Fate/second to none   作:吉田一味

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聞いたことのある名前のオンパレード。


臙条邸の朝(前編)

「ん……」

 

 ──今朝の目覚めは、意外と悪くなかった。

 

 時計を見ると、朝の七時。

 

 昨日は今までで一番大規模な交戦になったから、もっと爆睡かますかと思ってた。学校に行ってた時より健全な起床なのはちょっと、思うトコロがあるけれど。

 

 顔を洗って、身支度を済ませて、二階から降りていく。家の中である程度小綺麗にしないといけないのは、まだ慣れない。

 

 一階は静かで、この家に誰も居ないみたい。ま、ほんの数日前まではそれが当たり前だったんだけれど。

 

 私はそのまま、地下室への階段を降りていく。

 

 完全防音の重い扉を押し開くと、その瞬間から響いてくる、金属と金属のぶつかりあう音。そして、声。

 

「ふッッ──!」

 

「しィッ!!」

 

 もっぱらシューティング・レンジとしてしか使われていなかったコンクリート打ちっぱなしのそこで、(ひじり)(ランサー)が攻防を繰り広げている。

 

 ……初めて二人の手合わせというか模擬戦を見た時は驚いたのを覚えている。ほとんど殺し合いみたいな本気の斬り合いが始まったと思ったから。

 

 もちろんそんなことはなくて、ランサーは飛行もルーン魔術による攻撃も封じていたし、(ひじり)もキャスターのエンチャントを受けた魔剣ではなく、ただの真剣を使ってたんだけれど。それでもランサーの槍は掠めるだけで命を脅かすような鋭さだし、自前の魔術を活用して攻めかかる聖の気迫は、実戦とそう変わらないほど。

 

 結果として繰り広げられるのは──傍から見れば死闘そのものの剣戟。これが発砲音も隠し通せる完全防音地下室じゃなく、庭でやっていたなら即通報(911)されること間違いなし。

 

「おはよ。またやってるの?」

 

 そんなものを、もう何日目か。

 

 毎朝毎朝、飽きもせずに繰り返すものだから、流石に私も慣れてきた。今更とりたてて反応することもない。

 

「ッお──臙条(えんじょう)か。おはよう」

 

「おはようございます、マスター」

 

 声をかけると、二人ともあっさりと戦闘を中断して挨拶を返してくれる。つい一瞬前まで「隙を見せたなそこだァッ!!」とか吠えそうな顔をしていたのが、流れる汗だけはそのままに、ぱっと普段通りになるからギャップにくらくらする。

 

 脇に置いてあったタオルを投げつけて、ぶっきらぼうに問う。

 

「アーチャーから喰らった感電はもういいの、聖。昨日の今日でしょ」

 

「あれくらい、手持ちの薬とランサーのルーン魔術があればどうってことない」

 

「まだ完治したわけではないので、一日くらい安静にした方がいいと言ったのですが」

 

「勿体ないだろ、ランサーほどの相手と手合わせできる機会なんて稀だぞ。つーかランサー、心配してくれる割には全く手加減とかないよな」

 

「当然でしょう。やるからには許された範囲で全力です」

 

「……、……」

 

 いや、私も許可したよ。したけれどね?

 

 もっとチャンバラ用の模造刀や刃のついていない棒を使うとか、そういう発想はないのだろうか。トレーニングが目的なのに、まかり間違って刃傷沙汰──とか、私はゴメンなんだけど。一応同盟者なわけだし。

 

 多分だけれど、ランサーには『それでも仕方ない』と思ってそうな雰囲気がある。ベストを尽くすことが優先で、その結果として同盟相手を模擬戦で刺殺したとしても、自分の納得を優先させたのだから悔いはない、と。

 

 その考え方に共感は出来ないし、恐ろしいとも思うけれど、ランサーは現代人じゃない。北欧神話の今よりも戦いと死が近くにあった時代の英霊なんだ、そういう生き方をとやかく言うのはその方が筋道から外れている。

 

 ……問題は。

 

