Fate/second to none   作:吉田一味

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フォントが弄れないのが残念。


聖の運命の夜

「──告げる」

 

 郊外、夜。

 

 闇の中に詠唱は重く、低く響く。

 

 声は淡々と、落ち着いている。とても年齢に見合わない冷静さは、あるいは自らの行っていることの重要性を理解していないのではないか、と疑念を抱かせるほど。無論そんなハズもない。彼が足下に描いた魔法円のクオリティからでも、その意気込みは十二分に伝わるというもの。

 

 ただ単に、椎名聖(しいなひじり)はいついかなる時であっても、冷静沈着であるというだけ。

 

 それがたとえ、聖杯戦争への参戦を期して、自らのサーヴァントを召喚する真っ最中であっても、だ。

 

 淀みなく儀式は進み、魔力の高まりは最高潮に至る。彼の肉体に走る魔力回路が唸りを上げ、常人なら絶叫するような激痛を引き起こそうと、

 

「──汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ──」

 

 その詠唱は淀みなくクライマックスへと至る。

 

 不測の事態はなかった。何一つ。

 

 儀式は完璧。乱入なども無し。

 

 ……強引に文句を付けるとすれば、その召喚には特定の英霊を指定できるだけの触媒はなかった。用意する時間がとれなかったからだが、問題ないと彼は判断した。

 

 触媒はあくまで補助的なもの。中途半端な代物を使うくらいなら、いっそ何も使わない方がよほどいい。()()()()()()()()()()、それ以上何を望むべくがあろうか。

 

 彼の考えも、なるほど一つの道理ではあった。

 

 ──であるならば。一体、何の歯車が狂ったか。

 

 ──あるいは、如何な運命のいたずらか。

 

「────」

 

 世界(けしき)が色彩を失い、そして再び取り戻した時。

 

 召喚陣の中心に出現していたのは──とても聖杯をかけた殺し合いには向かなそうな、物腰穏やかな老人が、一騎(ひとり)

 

「……ほう、ふむ。なるほど、これは──」

 

「な──あんた、が……サーヴァントか?」

 

 いかな人物であろうと、サーヴァントについておおよそ知っているならば動揺は免れない。それは聖も同様で、わずかに詰まる言葉。

 

 ともすればそれを“無礼”と捉えられる可能性もある。過去の聖杯戦争でも、それまで何一つとして行き違いなどなかった主従が、ひとつ言い間違いをしたことを発端に決裂、破局に至ったこともあるという。それを踏まえれば、彼の呟きは油断と言っても差し支えないものだった。

 

 それを理不尽と思うのならば、英霊など召喚するべきではない。聖杯戦争とはそういうもので、椎名聖もいざという時を覚悟して臨んでいる。

 

 幸い、サーヴァントはそれを咎めるでもなく──というか、そもそもこちらに注意を払わず──ひとり「ははあ」だの「さて……」だのブツブツ言っている。何をそんなに興味を惹かれることがあるというのか。

 

 聖はこれを好機と外見を観察する。

 

 ──見た感じ、さほど古い時代の英霊とは思えない。スーツに中折れ帽の爺さんは、街に出ればいくらでも居る──というのは流石に言い過ぎだが、さほど違和感もなく馴染むことだろう。

 

 よほど異形のサーヴァントでもなければ、着替えればある程度は紛れることも可能ではあろう。だがしかし、召喚直後にも関わらずここまで現代的というのは、サーヴァントの年齢よりも妙ではある。

 

 何故ならそれは、この英霊が生まれ育った時代が、聖たちとそう離れていないことの証左に他ならず──

 

「なあ、ちょっと。俺は椎名聖。あんたはサーヴァントだよな? よろしくしたいんだけど、いいか」

 

「ん。ああ、これは失敬。つい思考に耽ってしまいました」

 

 結局、謎は本人に聞くのが一番早いし、そのためにすべきことは単純明快。

 

 古今東西、初対面はまず挨拶。

 

「私は……ふむ、キャスターというのですね。実に興味深いですが、ともかくよろしく、聖」

 

「ああ、よろしく。んでキャスター、か。なら魔術、使えるのか?」

 

「いいえ。生前は作家の人間に、そんなものが──使えるようですね?」

 

