送迎の車は何事もなくフユキ・ハイアットホテルに到着した。
聖の「ファーストペンギンは観察するに限るだろ。邪魔なんかされるもんか」という予想通り。ペンギンの例え話は、よく分からなかったけれど。
ロータリーに停まった自動車、後部座席のドアが外から開けられる。ぴしっと一部の隙もなく正装のドアマンに、一部の曇りもない爽やかな笑顔で「ようこそお越しくださいました、フユキ・ハイアットホテルへ」なんて言われた日には、ほとんど普段着みたいな恰好で来たことを心底後悔することになる。
だって! 聖が「ルーラーからしたら俺たちの用意できる正装なんてボロ切れと大差ない。俺はいつもの服装で行く」って言ったから!
……あの時は言いくるめられて納得したけれど、考えてみれば行先はサーヴァントの待つ“何処か”ではあるけれども、それは現実に存在するホテルなのだということを失念していた。
言いくるめ犯の椎名聖容疑者はいたって平然と、微塵も気にせず降りていく。山歩きにも着ていった、お気に入りと思しき白のオーバーサイズアウター。
こいつ心臓は鋼で出来てんのか。出来てんだろうな。そんなヤツと張り合ってられなくて、私はおっかなびっくり降車する。
「─────」
──ロータリーから見通せるエントランスは、黄金で出来ているようだった。
フユキ・ハイアットホテルは、地元民で知らない人は居ない。理由はもちろん高級だからで、地元民だからこそ利用したことはないものの、贅を尽くした内装とサーヴィスには羨望の眼差しを向けている。
私だって、興味は……ううん、言ってしまえば憧れさえした。
けれど、憧れの的を、直視したことはなかった。
ぴっかぴかに磨かれた床を踏んづけていいのだろうか。高い天井には巨大なシャンデリアが煌めいていて、いっそ目に悪そうな眩さを提供してくる。あれがもしも落下して来たら、下にいる人間は一溜りもなさそうだなんて考えてしまう私は小市民すぎるのかな。
喧噪──それでも、やかましい訳ではなく控えめで上品なざわめきの中、どこからかピアノの音色が聞こえてくる。見れば一台のグランドピアノは、自動演奏ではなく誰かが弾いていた。それも行き交う人で見えたり見えなかったり。ホテル利用客と従業員と、常にものすごい数の人間が忙しなく行きかう割には、ロビーを“狭い”と感じさせないのだから余程の広さなのだと思う。
「すご……」
「気圧されてんなよ。舞台に上がってもいねえんだぞ」
「うるっさいな。感想くらい、素直に言わさせてよ」
憎まれ口で返すけれど、内心では聖のブレなさに感心していた。ここまでいくとどこまで貫き通せるのか見てみたくなる。
よく、“自分以外が動揺していると自分は落ち着く”なんて言うけれど、その逆もあると思うのだ。つまりあまりに動揺しない人が横にいると、それにつられてクールダウンみたいな。聖は何というか、柱とかそういう印象。
真っすぐ突っ立って揺るがない芯。それが何かは、何故そんな人間に育ったのかは、まだ教えてくれないけれど。
まあ、悪く言ってしまえばクソ頑固ってことになるのだけれど。
『──来たぞ、奥のエレベーター』
『あ……あれが』
それなりに客の多いエントランスでも、探すまでもなく即判った。
二人、まったく同じ歩幅とペースで、一直線に私たちの方へ向かってくる女性。白を基調としたメイド服のような衣装よりもなお白い肌と、無感情を突き詰めた赤い瞳が、非人間的な印象を際立たせる。
利用客も従業員も、彼女たちの一糸乱れぬ行進に注意を奪われる。見惚れたベルボーイがキャリーケースを積んだ手推車を客にぶつけて崩し、大きな音を立てても誰もそっちを見ようともしない。
停止──立ち止まるのも、計ったようにドンピシャの一緒。遠すぎず近すぎず、ちょうどいい距離。実に見事な、非人間的に美しい会釈。
「ようこそいらっしゃいまいた。お名前と、サーヴァントのクラスをお教えいただけますか」
何もかも計算された正しさと美しさ。
「……アインツベルンの、ホムンクルスか」
事前に話には聞いていた、
天然自然の理とは異なる、人の手によって生み出されたデザインされた命。
フユキ御三家の一つ、アインツベルンの名を高めた理由の一つ。一説では、かの一族に既に人間はおらず、ホムンクルスのみで構成され稼働し続けているという。ホムンクルスがホムンクルスを作る魔導工房──それがアインツベルン。
「キャスターのマスター、椎名聖」
「……ランサーのマスターの、臙条、叶です」
「承りました。それではお二方、どうぞこちらへ。リーンスフィール様とルーラー様がお待ちです」
「…………」
聖が何か言いたげに口を開いて、そのまま発することなく閉じた。たぶん、
けれどいくら何でも、借り物のホテルでそんな派手なこと、するとは思えない。下階には無関係の従業員・宿泊客・その他大勢。サーヴァントが全力を発揮すれば、いくら立派なハイアットホテルでもただでは済まない。
それらすべて、こちらも同じこと。
『……聖、ピリピリし過ぎ』
『……るせえ。臙条が気ィ抜きすぎなんだ』
念話で駄弁りながらアインツベルンメイドに先導されるままエレベーターに乗り込む。従業員が割り込む余地もない、完璧なエスコートだった。
室内は四人居るように見える。私と、聖と、アインツベルンの二人。
そして私だけに感じられる、霊体化しているランサーの気配。
……ふと気づいたのだが。エレベーターがやけに長い。
見上げて階層表示を確認すると、ものすごいスピードでカウントアップしていた。え、ホテルのエレベーター速くない!? いや、じゃあ、そんな速い上昇でまだ到着しないって、それ──
よく見たら。
停止ボタンはエントランスと、もう一つだけ。行先を輝き示すのは、最上階。
「スっ──」
スイートルーム……!
ちらと聖が目線を寄越してきたけれど、今度も何も言わなかった。おおかた呆れているんだろう。“どうでもいいだろそんなこと”とでも言いたかったに違いない。確かに、スイートかどうかはここで重要なことじゃないかも知れないけれど、驚くくらいは別にいいじゃないか……!
もちろん、アインツベルンの二人は、私の呑み込みきれなかった
ポーン。
到着のベルが鳴る。