ゆっくりとドアを開ける。隙間から外を覗こう、と……。
「オ目覚メデスネ」
「ぎゃああああッ──!!!!」
それも当然、そいつには鼓膜も何もないから。
こちらをじっと見る、ぎょろっとした
どこからどう見ても人ではない、異形。
「あ、あァっ、……は、はッ、はッ……」
恐怖というより驚愕で、私は途切れ途切れの荒い息。心臓が胸骨の中で四方八方にバウンドしている。
だって実に
廊下に悪魔が見張り番をしていることも。
そいつが普通に声をかけてくることも。
「大丈夫デスカ」
……その内容が何だか
「だ、だ……大丈夫、です」
異形の見張り番、声帯が人と違うらしく多少なり歪な響き。それでもリスニングはそう高難易度なわけでもない。で、その内容が当たり障りない心配するみたいな内容だと敵意を持ちにくいというか、気を張っているのは難しい。
身構えていた、というかほぼ飛び上がった私も、おずおずと警戒を解く。
「デハ、コチラヘ。我ガ主ガオ待チデス」
悪魔の表情は掴めないけれど、気にしていない風に踵を返す。
のしのしと遠ざかっていく背中に質問を投げかける。
「主って、ライダーのこと? じゃあここは、やっぱり彼らの拠点なんだ」
「ハイ」
振り向かないでシンプル極まる返事を寄越す使い魔は、今は私を見ていない。“連れて来い”という命令だけを受けて、それ以外のところで私が何をしようと興味はない……のかも。
これ幸いと廊下を観察してみる。やっぱり窓もないコンクリ打ちっぱ、そこいら中に配管が走っていた。ピカピカ出来立てとは逆で、むしろ所々錆塗れのものもある。
刑務所にしては、やけにゴミゴミして狭いカンジ。連想するのは隠れ家風カフェ──もしかして、
不思議なのはトンネルのようというか、天井が曲面にカーブしていて低い。私はいいけれど、前を行く使い魔は窮屈そうだ。
全体的に見てあまり長居したい場所ではないので、案内人と思しき悪魔に付いていかざるを得ない。コンパスが長いもんだからこっちは小走り。あちこちグネグネしてるし視界は悪いしで、置いてけぼりにされて迷ったらどうしてくれるというのか。彷徨って白骨死体化とか、勘弁だよ。
一人だったら絶対に迷っていただろう道のりを抜けて、階段を登っていく。上階にも窓はないけれど、天井は普通の角があるタイプ。
「コチラデス」
その違いが何を意味するか判らないまま、私は通されるがままに──
「目覚めたか、臙条叶」
「…………」
ライダーとそのマスター、ミシェル・ドーソンの二人に揃って対面したのだった。
ライダーは私を拉致った時のスーツ姿ではなく、ルーラーとの交戦時に見た姿に近いけどもっとラフ。つまりゴチャゴチャした鎧を脱いだ状態、生前から同じ楽にしているスタイルということだろう。鷹揚な言葉にも、敵を招き入れたとは思えないほどリラックスしていると伺える。つまり私は敵とも思われていない、ということか。
シスター・ミシェルは以前教会前で遭遇した時と同じ、セクシーなシスター姿。あの時との差異は、やけに表情が陰っているということ。いや、この部屋がそれほど明るくなくて晴天の下で対峙したときと光量に圧倒的な差があるのは確かだけれど、それにしたってやけに暗いというか。
対照的な主従の態度は気になるが、通された部屋にも違和感を覚えてしまう。それなりに広い一室はライダーとミシェルしか居ないからガランとしていて、中央にはこれ見よがしに魔法円。
注目すべきは窓で、外は真っ暗。私がライダーと遭ったのは昼前だったから、随分と時間が経過しているらしい。
……もしかしたら、もう
馬鹿な奴って忘れていてくれればいいのに。
センチメンタルな気分を振り払うために現実に目を向ける。
「──ここは?」
「我々の拠点だが、何処かは秘密だ。眠らせて運んだ意味が無くなるからな」
「やり過ぎです、ライダー。同意も得ず一方的に拠点に連れてくるなど。これは誘拐に相当する行いですよ。私は未だ貴方の行動に納得しては──」
険しい表情は意見の対立が原因だったらしい。詰問するミシェルに、ライダーはどこ吹く風。
「だから言ったろう、これは
サーヴァント・ランサーを伴わず闊歩している彼女を、マスターが気にかけていたからひとまず余の手元に置いた。ランサーが事態を察知して襲撃してくることを避けるため、またこの場所の位置を特定させないため薬剤で眠らせた。自然に目が覚めるのを待ち、こうして事情を説明してすらいる。
そら、どこに問題がある?」
改めて
多分ミシェルも疑問はあったろうけれど、それをぐっと飲み込んで話を続ける。
「………………ですから。それらを私に一切報告せず、独断で行動する点です。ライダー、貴方は──」
「まあ待て、マスター。我々の内情を客人の彼女の前で蒸し返すこともないだろう。もっと他に話すべきこと、話したいことああるのではないか?」
彼女は痛いところを衝かれたのを表情に出した。
どうやらライダー陣営は主従関係がうまくいっていないというか、ちょっと
そんな関係性を私の前で披露するのは好ましくないというのもまた、道理。
そういう隠匿をせず、堂々と相対するのはライダーの台詞の後半部が理由か。
──話したいことがある。
思えばサンタンジェロ前の遭遇もそう。あのときミシェルここが何処かは知らないが、マスターまでもが多分わざわざ顔を晒してまで挨拶をしたのは、予想以上に重要な意味を持っていたのだと遅れて理解する。
あの時は、確か──
「……確かに私は、叶さまとお話ししたいことはございます。ですがそれは、聖杯戦争の終わった後に──」
「何だそれは、何という甘い話! ルーラーの一件をもう忘れたか。“終わった後”にマスターとこの娘の両方が生きている保証など、どこにもあるまい! こうして機会が出来たのだから話しておけば良いのだ、何故そうしない?」
「それ、は──」
ライダーの言は一理あった。
その場の全員の脳裏に浮かんだであろう、あの惨禍。『第二次フユキ大火』の引金となった裁定者の──暴虐。
『聖杯戦争の参加者全員を皆殺しにして、聖杯を手にする』。そう宣ったかの大帝は、有言実行できるだけの戦力──彼に限って軍事力、国力とすら言い換えられる──を有していたと、私は思う。たまさか
彼は私のこともミシェルのことも殺すつもりで居た。全員を敵に回して結果的に脱落したが、そんなものは結果論に過ぎない。
私たちはいつ死んでもおかしくない。聖杯戦争に参加した時から、もっと言えばランサーを召喚する前、ライダーの
似て非なるものが、シスター・ミシェルにもあったのだろう。彼女は黙考の後、身体の中の全部を吐き出すような深い息を吐いた。
「──良いでしょう、判りました。ライダーのお膳立て、と考えることと致しましょう。確かに私は彼女に話したいことと聞きたいことがございましたから」
いっとき項垂れていた彼女は、真剣な視線を私に注いでくる。
「どうぞお掛け下さい、叶さま。少々────長くなるでしょうから」
ミシェル・ドーソンは彼女の向かいの椅子を優雅に指すと、ゆったりと椅子に凭れかかった。
修道服に包まれた豊かな胸が、興奮と緊張に弾んだ。