円蔵山柳洞寺。
フユキでも指折りの霊地であり、直下に大聖杯を隠す、聖杯戦争における最重要地点と言ってもよい地点。
そんな場所を、聖杯戦争の主催たる合衆国が放置しておくはずもない。第一級監視対象としてリストアップされ、開催より前から特殊部隊によって警護されていた。
それがルーラーの大暴れ開始直後、上級死徒フェリシア=エヴリン・モンデンフェルトの襲撃を受けて、
それを押さえたのは、日本自由戦線。フェリシアが居なくなった後──
火事場泥棒の早い者勝ち。
テロリスト風情が一体どこから円蔵山の重要性を知ったかは不明だが、行動の迅速さからして、前々から狙っていたのだろう。
フェリシアによって邪魔な連中が排除されたから、棚ぼた的にゲットできてしまったのだろうと、ウィルは考えていた。そうでもなければ──いくら多くても真正面からではとても占拠など不可能な人数であった。
とはいえ占拠されてしまえばあちらのもの。
偶然や幸運の類いであっても、一度押さえてしまえば地の利は日本自由戦線にある。
山を成す急峻な斜面やそれを鎧う木々。そういった天然自然の防壁、だけではない。
円蔵山には古くからの結界が施されているのだ。
サーヴァントを含む霊体に無視できない負荷を与える霊的結界。その影響から逃れられるのは、唯一、柳洞寺正門に続く山道のみ。これが、円蔵山を難攻不落の砦たらしめる大きな要因である。
現在、日本自由戦線とバーサーカーは柳洞寺と山道に立てこもっている。
非常事態宣言発令下なこともあって、フユキで出歩く人間の数は激減している。とはいえ放置して一般人が入り込めばテロリストどもが何をするか知れたものではないので、ウィルは人手を派遣して入口を封鎖させていた。柳洞寺の工事を装って立ち入り規制をしていたのだ。
送り込まれたのはウィルが動かせる中では一番の腕利き。日本自由戦線を逃がさないように監視の任も帯びている精鋭部隊たち。
そこに、バーサーカーが舞い降りた。
作業員の振りをしたエージェントたちの群れのど真ん中、そいつは唐突に現れたのだと、報告にはある。
サーヴァントについて十分な知識を持っていたから、常に注意して『強化』の魔術を施していた彼らの動体視力をやすやすと凌駕して、鴉の鳴き声と共に、黒い羽を散らして、傾いた和装の男が囲いの中に立っていたのだ。
色めき立つ作業服のエージェントたちに、サーヴァントは腰の日本刀を振るうでもなく、どこか投げやりに、
「君らの上司に伝えたまえ。このバーサーカーがこう言った、と」
そこで彼はぐるりと周囲を見渡す。
義眼よりも無機質な、無感情な瞳。どこまでも空虚な、ツマラナソウな心証の表出──
「『僕らは聖杯を売るから、君らはこの国を売ってくれ』と。商談をしようじゃないか、合衆国」
言葉無き声が、エージェントたちから発せられて風のようにざわめく。いったいこの英霊は何を言っているのか、正気ではないのか。もしかすると、本当に狂って、いるのでは──
「詳しく聞きたければこの道を登って訊きに来たまえ。我が主は何時でも歓迎するそうだ。それじゃあ失礼するよ」
返事は待たず、バーサーカーは現れた時と同様に、鴉の鳴き声と黒羽だけを残して、消え去った。
羽はかすれ、色褪せながら消えて。
後には本当に、何ひとつ痕跡も無い。
今後の趨勢を暗示するような、重く立ち込めた雲の下のことだった。