Fate/second to none   作:吉田一味

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日常と非日常

 ──聖杯戦争。

 

 

 フユキ一帯を舞台として執り行われる、魔術儀式。

 

 魔術師のマスター七人がそれぞれサーヴァントを召喚し、最後の一組になるまで戦うバトルロイヤル。

 

 その勝者が手にする聖杯は、万能の願望器とされている。いかなる願いであろうと、思いのままだと。

 

 バカじゃないの、そんな話誰が信じるの、ある訳ないじゃんそんな美味しい話と言いたくなるが、事実、聖杯はサーヴァントの召喚を成し遂げてしまっている。

 

 歴史上の偉人、伝説の勇者、神話の英雄。

 

 かつて実在し、今は亡いはずの故人。あるいは、そもそも存在すらしなかったはずの、フィクションの登場人物。

 

 つまりは今ここに存在しないはずの、人類史に刻まれたユメ──英霊の写し身が七騎、このフユキには現界しているのだという。

 

 剣士(セイバー)──王道にして最優、剣に長けた逸話があるサーヴァント。

 

 弓兵(アーチャー)──単独行動を得手とし、遠方から敵を射貫くサーヴァント。

 

 槍兵(ランサー)──すべてにおいて高い水準を誇るが、特に速さに秀でたサーヴァント。ここまでを三騎士と称する。

 

 騎兵(ライダー)──高い機動性を有するサーヴァント。三騎士に次ぐ、とされる。

 

 魔術師(キャスター)──魔術の腕を誇るサーヴァント。陣地や道具をも操って戦う。

 

 暗殺者(アサシン)──隠密性に長けたサーヴァント。奇襲やマスター狙いが主。

 

 そして、狂戦士(バーサーカー)──狂気に囚われた逸話持ちのサーヴァント。三騎士を除く彼らを、時に四騎士と呼ぶ。

 

 多くはこの七クラスに被りなく割り当てられる。

 

 私のもとに召喚されたのはランサー、()()()()()()()()()

 

 北欧神話の戦乙女、だそうだ。……詳しい人が聞いたならあれやこれや逸話が出てくるんだろうけど、生憎と私は歴史とか苦手なの。もっと喜んでくれる人のところに召喚されれば良かったのにね。ごめんね、私なんかの(こんな)トコで。

 

 ……こほん。

 

 そんなスゴい(らしい)英霊たちがどうして召喚に応じるかというと、彼ら彼女らも聖杯にかける願いがあるから。

 

 マスターを守り助け、最後まで勝ち残ればサーヴァントもまた願いを口にする権利を得られる。そのチャンスを求めて彼方、英霊の座から招きに応じたのだそうだ。

 

 ちなみに、ランサーにも願い事を訊ねてみたところ「秘密にさせて下さい」と言われてしまった。何でも他の人間に知られると弱みになりかねないものらしく、知る人間はなるべく少なくしたいのだとか。同じ理由から真名も他の参加者には隠して欲しいと言われたので、基本的にはランサー呼びのままなのだ。

 

「どうして真名は教えてくれたの? そっちも秘密の方が良かったでしょ」

 

「それは……マスターに信頼していただきたかったので」

 

 てな具合で。

 

 超すごいサーヴァントが、ある種下手に出る理由はいくつかある。

 

 一つは現界の維持。

 

 私たちマスターの存在そのものと、マスターから供給される魔力無しには、サーヴァントは現世に留まれず退去してしまう。あれだけ凄くても、そういうところは幽霊なんだな、という感想だ。

 

 そしてもう一つ大きな理由として挙げられるのは、令呪。

 

 私の手にも浮かび上がっていた──ドタバタしていて気づかなかったけれど、どうやら召喚時には既に出ていたらしい。そういえばチリチリしてたような──トライバルタトゥーのような紋様。全部で三画から成るこれを消費するごとに、自分と契約しているサーヴァントに逆らいがたい命令を下すことができる。強力な存在であるサーヴァントたちの枷として機能するのだとか。