 私と同じ現代人のはずの椎名(しいな)聖が、神話の英雄(ランサー)の考え方に異を唱えるどころか、同調してすらいるらしい点。どういう人生送ってんだ、ホント。

 

「臙条こそ。昨日、ランサーが最後までアーチャーを相手取って引き付けてくれた、その分の魔力消費は大丈夫か?」

 

「え? ああ……」

 

 一瞬、何の話をしているか見失う。そういえばサーヴァントは活動にマスターの魔力を消費する……とか、聞いたような。

 

 ()()()()()()()()()()だし、大丈夫でしょ。

 

 多分ランサーがすごい節約上手なんだと思う。宝具が消費激しいらしいし、槍とルーン魔術で戦うぶんには余裕あるってことじゃない?

 

「べっつに、ぐっすり寝たし。誰かさんがトンカンやってるから起きたけど」

 

「トンカンはやってねえよ」

 

「ともかく、もう七時過ぎだから。朝食にしようよ」

 

「ああ、マジか」

 

 それで聖は自分を顧みて、流石にこれはタオルでどうにかなる汗じゃないと判断したらしい。いい笑顔で、

 

「すまん、汗流してくる。先にキャスター引っ張り出しておいてくれ」

 

 なんて、面倒ごとを押し付けてきやがった。

 

 

 

***

 

 

 

 一階、書斎。

 

 義母(かあ)さんが死んでからというもの掃除だけで放置されていた本の蔵は、同盟締結からこっちキャスターの巣と化している。

 

 睡眠を必要としない(サーヴァント)はその活動時間のほぼすべてを書斎で費やしている。昨日のアーチャー戦や、アサシンの使い魔相手の大詐術もここから()()()()()していたというのだから筋金入りだろう。

 

 『安楽椅子探偵ならぬ安楽椅子作家だな』って聖は言ってた。それフツーの作家だろという気持ちと、ホントに聖杯戦争の終わりまでここから出てこないつもりじゃあるまいなという疑念が両方ある。

 

 サーヴァントは必要ないにしても、家に居る人は食事くらいは全員揃ってするべきだ。私はそう教育されて、それが自然だとも思う。キャスターもそういう作法はしっかりしている──と思いきや、彼は没入するとまったく周囲が見えなくなるあたり、やはり一筋縄ではいかない人格と言えた。

 

 今だってそうだ。彼の籠っている岩戸は、ぴっちりと閉じて開かれそうもない。

 

 あのマスター野郎(ひじり)はそれが判ってて、私に引っ張り出す役割を押し付けたのだ。

 

「……はあ。キャスター、キャスター?」

 

 書斎の扉を控えめにノックする。ややあって、

 

「おはようございます。どうかしましたか?」

 

 なんて出てくるものだから、こっちが何か間違っているような気分。

 

 そもそもが明確にはるか年上の男性ってだけで、どう接すればいいかも手探り状態。せめて失礼だけはしないように、おっかなびっくり、丁寧に。

 

「朝御飯の時間です。リビングに出てきてください」

 

「ああ、もうそんな時刻でしたか。これは失敬、向かいましょう」

 

 キャスターはそういうと、至極あっさりと書斎から出てくる。彼は霊体化することは滅多になく、いつも生身の手足を使うことを良しとするらしい。何もなければ霊体化して付き従っている、守護霊のようなランサーとは考え方が別らしい。

 

 何というか、こういうところがキャスターだ。私はいつも小難しく考えがちなのだけれど、彼と相対するとその考えがだいたい誤っているような気持ちになる。だからといって苦手にしているかというとそうとも限らない。ただ何か、彼の知性に触れることで自分が変わってしまうような気がして、それがふつふつと怖ろしいのではないか。

 

 ──サーヴァントの召喚は、触媒を用いるかどうかで変化するという。

 

 英霊に縁の深い物品のことを触媒と呼ぶが、これがあると狙った英霊をサーヴァントとして召喚できる可能性が高まるという。大英博物館に行って、ロゼッタ・ストーンの前でサーヴァントを召喚すればナポレオンが出てくるということらしい。まあその前か後かに不審者として逮捕されるだろうけれど。

