「だから、言ったろう。キャスターは“幻獣”の
「分かったってば。で、あと二匹だっけ?」
「そうですね。六本脚の羚羊と、
「……なに? 何て? いぬ?」
「ご存じではありませんか、アックスハンドル・ハウンド。アメリカは五大湖あたりの伝承で、斧の刃みたいな頭と、柄みたいな胴体に、切り株みたいな足の犬。ですのでアックスハンドル・ハウンド」
「その幻獣は、何か害があるのですか?」
「置いてあった斧の柄を食べてしまいます」
「「………………」」
「六本脚の羚羊は聞いたことがある。シベリアの方の伝承で、足が多いから狩れないのを、狩りの神がマジック・アイテムをこしらえて狩った、ってヤツか」
「その通り。その後、狩った神の言葉もあって、羚羊は四本脚になった──という結末ですね」
「そっちはちゃんとした幻獣っぽいね」
「どちらも人間に危害を加えるようなものでは無さそうですが」
「ああ。けどあいつらは放置してれば魔力を食うし、何より『神秘の隠匿』にひっかかる可能性がある。監督役にいちゃもん付けられる前に、何とかしよう」
「何とかって?」
「ものにもよるだろうが、俺が狩ったヤツは生命活動を維持できないレベルのダメージで、霊体を維持できずに消えてった」
「そうですか。ではいざとなればサーヴァント同様、退去させればいい、と」
「犬も?」
「「………………」」
「犬は……まあ、見つけてから考える、か」
***
そんな会話をしたのが、同盟を組んだ日だから……三日前。
流石にそろそろ、進展が欲しくなってきた。
変な犬と羚羊を探して、キャスターのナビのもと、深山町郊外をひたすら歩く、歩く、歩く。藪の中、山の斜面、放棄された廃墟など、基本的に“居そう”な場所というのは人間向けじゃない場所ばっかりだ。登山趣味のない
「………………っ」
足が痛い。
息が上がる。
枝があちこち当たる。
ぬかるみに足を取られて、跳ねた泥がズボンをべったりと汚すに至って、ついに私の口から泣き言が飛び出した。
「……ねえ、ホントにいるの?」
「いるよ。俺が理由なくウロウロしてるってか」
前を行く
なんだ、コイツもちゃんと疲れてるんだ。
つい気分だけ軽くなって、余計なことまで口に出す。
「なんかさ、パパっと見つける方法ないの。
「──お前な。
瞬間──喉元に刃を突き付けられた、のは錯覚だったらしい。それくらい冷え冷えとした声音だった。同盟相手って味方じゃないのか、そういうのは敵に向ける声じゃないの。
とはいえ自分でもバカなことをした、というのは判っているから、
「ご……ごめんなさい」
なんて素直に謝罪するのは何時ぶりだろう。聖はいつでも動けるような構えを解いて、ふうとため息を──ちょっと待って、今もしかして本気で斬る気だったの!? だからあんな錯覚を!?
「……次言ったら……そうだな、殴るからな」
「いやッ……それ洒落になんないんだけど!」
サーヴァントの代わりに前衛に立って、敵サーヴァントとやりあう気満々の脳筋に殴られたら、それだけで十分に死ねるっつーの。
「洒落じゃないからな。そう言っとかないと、また口滑らせるだろ」
「…………」
まあ、確かに軽率だった。椎名聖の強み、伏せておくべき切り札を、こんな雑談で軽々しく口にするべきじゃないと反省し、そして思い返す。
──
それが、彼が私たちに語った、椎名聖の特性だった。
***
「──“起源”?」
「要するに、一個の魂の
曰く。
魔術の中には、前世を知る
ではその更に前。前々世、その更に前、と遡ったとしたら?
