「………………」
「どうした。この国ではこうするのだろう」
グラスの中でゆらゆらと波を立てるジュースをじっと見る。
一口味わったライダーが、優しげな
「毒などないぞ。そんなことをせずとも、貴様程度どうとでもできる」
「それは……そうだろう、けど。じゃあ、何でこんなこと……してるの」
王様なんでしょう。国も民ももう居ないけれど、かつては居たはずの。
そんな英霊が私なんか相手に、懐柔したいみたいに猫なで声出して。ザクロジュースを出して乾杯なんてして。……まるで迎えに来るみたいに、拐かして。
グラスを握りしめての精一杯の問いに、ライダーは無感情の微笑み。
「何故、だと? この期に及んで聞くか、貴様が?」
彼はグラスをくゆらせる。曲面越しに私を見る瞳は、細く窄められていた。
「自らを守護するサーヴァントも連れず、独りきりで街中をうろつき、敵と遭っても悲鳴の一つも上げず。あまつさえ無抵抗で車内に連れ込まれておいて。何をしているのだ、貴様は」
何か視えないオーラのようなものを感じて気圧される。
ライダーから発される圧は物理的な影響すら出かねない。ルーラーで似たような経験をしていなかったら、私もきっと耐えられなかった。
刃より鋭い視線、銃口より恐ろしい瞳が、私を見据える。
「貴様、何を考えている。臙条叶」
……あの時は仲間がいた。今は、独りだ。
こうするって私が決めたから、独りで──誰にも迷惑をかけずに居られる。
「……別に。あそこで戦いになれば、被害は凄まじいことになる。それを避けたかっただけ。貴方も、話したかったから声をかけてきたんでしょう?」
こんなもの、言い訳にもならない。
私の言い分は遭遇した後のことだけで、そもそもの“なぜ一人で出歩いていたか”の答えにはなっていない。私がただの考え無しだと思い込むなら楽だし、ライダーが疑り深かったとしても、別にあちらに不利益もないし……というかむしろ得なくらいだろうし、そこまで深掘りしては来ないと思いたい。
「…………」
「…………」
ライダーは再びジュースを含む。間が保たないので、私も一口、ほんの舐めるだけだけれど。
……美味しい。ぶっちゃけ、ハル神父のところで飲んでいたザクロジュースよりも。私が年月を重ねてより大人な味覚に成長したのか、それともリムジンに持ち込まれたボトルが教会のそれより上等なものだったのか。はたまたその両方か。
折よくというべきか、カラカラの喉に染み渡る甘露、あるいは恵みの雨。施してくれたライダーが、緊張の元凶ではあるのだけれど。
「……ノコノコ出歩いているマスターに接触しない者は居ない。事実、アサシンの使い魔も貴様を監視していたからな」
「……やっぱり」
それを押しのけて接触を取ってきたのがライダー直々だったのが、私にとっての驚き。
「余が出向いたのは、余のマスターが望んだからだ」
「ライダーのマスター、って」
私の不用意な返事でライダーの眉間にしわが寄る。怒られている気分になるから止めて欲しいとは、とても言えない。
「まさか
そんなワケない。いくら私でも、そこまでは鈍くない。
ライダーから感じる圧の種類は体験済み。フユキ・サンタンジェロ大聖堂の前で対峙した──と言っても霊体化していたけれど──ときのものと同種であると体感できている。
つまり、あの時のサーヴァントはライダーで。
そのマスターと言うことは──
「……ミシェル・ドーソン」
嫋やかなシスター。聖堂教会の代行者。私の
彼女が、
「じゃあ、これは教会に向かって、……あ、れ」
視界が、
うねり、溶け合い、混然となって流れ去ってゆく。
この、感覚、は──
「睡眠、薬……!」
むかし、もう随分前のこと。
「毒を盛らない、とは言った。
ライダーは平然と、自らのグラスを傾けている。それも全体が傾いでゆく。いいや違う、これは私が倒れかかっているんだと理解して、その思考すらも垂れ落ちてゆく──
「あ、ぇ…………う──」
「眠るがいい、臙条叶。これから行く場所を知られても何も出来はしまいが、面倒ごとは減らすに限る──」
ライダーのほとんど独り言の台詞がフェードアウトするのも認識できないまま。
私の額は、リムジンのシートにぼふっと受け止められた。