ルーラー・オルタは跳躍する。
実に雑に、最上階の端から結界外壁に向けてひとっ跳び。斜めの曲面に着地すると、そのまま勢いを殺さずに底まで滑り降りる。
わざわざ探さずとも、燻り出してしまえばいい。
「──『
真名解放とともに展開される、整然たる光盾陣列。
掲げた手が降り下ろされると同時、外壁に押し寄せ──
波濤の如くに、間断なく──己が砕けることも厭わず──猛然と打ち据え続ける。
ちょっとやそっとでは微動だにしない建造物が、地震に襲われたかのように大きく横揺れした。加減しているからまだ倒壊には至らないものの、内部の人間は身の危険を覚える震度。
荒事に慣れていない人間であれば、反射的に声の一つも漏らす恐怖だろう。
「────きゃ、ぁ……!」
……やはりと言うべきか、衝撃に揺れるホテルの轟音の中から、ルーラー・オルタは少女の悲鳴を聞き分けた。
事前にフェリシアに聞いていた通り、この球状空間内には無関係な人間は招かれていない。居るのはフェリシア、臙条叶、椎名聖。リーンスフィール・フォン・アインツベルンはもう用もないからと引き込み忘れたそうだが、それは今はどうでもいい。
今この場で重要なのは、上方──ホテル反対側の中途階から聞こえてきた女声は、臙条叶のもので間違いないということ。
さっと手を振って指示を出す。『
高低差無視の最短経路を馳せて、臙条叶のもとへ到達するまで、あと十五秒。
***
「まずい、来る……!」
「えっ、な、なら急いで降りた方が──」
「間に合わねえ、ラペリングしてるところを襲われたら手も足も──」
せこせこ準備していた縄を投げ捨てて、袖口から剣を抜く「シャッ」という音。もう耳馴染みのその音が聞こえるか聞こえないかのタイミングで、
「──二人揃って居るとはな」
「……ルーラー!」
怖気が走る。先刻も畏ろしかったけれど、決定的に致命的ななにかが違う。
これはきっと、別人だ。ルーラーを元としたキャンバスに、ぐっちゃぐちゃのドロドロに塗りたくって棄損した、成れの果て。
「……殺しに、来たの」
「そうだ。聖杯戦争の参加者、サーヴァントもマスターも全員排除する。貴様も例外ではない、ランサーの
ベランダに降り立つ彼から距離を取ろうとじりじり後退る私たちは、さぞや滑稽だろう。その気になればフユキ・ハイアットホテルを
見ろ、ルーラーにそんなものは関係ない。白刃を携え、ズカズカと踏み込んできて──
構えを解く。それは戦意の放棄ではなく、その逆。
「せめて遺言くらいは聞いてやる。貴様らの最期に、選ぶ言葉は何だ」
持てる者の慈悲。殺せると確信した強者ゆえの、ある種の“流れ”を整える作業のような、呼吸。
それが済めば容赦なく殺される瀬戸際。交渉も命乞いも
『──済まん、臙条』
『えっ?』
『助けてやれそうにない。悪いけど、一緒に死んでくれ』
「──ねぇよ、てめぇに言うことなんか!」
──意地を通すことを選んだ。
「そうか。ランサーのマスターも、同じか?」
つまらなそうに殺意の切っ先を移すルーラーに、声も出ない。恐怖と高揚とでグチャグチャになって、決壊しそうな涙腺と、戦慄く唇を引き締めるのに必死で。
──だから。内側から襲い掛かってくるように熱い、脈を感じた時も。てっきり荒れ狂う感情に肉体もおかしくなったかと思ったりもした。
「か、ッ──!?」
『──スター……マスター!!』
その声を、もう二度とそう呼ばれることはないだろうと思っていた“マスター”の響きを、感じるまでは。
「ランサー!?」
「なッ……」「ランサー──ッおおおおおお!!」
私がつい漏らした言葉に、ルーラーと椎名聖も劇的に反応する。早かったのは後者。吼えて果敢に斬りかかり、『
そうしなければ、ルーラーは私が何をするよりも迅く、私を斬り殺していただろう。彼がこじ開けてくれた一瞬の猶予が、今この瞬間──
──今度はもう迷わない。躊躇わない。あんな後悔、一生涯に一度で十分だ──!!
「──ランサー!!
最短の単語だけで絶叫する。令呪は私の意を汲んでくれて、それだけで完璧に発動してくれた。手の甲に熱が炸裂し、二画目が薄れて消える。
視界の端。ルーラーが聖を弾き飛ばして大上段、私に斬りかかり──
「はあああッッ──!!」
「む──!」
──夜闇の外套を引き連れて、
「ランサーっ!」
私の戦乙女が、戦場に帰還した。