Fate/second to none   作:吉田一味

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カーマイン⑦

 

 分岐作業は私がブツクサ言っている間に完了し、キャスターへ何かが流れていく感覚が確かにあった。なるほど、ランサーを召喚してからこっち感じていた、何だかちょっと重たい感覚が増したように思う。これがそうか。………………えっ、これが負担だったの?

 

 気分的には腕時計。まあ確かに装着していると言えばしているし、普段よりも若干ながら重いし、慣れないとちょっと煩わしいけれど、そんなもん。

 

 聖の言い方だと腕にダンベル複数括りつけるイメージだったんだもん。ちょっとオーバーなんだよね、この程度で。

 

「負荷が強すぎるようなら言えよ。幻獣召喚は──」

 

「あ、大丈夫だから。これくらいなら、あと二三人は行けるし」

 

「──、…………」

 

『では、遠慮なく』

 

 聖はもにょもにょした反応だったけれど、キャスターの割り切りは早かった。ランサーを触媒に指定する細工も、聖の()()()()とやらも完了して、すでに準備は万端。

 

 ──紙をめくる音が聞こえる。

 

 ──その上を走る、万年筆の音も。

 

『北欧神話で語られるワルキューレ(ヴァルキューレ)は、武器を携え盾を備える、麗しい乙女たちです。戦場の空を舞い、戦死した勇士たちの中から資格あるものをオーディンの楽園へと導く役割を担っています』

 

 聞きやすいナレーションは、戦乙女についてを滔々と述べてゆく。

 

 世界と物語のすり合わせ。

 

 より詳細な描写は、より強度の高い霊基を構築するためには欠かせない工程。

 

『ワルキューレ、即ち“戦死者を運ぶ乙女”はいち個人の名前ではなく、そういった集団のことを指します。エッダを紐解けば、十二人以上の名をそこに見つけることができるでしょう。最も有名な名はブリュンヒルデ、“輝く鎧”を示す女性です。彼女の物語は非常に抒情的なものなのですが、今ここで口述するにはいささか長尺のため、差し控えさせていただきます』

 

 きっと、この講釈はただ喋っている訳じゃない。

 

 これはキャスターなりの()()なんだ。

 

『ここで重要なのは、ワルキューレとは複数の存在である、ということです。彼女ら──あえて“彼女ら”という言葉を使いますが──は、しばしば単独ではなく、仲間を伴って騎行するさまを描写されています』

 

 ──徐々に、詠唱の指向性が定まってゆく。

 

 魔力が吸い出されていく微かな倦怠感と共に、幻想は現実へ転写されるのだ。

 

『ワルキューレの騎行。リヒャルト・ワーグナーによるオペラ『ニーベルングの指輪』の一節が()()世界的に見ても名高い傑作の評価を得ている通り、彼女らは()()()()()()()()()()()()()()()、と認識されているのです』

 

 ……彼の話を聞いていて。

 

 やっぱり、と思った。

 

 ワルキューレとは個人名ではなく、種族名に近いカテゴリー。

 

 疑問なのは、どうやらランサーは嘘を吐いていたわけではないらしい、ということ。ルーラーも彼女のことを『ワルキューレ』と認識しているからには、真名であることは間違いないはず。

 

 隠していることはあるんだろうか。この戦いが無事に終わったら、ってもう無事も何もあったものじゃないけれど、ゆっくり二人で話がしたい。

 

 私が物思いに耽る間にも、キャスターの講義(えいしょう)は続く。

 

『故に、ここに私は喚呼しましょう。幻獣として、そして同時に英霊として記憶される戦乙女たちを』

 

 黄金の輝きが、私たちを取り囲む。それは幕やドームではなく、一つ一つがしっかりとしたサイズの、人型へと凝縮しゆく未成霊基。

 

 それは、淡い細雪のような光とともに、三つ。

 

 舞い踊るように、傍らに侍るように、そしてそっと佇むように。

 

 ヒトが夢みて憧れた、奏でられさえした戦乙女たち、その写し身が──!

 

『──『幻獣(エル・リブロ・デ・ロス)辞典(・セレス・イマヒナリオス)戦乙女(ワルキューレ)』──』

 

「────、──」

 

 輝きは爆ぜて、内より現れたる三騎を照らす。

 

 金髪、桃色の髪、そして黒髪。

 

 白い外套と丸い盾、真っすぐな槍。

 

 なにより頭についている小さな羽と、背中の辺りに展開した光の羽。

 

 私のランサーとは少し雰囲気が違うけれど、彼女たちも『ワルキューレ』だと一目で納得できる美少女たち。存在感も、そうと知っているから正式サーヴァントたちよりは輪郭が掴めない朧げさはあるけれど、その上でしっかりと()()と思える。

 

「ここは──貴方たちは?」

 

 三騎のワルキューレはふわふわと浮いたまま、周囲と私たちを観察する。『幻獣(エル・リブロ・デ・ロス)辞典(・セレス・イマヒナリオス)』で召喚された存在だから不安だったけれど……ケモノ染みて本能のままに暴れるとか、逆に心のない空っぽの人形として召喚されるとか、そういうことも無さそう。

 

 あとの問題は──召喚しただけの私たちのために、戦ってくれるか、どうか。

 

 戦乙女は戦を調停したり、弱き者を助けるために力を貸したり、そういう存在じゃないのは私だって勉強して知っている。彼女たちは悪し様に言ってしまえば死神ポジション。勇敢に戦った者の魂を永劫の闘争(ヴァルハラ)に連れ去る、現代的価値観に基づいて言うなら悪神や悪霊に分類されてしまう存在だ。

 

 ランサーは私としてくれた契約があるし、この数日間で関係性も深まった……と思う。うん。けれど、このワルキューレたとはそうじゃない。聖杯への望みがあるかも判らず、キャスターの宝具で恐らく一方的に喚び出されたと知れば、もしかすると不敬と断じられて槍を向けられるやも──

 

「!」

 

 一騎(ひとり)のワルキューレが、遠方──燃える空とその下に広がる戦場に気づいた。多分、ランサーのことも。その瞬間、気付いた桃髪のコだけでなく、三騎全員が一斉に飛翔した!

 

「っ、え、何で急に」

 

「ワルキューレ、特に後期型は、オーディンに造られた自動人形(オートマタ)の性質が強い。誰かが気づけば、それは即座に共有──同期されるんだろうさ」

 

 聖はワルキューレたちの巻き起こした風に吹かれ、まぶしそうに目を細める。

 

「そして、そんなワルキューレが同朋を発見したなら、」

 

 ……その先に、言葉は不要だった。

 

 三騎の光点と合流した私の一番星は、彼女らを引き連れて、どこか楽しそうに──燃える夜空を馳せる。

 

 赤錆色の空を。

 




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