 喋りながらほぼ直角に方向転換する内容。キャスター自身が困惑するように、サーヴァントは生前の存在とは必ずしも同一とは限らない。彼らはクラスに当てはめられる際に、サーヴァントに相応しいカタチに調整されるからだ。仮に剣と弓を武器とする英霊が居たとして、セイバークラスで召喚されるならば弓は持ち込めないような制限もあれば、事実とは異なる逸話を後世にて付け加えられた英霊が、召喚に際してその逸話に基づく能力を獲得する恩恵もまた、発生し得る。キャスターが使えるらしい魔術もその類いだろう。

 

 しかし、生前は魔術を使えなかった人間に魔術を覚えさせてキャスターに仕立て上げるとは。よほど人材不足か、英霊の座は? と疑いたくなる。

 

 脇道に逸れそうになる思考を律して、椎名聖は本題に入る。

 

「まあ、使えるなら今はそれでいい。能力は後で確認するとしてその前に───作家センセイらしいが、どこの誰か、教えていただけるか?」

 

「そうですね。どうやらそういうもののようですし。私の名前は───」

 

 ──なんて素直に告げられたキャスターの真名、そして経歴は、椎名聖には一つも聞き覚えのないものだった。

 

 そこからしばし、より詳細な事情聴取ののち。

 

「──アンタ、ホントに英霊か?」

 

「悲しむべきことに、そのようです。私は文学に人生の一部を捧げ、それで少しばかり名が広まりもしましたが──英霊と言われても、お願いですから止めて欲しいとばかり思います。生前の私を続けたいとは毛頭思っていなかったにも関わらず、こうして異なる歴史を辿った世界に召喚されてしまうというのは、個人的には好ましくない不死性です」

 

 このあたりになってくると、互いの雰囲気も砕けてくる。とくに椎名聖(マスター)は自分の呼んだ存在について不明点を潰したくて必死だ。より深く踏み込んだ会話に、いちいち敬語など邪魔なだけだった。

 

「実のところ、キャスターかどうかも疑い始めてるぞ、俺は。ぜんぶ嘘っぱちの、自分でそう思い込んでるバーサーカーだったりしないか?」

 

「それは面白い仮定ですね、マスター。確かに私に私の正気は保証できません。ですが、そうなると別の問題も発生しませんか。つまり──貴方の正気は誰が保証できるのでしょうか」

 

「ま、そこまで疑ってたらキリもない、か。しかしキャスターの保証はして欲しいね。どういう魔術が使えるか、聞いておかないと今後にも差し障る」

 

 この時点で、問題は山積しているものの、聖は自身のサーヴァント・キャスターについてほぼ受け入れていた。なるほど彼の言は自分の知る世界とは食い違うが、魔術世界では平行世界概念はさして驚くべきものでもない。おおかた()()()()()()からの混入だろう、とあたりをつければ、むしろこれほど都合のいい存在もないかも知れないと思ってすらいた。ともすればサーヴァント相手であっても正体の割れないサーヴァント、これは()()()になる──

 

「そうですね。対話は実に心地いいですが、貴方は私を戦いのために召喚したのですし。私になにができ、る……か──」

 

 ──その()に。何が描いてあるか、めくってみるまでは、分からないというに。

「お、おい。どした?」

 

 急に黙り込んだキャスターに、何か不快にさせることでも言ったかと不安がる聖。穏やかな老爺だが、どこに逆鱗があるか知れない、彼らは御伽話のドラゴンもかくやの超常の存在。

 

 すわ地雷を踏んだか、と腹をくくるマスターに、そのサーヴァントは、

 

「……椎名聖。貴方は私のマスター、なのですよね?」

 

 やや今更のような──そもそも先刻一度確認済みの──問いを投げかける。

 

 声音は平板。読み上げたってここまで無機質にはならないであろう、無感情。

 

 意図は読めずとも、聖に返せる答えは、手に刻まれた令呪にかけて、たった一つ。

 

「ああ。あんたは俺が召喚したサーヴァントで、俺はあんたと契約してるマスターだ」

 

「そうですね。ではマスター、貴方に頼みがあります。解決法は任せますが、早急にある問題を解決してください」

 

 キャスターは一息、呼吸を挟んで、

 

「私には宝具『|幻獣辞典《エル・リブロ・デ・ロス・セレス・イマヒナリオス》』があります。これは空想上の生物について記した辞典──の形式をとった文学作品が宝具化したものなのですが、どうやらこれが暴走しているようです」

 

「暴走、だと……!?」

 

「『幻獣辞典』は記された幻獣を召喚する魔術宝具。その項のうち、五種。五体の幻獣が勝手に召喚されて、このフユキを闊歩しています」

 

