「──
「ああ。歴史上の偉人、伝説の勇者、神話の英雄──そういった、人類史に刻まれた存在をクラスという金型に当てはめることで、現世に呼び出せる形式に整えた使い魔の一種。それがサーヴァントだ。
召喚術としては上位に位置する部類だ、なんて補足されても、正直納得はいかない。あの女性が呼べるより上の召喚術って、それはもはや女神様とかじゃないのか、現れるの。
「つまり……昔のひと、ってことか」
「……その認識で、ひとまずはいい」
私の要約はお気に召さなかったようで、
「そんなすごいコト出来たんだ。ふーん、ならもっと早くやってくれたらいいのに。
「おまっ……お前、まさかサーヴァントを友だち替わりにしようってのか!? 私の話聞いてたか!?」
ピザの出前とは違うんだぞ、なんて怒鳴られても知らないし。
「うるさっ。冗談に決まってんじゃん、あんな美人さんとか気後れしちゃうもん」
「いいや、今のはマジだった──いや、もういい、詳しい話は彼女に聞け。なにしろ時間がない」
聞けって言われても、だから美貌すぎて話しかけにくいんだってば──なんて恥ずかしくてとても言えたもんじゃない。
まあ、そのうち慣れるだろう。そんなことを言ったらベルだって、私なんて目じゃないくらいの美人だけど、今ではこうして容赦ない会話を繰り広げる間柄だ。
廃墟の石塊から腰を上げて、ベルは私に正対する。私よりも背が高いから見上げるみたいになるのが嫌で、前に「止めて」って言ってたのに。
「時間って」
「さっさと起きろと、言っているんだ」
「あだっ!?」
額を小突かれた。それも、結構な威力で。
* * *
「──ッは! ぁ、え……っ」
跳ね起きる、一瞬前まで見ていたはずの夢の尻尾を掴もうとして。
分かってる。およそ今まで一度たりとも成功したことがない。今回だってそうだ。
いや違う。夢の話じゃない、もっと逼迫した大事なことが──
「お目覚めですか、マスター」
「ひゃあっ。あ……は、い」
横合いからにゅっと美人が視界に!
超至近距離でのぞき込まれると心臓が止まりそうになるので勘弁してほしい。それくらい、彼女の容貌は人並外れた美しさを宿しているのだ。
すらりと通った鼻筋を中心として、怜悧な美貌には一部の隙もない。神才が細筆で入魂したとしか思えない眉、その下の切れ長の眼。キラリ光る銀色の瞳は夜空の月と、どちらが素晴らしいだろうか。柔らかな唇が言葉を紡ぐさまを見られるなら、何を対価に差し出そうとも惜しくはないという人間も居るだろう。
ショートカットに切りそろえられた髪は絹糸よりも繊細でしなやかだ。それが夜風に靡く光景は、それはもう──
……ん、夜風?
「──あッ」
それでようやく、いっぺんに状況を思い出す。
私は影の怪物に襲われて死にかけて、そこを彼女に助けられたんだった。
慌てて周囲を見渡すと、そこはまだ私が失神した路地裏で──ただ、先刻までとは少し異なっている点が一つ。
周囲を奇妙に揺らめく半透明の壁に覆われているのは、どうやら彼女によるものらしかった。聞き馴染みのない響きのつぶやきと共に、光壁はあっさりと消失したから。多分なにか、怪物のような悪いモノから身を守る障壁だったんだろう。
「この辺りは危険かと。よろしければ直ちに移動したいのですが」
「え……は、はい」
それが意味するところを全く理解しないままに返事した私は。
次の瞬間、
「ひゃあああぁ……っ! な、何……!?」
「失礼、お静かに。敵を誘引してしまいますので」
背中と膝裏に手を差し入れての抱き上げ──いわるゆお姫様抱っこの体勢になったのまではは分かった。問題はそのあと、軽々と持ち上げた彼女はぐっと一瞬沈み込んだかと思うと、そのまま跳躍してみせたのだ。
ぴょんと、ほんのひと跳び。それだけで、私は上空十数メートルまで運び去られてしまったのだ。
ようやく理解した。彼女は人ならざる美だけでなく、人ならざる力も備えた超人なのだと。
「申し遅れました。私はランサー、あなたのサーヴァントです」
「ラン……サー」
槍遣いと名乗る美女。確かに、怪物をやっつけたのはその手に握っていた銀の槍による一撃だった。いつの間にかどこにも見当たらないが、こんな大跳躍が可能な相手にいちいちそんな指摘をしても始まらない。
気になるのはどう考えても人名とは思えない響き。まさか本名ということはないだろうけれど、じゃあこの状況で偽名を名乗る理由って……?