 

 では、触媒なしだとどうなるか。

 

 その時は召喚者との相性で聖杯が決定するそうな。性格が似てるとか、気が合うとか、経歴が近いとか、そういう相手がピックアップされるらしいけれど……正直あまり納得できる言説ではない。

 

 なにせ私の知るマスターとサーヴァントの組み合わせは二組。ランサーもキャスターも触媒なし(のはずだ。異世界の人間にゆかりのものなんて無いよね?)にも関わらず、主従の相性がそこまで良いようには見えないから。別に飛び抜けて悪いわけでもないし、さりとて「征くぜ相棒!」「応!」みたいになりそうな気配も見られないし。

 

 ただただビジネスライク、というのが一番適切な関係性だろう。

 

 あるいは私のまだ知らない何かが、互いを惹きつけているのかも。聖の起源だとか、キャスターの著書だとか、ランサーの願いだとか。

 

 聖杯戦争が続けば、いつかそういう謎も明らかになるのだろうか。

 

 ……まあ、その時まで私が生きていれば、の話か。

 

「どうしました、お嬢さん?」

 

「あ、いえ、今行きます!」

 

 気づけばもう随分と先を行っていたキャスターの言葉に、私は慌ててリビングへと向かうのだった。

 

 

 

***

 

 

 

 で、朝の食卓。

 

「聖、醤油取って」

 

「おう」

 

 メニューはシリアル、トースト、それと今日は目玉焼き。義母さんの好みがサニーサイドアップだから手癖で出したけれど、特に要望とかもないから良かったっぽい。食事中の会話はなく、黙々と進むのはそれぞれの性格が出ていて、少し面白い。

 

 聖の場合、食事を栄養補給の場と割り切っているから。

 

 キャスターの場合、食事中に喋るのはマナーに反するから。

 

 ランサーの場合、そもそも普段から口数は多くない。話しかけられれば返すけれど、自発的に話しかけるのは必要性があるときに限って、という感じ。

 

 そして私の場合、そもそも朝食のテーブルに私以外の誰かが居る感覚をまだ取り戻せていない、だけ。

 

 かくして食卓には沈黙の帳が降り、

 

 食後の「ごちそうさま」を除いて、次に口火を切ったのは、珈琲を一口啜ったあとのキャスターだった。

 

「やはり、アレは幽精(ジンニーヤー)でした。私も『幻獣辞典』で題材にしていたのでもしや、と思っていましたが、予想的中でしたね」

 

 昨夜彼が「あの使い魔たちについては心当たりがあります。明朝までに調べておきましょう」と言っていた話の続きだと、すぐに察しがついた。けれど彼の告げた存在については寡聞にして知らないので、大人しく解説を待つこととする。

 

「幽精、私は作中で妖霊(ジン)と表記したそれは、アラブにおける三種の知恵あるものの一つです。土から作られた人間、光から成る天使、そして火より生まれた彼ら幽精。この火というのが、ただの火ではなく()()()()だというところがヒントでした」

 

「あ……ッ」

 

 確かに。あの怪物たちはさまざまに姿を変えて襲い掛かってきたけれど、変身の際は必ず黒炎を経由していたし、炎そのままで居るヤツだっていた。

 

「彼らは自在な変身能力を持っている、とされています。もとが火なので実体が薄いのか、自らを構成する粒子を希釈して姿を消してしまうとも伝えられており、諜報活動にこれほど適した存在はないでしょう」

 

 知性があるということは、その場その場で臨機応変な判断も期待できますからね、と続けるキャスターの言葉をそのマスター──聖が受けて、

 

「これでキャスターの枠が埋まっていなければ、魔術スキルに長けたサーヴァントによる使役の可能性も考えなきゃならなかったが。既に俺たち(こっち)で埋まっている以上、十中八九アサシンだな」

 

 手駒の数を頼りにするというのは、三騎士のイメージにはそぐわない。隠密性からしても、暗殺者の(アサシン)クラスが妥当だろう、という話らしかった。

 

「でも、アラブのジン使いって、誰が居るの?」

 

「有名なところでは、ソロモン王ですね」

 

「ソロっ──」

 

 絶句してしまう。

 

 古代イスラエルの王。七十二柱の魔神を使役し、イスラエル神殿を築いた、()()()()王。

 

 流石に私でも知っているビッグネーム過ぎる。そんな有名人が……ん?

