また、今回の話に関わりの深い「Prologue」は以下のサイトでのみ公開中です(ハーメルンでの公開予定はありません)。
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──
絶縁破壊を起こし、耳を
上空で電圧を蓄えたサーヴァントは、超高速で移動しながら目標地点の微修正を繰り返し、正確にターゲットを狙い撃ったのだ。
ターゲット──即ち、ランサー。
如何な英霊と言えど反応できない速度の一撃。
『
あの夜、ランサーを墜とせなかった敵サーヴァントもまた、おそらくは心残りになっていたのだろう。その無念を晴らすべく、因縁に決着をつけるべく、乾坤一擲。
「────」
きっと、最大の誤算は。
「ッ、ぐ……!?」
声は、敵サーヴァント。
渾身の降雷突進は、廃サナトリウムの天井と二階床をやわ紙のように突き破った、が。
肝心のランサーには届いていない。身にまとった電気はその悉くが、彼女を囲った透明な防壁に逸らされていた。
「雷避けのルーンです。あなたとの再戦のため、用意しておいた甲斐がありました」
「おのれ、何たる──!」
「今、だッッ」
驚愕の間隙を衝いて、崩落寸前の二階から、踊り出す
「
敵サーヴァントには通じない、身内だけの符丁。それに合わせてランサーはバックステップで距離を取ると、指揮をするみたいに手を躍らせてあらかじめ準備しておいた魔術を起動した。
廃サナトリウムを覆うように伸びあがっていく半透明の枝たち。ジグザグに繁茂していくそれらは複雑に絡み合い、急速に生垣を構築していく。
範囲外に退こうとしたサーヴァントに
「っあああッ、クソ痛ェ……! だがどうだ、これで逃げ場はないぜ!」
数合の接触、その僅かな時間だけで剣を持った方の手から、うっすらと肉の焼ける嫌な臭いと煙が立ち昇っていた。常に雷を帯びている敵サーヴァントは、攻撃であろうと防御であろうと、ただ接近するだけでその魔力に中てられる。同格の神秘を宿すランサーならともかく、生身の人間では、いくら防護を施そうと防ぎきれはしない……!
そんなこと最初の一撃で気づいていたはずなのに、それでも畳みかける
雷焼けした腕を庇って後退する
槍を構え、ふわり浮かびながら戦乙女が冷厳と告げる。
「これで飛べません。あなたはここで果てるのです、アーチャー」
──明瞭な会話能力に“狂気”は感じられず。
──雷と化しての移動能力は“騎乗”を由とせず。
──その手に“剣”を握ることもなく。
──隠れ潜んで“暗殺”するにはあまりにも激しく。
──ランサーとキャスターは既に明らかであれば、即ち。
──遥か天上より雷を放つは、弓兵なり。
事前に私たちの遭遇した時の情報を突き合わせて、ライダーかアーチャーだろうという予測は出来ていたけれど。この距離で再び激突したことで、立ち回りなどからだろうか、彼女はそのクラスを看破したらしい。
「舐めるな、ランサー……!」
敵サーヴァント──アーチャーもそれを否定しない。
たぶん初撃を防がれたら、アーチャーは上空に退避したあと、ひたすら落雷攻撃で一方的に攻めてくるつもりだったんだろう。だが剣士の足止めとランサーのルーン結界で、彼は退路を断たれてしまった。かくなる上は脱出のため、死に物狂いで近接戦に臨むしかない。
「この私を、こんな
「ッ……!」
雷光が目を焼く。
雷鳴が耳を
魔力全開のアーチャーは、もはや天災の体現者だ。さして広くない結界内には烈雷が吹き荒れる。
廃墟はもはや倒壊を免れず、どこに居ても命の危険がある極限環境。
「ッ、お──」
アーチャーの猛威、雷風の余波だけで
けれど上空で交戦しただけの、『抱えられて喚くほかは無力な臙条叶』しか知らないアーチャーには、それで十分。
ランサーとそのマスターが揃っていると判断してくれれば、
「む……貴様──!?」
拳銃弾に倍する速度の.308ウィンチェスターは結界の外壁を無抵抗に貫通する──結界もこの銃弾も、どちらもランサーのルーンを刻まれているから。北欧の大神オーディンより授かったとされる戦乙女の叡智ならば、それくらいの条件付けはお手の物なのだろう。
さて。ここまでお膳立てされればさ、そりゃあ、私だって。
キッチリ当てるくらいはしないと、胸張ってランサーのマスターって言えないでしょうが!