「な──ッ、そうか」

 

 マスターは一息、呼吸を挟んで、

 

「幻獣は退去させられるか」

 

「私からは、技術的に不可能です。幻獣を殺して駆除するしかありません」

 

「制御は」

 

「それも不可能です。彼らは記された生態のままに活動し、召喚されてしまえば加筆も叶いません」

 

「宝具は本と言ったな。それを破壊すれば?」

 

「どうなるかはやってみないと判りません。消えるかもしれないし、遺るかもしれない」

 

「それはキャスター、あんたを退去させても同じか」

 

「ええ」

 

 矢継ぎ早の一問一答。状況を整理するには最速だが、それを可能とするのは並外れた思考力、自制心と判断力あってこそだ。そしてそれは答えを返すキャスターにも言えること。

 

「五種……これ以降も、暴走召喚は続きそうか?」

 

「ええ。これは私の意思でどうにかなるものではなく……そうですね。例えるならば、『何も考えるな』と言われると、むしろ思考でいっぱいになってしまう……そういう感覚に近い。衝動のようなものなのです」

 

「そうか。なら──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 キィン、と硬質な音が響いて。

 

 瞬間的に膨大な魔力が発散し、キャスターを包み込むと──水が土に染み込むように消えていった。

 

 マスターはあっさりと令呪一画を消費し。

 

 キャスターはそれを抵抗するでもなく受け入れる。

 

 ある意味で、極めて珍しい光景と言えた。

 

「これで増えることは無くなった、と。──となればあとは減らすだけだな」

 

「駆除していただけますか」

 

「ああ。幻獣辞典、あんたが書いたなら生態も分かるだろ。念話でナビゲートしてくれ」

 

 傍らに置いてあったキャリーケースから、一本の古びた洋剣を取り出す。ショルダーホルスターに差して上着を羽織ると、

 

「──サーヴァントならともかく、使い魔なら何とか出来るだろ。行ってくる」

 

 

 

***

 

 

 

「ぶあっ、は! こんなのが、あと四体だと!? 冗談じゃねえぞ!」

 

 荒い息をつき、冬夜にも関わらずぼたぼたと流れ落ちる汗の雫を払う。

 

 しゃがみこんで愚痴る椎名聖は、そこだけ切り取れば夜歩きしている不良少年のようだ。

 

 そのすぐわきで絶命し、サーヴァントの霊基が消える時と同様に光の粒となって消えつつある、大柄な幻獣の骸さえ見なければ、だが。

 

 鹿と鳥の()()()()、とだけ書けばまだファンシーに思えるかもしれないが、その図体で俊敏に飛び回るところを見ればそんな寝言も吐けなくなること請け合いだ。挙句の果てに歯を剥きだしに、上空から襲いかかってくるのを見た日には、悪夢に(うな)されること間違いなし。

 

 ──襲われて生き残れれば、の話である。

 

 キャスターの記した辞典ではペリュトンと呼ばれるその幻獣は、暴走召喚された中で最も直接的に人間を害する生物だった。それゆえ主従の相談のもと、真っ先に討伐される運びとなったのだが。

 

『──いや、見事でした。貴方の剣の冴え、いわゆるタツジンという域ですか?』

 

「まさか、まだ修練と筋肉が足りないさ。使い魔相手にこんな有様じゃ、聖杯戦争を勝ち残るなんて気が遠くなる」

 

「……へえ、君、聖杯戦争参加者なのかい」

 

 念話ではなく、背後からの肉声。

 

 話しかけられるまで、否、ともすれば話しかけられてからすら、気配を察知できなかった。椎名聖は弾かれるように振り返る。

 

 背後、月夜を見上げる──塀の上。見下ろすかたちで、()()()は降り立っていた。

 

「──サーヴァント、か」

 

「そういう君は?」

 

 誰何(すいか)する青年は、歌舞(かぶ)いた()()をしていた。紋なし羽織りに行脚袴はいかにもな和装だが、目を惹くのは何より、肩にかけた毛束の長いファーコート。艶やかな黒色と相まって、あたかも夜空を舞う烏天狗のよう。

 

 オールバック、というよりかはかき上げて逆立たせた黒髪は、いわゆる()()()()というヤツか。服装といい、そして腰に差している日本刀といい。

 

「──侍のサーヴァント……!」

 

