「死ね、キャスター、死ねっっ!!」
血と呪いの奔流と拮抗できているのは、キャスターもまた呪術の達人だから。
杖を天へと掲げ波濤を食い止め続けなければ、あっという間に霊基を侵食されて腐り果てる。彼の構築した円筒状の拒絶領域の外側には、既に腰の高さほどの汚海が広がっていた。
「ッ──」
耐える。
耐える。
耐えて、耐え続ける。
なに、もう十年も耐えてきたのだ。今更、これしきが辛いなんて感じる余地もない。
──いつも脳裏にあるのは、あの夏の日。
──入道雲の下、手を振る彼女。
──冷たくなっていく、握った手。
たかが死徒の呪い程度、あれと比するにも能わない──!
「……そうですね。そう、でした、マスター」
……ああ、やはり、予定変更だ。
使いたくなかったが仕方ない。耐えて期を伺う予定は変更、やはり正面から叩きつぶすに限る。キャスターは自分が理性的ではないのを自覚しながらも、これは止まれないなと諦めた。
呪詛の波濤へと、片手を差し入れる。
右手は黒と赤の濁流へと触れ──
「──な、に?」
──触れ、なかった。
尊いもの、畏るべきものが近づいて怖気づいたかのように、フェリシアの渾身の呪詛は
彼は天に杖を掲げ、右手を前に差し出しながら、朗々と言葉を紡ぎ出す。
「──“恐れるべからず。かたく立ち、主が今日にあなたがたに見せる、救いを見よ”」
声は彼のみに非ず。
この場、
彼女は確かに、キャスターの声に唱和する、大勢の祈りを
「──“あなたがたが今日見るエジプトびとは、二度とは見ることはないものだ”」
十年。
彼がこのフユキに居た時間。
そしてそれは、そのままほぼすべてが今日この時のための準備に費やせた時間だ。
フユキ全域に儀式増幅用の要石を埋め込んでおくことも、聖堂教会と協力して聖歌詠唱部隊を配備させておくことも、決して容易くはなかった。
けれど、怨敵──討てず逝ったマスターの心残りを晴らすためならば。
するだけの価値は、あった。
「──“主は言われた──
本来は彼の行いでない
──全身、血液が沸騰する:血縁だからと
──右腕神経が炸裂している:その力は強大に過ぎる。
──視神経、どころか脳まで崩壊寸前:まだだ。狙いをつけて、命中させるまでは、せめて。
…………あるいは、もしかすると、それは正統な者であっても負っていた責めだったのかも知れない──今となっては確かめる術もないことではあるけれど。
身体の一部としてではなく、胴体にへばり付いている水風船を振り回すように、光化した右腕を持ち上げる。内部に蓄積・集約した膨大な熱量は、解き放たれる時を待ちきれずに、キャスターの霊基を焼き尽くしつつあった。既に感覚など根こそぎ焼け付いているものだから、こうでもしなければ構えを取れないのだ。
濁流の水音より、フェリシアの叫ぶ声より──この手が発する魂を研磨機にかけたような高音がうるさくて何も聞こえない。
それでも、キャスターははっきりと告げる。
「──『
「止めろォォォオオオオオオオオオォォォ──ッッッ!!!!」
振り下ろす手に沿って、
世界は分たれた。