Fate/second to none   作:吉田一味

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ルーラーがやってくる!④

「失礼、少し……いいでしょうか、お嬢さん」

 

「えッ。あ、はい」

 

 キャスターが急に……ってほど急でもない気もするけど、身構えていなかった私に声をかけてきたのは、お昼ご飯を食べてしばらくしての、若干眠くなってくる時間帯。

 

 いざ覚悟を決めて「私も書斎で探し物をしたいです」と申し入れれば、キャスターはあっさりと承諾して、何事もなく──互いに干渉もせず──過ごせていた。

 

 そんなだから油断していたところに、これだ。多少は挙動不審になったって、仕方ないと思わない?

 

 キャスターは私の動揺に柔らかに微笑った。

 

「身構えずとも、とって食べたりはしません。私はいち文筆家に過ぎませんから」

 

 私には居ないから知らないけれど、お爺さんがいたらこんな感じなのかも、なんて思ったり。

 

「う……はい、すいません」

 

 ただ親近感を抱きつつも、やっぱりサーヴァントたちは自分たちとは違う超人だ、という感覚は如何ともしがたく存在する。キャスターも一見するとただの老人にしか見えないけれど、彼が握るのは世界すら改竄する理外の筆。

 

 彼がとって食うことはなくても、とって食うモノを()()()()()のが彼なのだから、やはり気後れしたって無理はないと思う。

 

「……では、そうですね。本題の前に、軽い雑談でも」

 

「えっ?」

 

 まさかそんな──という驚きが先行してしまって、「いやいや本題をどうぞ、お時間取らせて申し訳ありません」とか言えるタイミングを逃してしまった。

 

 だって理由が分からない。自分のマスター(ひじり)や、同僚(ランサー)ならともかく。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「私と貴方の違いとは、どこにあるでしょうか?」

 

「えっ、いや、全部! 全部です!」

 

 突拍子もないように聞こえる質問に、私は全力で首を振りながら、

 

「全部。何もかも?」

 

「何もかも!」

 

「では、こうして話すことも出来ないのでは?」

 

 うぐ、と喉が鳴ってしまう。

 

「え、あ、じゃあ言葉以外……」

 

「朝食で、貴方も珈琲を飲んでいたでしょう。アレは違うものだったでしょうか」

 

「アレも、同じもの、です……」

 

「この国にはかつて、『同じ釜の飯を食べる』という慣用句があったと聞きます。英語なら『一つ屋根の下で暮らす(live under the same roof)』でしょうか。故事成語というものはなるほど、時を経て残るだけのことはあって一般化されているものです。同じ屋根の下で過ごし、同じものを飲んで、同じ言葉で会話を交わせるなら、それ以上は些細な事ではないでしょうか。私と貴方の“違い”は、私たちが今まさに、ここでこうして語り合えることよりも重要なことでしょうか」

 

「そんなことは……ない、と思い、ます」

 

 わっといちどきに捲し立てられたわけではない。むしろゆっくりと、こちらの理解を促しつつの語り口は聞きやすく、だからこそ圧倒されてしまう。内容はうなずけるはずなのに、彼個人に圧倒されてしまって説得力が薄いというのは、なかなか稀な経験だ。

 

 私の微妙な反応にキャスターも気づいたか、苦笑しながら、

 

「お嬢さん。貴方は射撃が得意なようですが、それはどのくらいまで当たるものなのでしょうか」

 

「えっ。えー……まあ銃の種類と、状況……動く的か、それとも止まってるかで違いますけど……。拳銃ならだいたい100メートルくらいまでなら、大体は……。」

 

「それは素晴らしい腕前だ。詳しくはありませんが、誇っていいことだと思いますよ。少なくとも私には出来ません」

 

 何となく、話の流れが読めてくる。

 

 射撃の腕は“お嬢さん(わたし)”の方が上なのだから、そんなに別格視するのは止してくださいとか、そういうお為ごかしで来る感じか。そんなこと言われても、サーヴァントと人間の差は歴然だし、申し訳ないけれど響かないよ。まあ、年長者の言葉だし、納得するフリくらいはして話を合わせるけどさ。