 

 場合によってはいっぱつでサーヴァントを退去させることすら可能なのだというから、それは確かに信頼関係の構築は大事だな、と納得したものである。

 

 それこそ私が令呪でもって「聖杯にかける願いを事細かに教えて」と言えば、彼女は全部正直に話してしまうのだろう。そんなことするつもりは微塵もないけれど。

 

 あるいは令呪を縛るための命令ではなく、補助のための手助けとすることも可能なんだとか。私とランサーが同じ向きを向いて、力を合わせれば普通は出せないような力も出せる、らしい。今更ではあるけど、昨日の危機も、そうやって脱する手もあったということか……。

 

 右も左もわからない私に促成で叩きこむことになったランサーは、さぞや大変だったことだろう、お手数をおかけしました。何はともあれ、マスターとして知るべき最低限はこれで全部。

 

 ここから先は、本格的な聖杯戦争の幕開けだ。

 

 ──ランサーが秘密にしたい都合からだろうけれど、私の聖杯への願いも訊かれなかったから、話していない。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 別に今の私に満足しているとかってワケでもないけれど、だからといってどうしたいか明確な理想像だってなくて、とどのつまり私は伽藍洞(からっぽ)

 

 参加者は聖杯が選んだ人間らしいけれど、どうして私を選んだのか、納得のいく回答を求めたい。まさか首を絞められた時の一瞬の「死にたくない」を拾ったとでも言うつもりだろうか? あんなのがOKなら、誰だっていいじゃんか。

 

「はあ、もう……」

 

 愚痴ってもしょうがない、選ばれてしまったならもう一人にはなれない。ランサーに迷惑をかけないよう、他のサーヴァントが好き勝手暴れないよう、私も聖杯戦争の参加者として戦っていかないと。

 

 そう決意を固めて、私は──

 

 

 

* * *

 

 

 

「ハーイ、カナエ」

 

 

「ハイ」

 

 ──今日は遅刻せず、登校していた。

 

 勿論、手に浮き出ている令呪は隠しているが、昨日との違いはそれだけ。もともとのファッション傾向からして、別に急に手袋し始めたのを疑われることもないはずだ。こういうときパンク趣味で得したなと思う。

 

 サーヴァントとの契約では、魔力、活力のたぐいを持っていかれて動けなくなる──場合によっては寝たきりとか、衰弱死なんてことすらあるらしいけれど。()()()()()()()()()()()()()()、至ってフツーの調子なのだ。まあ、この手の話には個人差が付き物だから、私は割と平気なパターンだったのだろう。

 

 元気なのだから、学校に通うのは学生の責務。

 

 面倒では、あるけれど。

 

「昨日の夜の雷、スゴくなかった!? わたし寝てたんだけど飛び起きちゃってさ!」

 

 いつもの席(ていいち)に着いた私に、クラスメートの風祭(かざまつり)結芽(ゆめ)が前のめりで話しかけてくる。同級生には距離を置かれ気味の私に、いつも積極的に絡んでくる元気な娘だけど、この勢いはよほど話したかったらしい。

 

 夜の雷と言えば、ランサーに抱えられてあの"雷"のサーヴァントに襲われてたトキのことで間違いないだろう。あの時は命の瀬戸際だったからそれどころじゃなさ過ぎたけれど、この季節に不自然な連続発雷は確かに、噂になるのも自然なことか。

 

 まさか私が当事者だなんて思いもしないだろうし、さらっと返せば大丈夫でしょ。

 

「あー……ちょっと聞こえたかな。ウチ防音しっかりしてて」

 

「えぇ~? あれがちょっとってしっかりし過ぎじゃない? 救急車とかすぐ横の道走っても大丈夫そー」

 

 顔なじみと他愛もない雑談の中にも、聖杯戦争の余波は見え隠れする。もっと他にあるかも知れないから聞き耳を立てて、それだけで気疲れが酷い。普段は完璧に聞き流してるもんな……。