……前世はボクサーだった。大成はしなかったけれど、グローブとマウスピースをはめて、おのが肉体ひとつで敵と向き合うあの感覚が好きだった。
……その前には、登山中に事故死したつまらない一般人だった。大型肉食獣に襲われて、必死の抵抗で鼻づらを殴りつけたら、一瞬ひるんだのがハイライト。もちろんそれが何になるでもなく、その後あっさり食われてジ・エンド。
……あるとき、そいつはどうしようもないクズだった。家族に暴力を振るって支配する。教え子にも体罰と称して同じことを。とにかく力にとり憑かれていた。
……もっと遡って、人間ではなかった時代。
辿って、辿って、一番最初。“その魂”が“はじまり”から分たれ、一個の魂となる、きっかけ。魂の鋳型は、
つまり、魂がそのカタチであるのだ。これに反することはとても難しい。なにせ一番初めの自己否定になる。すべてのはじまりに於いて、『殴ろう』と思って自己を確立した自分自身を裏切れば、何のために存在しているのかすら無意味化する。『殴る』という絶対命令。それが──起源。
「ふーん。聖はじゃあ、とにかく殴りたい人なんだ」
「
あれ、違うんだ。
『友達の話だけど』って話始める人って、全員自分語りしてるものだと思ってたけど。
「なぁんだ。で、じゃあ何なの?」
「聞くな、言わないから。どうして教えてもらえると思ってるんだ」
えー、と抗議の声を上げつつ、心のどこかで納得もする。
起源、魂の方向性。それが露見すれば、『ああ椎名聖というのは
それはつまり、
「サーヴァントが真名を隠すのと、同じような事ってコトか」
「────。まあ、な」
話は理解できた。
しかし、伴って新たな疑問も生まれる。
「聖が『殴る』起源だったとしてさ、それが……覚醒? すると何か変わるの? 『殴りてぇ~』ってなるだけじゃない?」
「…………。まあ、訂正も面倒だし、仮定でそんな例を挙げた俺が悪いんだけどな」
何かブツブツ呟いてる聖。質問したんだから早く答えてほしい。
ちなみに、この会話の随分前──それこそ同盟締結直後くらいには、私が魔術の
いくつも違わないくせに博識な先生は、「やれやれ」なんて言いつつ楽しそうだった。どうやら話すのか教えるのか、少なくともどっちかは好きっぽい。
「“起源を知る者は起源に縛られる”。自覚するだけでも引きずられる輪廻の積み重ねを、真に覚醒させれば肉体すら影響を受ける。……というかさ、より効率的に
そういうモノになるのだ、と彼は言う。だってそのために生まれて、そのために在るのだから、他の機能なんて余分なだけ。本能に従って、衝動を実現するための先祖還り。それが起源を覚醒させることによる、恩恵であり代償……らしい。
『殴り』たいのだから、殴りやすいように。“好きこそものの上手なれ”とは少し違うけれど、ある意味近しい機能の選別。
「サーヴァントと真っ向勝負すればそりゃあ勝てないが、まったくの足手纏いってことにもならない。
自信ありげに顔の片側だけで笑ってみせる聖に、私の邪魔にならないよう黙って聞いていたらしいランサーが口を挟む。
「……別に、あなたが前線に出るのは止めませんが。同盟相手だからといって面倒は見ませんよ」
「ああ、それでいい。自分の身くらいは守れるし、好機には茶々入れするからよろしくってだけだ。それくらいでも、ランサーなら活かせるだろ?」
「サーヴァント相手に好機を作れるものならば、どうぞ」
聖とランサーで会話は進んでいく。まるで昔からの戦友みたいな距離感は、あくまで利害関係の一致で手を組んでいるからこそのドライなものと、理解できる。
……理解は、できても。
納得は、やけに難しかった。
「……私も戦う」
「えっ」「は!?」
……だから。ぴたり揃った二人の声にも、やけにイライラして。
何とか説得しようとしてくるのを、意地になって退けたのだった。
***
「
昨夜の雨で土は泥となり、体力を奪っていく。滑って転びそうになった体を支えようとして、手を伸ばせばホラ。ぐっちゃぐちゃの泥々だ。
イライラする、イライラする、イライラする。
何のためにこうして山中を這いずり回っているのか見失いそうになる。幻獣だっけ。足がちょっと多い羚羊とか、変な犬とか、別にどうでもいいんじゃないか。家に帰ってシャワー入って、泥と汗を落としてサッパリしたい。あとジンジャーエール飲みたい。
「……冷蔵庫にあるから持ってきて……」
「おい、おい
「えぁ?」
「……大丈夫か、お前」
いけない、ちょっとトリップしてた。
じめじめとした空気で頭がぼうっとしているのだろう。上着をバサバサやってつめたい空気で頭を冷やしつつ、
「なに?」
「いや、聞いてなかったのか。目的地だよ」
「あー、山頂……」
「違う。廃サナトリウムだよ。言ったろ」
顔を上げれば、なるほどアレか、という一角がある。
木々の隙間、垣間見えるのはいかにも
──かつては山中からフユキの街並みを眺めつつ、病を癒すために過ごす人々のためにあった建物は、今日に至って、ほとんど原形を留められずにいた。そこにあったであろう色と形を失い、自然の茶と灰に呑み込まれていく人工物の骸。
なにか一つきっかけがあれば崩壊するか。いいや、そうとも限らない。屋根をブチ破って伸びる枝が、建物全体を支えるのではないだろうか。この場で、強いのはありのまま生きる力の方だ。
なるほどここなら、人の世に現れた幻獣が、一時
「あの、中……?」
「それがあり得るセンだろう。問題は、幻獣が居たとして……さぞや不安定な足場で捕らえられるのか、だが」
「──それは、私が居ますから」
幽体化を解除したのは私のサーヴァント、麗しのランサー。
わずかに宙に浮いている彼女の鎧姿にはシミのひとつもない。幻想そのものの在り方に、羨望すら湧かず、ただ見惚れるばかり。
彼女の機動力であれば、狩りの神が苦戦したという六本脚の羚羊でも、きっと容易く追いつめられることだろう。捕まえて槍を振るえば、影の使い魔を始末した時のように、それでおしまい。
そもそも私も、聖だって不要なのだ。ここまでの労力は──キャスターの示す地点をランサーが捜索すれば、それで片の付く無益な苦行。
なのに意地を張って、ここまで必死になって歩いてきて──
……そんなこと、聖だって判ってたろうに。彼だって歩き回ったら疲れるに決まってるのに、何か役に立てないかと、わざわざ疲れにここまで来て。
なんで?