「────」
呼吸を殺す。
意識を殺す。
私の中身を
トリガーを引く。
それだけで、ターゲットの命は
「っっっぐ──!」
「うお、命中させやがった……!」
──はず、だったのに。
聖が思いっきり侮ってたことを
私は見てた、アーチャーは発射直後に反応してからほぼ回避! 胴体ド真ん中を狙ったのに、脇を掠める程度ってどういうこと、しかもちょっと体勢を崩すだけって……! これ、ライフル弾なんですけど!?
英霊として召喚されるほどの存在を、私もまた侮っていたということらしい。とはいえ魔術的加工済みのライフル弾は通用した。致命打は取れずとも有効打なら、驚いてばかりいないで畳みかける!
ランサーと聖はすでに動いている。私も次射を──
「避けろ、お嬢さん」
ここに居ないハズのキャスターの声が脳裏に響く。
瞬間。私は、とにかくその場から離れることを第一に身体を動かす。
「だあああっ───!!」
ごろごろと横に転がって、泥と草にまみれて立ち上がった私が見たものは、ランサーを召喚するきっかけ。黒い炎の使い魔が一体、炎から生えた腕を地面にめり込ませて呆然と私を見ていた。
筋骨隆々な腕の下敷きになったレミントンM700はひしゃげてブーメラン型のゴミと化している。キャスターに言われてとっさに跳んでなかったら、
閃光弾を打ち上げてアーチャーを呼び寄せて、それきり終わりだと思って意識から外していた。そうだ、こんなゴチャついた状況なんて暗殺に打ってつけだ。
黒炎の使い魔──推定アサシンの使役する怪物は、ランサーが召喚したてで消した一体とこれで二体。二体いるなら何体だって出てき得る、この辺り一帯囲まれてるんじゃないの……!?
「ちょ、嘘でしょ……っ!」
そう予想はしても、実際に眼前に湧き出れば度肝を抜かれる。十、二十、いやそれ以上……!?
木陰から現れた群衆のごとき使い魔ども、その先頭──私の銃をぺしゃんこにしたやつが、気を取り直して再び襲い来る──
「何してんだてめぇ、こら!」
さっきまであっちでアーチャーを相手取っていたはずの聖が、怒声とともに突っ込んで来た。私の前に庇うみたいに立ちながら、剣を投げつけて的確に使い魔の胸のど真ん中を貫く。
影は悶えながらかき消えたけれど、群れの真ん中に呑み込まれた剣を回収するのは不可能だろう。徒手で私と怪物どもの間に立って、背中越しに、
「臙条。あと何丁残ってる?」
「拳銃が二。アーチャーに当たるかは──」
「いい。もうこの場でアイツを落とすのは諦めて、俺たちは撤退だ」
聖の判断は素早かった。
確かに、さっきまでの三対一とは状況が違う。聖が私を助けに来て、今ランサーとアーチャーは一対一。サーヴァント同士ならそうそう負けはしないだろうけれど、それは敵にも言えること。彼女はこちらの救援に来るのは難しいだろう。あの“檻”だっていつまで保つか。破れれば、落雷の化身の如きアーチャーは自由自在に飛び回って、私たちを天から焼き払って終いだ。
のみならず、私たちは私たちでアサシンの使い魔に囲まれている。
誰が見たってわかる。作戦は失敗。
最初の一発。あれを私が当てていれば──
「……泣くなよ。前、見えなくなんだろ」
「────え」
何言ってんのと思ったけれど、何言ってんのは私だった。
頬が熱い。視界がにじんできたのはそれでか、と納得する。
──けれど、何ひとつとして納得できない。
悔しくてたまらなかった。
不甲斐なくて涙が止まらない。
私は、私はいったい、何のために──
「ああクソっ、泣くな、走れ! いいから今は走れ、臙条!」
ぐん、と前につんのめる。聖が私の手を握っていた。引っ張って、引っ張られて、よろめいてモタつく。こんなんじゃ追いつかれるし、抵抗だってできやしない。こんな、
また私は、迷惑をかけている。私を置いていけばいいはずの、ひとりならだいじょうぶなひとに、たすけられて──
また、って、何だ。
知らないハズの記憶が混線して、今がどこか、誰と走っているのか見失う。
日暮れが近い冬の森か。
それとも、極彩に照らされた、空の下か──
「が、ヅ──!!」
激痛が思考を断ち切る、左肩の肉もろとも。
グチャグチャの感情と、それ以上にメチャクチャな認識の私がまともに走れるハズない。私の肉を抉ったヤツだけではなく、使い魔はいつの間にか、数える気も失せるような群れとなって私たちに押し寄せていた。
……禍福は糾えるなんとやら。ヤツらのくれた痛みが、私にここに居るという現実を思い出させてくれた。
なら、お礼はしなくっちゃだ。
「この、くそ──!」
放つ拳銃弾はライフル弾と比べれば亀のようだけれど、使い魔程度になら通用する。ただ、対サーヴァント用に施してもらっている魔術加工弾は数に限りがあるから、ハリウッドのガンアクションみたいにはバラ撒けない。必殺の一射となるときと、身を守るための牽制だけにセーヴ。
けど、それで十分。
私が使い物になるのなら、だって、あとは
「世話の焼けるヤツだな、まったく!」
感電で全身やけどのはずなのに、何が楽しいのか笑いながら使い魔の濁流を塞き止める椎名聖。……予備の剣、やっぱり持ってたんだ。どこに?