「おいおい、そりゃ君じゃなくて僕じゃないか。質問、ちゃんと聞こえてるか?」

 

 当然、聞こえていない訳ではなかった。ただそれ以上に、全力で思考をフル回転させながら、そも答えるべきかどうかからチェックリストを潰していただけ──

 

「……そうさな。んじゃあ、剣士(セイバー)とでも名乗っておくか」

 

 偶発的な遭遇とはいえ、相手サーヴァントの情報は欲しい。そのためには会話で引き伸ばす、ために自己紹介はいい手だ。だからといってバカ正直に椎名聖と名乗る理由もない。となれば、博打ではあっても、精一杯気取った名乗りをしてしまおうという思い切り。

 

 面白がられて話が弾む(ほとけがでる)か。

 

 あるいは白けて話は終い(おにがでる)か。

 

 ──侍の切れ長の眼が、さらに鋭さを増す。

 

()()()じゃあないか。君ごときが剣の英霊(セイバー)だと?」

 

 片手で顔を覆って、夜に響き渡るような大声で、哄笑する侍のサーヴァント。周囲を気にするタイプには見えなかったから、聖にも驚きはない。ただ、じっと待つ。

 

 賽は投げられた。

 

 目は──どっちだ。

 

 ひとしきり笑って、笑って、笑い終えた。本当にぴたりと笑いが止まって、夜に静寂が戻って来る。

 

 痛いほどだ。

 

 これは……鬼か。

 

「今回の聖杯戦争、随分とレベルが低いと見える。──つまらないな、まったくつまらない」

 

 これみよがしのため息のあと、覆う手をどけた下から、炯々と覗く眼光。

 

「つまらないから、君さ。死ねよ」

 

「ッッ──」

 

 ああも感情のないレンズで、人は人を視れるものなのか。

 

 末期の感情を宿した死人の()()()の方が、いくらか温かみもあろうというもの──!

 

「オオオッ」

 

 吼えて振るう聖の必死を打ち消すように。

 

 ギャリンと()()()金属音は、命そのものを削るような響きを帯びていた。

 

 神秘を宿したショートソードと日本刀。

 

 かちあったモノだけ見れば対等なようでいて、結果からみれば優劣は歴然。聖の握る洋剣は、今の衝突で決定的に歪んで、早晩剣としての機能を喪失するだろう。

 

 笑ってしまうほどの格差。土台、勝負が成立するはずもなかったのだ。

 

 ──人間と。

 

 ──サーヴァントでは。

 

 それでも辛うじて受けて、傷を負わずに一合を凌いだのは、褒めるべきと思ったようだ。

 

「やるなあ、君。今のはけっこう、本気で打ち込んだんだけど」

 

「……冗談……キツいぜ」

 

 軽い言葉のサーヴァントに、椎名聖は笑えもしない。敵曰くの“本気の打ち込み”は、それだけで腕の芯まで徹る重撃だ。こんなもの、あと二発も受けたら、剣か腕か、どちらが先に壊れるか。

 

 もう十分だ。うんざりだ、と言い換えても良かった。

 

 聖杯戦争の端緒は未だ開かれていないはずだった。聖が帰国した時点であと二騎、キャスターの召喚で残りの席は一つまで迫ったとはいえ、七騎揃う前に脱落するなど笑い話としても下の下。

 

 幸いにして戦闘向きの(まっとうな)サーヴァントがどれほどのものか、肌身どころか骨身に沁みて体感できた。

 

 であるのならば。ここは。退くが上策。

 

 聖は剣とは逆の腕を懐に差し入れ、取りだした。そこには金属製の円筒が握られており、彼がそれを地面に叩きつければ、周囲は魔術的閃光に覆われる。如何なサーヴァントであろうと一瞬の隙をつけるソレで、撤退のための時間稼ぎには十分。

 

「──だよなあ、うん。僕でもそう考える」

 

「~~~~ッッッ!」

 

 そのはずだったのだ。そう、なるはずだった。

 

 “侍”が呼吸と思考を完全に読んでいて。

 

 振り上げた手の先、円筒の先端部──信管のみを綺麗に斬り落としたり、していなければ。

 

 今しがたの踏み込みの速度からすれば、地平線の先よりなお遠い、目と鼻の先。

 

 ……そこに椎名聖は、自らの死神の面を拝んだ。

 

「く、お──!」

 

 彼は剣を持ったままの左手、その肘を自らの胴に打ち合わせる。それが懐のカラクリの作動条件。

 

 右手の円筒をブラフとして、本命になどしたくはなかった本命が、上着の内側で炸裂する──!