 

4年(シニア)のシイナ先輩、今日は来てるってよ」

 

「へー、あの。ここ数日見なかったよな?」

 

「ユビキタスの新作イマイチ~。肌と合わないのかなあ」

 

「だからウィチタ・ブルーにしときなって言ったじゃん」

 

「なんかここ数日、軍人さん多いよね? なんかあったん?」

 

「噂じゃカンザスが入港してるって話だぜ。ま、噂だけどな……」

 

「いやありえねー。あり得たとして噂になる訳ねー。マジねー」

 

「深夜に屋上で何か爆発したとかでさア、もう散々よ」

 

「昨日、新都でさあ。何か変なモン見たわ。なんだろな、あれ。豹?」

 

「夢だろ。動物園でもあるまいし」

 

「いやそれが結構リアルでさー……」

 

 ………………。

 

 

 

* * *

 

 

 

 ……寝ていた。思いっきり。

 

 途中から机に突っ伏して、寝入っているフリで聞き耳を立てていたら、いつの間にか本当にオチていた。当然ながら出席確認もスルー。なんてこった、何しに来たのかいよいよ分からない。

 

 昨日の夜は意識が昂っちゃって、なかなか寝付けなかったからそのせいだろう。

 

 ガリガリと頭を掻きながらロッカーに教科書を放り込んでいく。

 

 つい勢いよく閉めたせいで思いのほか大きな音が出て、隣の子が小さく飛び上がった。ゴメンね、と謝りはしたものの、聞こえたかどうかも怪しい勢いで走り去られるとちょっと……ね。

 

 確かに服装とか、雰囲気とかで人を寄せ付けないトコがあるのは自覚してるけど、

 

「ちょっとサボり気味なだけじゃん」

 

 そんなにビビられると、流石に傷つくっての。

 

 だからってフレンドリーに振舞うってのも苦手だし……なんて雑考しながら、次の授業の教室に向かう途中。

 

 ──ぴり、とうなじの辺りに何かが走る感覚。

 

「っ……」

 

 反射的に振り返る。気分的には、ほとんど真後ろで撃鉄の音のと同じ。だって、私の記憶の中の臨死と直結しているのだから。

 

 ──昨夜の出来事。その、着目すべき点。

 

 ランサーの召喚前、私は煙の使い魔(というのだそうだ。サーヴァントもその一種だけれど、月とすっぽん(リンゴとオレンジ)ほどに格が違うんだとか)に襲われて死にかけた。それはいい。問題はその周辺状況。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 私自身、他人を巻き込みたくなくて暗がりへ暗がりへと逃げた意識はある。だが、それにしたって考えてみれば妙で、一瞬たりとも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ──人払いの結界、というのだそうだ。

 

 一定の範囲内に立ち入ろうという意識を抑制するもの。あるいは、一定の範囲から出ようとする意識でも、同じこと。その境界に、近づけないのであれば。

 

 後ろ暗い行いを衆目から秘すため、魔術師の多くはそういう術を体得している。彼らに使役される使い魔たちもまた同じこと。私を逃がさず、余人を近づけず、狩りを楽しむためにそういうものを展開していたのでしょう、とランサーは語っていた。

 

 そもそも私が使い魔同士の睨み合いに首を突っ込んでしまったのも、そういう境界をうかつにも乗り越えてしまったから。つい、で違和感を無視してしまったことが、一連の遭遇(エンゲージ)の発端だった。

 

 今、それと同じ感覚。

 

 ……多分、これは私狙いではないのだと思う。いいや、あるいは逆にこういうのが私狙いというべきなのだろうか。

 

 この結界は私を拒絶してはいない。私以外の人間が来ないようにするための結界に、私が勘付いたというだけ。結果として昨日と同じ状況が整うけれど、その目的は真逆。

 