私が訝しげだったからか、彼女──ランサーは説明を続ける。
「この度の聖杯戦争、あなたのサーヴァントとして槍を振るうべく召喚に応じ参上しました。ともに戦い、聖杯を勝ち取りましょう、我がマスター」
「待っ……待って待って待って、ごめん、何言ってるか一っつも分かんない」
──セイハイセンソウ? 聖杯? サーヴァントと、マスター?
冗談みたいなワードばっかり飛び出して、まだ夢の中に居るのかと勘違いしそうになる。現実逃避して遊覧飛行の夜景でも堪能したいけれど、理性がそれどころじゃないと叫ぶから、私は観念して向き合うことにした。
「聖杯……って?」
「──もしや、あなたは何も知らず……?」
秀麗な眉がきゅっと寄せられた。知らない時点でモグリ確定の、よっぽどなキーワードだったらしい。理解が早くてありがたいけれど、同時に申し訳なくも思う。至れり尽くせりで助けてくれる理由なんて、きっととんでもなく大事なもののはずで──あ。
「あの、ランサーさん。遅くなっちゃったけど、助けてくれて、ありがとうございます」
「はい、いいえ。私も私の目的のために助けたにすぎませんから」
「……それでも、です」
私なんかを助けてくれた人に、お礼の一つも言えないまま死にたくない。“戦い”とか“戦争”とか、きっとこの先もあんな荒事があることが示唆されてるんだ。いつ言えなくなってもおかしくないなら、せめて悔いは残さないように。
「……お気になさらず。それと、私のことはランサーで構いません。あなたに仕えるサーヴァントなのですから」
敬語も不要です、と言われる。そういう彼女は敬語のままだけれど、堅苦しい喋り方は正直苦手なので、素直にお言葉に甘えることにした。
「じゃあ──私はカナエ、臙条叶。事情はよく分からないけど……とりあえず、よろしく、かな?」
「ええ、よろしく、カナエ」
聖杯戦争の他の参加者といつ会敵するかわからないから、外では引き続きマスター呼びだそうだし、握手もできないし、イマイチ締まらないけれど。
私たちはこうして、主従とやらの関係に落ち着いたのだった。
──ところで。落ち着いたとか言ってたら思い出した。
「あのさ、一向に落ちる気配がないんだけど」
「飛んでいますので」
さらりと言われて、サーヴァントとは想像以上に規格外なのだと、心底思い知らされる私なのだった。
* * *
「……ん」
「? どうかした?」
未遠川を越えたあたり、眼下に記念公園を認めるころ、夜空を飛翔するランサーが気がかりのあるような顔をした。私はというと、彼女の魔術とやらで冬の夜の寒さを軽減されているので、快適気楽な夜空の旅なのだが。こんなに至れり尽くせりでいいのだろうか、なんて考えていたりしたのは内緒。
「いえ、少し……
地上に明かりはあるとはいえ、夜空の闇は深い。それを気にせず空を行くランサーの感覚は信じるべきだろう。けれど、こんな上空に、一体何が?