 

「う、お」

 

 それは言ってしまえば発煙筒。サーヴァントであっても、いいやサーヴァントだからこそ特効の、霊体を揺らす特製の魔法煙。そんなものを至近距離で浴びた"侍"は戸惑いの声をあげるばかり。

 

 煙が風に流れて、月明かりに照らされた道端には──

 

 狩られた幻獣の亡骸も、不届き者の“セイバー”気取り(椎名聖)も、どちらも同じようにいなくなっていた。

 

 刀が鞘に収まるわずかな音を追いかけるように、

 

「……ふん。ま、いいさ。これで終わるなんて興ざめだ。下らない聖杯戦争、それくらいの余興はあっていい──」

 

 冬の空気ほども熱を込めず、“侍”のサーヴァントは夜に呟く。

 

 彼が消えるとき、一羽の烏が、ぎゃあと啼いた。

 

 

 

***

 

 

 

「がッ、は……! ぐゔお゙お゙ぉ……!」

 

 “侍”との激突地点から少し離れた、路地の陰。

 

 悶絶するは逃亡者。椎名聖。

 

 身も世もない声を吐き散らかす、のみならず。咳き込んで嘔吐すらしていた。

 

 当然である。逃走用の煙幕は、いざという時は取り出さずとも起爆できるようにはなっていた。だが、発煙筒とはいえ、懐に入れたまま炸裂させれば衝撃はもろに接するものに伝わる。

 

 即ち、椎名聖の胴に。

 

 おまけにただの爆発物ではない。あれは霊体──サーヴァントにとりわけ効く代物だが、では生身の人間には一切効果を発揮しないかといえば、無論そんなはずもなく。椎名聖もまた、その影響に晒された結果がこの有様だ。酩酊よりも強烈な五感の違和に、奥歯を砕きそうなほど噛みしめて、耐える。

 

『大丈夫ですか』

 

「…………たぶん、な……。肺まではイッてねえ、だろ……」

 

 “強化”のほとんどは逃走のため四肢に回していたから、生身に近い状態で受けた衝撃。その余波を必死でやり過ごし、どうにかこうにか一息つく。

 

 震えるカラダ。忘れてしまった動かし(つかい)方を確認するように、彼は何とか立ち上がった。こんなところで寝転がっていれば、またぞろ誰かに見つかって戦いにならないとも限らない。

 

「キャスター。幻獣は……?」

 

『一体、さらに消滅しました。他のサーヴァントでしょうか』

 

「かもな。尻拭いをさせちまったカタチになる」

 

『幸いにして、直ちに危険な生態のものはもう残っていないですね。刺激されれば反応するでしょうけれど、潜んでいる分には無害かと』

 

「そう、か……。……分かった、今夜はここまでにする」

 

 自分の状況と、キャスターの解説を総合的に判断して。彼は決断する。

 

 バカ騒ぎの初日にしては、十分すぎるほどの盛沢山。

 

 深山側の、未遠川上流。それがペリュトンの選んだ()()()であり、臨終の地となったあたりだった。川沿いに下って行って橋を渡らなければ、新都側の聖の拠点には帰りつけない。

 

 えっちらおっちらと歩く彼。

 

 その時、一陣の風が吹いた。

 

 傷の痛みに俯き気味だった椎名聖が、その風にふと空を見上げた──それが、運命だったのかもしれない。

 

「────」

 

 夜空に溶けるような黒闇の外套。

 

<p class="right"> ──それよりなお黒い、流れるような濡羽髪。</p>

 

 月光に煌めく、魔銀の鎧。

 

<p class="right"> ──それよりなお眩い、刃のような銀瞳。</p>

 

 空を往く乙女は、夢に見るより鮮明で──

 

「────あ、あ?」

 

 ──そして、雷に打たれてきりきり舞い。

 

 連想するのは空対空ミサイル。戦闘機が敵戦闘機を撃墜するための破壊兵器に匹敵するような紫電を撃ち放つは、空舞うもう一機──ならぬもう一騎。聖の眼前で今まさに、サーヴァント同士の空中戦が幕を上げた。

 

 戦況は一瞬で明白。手出しできないままに逃げる戦乙女に勝ちの目はない。早晩、雷に打たれて墜ちる定めにある。

 