「ランサーは!?」
「俺たちが離脱したらどうとでもなる! 信じろ、お前のサーヴァントだろ!」
「じゃあ、私たちは!?」
「走るんだよ! 街までな!」
「うあ゙あ゙あ゙っもう!!」
顔痛い! 枝当たる!
足痛い! 根っこ邪魔!
敵多い! もっとミニガンとかで一掃したい! いや流石に撃ったことも視たことすらないけど!!
聖と二人、延々と使い魔を退けながら、後退し続ける。この調子ならそう遠くないうちに人目のあるところに出られるから、そうなればアサシンも大っぴらに襲いかかっては来れなくなる。
これなら何とかなりそうだ、と思えたトキ。
「────」
ぴたりと、連中は一斉に足を止めた。
「……?」
「え、なに……?」
とびかかってくる前触れかと思ったが、動き出す気配はない。ただ遠巻きにして、囲うというにはものたりない人垣を作るばかりだ。
と、一匹だけ前に歩み出る影。
それは自らを構築している黒い炎を……何というか、
「ア、ア゙ー……。ら、ランサーの……マスターよ」
マイクの調子を確かめるような音のあと、そいつは流暢とは言い難い活舌ではあるものの、明確に喋り出したのだ。
聖はぴくりともしない。それで私と彼と、どちらが
使い魔の代表は気にしたふうでもなく話を続ける。
「貴様の協力者……椎名聖は、人殺しだぞ」
「────は」
衝撃的な暴露に。
ポーカーフェイス、ノーリアクションなんて吹き飛んだ。
何も考えず横顔を見る。名指しされた
ただ情報が、もっと欲しくて。子供みたいに鸚鵡返し。
「人殺し、って」
「ドイツの魔術師一族──ベーレンヘーレ。彼らの守護する宝の蔵を暴き、それを咎めた彼らを皆殺しにした咎」
「な、……にそれ」
淡々と語られる内容が理解できない。魔術師の一族……はまあ、そういうのも居るのかと受け入れるとしてもだ。
それを、皆殺し? 一族って、何人? 宝の蔵を暴いてって、強盗殺人ってこと?
彼の身のこなし、戦いの経験値を見れば……確かに可能なようにも思える。今しがた使い魔を斬り倒していた姿と、魔術師たちのイメージが脳内で重なれば、頭から否定する方がもはやナンセンスだ。
けれど──
彼が。人を?
──殺した?
「それをここで告げ口する、目的は何だ」
平板な表情のまま、平淡な声で、彼は問う。
……逆説的な殺意の発露に思えて、ぶるっ、と震えた。
「俺と彼女の離間だろ?」
「事実を告げたまでだ。否定するのか?」
返答はない。否定するまでもないのか。否定できないのか。横顔からは全く分からない。
──いや。
聖は当然のように使い魔たちに警戒を払ってはいるものの、一瞬、私に視線を
私の意思に任せるという意思表示。
それで私も、少し覚悟が決まって、黒炎の怪魔に向き直って、
……ふと。思った。
「ランサーのマスター。君には──」
「いや、待って。よく考えたらさぁ。私を殺そうとしてたヤツの情報とか、信じるワケなくない?」
「────」
一瞬、空気が弛んだ気がする。
「殺し合いの魔術儀式に参加しておいて、現実を見ないつもりか?」
「…………」
聖も口には出さないが同感というか、危惧してるんだろーなーという念が伝わってくる。
殺すということを、死ぬということを、現実的に知らないまま、実感を抱かないまま殺し合いに参加しているとでも思っているのだろうか? 人が生死の一線を超える瞬間を、まさか訪れることがないセーフティラインだと、思い込んでいるとでも?
