──どこか遠くで響いた銃声。
フユキ大橋崩落の轟音にかき消されず、椎名聖の耳まで届いたのは奇跡だろうか。
ルーラーの反応は劇的だった。冷酷で冷静な鉄仮面の如き顔が崩れて、
「これも貴様の──!? 貴様、貴様は──何だ!!」
ルーラーの吠え面を拝ませてくれたから、叶には感謝しないとな。因果関係も原理も不明ながら、助けてくれたのはあの少女に違いあるまいと確信して、彼は一瞬だけ表情を綻ばせた。
次の一歩を踏みだした時には、彼の表情は吹き抜けてまっさらになっている。
”感謝するためにはこの場を生き残らねば”という思考すら置き去りに、呼吸より早く。
手に握る刃が届くまで、あと僅か。
その距離を埋め尽くすように、『
──あの時は未だ覚悟が足らなかった。
「──我が今生の名、椎名聖!!
我が
ヒョルヴァルズルの子、フンディング殺し、ハッディンギャルの勇士、ヘルギ!!
大帝! コンスタンティヌス一世よ! 我が敵、不倶戴天、赦すべからざる怨敵よ!
いま! ここに! 貴様を────討つ!!」
宣名と共に。
少年の前髪、その一房が──完全に燃え尽きて灰になるように、色彩を失った。
……北欧神話は『古エッダ』に曰く。
“ヘルギ”の名を持つ勇士は三人居る。
一人目はヒョルヴァルズルの子。
二人目はシグムンドの子にしてシンフィヨトリやシグルドの兄弟。
三人目はハッディンギャル王の勇士にしてフロングヴィズの兄弟。
血縁はなく、生きた土地も時代も異なる彼らには、けれどある繋がりがあるとされた。
──それは、
伝説に綴られたのは三度の生。
…………では、それが三度きりで終わる理由は、どこにあるというのか。
その理由を得られず、ついぞ立ち止まることもなく、神代から現代に至るまで輪廻を巡り続け、報いを求めた彷徨の末、たまさか此処に流れ着いた当代の
起源覚醒者を騙る転生
それが、キャスターのマスター・椎名聖の正体である。
彼の真名解放と共に、心臓から半透明の赫い蛇のような脈が飛び出し、伸びてゆく。
それは左腕を絡まり伝い、彼の握る剣の柄に喰らいついた。
ドクン、と心臓の鼓動に呼応して、剣に
「おォ──おおらァアア!!」
「────」
快音と共に『
あれは、あれなるはヘルギの魔剣。
初代ヘルギは、冒険の中で一振りのロングソードを手に入れた。北欧神代に握られた
突き立っていた剣に手を伸ばし、柄を握ったその瞬間。鉄の蛇は彼の反応できない速度でその身をよじり、彼の手に牙を突き立てる。注ぎ込むは毒ではなく、魔法。
あれこそが魂に宿った転生のはじまり。尾を噛む蛇のような輪廻の円環のような──階段を上っていくような螺旋のような──そして、死んでもつきまとう、切っても切り離せない、臍の緒ならぬ魂の緒のような神域を超えた御業だ。
戦乙女に導かれ、剣にて待ち構え、ヘルギの魂と繋がった秘術を、彼は幾度目かの生にて解析・逆用した。即ち、魂より出でて、剣へと繋げる逆流接続。今や蛇は彼の意のままに動く霊体の触手と化した。
「その剣────」
その仕組みまでは不明なれどルーラーは魔剣の鋭さを看破する。
北欧神代より連綿と受け継がれ、磨かれ続けてきた魂と直結してる魔剣は、サーヴァントと比べても何ら遜色ない“神秘”だ。現に一枚たりとて破れなかった『
もう止まりはしまい。かくなる上は、この手で斬殺するまで。
転生の勇士、何するものぞ。幾度も生きてきたというからには同じ回数だけ死んだのだろう。不吉で歪な転生者め、果たして聖杯に如何な願いをかけるつもりか。──させるものか。“椎名聖”の人生の締めくくりは、このコンスタンティヌス一世が手ずから執り行ってやろう。光栄に浴しながら逝くが良い──!
ルーラーも事ここに至り確信する。
「貴様を討つべく、
幻獣着弾の衝撃で崩落する真っ最中の建造物、その最後の足場へと聖が到達する。一歩違えていれば死んでいた道のりを、数多の想定外と共に、駆け抜けて。
ついに互いの剣を交わす距離まで、椎名聖は肉薄した。
「────」
多くを積み上げて、最後に勝負を分けるものは、基礎スペックの差か。
ルーラーの必殺の大上段からの斬り下ろしを、椎名聖は避けられない。いいや、それは避けないというより──
「ヅッツ──」
臙条叶が視た通り、椎名聖を肩からルーラーの剣が両断──
「な……!?」
あり得べからざる現象だった。
ルーラーの剣は確かに椎名聖を斬っていた──あれは実体だ。幻術の類いではないのは彼の手が一番よく感じたこと。刃に残る血の赤もそれを証している。
剣が肩に割り挿っている状態で高速移動というのも馬鹿な仮定だ。恐らく第五次聖杯戦争最速であろうバーサーカーであっても完全に見失うことはないルーラーの目前から、彼は生身の人間のまま忽然と姿を消した。そんなことが可能だとしても、別の物証がその仮説を否定している。
確かに斬って、鮮血が噴き出した刃傷は忽然と姿を消している。
……奇妙なことに、傷はあった。彼の頬には、“あとちょっとで頭の上と下を切り分けられるところでした”と言わんばかりの切れ込みが深々と入っている。
更に奇妙なことに、その傷はルーラーの剣が付けたものらしかった。そんな心当たりなど、どこにも──
「──そうか、貴様ッ……
もしも。
仮に椎名聖が、あそこで真っすぐ突っ込んで来ず、一歩右に踏み出していたら。
その時ルーラーは斬り下ろしという選択肢は選ばなかっただろう。広い範囲を薙ぎ払えば、頬にああいう傷が付くような。
今ここに居るのは、
ある時点を起点に発動したその術は、ルーラーの大上段からの一撃が致命傷になりきるより前に、別の可能性を歩んだ──おそらくはほんの短い時間だけ過去から分岐した──自分と置き換える。そちらの聖も負傷しているのは、そちらの可能性でもルーラーに殺される寸前だったのだろう。
真っすぐ走った聖を斬っていたルーラーは、一歩右に進んだ聖からすれば、がら空きとなる。────
己の危地を好機に、敵の好機を危地に。
置換魔術とも異なる奇妙なそれを、
完成に数代を要した秘中の秘は最高のタイミングで炸裂し、ルーラーの背後を取った聖が何もしないハズもなく。
「これは、俺たちの聖杯戦争だ。いい加減ご退場願おうか、