 

「……アサシンぽくなくない?」

 

 聖は肩をすくめる。

 

「ま、無いセンだわな。キャスター以外のクラス適性あんのか?」

 

「恐らくは無いかと」

 

 なんだよ、挙げただけかよ。驚かせないで欲しい。

 

 内心で驚愕したり憤慨したり忙しくしていると、まるで心を読んだかのようにキャスターが取りなす。

 

「あくまでジンニーヤー関連の人物、というだけですから。あとは彼らの親玉たるイブリース、悪魔の親玉(シャイターン)なども挙げられそうですが……」

 

「それこそないって。サタンに比されるような大悪魔、英霊の座にいるとしても間違いなく神霊級だ。聖杯で呼べるわけない」

 

「ですか。後は『千夜一夜物語(アルフ・ライラ・ワ・ライラ)』にもジンニーヤーは登場します。私の『幻獣辞典』のように、この物語を宝具として持つサーヴァントであれば召喚も可能なのではないですか」

 

「と言っても、あの物語に明確な著者は──」

 

「居なかったはずです。欧州へ翻訳したアントワーヌ・ガランか、『千夜一夜』の登場人物ではありますが、全体の語り手であるシェヘラザードがサーヴァントとして召喚されれば、あるいは」

 

「シェヘラザードは王を殺してなかったよな?」

 

「ええ。彼女は一夜を共にした妃を殺すシャフリヤール王に、毎夜物語を読み聞かせ、佳境にて『今宵はここまで』と引っ張ること(クリフハンガー)によって生き永らえます。そうやって千夜を越えて、王は改心して自らの悪習を止め、シェヘラザードを妃に迎えた──という筋書きだったかと」

 

 ランサーの説明は多分、私に向けてのもの。聖とキャスターはうんうん頷いているもの。

 

 ありがとね。

 

 説明不要に理解している聖は難しい顔で、椅子に深くもたれかかって腕組みだ。

 

「となるとやっぱりアサシンよりは、キャスターっぽいよな。うーん、どうもそれらしいのは思い当たらないか……」

 

「真名看破を急く必要もないでしょう。『ジンニーヤーを使役するサーヴァントがいる』という情報だけ持って、先入観を持たず対応することを心がければ良いのです」

 

「まあ、そうなるか」

 

「対策としてはマスターは単独行動を避けること。それと、変身できるだろうからそれにも注意……というところでしょうか」

 

「何だか、あんまり今までと変わらないね」

 

 何の気なしに呟くと、聖のため息が応えた。

 

「そう言うなよ。情報の確認と共有は大事なんだぜ」

 

「アーチャーについても確認しておきましょう」

 

 ──アーチャー。おそらく、この聖杯戦争における最速の座を、ランサーと争うスピードスターにして一級の航空戦力。

 

「クラスは判明したけど……真名はどうにも、だな」

 

「要素がぶつかって、今一つ絞りこめない印象ですね」

 

 アーチャーの自由自在に雷撃を放ち、空を高速で飛行する能力。そこだけを見れば、神霊か精霊か、古代の高い神性を有する英霊が連想される。

 

 例えばギリシア神話の主神ゼウスならそれくらいのことはやってのけるだろう。ランサーの出身である北欧神話だったら雷神トールか。いずれにせよ威厳があり、天上から見下ろすかの如く傲慢で、人を人とも思っていなそうな古々しき存在が連想される。それこそクラスならば話の通じないバーサーカーなんかピッタリのイメージだ。

 

 そこまで行かずとも、そういった雷神天神の血を引く半神の英雄でもいい。生得のチカラでも、何某かのアーティファクトでも、探せば探しただけ出てくるはずだ。

 

 それくらい『空を飛ぶ』というのは人類普遍の夢で、それゆえに遠い。

 

