「──それで? 結局状況維持ってことか?」
「うん。だってどっちの言い分もホントかどうか分かんないし」
『正当防衛だった』と彼は主張したけれど、それが過剰防衛でなかったかどうかは定かじゃない。
つまるところ証拠不十分。魔術師同士の、しかも異国での殺し合い。正直なところ私にとやかく言えるほど情報がない、としか。
「聖杯戦争の同盟は、聖杯戦争内での行動に基づいて判断すべきじゃない?」
ベルはそれを聞いて、いかにも私は呆れていますと言いたげな、これみよがしな嘆息をしてみせた。
──銀糸のような滑らかな髪に、血のような赤い瞳。透き通る血管すらないのではないかと思わせる、芸術品のような白い肌。ベルの容姿は私が知る誰よりも美しいのだから、そんな仕草だけでも絵になる。
けれどその中身は皮肉屋で、口うるさくて、あれやこれやと指図がひどい。
事実、廃サナトリウムでの顛末を懇切丁寧に語ってあげた私に対して、
「つくづく信じられないお気楽ぶりだな。楽天家さまのケツをふかされることがないよう祈ってるぞ」
「なに。何かあったら助けてくれるってコト?」
「あり得ないね。お前はそんなガキじゃないんだろ?」
「あっそ」
なんて、ちょっとあんまりな言い草だと思う。
同盟者のことが信じきれない状況だって判ってるんだから、少しくらい励ましというか、『私だけはお前の味方だ』くらい言ってくれてもいーんじゃないかなぁ。
私の内心を理解しているのか、そうでもないのか。ベルはよくわからない無表情のまま聖の話を続ける。
「サーヴァントに匹敵……とまではいかないが、多少の時間稼ぎくらいなら可能な戦闘力。これがどういうことか分かるか、
「同盟相手としてはこの上ない戦力じゃん」
「その後のことを考えろと言っているんだ、阿呆。首尾よく他陣営を倒し尽くしたら、最後にその戦力が向けられるのはお前なんだぞ」
「…………あっ!」
た、確かに。まったく考えてなかった!
聖とキャスターのコンビなら、ランサー相手でも十二分に有利を取れるだろう。キャスターとランサーの一対一なら負けないと思ってたけれど、そうなったときに聖が黙って見てるハズないことに、どうして今のままで思い至らなかったんだろう。
椎名聖が前衛となってランサーを食い止め、その間にキャスターが魔術で有利な状況を持ってくる。いくらランサーであっても、苦戦は必至。
それを想定しないのは、確かにアホと
「……向こうのマスターも戦うなら、お前も戦えばいいだろうが。どうせまた
「……、……」
……はい、図星です。
想定の中に私は居なかった。実際には私もランサーに加勢するから、思っていたような一対二にはなり得ない。
縮こまる私をほっぽってベルは昨日の振り返り、続行。
「あのキャスター。思っていたよりも多芸だったな」
「あー、それ。私も思った。まさかキメラが
そう。
アサシンの使い魔たちを退けるため、威圧目的で召喚されたと思っていたキマイラは、『幻獣辞典』による召喚ではなかったというのだから驚きだ。
なんでも世界という
確かにフードの“魔術師”が変身するのは聞いてた宝具効果と違った。アレもそういう
しみじみと思い返す私に、ベルは
「はりぼて、ではない。アレは幻術とは違う」
「そうなの?」
「幻術はよほど高位でもない限り、虚像を現実というキャンバスに投げかけるものだ。アレは一時的にではあるが、現実を侵している。空想具現化──いいや、固有結界の結界抜きが近いか」
「???」
何言ってるかさっぱり分かんない。前に固有結界の概念については聞いたことがあるけれど、確か“夢を現実にした世界を作る”みたいな話だった気がする。『だよね?』って確認したら、ベルにはミジンコか何かを見る目を向けられた。
うーん、よく分かってないままだけれど。
ベルはまたしても溜息をついて、もう少し判りやすく噛み砕いて説明してくれる。
「……つまりさ。アレはあの瞬間、確かにあそこに“居た”のさ。あれの炎に巻かれれば焼けるし、牙や爪が当たれば傷を受ける。現実に映るだけの幻術と違って、キャスターの術は現実に影響を与えられるんだよ」
「うっわあぁ……」
そう言われると一気に脅威度が計れるようで、空恐ろしくなってくる。動物園の如何な獣よりも巨大で、凶暴で、おまけに人智から外れた怪物。それが、いくら穏やかで戦いを好まそうな人柄っぽいとはいえ、
「まあ、そのぶん制約は多い。警戒は必要だが、意識を
「それ、敵になったらの話でしょ。しばらく味方なんだから、サポート必須ってことじゃん」
これは事後、キャスター本人から聞いた話。
曰く『
──今ここに在るものが
遡って書き加えても起きたことは変わらない。
先んじて未来を憂えても何にもならない。
言われてみれば当たり前の話なのに、それがキャスターの魔術──非現実の極みにも適用されると可笑しくなってくる。
ただこれがキャスターにとっては笑い話にならない大問題。
長々と描写しようとすると腱鞘炎になってしまいます、というのはさすがに冗談だろうけれど、進み続ける世界にペンが追い付かなければ改変は剥がれ消えていく。描写が世界と食い違っても同じこと。個我を持つ人間なんかに直接影響を及ぼす改変は、違和感を覚えられやすいぶん修正力も倍々で強くなる。
もしも雨が降ればそれに合わせて描写して、
何かで
何でも出来るように見えて、その実、枷で雁字搦め。穏やかで紳士的なようでいて、その根底に確かに感じられる作家としての
「ちゃんと対策、考えておけよ」
「~~~っ。言われなくても、分かってるッ!」
キャスターと戦うのは嫌だな、と考えていたのを見透かされた気分で、つい声を荒げてしまう。
改めて考える。もしも相対したならばどうすればいいか、の答えはすぐに出た。キャスターの“書き換え”は、予想外に弱い。私がキャスターの予測できない突拍子もない行動を取れば、そこを起点に改変は違和感を解消できず修正される。大仰な準備をしておかなくても、あっさりと消せるだろう。
──そして、こんな簡単な対策が思いつくことで、私の思考はまた戻ってきてしまう。
つまり、こんなものはタネを明かしてしまえばやりようのある手品でしかない。それを私たちに教えてくれた彼らの誠意を勘ぐってしまう。彼らと戦いたくなくなってしまう。
……彼らも、そう思っていないだろうか。思っていればいいのに。
夢の中で物思いに耽る私に、ベルは何か一言言いたげな顔を向けはする。するけれど、それ以上は
もう何度目か分からない、ベルのため息。シニカルに肩をすくめて、
「全く。こんなことになるんだったら、彼女と運命線など結ばせるんじゃなかったか」
その言葉も忘れて、私はこの夢から浮上していく。