Fate/second to none   作:吉田一味

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自決点③

 

「…………ッ」

 

 ()()、微笑んでいる。

 

 ライダーの表情が変わったならば、それで何処へも行けなくなる(デッドエンド)と。直感できてしまうのはむしろ不幸と言っていいだろう。

 

 周囲、影の使い魔たち──ライダーの従える悪魔たちもにじり寄ってくる。ライダーの“圧”があるから勝手な真似はしないだろうけれど、逆に言えば合図一つで殺到するのは火を見るより明らか、というヤツだ。

 

「………………」

 

 仕方ない。

 

 拒絶すれば何をされるか判ったものではない。それは私がどうこう、という次元じゃなく、サーヴァントという怪物の規格外の規格ゆえ。

 

 『我この徴にて勝てり(ラバルム)』と戦線を構築できるほどの魔の軍勢。

 

 ライダーがその気になれば、この住宅街一帯は『第二次フユキ大火』の二の舞……『第二次』だから、三の舞? になる。あのときはルーラーという全員で対処すべき明確な脅威、大敵が存在したが──そういった存在が不在ならば目的のバラバラな交戦は止まるまい。ライダーの意のままに暴れる魔軍が暴れまわるかどうかは、私の選択にかかっている。

 

 ……私は、大人しくリムジンに乗り込んだ。

 

 豪奢な内装はホテルのようだ──とはいっても、本物のホテル、先日倒壊したフユキ・ハイアットホテル最上階のスイートルームを見てしまった後だと流石に一段も二段も落ちる。移動させられるメリットが大きすぎて、軽々に比較することが間違っていたのだと反省。

 

 ワラワラと使い魔どもが下車してきたから、広い車内はミッチミチかと思ったけれど。リムジンの中はがらんとしていた。

 

 細長い車内の片側は座席になっており、対面はカウンターのようになっている。中から見て初めて気づいたが、天井がスケスケだった。これ開くんじゃないか?

 

「好きに座るといい」

 

 すぐ後ろ、車外ギリギリのところからライダーの声がかかる。要するに『奥へ進め。逃げられると思うな』ということだろう。今更抵抗したってどうしようもないし、大人しくてきとうな座席につく。

 

 ライダーが乗車してドアが閉まる。加速感が体の芯を揺らす。……走り出した。

 

 車内にしては広い空間に、二人きり。

 

 悠然と長い脚を組むライダーと、居心地悪く縮み込んでいる私。

 

「そう固くなるな。何か飲むか。大した品揃えでもないが、移動中に贅沢も言えまい」

 

 ライダーが水を向けると、車内カウンターにふわっと風が起こって、無から執事服のいかにもな使用人、という感じの何者かが出現した。特徴のないというか捉えどころのない容貌。国籍や人種もぱっと見では判然としない、ただ“男性である”くらいしか構成要素の挙げられない、という意味での無貌。

 

 男性は揺れる車内をものともせず、てきぱきと飲み物を用意していく。私とライダーしか居ないのに、何杯注ぐというのか。

 

「この国では、幼子は酒精(アルコール)を禁じられているんだったな。では甘味(ジュース)を。コーラ、ジンジャーエール……臙条叶、貴様、炭酸は飲めるか?」

 

「え、あ、おかまいなく……」

 

 反射的に遠慮する言葉が、唇から滑り出す。別に喉が渇いているわけではない。口の中はカラカラだけれど、そんなものは対処療法、原因たるこの状況にある限り飲み続けることになってしまう。

 

 けれど、ライダーはそんな私の考えを慮ったりはせず、

 

「果実のものならば誰でも飲めるか。水では味気ないからな」

 

「…………、……」

 

 ライダーの言葉に執事のひとがボトルを並べて私に見せてくる。オレンジ、アップル、グレープ、エトセトラエトセトラ……。どれか選べ、って言うのか。私は要らないと意思表示したのに、引き下がる気は無いらしい。

 

 ……やれやれ。

 

「じゃあ、ザクロ……のジュースで」

 

「────」

 

 あまりメジャーな飲み物ではないし、普段から好んで飲むわけでもないのだけれど、このリムジン(ここ)ならば有るのではないか、と思ったのだ。

 

 もしも無いならばそれはそれで、『何でもあるぞ』と誇示するようなライダーの鼻を明かせるかなって悪戯心も少し……なんて思ったのに、どうやら本当にこのリムジンには何でも揃っているらしく、

 

「ずいぶんと珍しい注文だ。では余も同じものを」

 

「むかし、何度か──美味しかったから」

 

 ……むかし。私がまだ、子供だったころ。

 

 フユキ・サンタンジェロ大聖堂に足しげく通って、ハル神父(くん)に付きまとっていたころ。

 

 私が会いに行くと、彼はワイングラスを燻らせて、その()()()()()()をちびちび舐めていた。その様子があんまり美味しそうで、とても大人びて見えたものだから、私も私もってせがんで、ようやく飲ませてもらったのがザクロジュース。

 

 初めての味に勢い込んで、ぐいっと行って────身構えていたほど濃い味ではなくて、むしろさっぱりめ……正直なところ、期待外れの薄味に困惑した。さぞやオトナの味だろう、もしかするとメチャクチャ不味いかもしれない、それでも気取られず余裕を保って──なんて思っていたものだから肩透かし。

 

 私は結果としてぽかんと呆けてしまい。

 

 ハル神父のやつは大笑い。

 

 笑い過ぎて溢したのがシミになってるのもお構いなしに、大層面白いものを見たと言わんばかりに。

 

 腹が立って腹が立って『もう飲まない! こんなの要らない、ハルくんのバカ!』とでも叫んだんだっけ。ハル神父はニマニマ笑って『まだまだ子供ですねえ、カナエは』なんて揶揄ってくるものだから、意地になってその後も飲み続けて──

 

 単純接触効果、と言うんだったっけ。繰り返せば好きになるもの。

 

 私はすっかり、ザクロジュースにハマったのだった。

 

 けれど、それも一時のこと。ハル神父と絶縁した私はジュースを飲む機会もすっかり無くし、今の今までその味だって忘れていた。

 

 これが義母(かあ)さんとの善き思い出だったならばこんなヒリつく場面で思い出したくはなかったけれど。あのくそったれハル神父にさんざ虚仮にされた記憶ならば、構うまい。

 

 ……いつの間にか、高価そうなグラスに赤い液体が注がれて、飛び出したアームレストに置かれている。執事服の人は忽然と、現れた時と同様にどこにも居なくなっていた。

 

 ライダーの手にも同じグラス、同じ液体。

 

 彼はそれを優雅に掲げると、

 

「では、乾杯」

 




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