 ヒトとカミが今よりずっと近かった時代──神代の英霊。私のランサー・ワルキューレも然り、私たちにとっての夢の中に生きる幻想でなければ、叶わない。身の程を知って重力に縛られている私では、空は遠くて、高すぎるのだ。

 

 けれど実際に対峙してみて、あのアーチャーからそこまでの()()()()さは感じなかった。傲慢さとは正反対の理知的な行動。侮りはなく、夜の空戦(ファーストコンタクト)でも廃サナトリウム戦(セカンドコンタクト)でも、冷静に分析しながら私たちを討ちに来た。

 

 そして、これを判断の根拠にしてもいいのかは迷うところだけれど──アーチャーの恰好は、どう見ても近代以降のそれだ。

 

「電気分野の科学者が、英霊化に伴って飛行と発雷の能力を得た……と考えれば、筋道は通ります」

 

「アレッサンドロ・ボルタ(V)、アンドレ=マリ・アンペール(A)、ジェームズ・ワット(W)、ゲオルグ・オーム(Ω)。ハインリヒ・ヘルツ(Hz)やヴィルヘルム・ヴェーバー(Wb)、ニコラ・テスラ(T)あたりもそうか」

 

 聖がざっと列挙したのは電磁気学の貢献者たち、いずれも単位に名を残した偉人だ。そういう近現代の実在の人物が、生前にはなかった特殊能力を備える例は、私の左隣で珈琲を味わっているキャスターで知っているから驚かない。

 

「うーん……電気はそれでいいとして、飛行能力まで付いてくるか?」

 

「他の例を知りませんので、何とも。ですが確かに、私の()()に近い性能というのは解せませんね」

 

 あまり主張しないランサーでも、自分の方が強いという自負はなかなか抑えられるものじゃないらしい。凛とした烈女の垣間見える我が可愛らしくて、すこし微笑ましい。

 

「あ。逆に、電気メインじゃなくて飛行メインとか? 放電能力はあくまでオマケとか」

 

 思い付きで言ってみたら、半目の聖と目が合う。

 

「あれオマケに見えたか?」

 

「…………見えない。ごめんなさい」

 

 帯びている電気だけでけっこうな火傷を負った聖はアレがオマケだったと言われればモノ申したくなるだろうし、私があの空中戦で感じた命の危険だって真実だ。確かに、飛行能力のオマケで死にかけたなんて思いたくはない。

 

 放電能力の強さ。

 

 飛行能力の高さ。

 

 そして外見および人格の違和。

 

 これらがどうしても噛み合わず、今までの話し合いでも明確な解には辿り着けないまま、堂々巡りでお開きになってきた。全員が直接対面を経験した今回ならあるいは、と思ったけれど──やっぱり同じだったみたい。

 

「どうにも、一番の核がな……。すべてのピースを繋ぐ芯が見えてこないってのは歯痒いぜ」

 

「こっちもやることは変わらない、でしょ? 雷避けのルーンの準備をしておくコト。遭遇したらランサーが対応して、私たちは貰ったルーン石で身を守りつつ避難、と」

 

「まあな……。昨日の遭遇で潰せなかったのは結構痛いが、あの場じゃああするのが最適と思ったからな。仕方ない」

 

 一度見せてしまった以上、幻術によるマスター偽装も、私の狙撃も、ルーン結界の檻も対策されるだろう。

 

 同盟の手の内を晒すことになったが、一騎落とせるならば安い──そう考えたのは、まだ聖杯戦争を甘く見ていた、と昨夜の聖は語っていた。

 

「まあ、キャスターが演出()ってくれたから、他所はパニックだろ。ざまあみろってんだ」

 

 ──キャスターによる、現実改竄。昨日切った手札の中で、最も重要な一手。

 

 アサシンの幽精(ジンニーヤー)の前に魔術師姿の影法師を突如出現させ、それをキメラに変転させて威圧する──起こした事象を列挙すればそれだけのことだが、魔術を知る者たちからすれば常識外れの怪現象、らしい。

 

