「──よっつ。貴様が『第一次フユキ大火』から生き延びたこと」
「は」
急激な方向転換についていけなくなる。ここまで聖杯戦争にまつわる事象であったのに、ここでいきなり十年前の話を引っ張り出されるとは思わなんだ。
そしてひどい難癖。別に、生き延びたからなんだというんだ。私は火に捲かれて逃げ惑った末、
「経歴は知っている、と言っただろう。『第一次フユキ大火』は記録的大災害。被害者数は五百名近く。実に痛ましい事件だが、あの火災で
「な、何が言いたいの」
「つまりこういう事だ──夜間に発生した火は、フユキ市深山町一帯を舐めるように焼き払った。その被害者の多くは、家屋の倒壊などにより逃げ場をなくした住民たち。その被害分布、
「────」
その先を。
聞いてはならないと、頭の中の誰かが叫ぶ。
「貴様のかつての家の辺りはひときわ悲惨だった。なにせ生存者は貴様だけだったそうじゃないか、臙条叶」
「し──知らない。私は、あの時のことを覚えていない」
狼狽えた答えを予期していたのか、ライダーは机の上から別の書類を持ち上げてヒラヒラと振ってみせる。クリアファイルに入ったそれは、特定の施設でのみ使われている書式。
本来なら、持ち出しは容易くないはずの──
「そうだな。
「…………」
ぺしぺしと叩いてみせるそれが何よりの証拠だから言い逃れもできない。
ざくりざくりと。逃げ場が、削ぎ落されていく錯覚。
「おかしいと思わないか。貴様は最も被害の大きい地区に居て、なぜ一切の怪我がない? とても忘れられないような体験をしたはずだ。もう十年になるというのに、欠片も思い出せないのか? 貴様は──」
畳みかける言葉の次々に、私は異論を挟めずにいた。だって全部道理だ、私だっておかしいとは思っている。どうして。どうして、どうして、どうして、どうして──
どうして私は
「……何があったか、取り戻したいと思わないか。臙条叶──余ならば可能だぞ」
「それ、は」
──悪魔の囁きのような提案に、私は頷きたかった。
知りたいに決まっている。私の空白は、この心にぽっかりとあいた孔は一体何なのか。
けれどひねくれもので臆病な私が、“ちょっと待て”と警告を発してうるさい。何をそんなに恐れているのか、考えてみる。
疑問は別角度から湧いてきた。
──ライダーは何故、私の記憶を取り戻す協力をしようとするのか?
これが通っているカウンセラーならば判る。彼はそれが仕事だが、ライダーは違う。彼の目的は聖杯戦争の勝利であって、そのために私の記憶を求めるのであれば、それは──
「『私の中の“魔”』──それの仕業だって、それが居て、
「────」
仮面に罅が入ったかのようだった。
図星、か。
追い込みをかけてきたのは、余裕を奪って考えられなくさせるため。始まりに立ち返れば、彼は臙条叶ではなく、臙条美青でもなく、その二人の間にあるもの──力を齎したらしい“何か”を追い求めていた。
……きっと、それを自分のものにするために。
私のためなんかじゃない。
ライダーはずっと、虎視眈々と、力を──聖杯戦争に勝つための戦力を狙っていたんだ。
「私はあなたの道具じゃない。あなたの思い通りには、ならない」
「そうか。では詮方ないな」
否を突き付けてまさか受け入れられると思っていなかったから、返答にこちらが狼狽してしまう。
もちろん、そんなハズもなく。
「同意のもとの施術の方が効率も負荷もマシなのだがな。貴様の選択だ、是非もない」
座っていた椅子がガッと引かれ、両脇を持ち上げられる。振り返らずとも下手人の腕が見える。黒い毛皮に覆われた、屈強な──影のような腕々。
ライダー、タフムーラスの従える悪魔たち……!
「ちょっ、放して……!」