分岐作業は私がブツクサ言っている間に完了し、キャスターへ何かが流れていく感覚が確かにあった。なるほど、ランサーを召喚してからこっち感じていた、何だかちょっと重たい感覚が増したように思う。これがそうか。………………えっ、これが負担だったの?
気分的には腕時計。まあ確かに装着していると言えばしているし、普段よりも若干ながら重いし、慣れないとちょっと煩わしいけれど、そんなもん。
聖の言い方だと腕にダンベル複数括りつけるイメージだったんだもん。ちょっとオーバーなんだよね、この程度で。
「負荷が強すぎるようなら言えよ。幻獣召喚は──」
「あ、大丈夫だから。これくらいなら、あと二三人は行けるし」
「──、…………」
『では、遠慮なく』
聖はもにょもにょした反応だったけれど、キャスターの割り切りは早かった。ランサーを触媒に指定する細工も、聖の
──紙をめくる音が聞こえる。
──その上を走る、万年筆の音も。
『北欧神話で語られる
聞きやすいナレーションは、戦乙女についてを滔々と述べてゆく。
世界と物語のすり合わせ。
より詳細な描写は、より強度の高い霊基を構築するためには欠かせない工程。
『ワルキューレ、即ち“戦死者を運ぶ乙女”はいち個人の名前ではなく、そういった集団のことを指します。エッダを紐解けば、十二人以上の名をそこに見つけることができるでしょう。最も有名な名はブリュンヒルデ、“輝く鎧”を示す女性です。彼女の物語は非常に抒情的なものなのですが、今ここで口述するにはいささか長尺のため、差し控えさせていただきます』
きっと、この講釈はただ喋っている訳じゃない。
これはキャスターなりの
『ここで重要なのは、ワルキューレとは複数の存在である、ということです。彼女ら──あえて“彼女ら”という言葉を使いますが──は、しばしば単独ではなく、仲間を伴って騎行するさまを描写されています』
──徐々に、詠唱の指向性が定まってゆく。
魔力が吸い出されていく微かな倦怠感と共に、幻想は現実へ転写されるのだ。
『ワルキューレの騎行。リヒャルト・ワーグナーによるオペラ『ニーベルングの指輪』の一節が
……彼の話を聞いていて。
やっぱり、と思った。
ワルキューレとは個人名ではなく、種族名に近いカテゴリー。
疑問なのは、どうやらランサーは嘘を吐いていたわけではないらしい、ということ。ルーラーも彼女のことを『ワルキューレ』と認識しているからには、真名であることは間違いないはず。
隠していることはあるんだろうか。この戦いが無事に終わったら、ってもう無事も何もあったものじゃないけれど、ゆっくり二人で話がしたい。
私が物思いに耽る間にも、キャスターの
『故に、ここに私は喚呼しましょう。幻獣として、そして同時に英霊として記憶される戦乙女たちを』
黄金の輝きが、私たちを取り囲む。それは幕やドームではなく、一つ一つがしっかりとしたサイズの、人型へと凝縮しゆく未成霊基。
それは、淡い細雪のような光とともに、三つ。
舞い踊るように、傍らに侍るように、そしてそっと佇むように。
ヒトが夢みて憧れた、奏でられさえした戦乙女たち、その写し身が──!
『──『
「────、──」
輝きは爆ぜて、内より現れたる三騎を照らす。
金髪、桃色の髪、そして黒髪。
白い外套と丸い盾、真っすぐな槍。
なにより頭についている小さな羽と、背中の辺りに展開した光の羽。
私のランサーとは少し雰囲気が違うけれど、彼女たちも『ワルキューレ』だと一目で納得できる美少女たち。存在感も、そうと知っているから正式サーヴァントたちよりは輪郭が掴めない朧げさはあるけれど、その上でしっかりと
「ここは──貴方たちは?」
三騎のワルキューレはふわふわと浮いたまま、周囲と私たちを観察する。『
あとの問題は──召喚しただけの私たちのために、戦ってくれるか、どうか。
戦乙女は戦を調停したり、弱き者を助けるために力を貸したり、そういう存在じゃないのは私だって勉強して知っている。彼女たちは悪し様に言ってしまえば死神ポジション。勇敢に戦った者の魂を
ランサーは私としてくれた契約があるし、この数日間で関係性も深まった……と思う。うん。けれど、このワルキューレたとはそうじゃない。聖杯への望みがあるかも判らず、キャスターの宝具で恐らく一方的に喚び出されたと知れば、もしかすると不敬と断じられて槍を向けられるやも──
「!」
「っ、え、何で急に」
「ワルキューレ、特に後期型は、オーディンに造られた
聖はワルキューレたちの巻き起こした風に吹かれ、まぶしそうに目を細める。
「そして、そんなワルキューレが同朋を発見したなら、」
……その先に、言葉は不要だった。
三騎の光点と合流した私の一番星は、彼女らを引き連れて、どこか楽しそうに──燃える夜空を馳せる。
赤錆色の空を。