──326年、ローマ。
ガイウス・フラウィウス・ウァレリウス・コンスタンティヌスは浴場を異常加熱させて妻ファウスタを処刑した…………というのは、表向き。
──それは、記録されざる歴史。
パラティーノの丘で、何があったのか、その真実。
「聞くに堪えん
建物一つをまるまる犠牲にして発生させた業火、その火中で踊り狂いながらも一向に絶命する気配のない女へ、皇帝はほとんど叫ぶような声でつきつける。
「貴様、いつまでその茶番を続けるつもりか。
「────」
ぴたりと影絵の悶絶は止まり。
やがてわずかに震え出したのは、炎の揺らめきによる錯覚ではなかった。
「なぁんだ。
──嗤っている。
震えは抑えきれぬ哄笑へと変わり、焼け落ちつつある浴場を震わせる。声は際限なく膨れ上がってゆき、高熱に変質した浴場の壁はそれに共鳴して崩壊し始めた。
「ああ、ああ、陛下! 何故ですか、陛下! 貴方もですか、陛下!
こんなに素晴らしいのに! 火に捲かれても灰と散らないのに! 百年どころか、千年、いいえ万年すらも味わい尽くせるというのに!! 星を統べるべき存在だというのに!!!
──何故、
超越者ゆえの歓喜。上位者ゆえの疑問。
引き上げてやると言っている。その価値があると認めてやっている。それを何ゆえ拒むのか──赫に染まった妃はそう嗤う。ちっぽけな、力なきコンスタンティヌスを玩弄する。
──やはり、足りないか。
コンスタンティヌスはこの場に教会の人間が居ないことを恨んだ。何が「焼却が最も有効です。建物に閉じ込めて火を付けましょう」だ、碌に効いていないではないかと怒鳴りつける相手が居ないこととが、こんなにも心細く感じるとは。
あるいはキシュアの大老でもいい。かの翁をコンスタンティヌスは好いてはいなくとも、その実力は認めていた。ローマ帝国皇帝相手であっても不遜な態度を崩さない老練の魔法使いが、もしも居ればどれほど心強いか。
だが、誰も居ない。頼れる者など、この場には。
彼は背後に合図を出す。炎上する浴場、包囲するべく配置された軍勢。彼らが、いつでも火中にある魔へ総攻撃できるように身構えながら、内心でそうならないことを祈っているのを、司令官たるコンスタンティヌスは肌で感じてた。
精鋭を集めたといっても、あの域の死徒には餌にしかなるまい。もとより不測の事態に備えた出動──ローマ市民のせめてもの壁のつもりで、彼の
とどのつまり、頼れるのは己だけだ。
……なんだ、これまでとそう変わりはしないな。
「『何故』……か。貴様が呼んだ通り。
魔術回路を励起させる。
コンスタンティヌスは覚悟を決めた──あの女は、ここで、
「ああ、良かった──やっぱりあった! この時代、この地域なんだから縁がないはずないとは思っていたけど、良かった!」
彼はこの後、すったもんだの末に勝ったんだろうね。死徒と化したファウスタ妃は滅ぼされ、歴史からその事実は抹消された。だから彼が──コンスタンティヌス一世が穢れるようなことは起こらなかった。それが正しい。
それが今に至るべき道筋、人類史に刻まれた道標だ。
けどね。
それじゃあつまらない。それじゃあキミを召喚させた意味がない。
キミには堕ちて堕ちて、堕ち切ったところから、この罪深い世界が塗り替えられるさまを指をくわえてただ見ていてもらわないと。
だからさ。
血錆に穢れたキミを、観せて。