「コンスタンティヌス一世、ねえ。聞いたことあるけど……」
「あのな。『聞いたことある』で済ませていい偉人じゃないぞ」
「それは判ってるけど」
サンタンジェロ大聖堂でのルーラーの布告とやらから、ややあって。
私たちは車内にいた。
向かう先は、フユキ・ハイアットホテル。──言わずもがな、ルーラーの待つ拠点。
教会のコートニー輔祭に連絡して
時刻はすでに夕方、ほとんど日も暮れつつある。到着するころには完全に没しているであろう、マジック・アワーの街を行く一台。
これほど遅くなったのは聖が駄々をこねたから。
『絶対に罠だ』『行ったら真名
ルーラーの真名──コンスタンティヌス一世ことガイウス・フラウィウス・ウァレリウス・コンスタンティヌス(だっけ?)についても、その時に散々っぱら聞かされた。
ローマ帝国の皇帝。東西統一者。“
十字架の庇護者。
政治・宗教・軍事の多方面にその才覚を発揮した、類稀なるひと。
西欧社会の礎となったとさえ評される、世界を動かすもの。
疎い私でも、彼の名前は教科書で見たことがある。現在のトルコはイスタンブール、その基となった都市──
確かにそんな人間なら英霊になるだろうし、サーヴァントの中でも特異なクラスらしいルーラーに選ばれることも納得できる。同時に、聖が会いに行きたがらない気持ちも共感できるけれど、だからといって疑いを晴らさずに居ることだってできないだろう。
というようなことを話し合いの時に言ったら「お前は何も分かってない」と言われたので同情はしないこととする。
……アホの聖は置いておいて。これも、さっきも話題には上がったけれど、
「真名が判っても、何が出来るか判んないパターンもあるんだね」
何の話だって言われてもおかしくない話題運びだったけれど、聖はすぐに判ったらしい。
「ここまでの英霊は、そう居ないだろうけどな。宝具として持ってこれそうな要素が多すぎる」
ロンギヌス、ミルウィウス、コンスタンティノポリス。彼は指折り数えながらつぶやく。ほとんど判らないけれど、コンスタンティノープルが入ってるってことは同じような逸話なのだろう。まさか、全部が建築した都市名ってことも無いだろうけれど。
「寄進状に凱旋門……。ここらへんは当人の逸話じゃないけど、英霊召喚がどう受け取るか判らないしな。まあ、結局事前予想は当てにならない、出たとこ勝負って話になる訳で」
「あっ、その話もういいから。もう散々したし、第一出発しちゃたんだから今更だから」
「…………」
聖が面白くなさそうな顔で黙る。
確かに彼の言う『ルーラーの情報が無いのに一番に行くのは危険だ』って主張も、一理あるとは思う。けれど、同じ事はみんな考えるだろうし、時間は限られている。待たされたルーラーはきっと怒って、じゃあどこに向かうかと言われれば、最初は私の家になるだろう。だって、みーーーんな知ってるんだし。
こっちから出向くか、あっちに来させるか。
ルーラーの心証が良くなるのは、ちゃんと期限内に自発的に会いに行く方に決まっている。
他の陣営──それこそアーチャーやアサシンと
『話がまとまる保証もないのに、日が高いうちに会いに行ったんじゃ動くに動けない。せめて日暮れまでは待て』って言うけれど、まさか他にも宿泊客が大勢いるハイアットで、そんな過激なコトするとは考えにくいし。思慮深い王様だっていうなら心配する必要ないでしょ。
『……まあ確かに、来ちまった以上は仕方な──』
「ぅひゃあっ!」
憮然とした表情のまま、口どころか表情筋全体をぴくりとも動かさない聖の、声が急に耳元に届いて私は飛び上がってしまった。
正確には耳元ですらなく、念話で直接つながっているのだが、感覚的にはほぼ耳元での囁き声だ。となれば当然、慣れない私が急に話しかけられて反応しないはずもなく──
「どうかしましたか?」
運転席のコートニーさんも不審に思ったのか、バックミラー越しに問うてくる。
「あっいえ! な、何でもなくて……その、虫が居たみたいで」
……二月に何の虫が居るのだ、という話である。あからさま過ぎる誤魔化しに、察してくれたのかコートニーさんは「そうですか」とだけ返して運転に集中した──というか、こっちから意識を切ってくれた。
聖は「虫? 居るかそんなん?」なんて探すフリをしながら、器用にも同時に念話で、
『あのなあ、慣れておけっつったろ。今後毎回話しかけられるたび反応する気か』
『う……っ、し、仕方ないじゃん。慣れって言ったって、繋いだの今朝だし。バタバタしてて使ってないじゃん。……ていうか、私は私で
『あーあーうっせえ念話で怒鳴るな、響くから。文句は帰ったら口頭で言え、聞くから。んで臙条』
『なに』
『意識、念話に向けすぎ』
『ッ!!』
念話でのやりとりの間、私はそっちに集中してしまうから挙動が変になってる、らしい。
ま、まあ確かに、言われてみれば確かにとは思うけれど、だからって目前の聖みたいに念話と普通の発話、両方いっぺんには無理だから。そういうのは、何か特殊な訓練を受けた人とか、それこそ昔の偉人の逸話とか、そういうのだけだから。
……はーあ。
同意が欲しいのと慣れるためとで、私は全員に向けて、
『ランサーとキャスターも、ホントに良かったの?』
『私は賑やかでいいと思いますよ。安全のため出られなくても、皆さんと一緒に過ごしている気分にもなれますし』
これはキャスターの声。
彼の言う通り、彼は今日もお留守番。
ルーラーと会いたがるキャスターの好奇心と、私の『ルーラーもサーヴァントたちに会いたいから呼び出してるんだと思うんだけど』という説得を以てしても、聖の意思は曲げられなかったのだ。
ひとり
逃げるように、もう一人へ振ることにした。
『ランサーは?』
『私も……これは有用だと思います』
『ランサーが……そう言う、なら』
彼女の言葉は、少し不思議な感じがした。いつもの冷静さとは違うような、わずかに浮ついた感じ。
私は、私が一番、彼女の声を聴いてきたから判る。
──ランサー、少し、楽しそう?
『なら、いいよ』
私のランサー。私を守ってくれる、私のサーヴァント。
貴女が楽しいのなら、貴方が望むのなら、それで。
聖が、こめかみをもみ込んでいた。