 理由もまた明白。その腕の中に抱える“誰か”の存在だ。

 

 小柄な少女。アジア系。状況に翻弄されっぱなしのように見えるから、非魔術師か? 強化を施した目で凝視しても、夜空を舞う小さな点では観測にも限界がある。聖に詳細な人相や、身元までは判らない。

 

 だが、今の彼は珍しく、一人ではなかった。

 

「──キャスター」

 

『何ですか、マスター』

 

「あの子の身元、調べられるか」

 

 傷ついた肉体を魔術で補強しながら、聖はさらりと無茶を投げてよこす。

 

 対するキャスターの返答は、

 

『可能です。ただし条件が二つ』

 

「何だ?」

 

『調査している間、マスターへの補助(サポート)は行えません。それと、貴方の観測を焦点として要します』

 

 つまり。

 

 ──目をそらすな。

 

 ──意識を切らすな。

 

「……結構面倒な注文だな、それ」

 

 念話の応答はない。既に調査とやらを開始してくれているのだろう。ならば頼んだ者として、条件を満たすくらいはしなければならない。

 

 ……たとえ。彼もこれから、大魔術を行使するとしても。

 

 空中戦を視界に収めたまま、近隣で最も高い建物をすばやく物色する。これと定めたマンションに、聖はほとんど一息で直線的に駆け上がった。“強化”された脚で、壁面を蹴って全速力。およそ成人男性の平地の最高速と同程度のタイムで、屋上に到達した。

 

 それでもなお、空の二騎は遥か遠い。飛んでも跳ねても、手を伸ばしても届かぬ星のよう。

 

 ──そんな叶わぬユメに至るため、積み上げてきたモノをこそ、“魔術”と呼ぶのではなかったか。

 

「おぉ──らっ、と!」

 

 懐から勢いよく広げられたのはビニールシート。……のようなものであって無論そのものではないのだが、やはり、一番近いのはレジャー用のソレである。ばさっと風にはためいて流れそうになる幕を、彼はこれまたどこからか取りだした漆黒の太杭で固定。即席のテントというには居心地の悪そうなその中へ、躊躇なく潜り込んだその先には、驚嘆すべき光景が広がっていた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 これこそは驚嘆の品。『気配隠しの外套(タルンカッペ)』、その複写。

 

 覆われたものは気取られない。内から外が透けて見える性質と相まって、サーヴァントのスキルで言うところの『気配遮断』に近い効果を発揮する覆い布。

 

 備わった機能はそれ単一で、しかもその機能すら劣化している。宝具級の原典(オリジナル)であるならば、隠れたままでも自在に動き回れるうえ、覆われた者の力を何倍にも増すという。この複製品には増強機能はなく、どころか僅かでもはみ出せば気配遮断の効果すら失せてしまう。おまけに外気に触れれば急速に劣化が進み、再利用など不可能という制約付き。

 

 だが十分、それさえあればこの場は文句なし──!

 

「くそ、まさかもうこんなもの引っ張り出す破目になるとは……! 本格的な開戦前からこれかよ、どうなってやがる──!」

 

 椎名聖の魔力回路が駆動する。唸り、轟き、魔力を練り上げて弾丸を超えた、"砲弾"に仕立て上げていく。威力と引き換えに膨大な魔力と時間を蕩尽する真似は、先刻のサーヴァント戦のような寸毫の余裕もない高速戦闘には向かないが──『気配隠しの外套』が、いや増していく魔力の高まりを覆い隠してくれる今ならば、存分にやれる。

 

 幻獣(ペリュトン)狩りの疲労。

 

 “侍”のサーヴァントとの会敵、交戦。

 

 そこから脱するための、捨て身の自爆。

 

 挙句の果てに渾身の魔術行使。

 

 フユキに帰って来てから、だけで列挙すればこれほど。その前もほとんど休みなく活動していたから、椎名聖の肉体は最低九時間の睡眠を欲している。だが、

 

「…………()だよ。聖杯戦争。面白ぇじゃねえか、聖杯戦争!」

 

 彼の精神は、この状況にいつになく──沸き立つモノを感じていた。

 

 限界までブン回した回路が唸りを上げる。多少は雑音が混じっているが、もともと魔弾は得意でも何でもないので、これ以上は高望みというもの。それでも放てば、大概の魔術師は防御魔術ごと木端微塵にできる、純粋な破壊力の具現。

 

