『お膳立ては出来たでしょうか。申し訳ありませんが、ここから先はサポートは難しいかと』
「ああ、判ってる、助かった。ここからは俺がやる」
……湿った暗がり、明かり一つないそこで、交わされた言葉。
キャスターとの念話はそれきりだ。『|幻獣辞典《エル・リブロ・デ・ロス・セレス・イマヒナリオス》』の新規頁執筆と、巨大魚にちょうどいい具合にに丸呑みにさせる加筆で酷使してしまった。それにこの後は一瞬が生死を分ける戦闘になるに違いないから、キャスターの助力は間に合わなくなる。
ここからは独り。覚悟の上だ。
「──魔剣、接続」
落下感がやってくる。
待ち受けるは大帝。死そのもの、と言い換えたって同じこと。
けれど椎名聖は恐れない。
ここから全てを変える決意と、ここですべてを終わらせる決意を握りしめて。
「絶技、再生──」
無明の闇の中。
***
椎名聖のフユキ大橋アーチからの跳躍と、円蔵山を断ち分つ光の壁の出現は、ほぼ同時であった。
すべてを観測、あるいは把握できていた者は誰も居ない。そのため椎名聖が知る由もないことだが、『オペレーション:マトリョーシカ』は開始直後から実に多くの予想外に見舞われていた。
第四次聖杯戦争のキャスターによる、ルーラーのマスターこと上級死徒フェリシア=エヴリン・モンデンフェルトの撃破はその一つであり──
ルーラー目掛けて
「ッッ──!!」
巨大魚によるボディプレスは回避の余地のない全域攻撃。
ルーラーとて逃れようもなく、その重量の下敷きとなって身動きを封じられる──はずだった。
「馬鹿な……」
漏れ出た呟きは誰のモノか。少なくともルーラー当人で無いことは確かだ。
彼は『
原理としては、これまでにも幾度となく攻撃を防いだ時と同じ。もちろん一枚では防げない/支えられないとして、当然砕けた光盾の下には更に別の一枚。それも砕ける。その下にも──
重力と質量は変わらない以上、いつかは地面に到達する。
けれど、それだけの猶予があれば──大帝には宝具は一つではない。
「聖槍、贋造──」
天を指さすその先には、絶対確殺、因果逆転の偽りの聖槍。当たって傷つけさえすればあらゆる命を終わらせられる槍にとって、満天を覆い尽くす鱗の天蓋なぞ、外す方が難しい──!
「『
一筋の光が、フユキの夜を貫き、消えた。
それは大いなる魚の臨終。
疑似霊基が崩壊し、ほどけて形と質量を喪っていく幻獣の体内。
「──、──」
不安定極まるそこを足場に、椎名聖が疾駆する。
聖槍が大幻獣の胴体を貫通した瞬間から、彼はまっしぐらに馳せていた。あの輝きを見紛うはずもなく、突き抜けたソレの発射源へ向かえばそこにルーラーが居るのは必然だ。ならば見えずとも走る理由となる。
勇ましい表情の青少年に、ルーラーの表情は醒めるばかり。
こんなもの、この程度が奇襲になるとでも思っているのならば大間違いだ。何か仕掛けてくると判っている状況から出てくるのが魔術師一匹では、裁定者を討てるものか。
どれだけ必死になろうと、気合を入れて挑もうと、それでどうにかなるのなら──英霊も、聖杯だってきっとありはしない。埋まらぬ溝を飛び越えるのに必要なものは、もっと別のもの。
ルーラーは冷静に自らの状況を再確認する。
『
『
宝具の新規発動は厳しいが──巨大魚のプレスの巻き添えを避けて、いま周囲にはルーラーと聖しかいない。無謀にも突っ込んでくる人間を始末しながら
むしろ返す刀で椎名聖を斬って捨てれば、優勢なのはこちらの方。最大の不確定要素たるキャスターがマスターを失えば戦力大幅ダウン。ここまででもちょろちょろと介入を続けていた魔術師の邪魔は本当に目障りだった。それさえ無くなれば戦況は一気に有利に傾くだろう。それは椎名聖とて理解しているはずなのに、この無謀な特攻。
──────何故?
一体──そうまでして届かせたい、
疑問は、自然と口をついて出た。
「貴様は、何だ」
問うてから無駄だったと後悔がやってくる。どうせ答えない。そんなことをしている暇があったら、一刻も早く魔力経路を──
椎名聖が、大きく息を吸い込んだ。