 つまりこの結界のヌシは、私に用があるらしい。いいだろう。

 

「──そっちがその気なら、やってやろうじゃん」

 

 いつ火蓋が切られても対応できることを確認して、意識を研ぎ澄ませて。境界を自分の意思で踏み越えて、結界の中へ。

 

 休み時間にも関わらず、人っ子ひとり居なくなった校舎。残ったのは上り口の私と──

 

「臙条叶、だな」

 

「……貴方は」

 

 ──踊り場から私を見下ろす、少し年上の男性。黒髪は長すぎも短すぎもしないくらいに切り揃えられていて、前髪のかかる目は銀刃みたいに鋭い。

 

 何回かこの学校の中ですれ違ったことのある、上級生。確か──

 

椎名(しいな)(ひじり)だ。ま、知ってても知らなくてもどっちでもいいが」

 

 ……知ってたし。

 

 4年生で、クラブとかには所属してない、一匹狼な硬骨漢、だったっけ。全部クラスメートの受け売りだけど、下級生にそんな噂が広まる程度には有名人ってことだろう。

 

 一応知ってる程度の距離感だけれど、ちゃんと日常の内側にいたはずの人間。

 

 にも関わらず、人払いの結界の中、差し向かいで私と対峙している──張り詰めた空気感はとても一般人とは思えない。つまりまあ、()()()()()()だったんだろう。

 

 彼が左手を掲げて見せる。綺麗に巻かれていた包帯がひとりでに解けていくと、その下から奇妙な紋様が現れた。絡みつく蛇か、鎖の輪のような令呪。令呪って人によって違うんだって初めて知った。彼のは私のと比べて複雑そうに見える。見ないで描いてみろと言われたら、彼のはちょっと無理そうだ。

 

 ……なんか、紋様の一部が色素抜けて、灰色の痕みたいになってるのも個人差なのかな?

 

 自分から見せてくるってことは、もう確証を掴んでるんだろうな。

 

 しらばっくれても面倒なだけなので、情報を得る方向にシフト。

 

「どうして身元、分かったの?」

 

 ランサーは昨夜の空中戦の後、魔術を組み合わせて隠密しながら帰投したって言ってたから、家の場所はバレてないはずなのに。

 

「あれだけ派手に飛び回ってりゃ誰だって見に行くだろ。飛び去る時に身元隠しても遅いぜ」

 

「そっか。じゃあ、次からは気をつけないと、」

 

 ホンの一瞬。

 

 軽口を叩きながらも注意をそらさずにいたから気付けた、彼の意識の間隙。

 

 やるとしたら、ここしかない。だから私は懐に手を突っ込んで、

 

「──ね!」

 

 持ち込んでいた()()()()()()()()を、引いた。

 

 発射した銃弾は3発。音速よりもなお速いそれは、抜き撃ちながらも間違いなく、彼の脚を貫く軌道にあったのに。

 

「ッおおお!?」

 

 そのことごとく、避けられた。ウソでしょ、アレで一発も当たらないなんてコト、あり得るの!?

 

 踊り場の壁を蹴って飛びのき避けた彼はその勢いを殺さないまま、転がるように射線から外れた。足音からして距離を取り、上階まで駆け上がったっぽい。

 

 射線を通すために追えば相手の間合い。

 

 クソ、しくじった。初撃で動きを封じるつもりだったのに、こうなったら──

 

「正気か、おい! 銃乱射事件でもおっ始めるつもりかよ! ……いや違う、待て待て待て!」

 

 物陰、青年は命の危機に晒された興奮からかバカデカい声で喚き立てる。

 

 やはりこの機を逃さず、落ち着くより先に追撃するべきか、と迷う私の耳に飛び込んできたのは、

 

「戦うつもりはない、俺は()()に来たんだッ!」

 

「……交渉?」

 

 そんな、ともすれば命乞いにも聞こえかねない絶叫だった。

 

 

 

* * *

 

 

 

「────」

 