 もういつでも撃てる。トリガーを引くだけの段階(フェーズ)まで至ったというのに。

 

 キャスターが未だ『完了』を告げてこない。

 

「まだかッ、キャスター……!」

 

『あと、少し……!』

 

「急げ! 俺が吹っ飛ぶか、あっちが墜ちるかだぞッ」

 

 視線の先、空中戦はいよいよ土壇場といった感じ。少女を抱えている“戦乙女”は反撃できず、“雷”のサーヴァントに刻一刻と追いつめられていた。

 

 椎名聖も限界ギリギリ。最高潮を維持したまま発射口をふさいでいれば、行き場のないエネルギーはどこか別の出口を求めて荒れ狂う。内破まで、こちらも時間の問題だ。

 

『こちら……では、ない。ならば、やはり──やはり、そうか……! マスター、判明しました……!』

 

「よぉぉぉッし、よくやった! ありがとな、キャスター!」

 

 『完了』だけを聞き、『結果』を受け取らないまま。椎名聖は快哉を叫ぶ。

 

 己のサーヴァントが『判った』と言ったなら、それを信じるまで。

 

 椎名聖も“戦乙女”のサーヴァントたちも健在。であるならば、限界ギリギリまで高めていた魔力を、思い切り解き放つ瞬間がやってきた。

 

 聖が合図すると、四本の杭のうち二本が消失する。

 

 内側で荒れ狂っていた魔力の余波だけで、隠身の大布がはためき、内に秘していたすべてが露わになる。上空、二騎のサーヴァントたちはその気配を即座に感知し、身構えた。

 

 これでは不意打ちなど夢のまた夢。

 

 ──けれど、それで良かった。否、()()()()()()()()()

 

 

 

 轟砲一喝。

 

 

 

 飽和するほどの炸裂音を響かせて、魔力弾が“雷”のサーヴァントに命中した。

 

 されど、どれほどの威力を有していようとも、所詮は現代の魔術師の魔術行使。セイバー、アーチャー、ランサーのいわゆる三騎士、それに加えてライダーはクラスとしてのスキルで『対魔力』を所持している。他のクラスであっても、逸話によっては獲得していることもあるだろう。基本クラスの半数以上に付与される、もしかすると聖杯戦争において最もメジャーかもしれないそのスキルの効果は、シンプルに『魔術の効果を削減し、ランクによっては無効化する』というもの。これがあるサーヴァントに椎名聖の一撃は通じないし、もしも『対魔力』がなかったとしても──自在に雷撃を操り武器とするサーヴァントなど、十中八九高い『神性』で防御するはず。

 

 椎名聖はそれを、よく承知している。

 

 ──だが、サーヴァント(あちら)はそうではない。

 

 この一撃が、現代の魔術師による魔弾か。それともサーヴァントによる()()()()()攻撃か。『隠れ身の外套』で発射直前まで伏せられていた一撃は時間的猶予なく飛来し、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 これが完全な奇襲となり、いっそまったく気づかなければ──魔力弾は対処されることもなく直撃し、そして何の影響を与えることもなく、風が柳を揺らすよりも無為に終わったはずだ。

 

 別に、現象だけ見れば予め砲撃を予告してみせた今も変わりはない。“雷”のサーヴァントは魔力弾を払いのけ、おそらく何の痛痒も感じてはいなそうだ。

 

 だが──一瞬、対応させることはできた。

 

 それだけで十分。“戦乙女”と推定そのマスターの少女は、その隙を見逃さずにこの空域から全力で離脱していた。

 

 そしてそれは、無粋な横槍を入れれば怒りを買うと予測できていた、椎名聖もまた同じ。

 

 砲撃現場に急行した“雷”のサーヴァントが発見したもの。それはマンションの屋上に残った、蜘蛛の巣状のひび割れだけだった。

 

 

 

 ──これが、椎名聖の聖杯戦争、その初日の顛末。

 

 いやまあ、実際のところ、自らの砲撃の余波を殺さずビル屋上から吹き飛ばされるかたちで飛び降りた彼が、その足で臙条邸を偵察しに行ったのも()()に含めるかどうかは、議論の余地があるかもしれない。

 

 けれど、それを記すには些か紙幅を要する。

 

 少女の最悪の一日の終わり。

 

 少年の運命の夜の終わり。

 

 そして、異聞フユキ第五次聖杯戦争の始まり。

 

 それらについて記すだけであるならば、これ以上インクを浪費するべきではないだろう。

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