「────」
答えは、寂静を切り裂く寒雷。
天より天へ、真っすぐ夜空を横切って一直線。常識外れの稲妻からは、明確にランサーを、ひいては私を始末しようという意思が感じられた。死んだな、と思う間もなくランサーが身を翻すと、おそらくその外套で弾くか何かしたのか、次の瞬間に私が叫んでいられたのはそういうことだろう。声は、雷鳴で聞こえなかったけれど。
「掴まってッッ!!」
衝撃で体勢を崩したのはほんの一瞬、ランサーは急激にその飛行速度を上昇させる。アクセル全開、フルスロットル。今ばかりは暗くて良かった、と思う。上に見えたり下に来たり、めまぐるしく変わる地上の明かりだけでも、とんでもない速度で後方へ吹き飛んでいくのは分かるから。
それくらいのスピードを出さねば、追いつかれるというコト。
それだけのスピードで以てしても、振り切れないというコト。
──好敵手。超常の存在たるランサーに、匹敵する存在。
サーヴァントが空まで監視の目を光らせていた、のだ。
そして、サーヴァントとサーヴァント──同格が戦うなら、力量差よりもきっと大きいであろう要因。
……私は絶対、足手まといになってる。
「降ろ、して……ッ! 私のことは、いいから!」
「無理です。あなたが死ねば、私は消えるのです」
そうか、それで。
私を助けてくれた理由に、ようやく合点がいった。摂理の外側に居るかの如きサーヴァントにも、ルールはあるのか。私とランサーは一蓮托生で、私が死ねばランサーも消えて、聖杯は手に入らない。逆にランサーが居なくなれば、私を守れる存在はもう居らず、待っているのは避けられない死──そういう仕組み、か。
「──ッ」
だったら死ねない。私はともかく、この人のために、
けれど、事情を理解して、覚悟を決めたからと言って何かが変わる訳じゃない。敵サーヴァントの攻撃頻度は会敵直後よりも落ちてるけど、それは息切れなんかのポジティブな指針にはなり得ない。むしろ逆で、一射ごとに私たちは追いつめられているんだって直感がある。
どう撃てば、ランサーはどう避けるか。加速は、ターン性能は、最高速度は、防御のクセは。そういったデータを毎回蓄積していって、決定打の準備を着々と進めている。
私という重りを捨てれば、そんなデータは一発でおじゃんに出来る。余計な足枷さえなければ、ランサーはきっとあんな奴には負けない。けれど、そんなことをしても本末転倒。どこかにゆっくり降ろしてもらう暇なんてないし、……あれ? 詰んでる?
「く、そ──」
こうなったら、イチかバチか。
空中で私だけ飛び降りて、敵サーヴァントを可及的速やかに倒してもらって、地面に激突するより先にキャッチしてもらうしか、ない。超高速で空を舞い、光よりも迅く槍を振るうランサーならば、きっと。
とまあ、ランサーに提案したら、案の定猛反対。
「危険すぎます……! 敵は真っ先にあなたを狙うでしょうし、墜落より先に回収できる保証だって──!」
「でも、そんなコト言ったら、今だってそうでしょ!? もう、これしかないって!」
それに、
「ランサーなら間に合うって、信じてる、から……!」
「ッ……!」
──決行は次発直後。敵サーヴァントの攻撃をやり過ごした瞬間を狙って反撃に打って出ることになった。ランサーは不服そうだけれど、他に打開策もない、ということで押し切って、あとは、やるだけ。
ランサーの緊張感が高まっているのが肌で感じられる。なるべく落下まで猶予を作れるよう、上に放り投げるために腕に力が籠るのも。……わざわざそんな配慮、しなくていいのに。
後方、敵サーヴァントの殺気も強まる。いよいよ来るか、というその直前、
「──な、ッ……!」
もう一か所、少し離れたビルの屋上。そこに突如として、異様に張りつめていた存在感が出現した。最高潮に加熱していたエンジンか、あるいは限界まで膨れ上がる噴火の予兆に、何故かこの瞬間まで気づかなかったような緊迫感が押し寄せる。
ランサーも計画を放棄して、私を全身で庇うようにして、
──その横、
「え……? んぎゅっ!?」
事態がつかめない、何故そこで私たちでなくあちらを狙ったのか。考えられるとしたら加勢だけれど、じゃあ助けてくれる理由はと問うても答えはない──なんてアレコレ考えたのはほんの一瞬のことで、次の瞬間には衝撃に打ちのめされ、私は無様な声をあげるだけの生き物と化していた。
ランサーが最大速度でその場を離脱したのだと知ったのは、その後帰宅して説明を受けて、ようやくのこと。
* * *
今回の交戦で私たちが得たものと言えば、サーヴァント一騎の情報と、闖入者の存在について。
代償は保護が切れた状態のまま飛んだことによる体温の喪失と、首の痛み。
最後の急加速からこっち、何か痛いなーと思ってたけど。
帰るころには首、動かなくなってた。──ま、ランサーが魔術で治してくれたんだけどさ。