むしょうに気になって、横に立つ青年の顔をちら、と盗み見る。学校とは違う、愛用しているらしい白のジャケットは彼のシルエットを大きく見せている。正直あまり動きやすそうには見えないが、やはりと言うべきか。わずかではあるけれど汗をかいて、森の中を進んで来たから髪に葉っぱもくっついてる。それに気づかない程度には、彼も疲弊しているんだろう。
澄ました顔をしているけれど、よく判らないコトをする──
ランサーが重力を感じさせない離陸をする。
「先行します。二人は後から来てください」
「行ってらっしゃい。……」
『気を付けて』と続けようとして、相手が遥か格上のサーヴァントであることを思い出す。何を気を付けることがあるというのか。聖でも勝てる幻獣相手に、果たして、空舞う彼女が。
私の逡巡に、もう継ぐ言葉はないのだと判断して彼女は飛ぶ。
ランサーはあっという間に見えなくなった。後からも何も、私たちが廃墟のとば口に立つころには中を三周くらいして帰ってきそうだ。
「……行く?」
「行くよ。何しに来たと思ってるんだ」
真面目な同盟者は草をかき分けて進んでいくもんだから、私も渋々そのあとを追いかける。どうせここにも居ないんだろうなあと思うとやる気も出ない。だが一人で突っ立っていても何しに来たのか判らない。仕方がないので斜面を登っていく。
「居るとしたらさ、どっち?」
「羚羊だろう。この急勾配は、アックスハンドル・ハウンドには辛そうだ」
そっか。だとしたら、少しはやれることがあるかも。
地下室から持ってきた銃器は三つ。護身用、護身用、狙撃用。ラクロスのラケットケースの中に詰めてきたソレは、音すら置き去りにして敵を射貫く。空想上の生き物であれど、流石にそこまで早いこともないだろう。ランサーに追い立てられた羚羊を、これで撃ち抜くことができたなら、少しはこの
取り出して手早く準備をするのを、聖は眺めて待っている。彼は準備とか不要なのだろうか。どうせ手持無沙汰だし、考えながらしなければいけない集中力を要するような作業もないから、ついでに訊ねてみることにした。
「聖はヒマしてんの?」
「サボってるみたいに言うな。常在戦場って言うだろ」
「あー、何だっけ? いつでも緊張しっぱなしみたいな意味だっけ」
「悪意あるぞ、その解釈。……いやでも案外間違ってないか?」
聖は“常在戦場”の由来から私の解釈が適切かどうか分析し始めた。話はダイナミックに脱線の気配。
もう準備も終わったし、話振っといて悪いんだけど、そろそろ──
……そういえば、ランサーが入っていってからしばらく経つけれど、どうだったんだろう?
浮かんだ疑問の答えは、ちょうど返ってきた。
『マスター、警戒を! 幻獣が、既に捕らえられて──』
緊迫した調子の念話を遮るかのように、背後、森の中で軽い炸裂音が響く。聖と二人、弾かれたように振り返ると──たなびく煙が木々の隙間から見え、
そして、私たちの直上で、色鮮やかな閃光弾が広がった。
「ッ……!」
「やられた、待ち伏せか!」
ぐん、と引っ張られる感覚。聖が駆け寄ってきて手を引っ張ったのだ、と振り向いて把握するより先に、今度は胃が浮き上がる感覚。
「っ、跳ぶなら言ってよ……!」
小脇に抱えて大ジャンプというのは、お姫様抱っこよりも三半規管に悪いというのは初耳。どちらにせよ、予告無しはもう御免だ。
「囮にされてたのか」
「ええ。私が来た時点で生かさず殺さずでした」
「誰が、何で!」
叫んでいるのは私だけ。
ランサーと聖は、昂っているようだが別に焦っていたりはしない。
「私が気づかない『気配遮断』──アサシンの仕業かと」
「閃光弾ってのも納得だな。他の奴を呼び寄せてぶつけ合わそうって魂胆か」
「ここ数日の探索中、俺たちを見つけて
「私たちが幻獣を追っていることを、どこかで盗み聞いたのでしょう。先んじて確保して、マスターたちに都合の悪い森の中に誘き寄せた、と」
「つまり……えっ、嫌がらせ!?」
「だが考えたな。逃げ帰るにはいかにも山奥だ」
「私が単独で迎え撃って、あなたがたは下山していただいても構いませんよ。きっと一番乗りは
説明のようでいて、二人でてきぱきと対策を練っているだけだ。私は置き去りのまま、『ランサーはあの“雷”のサーヴァントに遺恨残ってたんだな』なんて思ってた。
「まだそこら辺ウロついてるアサシン振り切ってか? そりゃ厳しいだろ」
椎名聖は獣のように笑うと、
「それよか、勝ってゆっくり帰ろうぜ。ノコノコやって来たサーヴァント、ここで