 

 一瞬の空白があった。

 

 まさかそんな申し出をしてくることがあるとは思っていなかった、という意味でもそうだし、

 

 状況が膠着状態に入った、という面からも、少しの余地があったのだ。

 

 いまだ“人払い”は継続しているらしく、周囲で騒ぎが起こる気配はない。これは助かるけれど、同時にまだ椎名聖も諦めていないことを意味する。……考えてみれば、相手のおぜん立てに乗っかって、その相手を潰そうとするのは如何なものかと我ながら思う。あっちがその気になれば、私は校内乱射魔として逮捕されても文句は言えないところだった。そうなったらそうなったで、無策ではないけれど。

 

 ……しっかし、交渉、交渉ねえ。

 

 聖杯戦争とは争奪戦であり、最後の一組になるまでの勝ち残り戦。出会った端から倒していくのが、結局一番早いってコトでしょ。それなのに、ノコノコ出て来て交渉する意味は──?

 

「この状況下で、一体何の交渉を?」

 

「────」

 

 疑問は。

 

 代わりに問うてくれる存在が、私には憑いていた。

 

「ランサー!」

 

 上階に突如出現したのは、私のサーヴァントの姿だった。携えた銀の槍をつきつけて、あっさりと聖のことを制圧する。

 

 霊体となって近隣に待機していた彼女がいなければ、さすがに私だってああも大胆に打って出ることはしなかった。もう間合いとか心配する必要もないから、私は拳銃を懐に戻して上階へ合流する。

 

 麗しの槍騎士は、聖を槍で圧したまま、ちろと私を──睨んだ?

 

「マスター、荒事であれば私にお任せくださいと、行ったはずですが」

 

「う。……いや、行けるかなー、って」

 

 ……大胆、すぎたかな? ちょっとね?

 

 な、何はともあれ、こうして敵マスターは取り押さえたわけだし、うん! 上出来、なんじゃないだろうか。

 

 ──で、その当の敵マスターこと、椎名聖。

 

 壁に背をつけて、べったりと座り込んで。当たっていないのをこの目で確かめていなければ、先刻の弾丸が命中して死にかけている、みたいな絵面。

 

 まあ、サーヴァントたるランサーに槍を突き付けられてるんじゃ、同じかそれ以上に観念するしかない状況なのだろうけれど。

 

 サーヴァントは人間よりも格上だ。ここから彼が状況を打開したければ、それこそあちらのサーヴァントに頼る他ないだろう。だが、彼がわずかでも不穏な挙動を見せれば、ランサーの槍はそれより早く彼を──

 

「……ふう、さて。続き、話してもいいか?」

 

 呆れた。このひと、この状況下でまだ“交渉”とやらを続けられると思っているらしい。どっちかってーと“命乞い”とかでしょうに。

 

 ランサーが現れた直後は、状況に絶望したか、あるいは彼女の美しさに見とれたか、茫然としていたらしい彼。

 

 私たちのやりとりの間に落ち着きを取り戻したのか、今はニヒルに笑みを浮かべてすらいる。今更そんな格好つけられても、こちらとしては困るけど。

 

「一応、聞いてあげる。何を話したかったのかくらいはね」

 

「そうか。そいつはありがたい、ッと──」

 

 チャキリと音がして、へらへら笑っていた聖の顎が槍でクイと持ち上げられる。無駄口を叩くなということなのだろうけれど、怖い、怖いよランサー……!

