「なるほど。私は納得できましたが、貴女は? ランサー」
「愚問です。ヘルギがそう言うのであれば、私にも否はありません。元より今に至るまで、臙条叶は私の召喚者です。独りでも赴くつもりでした」
だったら理由を聞く必要無くないか、もしや試されていたのか、と聖は苦虫を噛んだ気分になった。
ここまで思いの丈をストレートに打ち明けたのは何時振りか、彼はぱっと
その頬は年相応に朱に染まっていた。
「さて、目的の合意も取れたところで、行先を開示いたしましょうか」
「聞いてくださいヘルギ、キャスターは私にも教えてくれなかったんですよ」
「いや、そりゃあ教えたら俺が起きるより先に突っ込んでいきそうだしな……」
「ひどい、そんなことはしません」
臙条叶が現状では害されている様子はない、という情報はすでにキャスターから共有されていた。だからこうして、ある程度落ち着いて作戦会議に臨めているわけである。
雰囲気が砕けるにしてもやや砕けすぎのきらいがあるランサーと、ぐいぐい距離を詰める彼女に困惑している聖。彼らを放っておくと話が進まないと判断したか、キャスターは二人の会話を無視して、
「ライダーはフユキ市郊外の森に拠点を構えています」
「郊外の……いくらライダーとはいえ、アクセスが良くないでしょうに。何故そんな場所に?」
「もとは大日本帝国陸軍研究所だったのを、聖堂教会が徴用しているようです」
第三次聖杯戦争前夜。
即ち、第二次世界大戦前夜。
如何なる経路で知ったか聖杯に着目した大日本帝国陸軍は、奪取すべく画策してフユキにほど近い森の中に研究所を建設したのだという。第二次世界大戦の敗戦によって宙ぶらりんとなり放置されていたそれは教会によって買い取られ、聖杯戦争用の拠点の一つとして現在まで使用されている。
フユキ・サンタンジェロ教会は、聖杯戦争における表向きの拠点──監督役の居所だ。教会のマスターとサーヴァントがねぐらにするにはいささか不都合であるため、もう一つ欲しかったのだろう。
「……で、そこにライダーが居る、と。つまり──」
「大聖堂の前で私と叶が会ったシスターが、ライダーのマスター」
「代行者か。俺より強そうだったか?」
「これは私のカーラとしての感情抜きの評価ですが、
「そうか、公正にどうも。となると、やっぱライダーが壁だな」
ライダー。
古代イランの王タフムーラス。
ルーラーが『真名看破』せずとも、あの戦いでそれと判るヒントは多数あったから見抜けていたであろう、大英雄。
『
宰相シャフラースプより教わった悪を縛る鎖を宝具『
アサシンが
悪魔たちだけならば良い。一騎当千たるサーヴァントであれば打ち払える。問題は、それを従えるライダーの存在である。
「キャスター、もう一度ワルキューレたちは喚べないんだったよな?」
「消滅した幻獣の再召喚は出来ませんので、残念ながら」
「他にサーヴァントに匹敵するような幻獣は居ませんか?」
「そうですね。例えばギリシア神話の
「そうだな。地獄の番犬をやっている幻獣なんてのは、タフムーラス王の鎖のいいカモだろうよ。確か
「ええ。問題はいくつかあります。
まず第一に、弱すぎてサーヴァントの相手には到底ならないであろう幻獣たち。これは六本脚の羚羊やアックスハンドル・ハウンドなどが当てはまります。抽象的存在のため召喚が困難な幻獣も含まれるでしょう。
第二の問題はその逆で、強すぎるまたは大きすぎるゆえに召喚が躊躇われるもの。たとえばバハムートやベヒーモスなど、伝承通りに再現して召喚したならば聖杯戦争どころではなくなります。『ヨナ書』の大いなる魚、預言者を呑み込んだものも、ルーラーが対処すると確信していなければ許されない、神秘秘匿の破壊者であったでしょう。あれ以上の存在は、一度出してしまえば私が随意に消せない性質上とても喚べたものではありません。そもそも召喚できない、という可能性もありますが。
そして、第三。ケルベロスのような、ライダーに使役されてしまうであろうもの。悪性が顕著であったり、獣の要素が濃すぎるがゆえに扱いが容易いもの。キマイラ、バジリスク、スフィンクスなども当てはまるかも知れません。
それらの候補を除外するならば──────インド神話のナーガ、北欧神話のトロール、カバラのゴーレムあたりがぱっと挙がるでしょう。青銅巨人タロスや『ギルガメッシュ叙事詩』の森の番人フワワなども該当するでしょうか」
「タロスは明確な弱点があるからアリだけど、フワワはマズいだろ。ギルガメッシュ王とエルキドゥの二人がかりで倒した怪物だぞ。そんなもん解き放ったらメチャクチャになる」
「最悪に備えてのの打開策ですね。事態を転換するしかないときの一手として、考慮はしておきましょう」
「挙げてもらったところ悪いけど、そういう
聖が提案するのは、最速最短の奪還、そして撃破。
高い機動力で敵陣最奥まで一気に走破し、臙条叶を保護。敵軍が態勢を立て直す前にマスターかライダーのどちらかを仕留める。時間をかければ数と地力でひっくり返される、その前に片を付けるための作戦。
機動力という言葉から最もかけ離れたサーヴァントランキング堂々の第一位キャスターは今回も臙条邸に待機。聖とキャスターだけならば包囲・監視網から悟られることなく脱出するのも可能だし、その間くらいは臙条邸の結界に籠ればいいという判断だ。とはいえモタモタすれば周辺に配備された魔軍が結界を破って突入してくる。
すべてにおいて、時間との勝負。
聖がワルキューレたちの再召喚を望んだのも、彼女たちであれば機動力は十分だから。空からの強襲能力も高くランサーとの連携も抜群とくれば奇襲にはもってこい。ルーラー相手に温存していられる状況ではなかったとはいえ、手札にないことが惜しまれる切札だった。
槍や剣が届く距離まで、彼らの動きが露見することは避けなければならない。そのための、
「森に入ってからの隠密、監視網をかいくぐるのはキャスター、任せる」
「それくらいは頑張ってみましょう」
「此処を脱出したら、一度新都に渡る。足を確保するぞ」
「いささか遠回りではありませんか? 直接向かえば……」
「ランサーに抱っこされて、か? それじゃあ最速じゃないじゃんか。俺はお荷物になりに行くんじゃないんだぜ」
聖は彼らしくもないウィンクをしてみせる。
「親父にゃ悪いが、非常事態だ。愛車を借り受けるとしようや」
さらりと告げた言葉。
彼の借りた足──BMW S1000RRが新車で18,000ドル以上することを、果たして知っていたのだろうか。