その夜、フユキ基地から一機のヘリコプターが離陸した。
公式記録には一切残らない飛行。そんな真似が可能なのは基地でも数人程度で、
つまり、アーチャーのマスターであり、フユキ聖杯戦争におけるアメリカ合衆国の最終実行者である、ウィリアム・マクマホンただ一人。
操縦桿を握るのは彼本人。前々から機体整備や航空管制を抱き込んでいたこともあって、彼はこのフライトをセッティングできた。
そうまでして場を設けたのは、ひとえに、
「──この時世にお気楽な遊覧……ではなさそうだな。何故こんな回りくどい真似を、マスター?」
外から側部ハッチを開けて
基地の中では誰が聞き耳を立てているか分からず、外に出るには危険すぎる身分。けれど事態が動くより前に腹を割って話したかったから、ウィルにはこうする他なかった。マスターが単独夜間飛行をしていれば、自らのサーヴァントならば絶対に来てくれる、そう信じての独断行動。
念話でいいじゃないかという意見もあるだろう。そこいらの陣営であれば頼みの綱となる魔術的回線は、ことアーチャー陣営に限っては密談には不適だ。彼らの契約そのものに合衆国の構築した魔術が噛んでいるから、通せば内容はすべて上層部に筒抜けになる。本来は魔力供給を複数人で分割して行うための工夫なのだが、主従で結託して合衆国に反旗を翻すことが無いよう、予防として念話監視も組み込まれている。
第二次世界大戦後にフユキを押さえ、大日本帝国の研究結果を入手した合衆国には聖杯戦争のシステムをかなり高いレベルで解析できたからこそ、為せるわざ。
そしてウィルの要件も、それに関わる内容。
「示し合わせたわけでもないのに来てくれてありがとう、アーチャー。要件というのは他でもない、明日の会談の件だ」
吹き込む風に負けない声量を張った。常人であれば聞き取れないかもしれないが、無用な心配であることは誰よりウィルが一番よく知っている。
「やはり、そうか」
アーチャーは片手でハッチを閉めて、コクピットの空いている方の操縦席にどっかと腰を下ろした。
年若く見える弓の英霊は夜景を眺めながら、直接言葉を口にする。
「君が悩んでいるのは判っていた。バーサーカー陣営……『
表情を変えず、目線を夜景から動かすこともないのに。
ウィルは“彼に睨まれている”と、強く感じている。
「つまり君としては合衆国上層部の命令に反対な訳だろう。何故だ?」
アーチャーも賛成しているのは確認済み。
陣営で反対しているのはウィルただ一人──しかもそれを表明するのではなく、こうしてコソコソと自らのサーヴァントにのみ伝えるというのは怪しまれるのも当然だ。むしろ怪しんでくれるくらいでなくては、話す甲斐もないというもの。
覚悟を決めて来たはずなのに、震えを押し殺すのにやや時間を要した。
暴露する行為そのものにか、あるいは内容があってのことか────
「…………上は
「────」
フユキ第五次聖杯戦争に召喚されただけのアーチャーには与り知らぬ事実。
合衆国聖杯計画に関与しているウィリアム・マクマホンだからこそ触れられる内容は、なるほど『日本自由戦線』との協力関係を躊躇わせるだけのことはあるインパクトを有していた。
「
……噂レベルでは既にかなりの段階まで仕上がっているという。安定稼働中のフユキ聖杯というブラックボックスが、完全な状態で手中に転がりこめば『第六次』よりも先に本国開催ということも十二分にあり得てしまうとウィルは考えていた。
「それを避けたい、と? 国家の利益を優先するのであれば聖杯戦争は是であると、上層部は認めているのではないのか」
「上層部が何だというのか。彼らは『フユキ大火』を知らない」
第四次聖杯戦争の『第一次』。<p class="right">まだ下っ端だったウィルはただ戦慄することしかできなかった。</p>
第五次聖杯戦争の『第二次』。<p class="right">出世してマスターになった彼に出来たことは数えるほども無い。</p>
どちらもウィルは目撃している。目前で引き起こされた惨禍は焼き付いて、瞼を閉じれば蘇る。救いようのな悲劇──あれを、合衆国本土で?
──冗談じゃない。
国家の意思決定に逆らって、彼は自分の正しいと信ずる道を選ぶと決めたのだ。