Fate/second to none   作:吉田一味

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ルーラーがやってくる!⑥

 同日、夜。

 

 月は、雲に隠れて見えない。

 

 そんな空を、椎名聖は臙条邸の屋根の上で眺めていた。

 

「──二階にはマスターの寝所があります。近づかないように、と言ったでしょう」

 

 音もなく背後に現れた戦乙女の非難にも、彼は驚く様子を見せなかった。

 

 彼は私を待っていたのだ、とランサーは確信する。霊体化を解く今までも観察していたが、とくに何か行動を起こす様子もなかった。こんな曇天に、星空を眺めて感傷に浸る柄でもないだろう。

 

 彼がそんな、無意味なことをする人間でないことは、もう知っている。

 

「いいだろ、別に。今更敵対するつもりもないって判ってるくせによ」

 

「…………」

 

 それも知っている。彼らに、臙条叶への害意はない。

 

 ()()()()()ランサーは警戒を解けないのだ。彼らが、なぜ同盟を申し入れてきたのか、その真意が未だ掴めずにいるから。

 

 数日間の共闘で、椎名聖という人間がどういう性格かはおおむね見えてきている。冷静で慎重だが、決断した時の行動力(ばりき)は並外れた、静と動のきっぱりと別れたひと。

 

 動かないときは動かない。動くときは、それ相応の理由がある。

 

 そんな男が、真っ先にランサー陣営(わたしたち)にコンタクトを取って、同盟を結んで、今に至るまでほとんど全面的に──献身的にと言ってすら良い──協力をしてくるのか。

 

 (りゆう)だけが、見えない。

 

「何の用ですか。こんな回りくどいやり方で、私だけに接触を図って」

 

「大した要件じゃないんだが……ああいや待て待て、だからって帰られても困る。これ、見てってくれ」

 

 腰を浮かしかけた体勢のまま、聖は手を宙に翳した。浮かび上がるのは魔術的なホログラムで、内容は──

 

「……魔術の改造、設計図? これは──」

 

「グループ念話さ。いま、俺とキャスターの間、叶と君の間の念話は繋がってる。けどさ、例えば戦闘中に俺から君に伝えたいことが出来たとして、叶を経由してたらまだるっこしいだろ? そういう煩雑さを回避するための、まあ……ちょっとした機能追加用魔術ってとこだ」

 

「────」

 

「あくまで増設するのは全体で共有できる念話だけだから安心してくれ。俺と君だけで秘密の念話とか、そういうのは出来ないからさ」

 

 冗談のつもりか、彼は似合わないウィンクまでしてみせる。ランサーの目元がピクリとほんの僅か歪んだ。

 

 彼女がだんまりなのはそんな下らない心配のためではない。彼が言ったのはつまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということ。

 

 あらかじめ用意していたのかも知れない。けれどサーヴァントとの因果線、その実物を体験したのはつい先日のはずだ。

 

 この男は、椎名聖とは、何なのか。

 

 彼を最も警戒しているのはおそらく自分であろうと、ランサーは考えていた。他の参加者たちも“椎名聖”を知れば不審には思うだろう、警戒だってするだろうが、それでは彼女の危機感には及ばない。同盟を組み、数日をともに過ごしたからこその異常性は、きっと彼女だけのもの。

 

 毎朝の鍛錬。

──剣技の冴えは恐ろしいほど。

初見で斬り結べば、一太刀、あるいは二太刀。

 

 日々の相談。

──豊富な知識量。

語る同じ口で未成年だと言われても、誰が信じるのか。

 

 そして、魔術の腕。

──言うまでもない。

専門分野も絞れない、多岐に渡る術繰り。

 

 精神的に揺らぐことも少なく、揺らいだとしても自分でリカバリーして平常に戻る。味方としては有用極まりない。

 

 そんな凄腕が、どうしてほとんど無私とも言っていい条件で協力してきたのか。

 

 何か裏があると考えるのは、自然なことだろう。

 

 この会話も、然り。

 

「それを、いま私だけに見せに来た理由は?」

 

「話が早くて助かるぜ。一つは変なものがないか、君から確認しておいてほしいってのと、後は」

 

 設計図のホログラムを投げ渡し、

 

「明日の朝、これを君のマスター……臙条にも見せる。たぶん渋られるから、ランサーも援護してくれると助かる」

 

 勿論納得したらでいいからさ、と言い添えてお祈りをする姿だけ見れば、宿題を忘れて写させて欲しいと頼み込む学生の可愛げにも似て、けれどやっていることは思惑通りに(マスター)を動かそうという政治だ。

 

 ランサーとしても、当然その術の安全性次第ではあるが──全員での念話が実現すればより連携しやすくなるのも、また事実ではあるのが腹立たしい。聖はそこまで見越して、きっと彼女は断るまいと踏んでこの話を持ってきたのだ。

 

「……確認()、しておきます。要件は以上ですか」

 

 結局、かなり前向きに検討せざるを得なくて、つっけんどんに会話を打ち切るような言葉を吐くしかなかった。無感情なようにみえて、その実かなりの負けず嫌いなランサーの性格を鑑みると、内心はかなりの敗北感なのだろう。

 

 聖は苦笑して、

 

「まあ……ないよ。ない。おやすみ、ランサー」

 

 いくら悔しくても挨拶をされて無視は流石に如何なものか、と思ったのだろう。一瞬の空白のあと、

 

「……おやすみなさい、聖」

 

 それだけを残して、彼女は消えた。霊体化して見張りに戻ったのだろう。これまで臙条邸が他陣営からの攻撃に晒されたことがなくても、これからもそうであるとは限らない。そうなった時に迅速に対応できるよう、睡眠が不要なサーヴァントが不寝番に立つのは合理的だ。()()()()はあらゆる面で見張りに不向きなのは、聖は承知している。

 

 ふと、視界に影がかかる。

 

 見上げれば、雲の切れ間に白銀の光。

 

 それを見上げながら、聖は溢す。

 

「やれやれ、臆病者め……だ」

 

 果たして誰に向けた言葉だったのか。

 

 答える者はないままに夜は更けて、月は再び雲隠れ。

 

 

 

 キャスターの好奇心も、

 叶の願いも、

 ランサーの疑心も、

 聖の真意も、

 誰も彼もの思惑も。

 すべて杯で飲み干すべく。

 

 

 

 ──その夜、ルーラーはフユキ入りを果たした(やってきた)




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