 

 10㎝も要らない。数ミリも突き込めば、皮膚を裂いて赤い血が噴き出るこの状況を思い出したのだろう。彼はそれで真顔になると、

 

「最後の二組になるまで、俺たちと君たちで同盟を組まないか」

 

 ……なんて、本題に切り込んできた。

 

「……と言うと?」

 

「他全員が脱落するまで手出し無用、むしろ積極的に協力して倒していこうぜって誘いだよ。二対一なら勝率だって上がるだろ?」

 

「それは、確かに……」

 

 ランサーの実力を疑う訳じゃないけれど、『大丈夫に決まってる』なんて無責任に言えるほど、私は彼女のことを知らない。それどころか聖杯戦争も、サーヴァントについてすら、だ。

 

 そんな状況で同盟を組めるなら、それはどれほど助かることだろう。

 

 聖にもまた、同じメリットがあるから提案してくるのは分かる。強いて気にかかるとすれば、一点だけ。

 

 それを(ただ)そうとする直前、ランサーが口を開いた。

 

「ここであなたを殺さないとして、譲歩の代価は?」

 

 だから怖いってば、ランサー……! 本気っぽいから余計に……!

 

 これ以上は上げられないくらい、頭を上に向けさせながら、槍の戦乙女は銀の刃よりも冷たい声で問う。ここで答えを間違えれば、後は分かるなと言わんばかりだ。

 

 聖もわずかに苦しげにしつつ、タフに交渉(ネゴシエート)を続ける。

 

「そうだな……。俺のサーヴァント、その()()()()()()、でどうだ」

 

 その言葉に、穂先がピクリと揺れる。僅かながらもこれまでになかったことだ。

 

 代価は情報。

 

 それも、格別の値の。

 

 聖杯戦争において、マスターの命に匹敵するものといったら、サーヴァントの命脈でようやくだろう。サーヴァントが退去すればマスターの命を奪う必要もない。裏を返せば、マスターさえ殺してしまえば、無闇にサーヴァントと戦うまでもなく、その陣営は敗退する──

 

 ──あ。

 

 そっか。

 

 私は勘違いをしていた。ランサーは決して脅しなどではなく、椎名聖の命をここで絶つことを、当たり前の選択肢に入れているのだ。私を殺せばランサーが消えるように、彼が死ねば彼のサーヴァントも消滅する。それを私は、本当の意味では理解できていなかった。

 

 脚を撃つなんて、生ぬるかったのだ。

 

 初撃から額を撃ち抜き、その命を奪うくらいでないと、聖杯戦争では──生き残れない。

 

 椎名聖もそれを理解しているから、だから冷汗すら垂らしながらも、命がけの綱渡りに臨んでいる。

 

 理解(わか)っていなかったのは、私だけ。

 

「…………」

 

 ランサーは口を(つぐ)んでいる。

 

 サーヴァントのクラス……はさておき、真名は最重要事項。『その人物がどこの誰か』なんてのは、世間一般の人間にとって大した情報ではない。けれどそれが命をやり取りする間柄なら話は変わって来るし、人類史に名を遺した英霊たちであれば、もういよいよ話は終わりだ。

 

 だってそこに記されている。その人物がどんな人生を送ったのか。そしてどんな終わりを迎えたのか、全部。

 

 何が出来て、何が出来ないか。

 

 何が好きで、何が嫌いか。

 

 ──何故死んだのか。どうやれば、殺せるのか。

 

 それらすべての人生が芋蔓式に引っ張り出せる、まさしく生命線。それを敵対しうる相手に開示するというのは、サーヴァントとそのマスター(ひじり)にとっては尋常じゃないディスアドバンテージであり、同時に私たちにとってはかなりのアドバンテージ。確かにそれを教えてくれるというなら、今ここで彼を始末せずとも、好きなタイミングでいくらでもどうにでも出来る。

 

 ランサーは視線で、『それでいいか』と尋ねていた。こっちは戦だの同盟だのは素人なのだから、別にお伺いを立ててくれなくてもいいだろうに、どこまでも(マスター)たる私を立ててくれる女性である。ありがたいことだ。

 

 だから、さっき聞きそびれたことを、このチャンスに確認しておくことにした。

 

「──なんで、私たちなの?」

 

「────」

 

 素朴な疑問。

 

 聖杯戦争の参加者なんて、あと五組は存在するのに、どうして。

 

