──フユキの聖杯戦争も、試行の一つに過ぎなかった。
英霊召喚、人類史より
なるほど大したお題目だ、真実であるならば。ご大層な広告を人寄せに使う詐欺など珍しくもない。問題はそうと知りながら首を突っ込まざるを得ない己が追いつめられ具合だ──なんて自嘲しながら、当代ヘルギ・椎名聖は参戦を決意した。
情報収集と食い違って異常に早期開催になるなどトラブルはあったものの、令呪もこの手に発現し、必要な備蓄も回収して、サーヴァントを召喚して。
……期待していなかったと言えば嘘になる。だから触媒を用意しなかった。
──だから、ほんとうに。あの光景は、夢にも思わなかった。
少女を抱きかかえて、夜空を飛び過ぎる戦乙女スヴァーヴァ。どれだけ頑張っても、どうしても届かなかった、愛し
「マスター。貴方は英霊とサーヴァントを、まったき同じ一つの魂と考えるのですね」
「……自分は違うと言いたげな口ぶりだな、キャスター」
椎名聖の言葉を受けてキャスターは顔を伏せた、あるいはそれは謝罪だったのかもしれない。
幾度となく交わされた会話の一篇。互いの真名も赤裸々な、二人きりの、密談。
「生憎と、貴方の望む言葉は述べられそうにありません。ここアメリカ合衆国サウス・ジャパン準州群フユキにサーヴァントとして召喚された
「理由を伺っても?」
「ついぞ
「それは、能力の話だろ。魂は共通と考えても問題ないんじゃないか」
「では、どうしてこの私──キャスターがそのような能力を獲得したかを考えましょう」
キャスターのしわくちゃな掌が、彼の心臓のあたりを示す。心の在処か。
「思うに──私は夢であると思います。サーヴァントは、夢からなるものである、と」
「シェイクスピアか」
「そうですね。そうですが、そうではなく。私は“ホルヘ・ルイス・ボルヘス”というラベルの貼られた夢なのです。彼を知る人々が見た夢と、彼を知らぬ人々が見た夢、それらを瓶詰めに詰めて
彼とはどんな人物なのか。どんな人物だったのか。
実際に対面して知る者も、名や業績のみでしか伝え聞いたことのない者も、等しくその名で夢を見る。彼はこういう人物だ、いいやきっとこうに違いない、もしかしたらこうだったのかも、こうだったら面白そうだぞ──そんな、無責任で勝手に見る夢々の中には、彼本人の自己認識も混じっている。彼と最も縁深いのは当人であって、最も強く多く見た夢がキャスターの軸となれど、それが彼本人と言えるだろうか?
「……本音を言えば、私は“違う”と思いたいのかも知れません。彼もそうでしたが、私もまた、不死──“ホルヘ・ルイス・ボルヘス”であり続けたいとは思っていないのです。こうして英霊という座へ召し上げられ、喚び出されて私であり続けるという連続、あるいは断続性の個人的永遠は私たちの望むところではありません」
その同一性こそが彼と私の近似を示してしまうのですが、と彼はボヤく。
「……そんな人間が、どうして召喚に応じたりしたんだ」
「さあ、何故でしょう。もしかすると、ここならば構わないと思えたから、かも知れませんね」
彼の存在しない世界──誰も彼を知らず、名を呟かず、夢に見ない、異聞の世界。そこでなら、彼を基に発生した夢たるキャスターとして在ることを、許容できたのか。
「──あんたの考えは、判った」
「そうですね。これは、私の考えです」
彼はどこか寂しそうに、目を伏せて
「それでも貴方は、彼女を想うのでしょう」
「ああ。それが、俺のただひとつの願いだから」
椎名聖のすべては、そのためにあるのだと再定義して。
記憶濁流に翻弄されていた意識が、肉体と正しく繋がり直す──