 そもそも登場からして埒外。霊体化の解除でないのは一目見れば判るし、現代の神秘では空間転移などとても不可能、神代(むかし)の魔術師でも念入りな準備が必要なんだとか(聖は神殿が云々って言ってたっけ。よく判んないし聞き流したけど)。令呪を発動すればサーヴァントも可能なのは覚えとけ、いざって時に役に立つから、って念押しされたのも今思い出した。

 

 そんな大技を、令呪も神殿も無しにやってのけた(ように見せた)キャスターは、それだけで激しく警戒されるんだ、だって。

 

 まあ、言いたいことは判る。瞬間移動できるなら、いつどこで襲われるか予期するのは不可能になる。やらないってことは出来ないことだ、とは察しがついても、じゃあ何故やらないのか──『もしかすると今の行動で条件を満たしたんじゃないか』という疑念が脳みそのどこかに蓄積していけば、疲れるしパフォーマンスも低下する。自分のことに置き換えて想像してみたけれど、鬱陶しいことこの上ない。

 

 そしてキメラに変身した──ここで問題なのはキメラじゃない、それくらいなら討伐できる英霊はそれなりに居る、って聖が言ったらキャスターが結構驚いてた。そうだよね、私たちとそう離れてない時代のひとならあんな怪物、基本ムリだし。

 

 重要なのは()()()()ということ。これで空間跳躍と変身という、二つの印象(のうりょく)がキャスターに付与された。からくりを知らない他の陣営は、今頃必死になって該当する魔術師を総ざらいしているだろう。

 

「ま、判る訳ゃねえんだけどな!」

 

 聖は気分良さそうに、いっそ下品に笑った。よほど愉快らしい。

 

 何しろ真名を知ってなお正体不明の、異世界よりの来訪者。

 

 どうせだからお前たちも、俺の苦労の一端でも背負うと良いなんて上機嫌で嘯く聖。キャスターに失礼なんじゃないかな、と思って横目で彼を見ても、悠々と珈琲をおかわりするばかりで、表情から考えは読めなかった。

 

「でも、そんな他陣営全員に見られてるかな?」

 

「見られてるだろ。あれだけ騒ぎになったからには、監視用の使い魔を寄越さないなんてよっぽどのトウシロだ。警戒するまでもな──」

 

 ……。

 

 固まった。口の形まで「な」のまま止まって、ぎぎぎ、とこちらを向く。

 

 そんな、()()()()使()()()()()()()()()()()()()()(トウシロ)の方を。

 

「──悪かったね、そんなのと組ませて」

 

「……あー、まあ、いやな。そういう意味じゃなくて、魔術に詳しくないからキャスターの所業を見ても凄さが理解できないっていう──」

 

「結局同じコト言ってんでしょ、それっ! いいよ、実際なんも判んないんだしっ!」

 

 細々解説させて悪うございましたね!

 

 勢いよくむくれると、ランサーが「まあまあ」と宥めてくれた。若干焦っているようすの彼女に免じて、ここは抑えてやることにする。

 

 向き直ると聖が、

 

「悪かった。臙条のこと、蔑ろにする気はなかったんだ。自分の視点に立ちすぎてて、配慮が足りなかった」

 

「……はあ、もう。そこまで言わせる気、なかったっての」

 

 聖はまだ申し訳なさそうにしていて、こちらを伺うばかりで元の話題に戻る気配なし。

 

 ちょっと怒り過ぎちゃったか。確かにむかっ腹は立ってたけど、ここまで平謝りさせるつもりじゃなかったのにな。

 

「いーよ、別に。私が魔術師としてもマスターとしても半人前なのは事実だし」

 

 ──ヤバい、続けたくない。場を明るくしようと思って自虐してみたけれど、この話のままいくと泣く予感がする。私の弱いところを衝く話題っぽい。もしここで感情が決壊してみろ、明るくするどころじゃない。聖の前では既に一度泣いてしまっているけれど、落ち着いてて全員揃ってる今この場で泣いたらあの時の比じゃないややこしさじゃないか。

 

「あー、もういいからっ、終わり終わり!」

 




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