろん止める。でもこの世界で私を助けてくれただけのベルをどうにかしようとしてるなら──出来ること、全部やるから」
啖呵を切ったって大したことは出来ない。まともに戦ってきたことのない私が魔力や魔眼を持っていたところで、サーヴァントの相手にはならないと重々理解している。それでも、決意表明くらいはしておきたいじゃないか。
セイバーの目が細められる。私がこれ以上動けばその瞬間、普段着の青年は鎧姿の騎士と化して私の首を刎ねるだろう。聖が動けば聖の首を。
死にたがりでも、死を突き付けられると総毛だつ。
私と、聖と、セイバー。三者の膠着。
「──いい、判った。魔神柱ベリアルがこの世界とこの街に危害を加えないと誓えるなら、こちらからも手出しはしない」
崩したのは均衡の中にいない遠坂さんだった。
「──マスター」
「言わんとしていること、だいたい判ってるよセイバー。けどいいんだ。これは聖杯戦争の話じゃなく、これから先もずっと続く俺の人生の話だから」
未来。
いつかサーヴァントは消える。それは戦いに敗北しての退去かもしれないし、聖杯戦争期間の終わりによるものかもしれないが、その日が来ることだけは確実だ。
遠坂さんが言わんとしていることもまさにそれで、確かにこの場で一番強いのはセイバーだけれど──頼り続けることは出来ないししてはならないという線引きの問題なのだと思う。
「臙条叶。君に二つの選択肢を提示する」
立てられる二本の人差指。
右が小さく揺すられる。
「一つ。君はこの街を出ていく。この街にとって魔神柱ベリアルの存在は重大に過ぎる。いまは聖杯戦争中だから干渉できないだけで、ことが終わったら世界中の魔術師どもが君を狙ってこの街に押し寄せてくることだろう。その前に──」
「消えてくれ、って?」
「そうだ。危険人物を集めるだけの誘蛾灯なら、居てもらっちゃ困る」
露悪的に先回りした言葉に、明け透けな返答。言いたいことは分かる。ベルの危険性は私も理解している。重要性は魔術世界をよく知らない私にはピンと来ないけれど、ベルの別の世界の所業がすべて真実なら──私は信じるけれど──その力や異世界の知見を求める人間が出てくるのも、予想できること。
「出てってくれたら後のことは知らない、どこへ行くにも好きにしてくれ──だからって戻ってくれば、その時は……」
「いい、判ってる」
つっけんどんな物言いをするのは、もしもそうなれば私はこの街を発って二度と会わないことになるから。
怒りはない。
そもそも話はまだ終わっていないのだから。
遠坂久満の左手が揺れる。
「一つ。君はこの街に──フユキに留まる。その上で俺の目的に力を貸してもらうことになる」
「目的って?」
「フユキの安寧の確保と、これの維持。つまりは街を守るために手を尽くすこと。聖杯戦争なんて危険な儀式は取りやめて、この街で好き勝手しようとするヤツはとっちめて、魔術だとか神秘だとか知らない人間が、そのままで生きて死ねるように戦う同志になってほしい」
──もしも。
それは槍術同盟を組む前だったなら、一も二も無く頷いていたであろう提案。狂った魔術儀式の阻止のために奮闘し、人のために戦ったという贖罪感を胸に抱きながら死ぬ。
それはなんて──甘美な誘惑だろう。私はずっと死にたかったし、罪を償いたかった。その根源を知った今でも、その感情は変わらずに胸にある。
遠坂さんのきっと高潔であろう目的と違って、私のは手段。咎人の心を慰撫するに相応しいだけの価値ある死を得るために、遠坂さんに協力することへの後ろめたさも、がむしゃらに続ければいつかは忘れられるようにも思える。
遠坂さんの両手の指の狭間、私の心も揺れていた。
「あるいは────第三の選択。俺たちを排除する。その場合は話は終わりだ」
私はどうするのか。どうしたいのか。どうするべきなのか。
この街を出るか。
この街に留まって戦い続けるか。
私は、──────