 

 キャスターはそういうと、ずっと閉じていた瞼を開く。

 

()()()()()()()()()()()

 

「──えっ、…………は?」

 

 白く濁った瞳に正面から見据えられて。

 

 私の頭の中も真っ白になった。

 

「嘘、あり得な、……! だって、そんな素振り、一度も……!」

 

 ステッキは支えにしているだけで、白杖代わりに動かしているところなんて見たことがない。それなのに廊下だって普通に歩いてたし、今だって見えていないという割には、ばっちり私と目線があっているのはどういう理屈なのか。

 

 混乱して目を白黒させていたであろう私に、キャスターは豪奢な装丁の大冊を掲げてみせた。そういえば食事中も雑談中も彼が手放すところを見たことがない、愛読書とばかり思っていたもの。

 

 見開きの片面は白紙、もう一面は見たこともない文字がびっちりと埋め尽くしている。……と、そうしているうちにも白紙のページに文字が浮かび上がる。その一文は──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 文字は刻一刻と増えていく。それを読む私について、大冊を掲げて見せているキャスターについて、二人の居る書斎のすべて、あらゆることは書の上に綴られていく。世界のすべてがそこにある──

 

 ──ぱたん。

 

 本が閉じられ、行と行の隘路、頁と頁の谷間に呑み込まれそうだった意識が現実にはじき出される。

 

 私たちは変わらず、書斎の中に居た。

 

「私には、開いて触れている一冊の文面だけは認識できるのです」

 

「────」

 

 思考は千々にちぎれたまま戻らない。

 

 ああ、そうか、それなら目が見えなくても納得だ。

 

 今の本は、リアルタイムで状況を筆記しているの? なぜ? どうやって?

 

 こんなの黙っておくべきことでしょ。私なんかに話すなんて、理解できない。

 

 今の私の思考も、彼は読み取っているんじゃ。

 

 こんな能力があって、何が「どこに違いがありますか」だ。

 

 ──判らない。この人のことが、何もかも。

 

「落ち着いて。順番に説明しますから」

 

 言葉はスッと耳に届く。

 

 とりあえず、深呼吸。落ち着くとくればいつだってこれが、一番正解。

 

 説明してくれるというのだから、まずは聞こう。アレコレ考えるのは、その後でもいいはずだ。

 

「まず第一に。あの本は私か、マスターの周囲か……どちらかを視点の中心として、三人称で状況を描写するもので、私の宝具の一部です。あくまで三人称ですし、いつでもどこでも誰でも心の中でも読み取れる、ということはありませんので、ご安心を」

 

 それは、懸念の一つではあった。

 

 情報収集という点では極めて有用な能力は、裏を返せばプライバシーの完膚なきまでの破壊、内心の自由の侵害に他ならない。そこまで無体な把握性能はないのなら、ドンピシャで考えていることを読まれたような察しの良さは、……単に私が誰でも考えそうなことばっかり考えているだけとか、そうじゃないと信じたいけれど全部顔に出ていただけか。

 

 ともかく、すべてを知る人相手なんて関わっていられない。そうじゃないと知れたのはありがたい。

 

 けれど、最優先ではない。

 

 一番は──

 

「なんで、私に話したの。聖はこれを──」

 

 キャスターは微笑を浮かべたまま、片方の目だけをつぶってみせて、

 

「宝具の詳細は、伝えてあります。貴方に話したのは、……ここだけの秘密にしておいてください」

 

「許可、取って……ない……の?」

 

 いくら同盟だからって、マスターの許可なしに宝具の情報を開帳するなんて、そんなことが許されるのだろうか。

 

 聖の、私たちと合流する以前に一画消費していたらしい令呪を思い出す。これのせいで、もしまた彼に令呪で縛られるようなことがあれば、私にはどうしようもない。責任なんて、取れないのに。

 

「なんで、どうして……! 私なんかに、そんな大事なこと!」

 




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