Fate/second to none   作:吉田一味

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めざめのゆめ①

 

 ──記憶の洪水に呑まれ、沈み、必死に浮かび上がる。

 

 時系列の前後もなく、脈絡もなく、一個人の器では到底受け止めきれないような情報の荒れ狂う海を必死に泳ぐ感覚。溺れてしまえば、待っているのは意味消失に他ならない。

 

 おのれを強く保つことに集中する。

 

此処は何処だ。

 

 アメリカ合衆国サイカイド準州フユキ。

 

今は何時だ。

 

 2026年2月。

 

お前は誰だ。

 

 椎名聖(しいなひじり)

 

 ……ようやく自分自身の輪郭を取り戻してきた。

 

 ヘルギとしての能力を全開にして──有体に言ってしまえば真名解放して戦うと、いつもこうなる。

 

 歴代ヘルギの人生が刻んだ知識・経験は“血色の蛇”こと転生術式体に保存され、平時もそこから必要なだけの情報を引き出している。普段はそれで充分だ。だが、剣と逆接続して魂を流し込み、ヘルギの魔剣化して戦うとなるとそうもいかない。

 

 経路は全開。逆流も全力。

 

 魂に流れ込んでくる情報に、耐える。

 

 捌いてゆく脳に()ぎる、数多の情景があった。

 

 

 

 ……それは、欧州ルネサンス。

 

 絢爛たる時代、数多の綺羅星が現れ、名を遺し、そして散っていった時代。

 

 当時の(ヘルギ)は時代のうねりのなかで、一人の魔術師を師と仰いだ。そうするだけの価値のある人だった。

 

 彼ならば世界すら変えられるかも知れないと、変えてしまえるかも知れないと畏れすらした、賢者。

 

 尊敬に値する志と、同時代の誰も追従できない隔絶した叡智。天が二物を──実のところは、女性と見紛う美貌であったり、穏やかな物腰であったりと、二物どころではない多くのものを持っていたのだが、それは置いておいて──与えたもうたと周囲の人間は囁いたし、(ヘルギ)も同感ではあったが。

 

 非の打ちどころのない長所二つが一人に具わって、こうも見事なまでに誰も救われないこともあるのか、と(ヘルギ)は知った。

 

「…………師よ。本当に、止める気はないのですか。()()を広く世に知らしめても、貴方の望む結果にはなり得ない。それを、理解しない貴方ではないでしょう」

 

 ……彼は自らの魔術的研究成果を公開しようとしていた。

 

 多くの子が慈しまれる世界を欲して、自らの知り得た()()を、詳らかにすることを選んだのだ。それは遍く願いを叶え得るという意味で、後の世に(ヘルギ)が求める聖杯──万能の願望器にも近しくされど異なる、()()()()()()()()()()()()。その錬成方法。

 

 誰もが、それを求めるだろう。如何な願いも叶う奇跡を欲し、すべてを費やし、そして叶える──善も悪も区別なくのべつ幕なしに。かくて世界は踏み外し、神秘は歪み、根こそぎに堕する。

 

 今の時代(ルネサンス)には早すぎる知識だ。果たして、それが相応しい時代が、来るか定かではないが。

 

 当時欧州を裏から支配していた魔術協会が拡散を許すはずもなく、幾度となく止めるよう命令が届くのを、悉く無視している最中の会話であった。

 

 穏やかな彼の師は、弟子の言葉──分不相応な糾弾ともとれるそれにも、柔らかく微笑んで、

 

「それでも、我が教えを伝え広める道をこそ、私は歩みましょう。たとえそれが誤った道であるとしても、私の願いが叶わないとしても、彼方に輝く星に届かないとしても──目指さない理由、立ち止まる理由とはならないのです。悪逆と誹られようとも、私は私の道を正義であると、信じたい」

 

 そう、その表情よりも柔らかく、そっと呟いた。

 

 ──もしも。

 

 もしも、彼が高潔でなかったなら。政治的な根回しによって軋轢を回避し、もう少し現実的な着地点を割り出せていただろう。

 

 もしも、彼が愚かであったなら。そもそも世界を変えかねないような成果などなく、表の歴史にも名を刻むような大人物にはならずに済んだだろう。

 

 そんなもしもを乗り越えて、彼はここに居る。

 

 これは、無理か。覚悟はとうに済んでおり、決意は固く、理想に燃えて揺るぎない。

 

 止めるにしても、共に征くにしても、掛け金は命だ。命を惜しむ(ヘルギ)ではないが、師の夢と彼の夢は一致しない。彼のために戦うことは、出来ない。

 

 目前の人物の命をそっと諦める彼に、師の手が伸びる。

 

 ぽん、と肩を優しく叩いて、

 

「貴方も、そうでしょう。貴方は私に盲従せず、妄信せず、己の道を往くことを良しとする人間であると、私は思っていましたが。…………あるいは、私を()()()のは貴方であるのかとも思ったのですが」

 

「────」

 

 それは、事実であった。

 

 師の望み通り、奇跡の情報が拡散されたならばどうなるか。考えなかった(ヘルギ)ではない。それが夢の邪魔になるのであれば、教えを乞うた師であろうと──殺意を実行するに躊躇はない、と考えていた。

 

 同時に──それよりも早く、()()の刺客が差し向けられるだろうとも読んでいた。このまま拡散されることを看過する奴らではない。自分が危険を冒すまでもなく、師は死ぬ。このままいけば誰が殺すか、というだけの違い。

 

 それでもこの才が喪われるのは惜しい。そう思ったのは、どうやら傲慢だったらしいと思い知らされる。

 

 彼は対等な一個人であって、教えを授けてくれた師であって、ヘルギが()()()()()後裔ではないのだ、と。

 

「貴方の夢が、叶うことを願いましょう。我が弟子よ。何を願うか、求めるか、ついぞ私には教えていただけませんでしたが──貴方もまた、私にとっては教え導くべき愛し子なのですから」

 

「…………ありがとうございます、師よ。さようなら」

 

「ええ、はい。さようなら、お気をつけてお帰り下さいね」

 

 それが、(ヘルギ)とその師──ヴァン・ホーエンハイム・パラケルススの、最期に交わした会話となった。

 




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