Fate/second to none   作:吉田一味

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赫世異産③

 

 それは、吸血鬼と化した元・人間。

 

 魔術世界で言うところの吸血種。

 

 ナイトウォーカー。月の従僕。死の(ともがら)

 

 聖の五感すべてが彼女の脅威を訴えている。これはどれだけ低くても夜魔の域、ともすれば上級死徒にまで至っている、と。

 

 元は人間でありながら非人間と堕した彼ら彼女らは、人間のままの魔術師よりも魔術的に上の位階にある。椎名聖との相性は最悪だ。総身に鳥肌を感じる。これほどの戦慄、コントロールできない感情を抱くは何時ぶりか。

 

 臨戦態勢を取る彼に、小鳥でも眺めるような──慈しみではなく無関心ゆえの──穏やかな目を向けて、死徒は完璧なカーテシーをしてみせた。

 

「フェリシア=エヴリン・モンデンフェルト。()()()()()()()()()、よろしくね?」

 

 優美な挨拶への返答ではなく、彼が向けるのは、

 

「アインツベルン、てめぇ……! ()()()()()()()()()()なッ!?」

 

 動かないリーンスフィール・フォン・アインツベルンへの言葉、ほとんど悲鳴じみた非難。

 

 この死徒──フェリシアとやらの先述した『小聖杯』というワード、聖杯を鋳造した一族であるアインツベルンの人造人間(ホムンクルス)、その内部から出現したこと──それらを併せて考えれば、おそらくリーンスフィールに備えられていた機能を利用したのだとは察せられる。

 

 彼女がそこまで手の込んだ方法で第五次聖杯戦争に潜り込んできた理由は分からない。だが事実として、ここフユキに悪意を持った死徒が介入してしまったことは確かだ。

 

 令呪に縛られたルーラーが、それでも死徒の方へ一歩踏み出そうとする。彼が出来たことは結果としてわずかな身じろぎだけ──床から持ち上げようとした足は、べったりと接着されたかのように踏みしめたまま。ルーラークラスの『対魔力』を考えれば、この目で見てもなお信じがたい強制力。

 

「あはは、ダメだよコンスタンティヌス。リーンたちはね、別に偶然ルーラー(キミ)を召喚したわけじゃあない。ずっと前から、アインツベルン(かれら)はルーラークラスを従えさせるつもりだった」

 

 死体のように成すすべないホムンクルスの上半身に発光する紋様が浮かび上がった。魔力によって励起したそれらが令呪であると理解するには、聖であっても時間が要った。なにせ広範・複雑に過ぎる。

 

「そんな彼らの令呪は特別性。『対魔力』なんて関係なく、より絶対的な支配を実現する」

 

 そこで彼女は整った表情をふと崩し、

 

「まあ、それだけだったら通用したか怪しいけれどね。そこはホラ、前々から()()しておいたし」

 

 フェリシアは笑いながら右手を持ち上げる。それに引っ張られるかたちでリーンスフィールの脱力した肢体も持ち上がった──赤いラインを通じて、穢れた魔力がホムンクルスに流れ込む──!

 

「れ゙、い呪をも゙って命じる──『(あら゙が)うな、ルーラー』……!」

 

 咥内、気道を異物に占拠されたままの発音はひどく歪で、けれど作用は十全。二画目が火花となって散り、ルーラーに襲い掛かって。既に『動くな』と命令されていたルーラーはこの命令を受けて、とうとう完全に沈黙する。

 

 死徒は足音もなく、余裕ぶった歩調で石像と化したルーラーのもとに近づいていく。引きずられるリーンスフィールを顧みることもなく、椎名聖たちを警戒することもなく、ただ世界に己ひとりのみが在ると言わんばかりの唯我独尊。

 

 片手人形(パペット)のごとくにリーンスフィールを操って、彼女の身体に残された令呪を昂らせる。

 

「……本当はね、こんなコト命じなくても大丈夫だと思うんだ」

 

「重ねて──令呪をもってッ、命じる……! 『ルーラーよ……彼女(フェ゙リ゙シア)を、受け、入れろ』……!!」

 

 ルーラーに通用する令呪、その最後の一画をあっさりと消費したというのに、彼女はあっけらかんとしたものだ。

 

「けどさ。残しておいても面倒なだけだし、万一があっても嫌だし、どうせなら派手にやっちゃおうかなって」

 

「──こ、れが。(ローマ)を討てる、唯一の好機だな」

 

 ──令呪三画による支配。動けないはずのルーラーの、唇が動いて紡いだ言葉。まさかの事態に死徒の目も丸くなるが、そこ止まり。

 

「あははっ、そんなことするわけないじゃん。勿体ない!」

 

 人の魔術程度であればいかな大儀式であろうとも弾き、特別製の令呪であってもやがて無効化するであろう大英雄を前に、欠片の恐怖もない。むしろショーケースを眺める少女のような、わずかな興奮だけがそこにはあった。

 

 彼女の変形していた腕、リーンスフィールの咥内にねじ込まれていた異形が、勢いよく引き抜かれる。それが支えとなっていたアインツベルンの女は倒れ込み、嘔吐せんばかりに咳き込んだ。

 

「私がどれだけ、この時を待ったことか。消して終わりなんて、そんなんじゃ──」

 

 自由となった魔手は、ルーラーへと伸びてゆく。

 

 そ、と頬に添えられた柔指を、彼は拒めない。

 

「『赫世異産(クオリアレッド)天変(オルタネーション)』」

 

 そして、牙覗く唇が、迫るのも。ただ、見ていることしかできない。

 

 ──世界は、彼女の観た赫に塗り潰された。

 




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