「…………ッ」
ライダーの表情が変わったならば、それで
周囲、影の使い魔たち──ライダーの従える悪魔たちもにじり寄ってくる。ライダーの“圧”があるから勝手な真似はしないだろうけれど、逆に言えば合図一つで殺到するのは火を見るより明らか、というヤツだ。
「………………」
仕方ない。
拒絶すれば何をされるか判ったものではない。それは私がどうこう、という次元じゃなく、サーヴァントという怪物の規格外の規格ゆえ。
『
ライダーがその気になれば、この住宅街一帯は『第二次フユキ大火』の二の舞……『第二次』だから、三の舞? になる。あのときはルーラーという全員で対処すべき明確な脅威、大敵が存在したが──そういった存在が不在ならば目的のバラバラな交戦は止まるまい。ライダーの意のままに暴れる魔軍が暴れまわるかどうかは、私の選択にかかっている。
……私は、大人しくリムジンに乗り込んだ。
豪奢な内装はホテルのようだ──とはいっても、本物のホテル、先日倒壊したフユキ・ハイアットホテル最上階のスイートルームを見てしまった後だと流石に一段も二段も落ちる。移動させられるメリットが大きすぎて、軽々に比較することが間違っていたのだと反省。
ワラワラと使い魔どもが下車してきたから、広い車内はミッチミチかと思ったけれど。リムジンの中はがらんとしていた。
細長い車内の片側は座席になっており、対面はカウンターのようになっている。中から見て初めて気づいたが、天井がスケスケだった。これ開くんじゃないか?
「好きに座るといい」
すぐ後ろ、車外ギリギリのところからライダーの声がかかる。要するに『奥へ進め。逃げられると思うな』ということだろう。今更抵抗したってどうしようもないし、大人しくてきとうな座席につく。
ライダーが乗車してドアが閉まる。加速感が体の芯を揺らす。……走り出した。
車内にしては広い空間に、二人きり。
悠然と長い脚を組むライダーと、居心地悪く縮み込んでいる私。
「そう固くなるな。何か飲むか。大した品揃えでもないが、移動中に贅沢も言えまい」
ライダーが水を向けると、車内カウンターにふわっと風が起こって、無から執事服のいかにもな使用人、という感じの何者かが出現した。特徴のないというか捉えどころのない容貌。国籍や人種もぱっと見では判然としない、ただ“男性である”くらいしか構成要素の挙げられない、という意味での無貌。
男性は揺れる車内をものともせず、てきぱきと飲み物を用意していく。私とライダーしか居ないのに、何杯注ぐというのか。
「この国では、幼子は
「え、あ、おかまいなく……」
反射的に遠慮する言葉が、唇から滑り出す。別に喉が渇いているわけではない。口の中はカラカラだけれど、そんなものは対処療法、原因たるこの状況にある限り飲み続けることになってしまう。
けれど、ライダーはそんな私の考えを慮ったりはせず、
「果実のものならば誰でも飲めるか。水では味気ないからな」
「…………、……」
ライダーの言葉に執事のひとがボトルを並べて私に見せてくる。オレンジ、アップル、グレープ、エトセトラエトセトラ……。どれか選べ、って言うのか。私は要らないと意思表示したのに、引き下がる気は無いらしい。
……やれやれ。
「じゃあ、ザクロ……のジュースで」
「────」
あまりメジャーな飲み物ではないし、普段から好んで飲むわけでもないのだけれど、
もしも無いならばそれはそれで、『何でもあるぞ』と誇示するようなライダーの鼻を明かせるかなって悪戯心も少し……なんて思ったのに、どうやら本当にこのリムジンには何でも揃っているらしく、
「ずいぶんと珍しい注文だ。では余も同じものを」
「むかし、何度か──美味しかったから」
……むかし。私がまだ、子供だったころ。
フユキ・サンタンジェロ大聖堂に足しげく通って、ハル
私が会いに行くと、彼はワイングラスを燻らせて、その
初めての味に勢い込んで、ぐいっと行って────身構えていたほど濃い味ではなくて、むしろさっぱりめ……正直なところ、期待外れの薄味に困惑した。さぞやオトナの味だろう、もしかするとメチャクチャ不味いかもしれない、それでも気取られず余裕を保って──なんて思っていたものだから肩透かし。
私は結果としてぽかんと呆けてしまい。
ハル神父のやつは大笑い。
笑い過ぎて溢したのがシミになってるのもお構いなしに、大層面白いものを見たと言わんばかりに。
腹が立って腹が立って『もう飲まない! こんなの要らない、ハルくんのバカ!』とでも叫んだんだっけ。ハル神父はニマニマ笑って『まだまだ子供ですねえ、カナエは』なんて揶揄ってくるものだから、意地になってその後も飲み続けて──
単純接触効果、と言うんだったっけ。繰り返せば好きになるもの。
私はすっかり、ザクロジュースにハマったのだった。
けれど、それも一時のこと。ハル神父と絶縁した私はジュースを飲む機会もすっかり無くし、今の今までその味だって忘れていた。
これが
……いつの間にか、高価そうなグラスに赤い液体が注がれて、飛び出したアームレストに置かれている。執事服の人は忽然と、現れた時と同様にどこにも居なくなっていた。
ライダーの手にも同じグラス、同じ液体。
彼はそれを優雅に掲げると、
「では、乾杯」