 まさかそんな質問が飛んでくるとは身構えていなかったのか、聖は言葉に詰まる様子を見せた。さすがにそれをランサーが急かすこともなく、少し間をおいて、

 

「……別に、たまたまだ」

 

 一番最初に身元特定が出来たから、コンタクトしやすかっただけだ、なんて。

 

 そんな私でも察せられるでまかせ。……ううん、多分何割かは真実なんだろうけれど、それだけじゃないハズ。

 

 その理由。私たちを選んだワケもそうだけど、それ以上に──

 

 このひとが、そんな拗ねるみたいな顔で嘘をついた、その理由が。

 

 どうにも気になったのが、私が同盟の話を受ける気になった、つまんない理由だったりしたのです。

 

 

 

* * *

 

 

 

「では、クラスと真名、教えていただけますか?」

 

「いや待て、流石にここでは勘弁してくれ。どっか落ち着けるプライベートな場所で頼む」

 

 てきぱきと話を進めていく二人。意外と、似た者同士なのだろうか?

 

 立ち上がって尻をぱっぱっと払った聖が、「っとそうだ」なんて言って振り返る。

 

()()()()()、弾痕……」

 

「消してあります」

 

 声は男性。低く、穏やかで、ずいぶんと大人びた響きだった。姿はない。

 

 問題はその会話内容だ。

 

 キャスター。つまり、魔術師。サーヴァントのクラスの一角だ。……同盟を組むにあたって、こういう形で情報を先出しした、ということだろうか。律義なんだか、何なんだか……。

 

 そして呼びかけと要請に対する、その返答。弾痕というのはつまり、私が踊り場に向けて発砲した三発の銃弾のつけたもののはずで、それが──

 

「……っ!」

 

 急いで見に行った先、あるのは銃撃なんてまさかそんなと言わんばかりの、何の変哲もない、つるっと綺麗な壁面だった。

 

 

 

* * *

 

 

 

 私の家に向かうこととなった。

 

 まあ確かに臙条邸は大きいし、門と塀に囲まれているし、防音の地下室も完備……とくれば、密談にはもってこいだ。

 

 だからといってこうも人が大勢押し寄せてくると、流石にその、ぶっちゃけ気疲れする。別に綺麗にしてはいるけれど、そういう問題でもなく、なんというか自分のテリトリーに誰かがいる圧迫感というべき嫌さなのだが。

 

 それを説明しても通じそうにないし、そもそも非常事態と言われればそれまでなのだった。

 

「……そもそも女子の家なんだけどなー……」

 

 まあ、女性は私だけじゃなくランサーもいるし。大丈夫だろう。

 

 というか、ついてきている彼が()()()()()()に興味あるようには見えないんだけど。

 

 私はちら、と後ろを見やる。

 

 一人、私の道案内に付いてくる椎名聖はクールな無表情で、何を考えているかは相変わらず読めない。

 

 その頭の中を占めるのは、まさか女の子の家にお邪魔することについてではないだろう。硬骨漢の名折れだもんね。もしも思考を読めたら、きっと聖杯戦争についてのアレコレで一杯に違いない。

 

 臙条邸への道すがら、話も弾まなくて辟易する。ランサーは透明化──じゃなくて霊体化していて姿を隠してるし、キャスターとやらもあの一言以来、沈黙を保ったままだ。聖も世間話とか……まあ、されたらされたで困るんだろうけれど。

 

 こんなに正門が見えるのが待ち遠しい帰宅は、過去に一度二度あったかどうか。

 

 昼日中の街に人通りはない。良かった、と内心で胸を撫で下ろす。年上の先輩、それもけっこうな有名人と二人で下校なんて、見咎められればどれほどの噂が燃え広がることか。想像するだに恐ろしい。

 

 彼はそこらへんも気にしてないんだろうな──

 

「……なあ、臙条」

 

「なッ、……なに」

 

 声裏返ったっ。急に話しかけてくんなよ、もう!