舐めるな。私だって、死と殺しくらい、現実として知っている。
私が言いたいのは、本質的にそんなことではなく──
「馬鹿にすんなっ、情報提供はありがとね! けどっ、だけど、
「────」
アサシンの使い魔の言を信じるかどうかは、保留にする。こんな状況じゃ事情聴取なんて出来はしない。家に帰って、ゆっくりと話を聞く。判断はそれからで、その邪魔をさせる気はない。そして、それまでは彼は味方と思って戦う。
そう、──決めた。
「私は──私は、戦うって決めたんだ! 私が、決める! アンタじゃない、聖でもない! 私は、私がッッ、決める!!!」
「────」
叫ぶ。
叫ぶ。
叫んで、叫ぶ。
きっと、腹が立っていたのだ。鬱憤が溜まって爆発したのかもしれない。私はいいように動かされる誰かの駒でも、現実が見れていないと心配される子供でもない。一個の人格を持った人間だということを、がむしゃらに主張せずにはいられなかったのだ。
──きっと。だからこれは、私の参戦表明、みたいなものかもしれない。
言いたいことを、支離滅裂に叫びきって、興奮した私の荒い息の音だけが聞こえる──と。
「──素晴らしい。よくぞ言いました、お嬢さん」
妖しい声が、あたり一帯に響く。発生源は判らないけれど、探すまでもなくすぐに現れた。
色を把握することすら難しい、シルエットだけしか捉えられないローブの人影。いかにも魔術師然としたフードに包まれ、その内側にあるはずの顔は見通せない。奇妙にゴテゴテと飾り付けられた節くれだらけの杖といい、百人が見れば百人とも“魔術師”と断言するであろうその人物は、虚空から渦を巻くように出現したかと思うと、そのまま杖を一振り、聞き取れない呪文を唱えた。
するとその“魔術師”の姿が出現時同様に歪み始める。粘土がこねくり回されるような変型を終え、その場に完成したのは、私でも知っている伝説上の生き物──
それは私たちと使い魔のちょうど中間地点に降り立つと、炎をまき散らしながら一声、強く吠えた。
使い魔たちがたじろぐ。
──なるほど、英霊として世界に召し上げられたほどの勇猛なる戦士であれば、これほどの化物が相手であっても臆することはないだろう。私のランサーが、こいつに負けるイメージがわかないのはマスターとしての贔屓目だけではないはずだ。けれど、暗殺者のサーヴァント、そのさらに従僕ともなれば……この威容に対峙するには、
「彼女の決意を聞いたでしょう。邪魔をするというのでしたら、私が相手になります」
ケダモノに転じたにも関わらず、その口は淀みなく言葉を紡ぐ。それは敵への明確な牽制、威嚇の類い。
分が悪いと判断したか、得たキャスターの情報を優先したか。使い魔たちは潮が引くように姿を消していく。ほとんど日が暮れた森で、あとに残ったのは私と、聖と、唸るキマイラ。
危機を脱した──と思ったけれど、待てよ?
キャスターの『幻獣辞典』は召喚はできるけれど、退去させることは出来ないんじゃなかったか。すっかり忘れていたけれど、私たちはもともとその仕様のせいで、こんな森の奥まで来たんだから。
頼もしい加勢が一転、とんでもない危機に早変わりだ。羚羊だとかハウンドだとか、戦闘力──危険性という面でみれば大したことのない幻獣と違って、私でも知っている
「……もういいぜ、キャスター」
だというのに、その言葉を待っていたかのようにキマイラはほどけて姿を消していく。
「なッ……」
「後で詳しく説明するよ、臙条。だからとりあえず、今日はさっさと帰ろうぜ」
あれだけ大騒ぎして、生きるの死ぬの殺すの何のと話が二転三転して、最終的に転がり着いた先はそんな、何でもない言葉。
……まあ。六本脚の羚羊は何とかなったから、いいか。