 

 慌てる私に気付いているんだか、いないんだか。聖は私を見ているでもない風に、ぼうっとしているように見えた。考え込んでいるのかもしれないと思って、いつまで待っても呼びかけの続きは来ない。

 

 私も気にしながら歩くのに疲れて、ついに歩みを止めて振り向いて、

 

「ねえ、なに? ヒトに話しかけといて、それっきり?」

 

「……ん。いや、どう聞いたもんかと思ってな──」

 

 ホントか?

 

 実のところ、話しかけたはいいが、そのタイミングですぽんと考えていたことをド忘れして、それを誤魔化しているんじゃないかと疑っている。

 

 いや、似たようなこと、実はちょくちょくハル神父がやらかしていたのだ。見た目若々しいのに、そういう爺むさいところ、どうかと思う。多分アレは性格の問題なんだろう。

 

 まあいい。あんなどうでもいい人のことは、どうでもいい。それより、

 

「──で、結局何なの」

 

 何でもないとか止めてよね。そういうの、すっごい気になる性質だし。

 

 長いこと焦らして、ついに口を開いた硬骨漢が発したのは、

 

「いや、臙条、何であんな銃(うま)いんだ」

 

 そんな、妙に気の抜ける質問だった。

 

「……そうですね。私もそれについては気にかかっていました、マスター」

 

 ここぞとばかりに霊体化したまま同意してくるの(えんごしゃげき)は、味方のハズのランサー。

 

 今朝、私が屋敷を出る時に拳銃を持ち出すのを見て「戦いは私に任せてくだされば良いのです。こんなものを持ち出しても……」とかなんとか、ぶつぶつと言っていたのを覚えている。ランサーの有する武力と比べれば大方役には立つまいと思っていたのだろうし、事実あってもなくても同じだったと言ってしまえばそれまでなのだけれど、──さては、もっと下手だと思われてたな? 赤ん坊が刃物持つと危ないでちゅから遠ざけまちょうねーよちよち、くらいの感覚か、アレ?

 

 ………………まあ、いい。

 

 面白いのは、聖も私の銃技に驚愕していたらしい事実。

 

 こっちからすればそれはもう完璧に、実に見事に避けられたと思ったけれど。実のところあの時は間一髪だったりしたんだろうか。だとすれば留飲も下がるというもの。

 

 ちょっと嬉しくなってしまって、隠すためにあえてつっけんどんに。

 

「別に、練習しただけ」

 

 ──な、なんか、変なキャラクターみたくなってない?

 

 ちょっとつっけんどんすぎたかな。表情に出てないか不安になって、つんとそっぽを向いたのがいけなかった?

 

 内容も、『大会上位を目指して』とか、そんな立派な理由じゃないのが泣けてくる話だ。ただ、“フユキ大火災”からこっち、泥みたいに疲れ切ってから寝ないと、フラッシュバックでまともに寝られない日々が続いたから、ってだけ。

 

 引き取られてしばらくまともに寝られず、どんどん顔色が悪くなっていくから養母(かあ)さんは随分心配してくれて。おそるおそる打ち明けたら『だったら吹っ飛ばすくらい大きな音と衝撃で、クタクタになってから寝ればいい。でしょ?』と、それからの行動は早かった。

 

 業者を呼んで地下室を増築&大改装。実銃用のシューティング・レンジを拵えてしまったのだ。許可もどこからか取ってきて、銃と弾丸は亡くなった今でも定期的に届けられるのだから驚きだ。

 

 そこの、ちょうど塀が見えてきた──臙条邸に。

 

「というか銃なんて、見えたとおりに狙って撃てばだいたい当たるでしょ。そういうふうに出来てるんだし」

 

「な、いやちょっと待て──」

 

 家が見えると気が緩んで、言わなくていいことを言った気がする。ややこしくなっても面倒だし、そもそも目的地に到着したんだし、さっさと上がって本題に入ろう。




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